新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:このたびの震災で,自宅が火事になり全焼しました。火事が起こったのは地震発生から半日近く経った夜中で,火元もよくわからず,数十軒の建物が延焼に遭ったうちの一軒です。現地では何者かの放火ではないかという噂もあります。火災保険には入っていますが,地震保険を付けていませんでした。保険会社には,地震による火災なので保険金は下りないと言われましたが,なんとかならないのでしょうか。 解説: 2.地震免責条項の有効性 地震免責条項は保険約款の一部です。約款(普通取引約款)とは,一般消費者との間で大量かつ定型的な取引を行う事業者などが,あらかじめ契約内容を文書化しておくものです。約款の条項は詳細,大量かつ難解であることも多く,その一つ一つについて契約者が理解しないまま契約することもありますが,そのような場合でも,当事者が特に約款によらないで契約する旨の意思を表示して契約したのでない限り,よく理解していない条項も含めて,包括的に約款による意思をもって契約したものと扱われます(大審院大正4年12月24日判決)。地震免責条項もこのような約款の一部なので,契約時に特にその内容を認識していなくても,契約当事者を拘束する効力があることになります。 大規模な震災の場合には,地震免責条項が大勢の被災者に気の毒な結果をもたらすこともあり,その点が公序良俗に違反し無効であると争われたこともあります。この点につき判断したリーディングケースは1923年の関東大震災による被災者が原告となった大審院大正15年6月12日判決です。原告側が,地震免責条項は地震火災による住宅の滅失で保険会社はそれまでの保険料を確定的に利得するのに対し,保険契約者は少しの補償も得られず困窮の極みに至ることは社会的妥当性を欠いており,公序良俗違反により無効であると主張したのに対して,大審院は,保険会社は契約後にいつ保険事故が起こっても保険金を支払わなければならず,保険料はその危険を引き受ける対価なのだから利得してよいのは保険の性質上当然であり,公序良俗違反の点は認められないと判断しました。近年では,阪神大震災のケースについて神戸地裁平成14年1月29日判決が,上記大審院判決を引用しながら地震免責条項の有効性を肯定しています(下記参考判例)。 3.地震による火災の認定 ≪参照条文≫ 商法旧665条(削除済み) 火災に因りて生じたる損害は其火災の原因如何を問わず保険者之を填補する責に任ず。但第640条及び第641条の場合は此限に在らず。 保険法17条1項 保険者は,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責任を負わない。戦争その他の変乱によって生じた損害についても,同様とする。 ≪参考判例≫ 神戸地裁平成14年1月29日(抜粋) 大阪高裁平成13年12月20日(抜粋)
No.1100、2011/5/13 18:14
【民事・地震による火災と火災保険の適用】
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回答:一般的に,火災保険では地震による火災を免責する条項が約款の中に含まれており,保険金は請求できないのが原則です。ただし,地震後に原因不明の火災が延焼したケースについては,文言により,免責の対象にならないとする判例もあります。約款を確認して専門家に相談されることをお勧めいたします。
1.火災保険の補償範囲
多くの住宅所有者は,建物に火災保険をかけていると思います。火災保険では,火災による損害のほか,落雷,爆発,風・雹・雪による損害もカバーされるのが基本です。さらに,落下,盗難,水濡れ等による損害もカバーする保険商品もあります(住宅「総合」保険等の名称になることが多いです。)。これらは法律で決められているわけではなく,保険会社がどのような補償範囲の損害保険商品を売り出すかは本来自由ですが,上記の2類型はほぼ業界内で統一されているといえます。もちろん,他にも保険会社によりいろいろなタイプの保険商品があります。
住宅が火災で焼失した場合,原則として火災保険の補償対象になり,保険金が下りますが,火災の原因により,例外もあります。
まず法律上の例外として,保険契約者または被保険者の故意または重大な過失によって生じた火災の場合と,戦争その他の変乱によって生じた火災の場合には保険金が支払われません(保険法17条1項,旧商法640条,641条)。
そして契約上の例外として,各保険会社の火災保険契約の約款にはまず例外なく地震免責条項というものが入っており,これにより,地震・噴火・津波による火災の場合にも,保険金は支払われないことになります。地震・噴火・津波について補償を受けるためには,別途,地震保険に加入する必要があります。
そもそもなぜ地震の場合の損害が火災保険の対象から外されているかというと,地震は保険になじまない異常危険であるから,と言われています。つまり,保険制度とは,危険を加入者間で分散させる仕組みですが,それがうまく成り立つのは危険の発生頻度が統計的データに基づいてある程度予測可能であり,保険会社にとって経済的負担の予測ができる場合です。そうでないと,危険に見合った保険料の算定が難しく,実際に危険が発生した場合に保険会社が保険金を支払いきれないことにもなりかねません。地震は地域的・時間的に偏りやすい不規則な性質を持つ上,発生した場合の損害は甚大になることもあり,リスクの平均化が難しいと言われているのです。そのため,火災の中でも地震に起因する火災だけは性質が違うものとして,火災保険の補償対象から切り離し,リスクの大きさを把握しやすくするとともに,適正な火災保険料を算出しようとしているのです。このような理由から,地震免責条項が生まれ,一般化しているといえます。
実際に発生した具体的な火災が,地震によるものとして免責の対象となるかどうかは,単純には決まりません。地震による火災には3つの類型があると言われています。
第1類型:地震により発生した火災(火元火災)
第2類型:地震により発生した火災が延焼した火災(延焼火災)
第3類型:発生原因を問わず,火災が地震によって延焼した火災(延焼火災)
約款中の地震免責条項が,これらの第1から第3の類型を全て含んでいるかは,文言を吟味して考慮しなければなりません。一般的に用いられている文言の例は,たとえば次のようなものです。「保険会社は,地震によって生じた損害(地震によって発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害,および発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害を含みます。)に対しては,保険金を支払わないものとします。」このような文言であれば,上記第1から第3の類型が全て含まれると認められています。
一方,「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災による損害には保険金を支払いません。」という文言の場合,第3類型は含まれていないと判断した判例があります(大阪高裁平成13年12月20日。下記参考判例)。地震後に生じる火災の原因がしばしば立証困難であることを考えれば,微妙な文言の差で救済の範囲が大きく異なってくるといえます。
かりに,本件の火元の出火原因が今後も不明にとどまるのであれば,上記の第3類型に該当します。業界では上記判例を踏まえて,第3類型も含む文言へ約款が改訂されたところが多いと思われますが,一応,約款の文言を確かめた上で専門家のアドバイスを受けられることをお勧めする次第です。
1 地震免責条項の有効性(争点1)
(1) 原告らは,@風水害における被害が地震における被害より甚大である,A地震に関連する火災の数が総出火数,建物火災の件数,焼損件数等から見て突出しているとはいえない,B本件地震において,地震免責条項を適用しなくとも,損害保険会社各社の存立の基盤を脅かすまでのことはなかった,C生命保険契約との比較を主張し,地震免責条項の存在理由はないとして,地震免責条項は無効である旨を主張する。
しかし,被告らの主張のとおり,損害保険は,確率的予測を前提とする危険の分散化のためのシステムであるから,保険料の総額と支払保険金の総額とは均衡していなければならず(収支相当の原則),その原則は各保険団体ごとに適用されなくてはならず,保険事業においては,個々の保険加入者の事故発生の危険率等に応じて保険料の額を割り振り,他方,保険加入者は,保険料と対価的均衡関係にある損害の範囲においてのみ保険金の支払を受けることができる(給付反対給付の原則)こと,火災保険においては,地震に関連する一定の火災に基づく損害を含む地震損害を填補しないことを前提として,保険料率が算定されていること,地震に関しては,その損害の巨大性,発生予測の困難性,逆選択の危険からすると,地震は保険に馴染みにくい異常危険であるとして別個に地震保険によってその損害の填補が図られていることは当裁判所に顕著である。
これらの事実からすると,現行の火災保険契約において,地震に関連する一定の火災に基づく損害を填補するための利益の蓄積はないことになるから,それについて保険金を支払えば,収支相当の原則に反する上,火災保険料は地震損害の填補を受ける対価となっておらず,給付反対給付の原則からしても,火災保険のみの加入者に保険金を支払う根拠がないことになる。したがって,少なくとも,現行の運用を前提とすると,本件地震免責条項は合理性を有する(大判大15・6・12民集5巻495号参照)。
(2) 原告らが主張するところのうち,@,Aについては,立法論ないし制度論としては検討には値するが,そのような制度を採用することが合理的かを決するに際しても地震火災の発生頻度や地震火災によって生じると想定される損害額等を予想し,異常危険か否かを慎重に検討することが不可欠であるし,少なくとも,現在の火災保険では,地震による一定の火災については補償せず,地震保険で賄うことを前提に保険料率が定められていることからすると,解釈論としては到底採用できない。
Bについては,損害保険会社が現に高い利潤の蓄積があり,かつ,その利潤を保険契約者に還元すべきとの判断が相当であるとしても,その利潤は,保険料率設定のシステムの見直し等によって,保険契約者全体に平等に還元されるべきもので,地震免責条項の効力や解釈によって解消すべき問題ではなく,この点も地震免責条項の効力を否定すべき理由とはならない。
Cについては,その保険料率の定め方を検討しないまま生命保険の議論が直ちに損害保険の議論に当てはまるものではない。
したがって,原告らの主張は,いずれも採用できない。
Y免責条項の解釈(適用範囲)について
ア 前記のとおり,Y免責条項は,「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災による損害」に対しては共済金を支払わないと定めている。
イ そして,Y免責条項にいう「火災」には,火元火災だけでなく延焼火災も含まれると解されるが,「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災による損害」には,発生原因不明の火災が地震によって延焼・拡大して生じた損害(第3類型)を含むと解することができないことは,既に説示したとおりである。
ウ もっとも,第1審被告Yは,Y免責条項と改定前の保険会社ら免責条項との関係について,改定前の保険会社ら免責条項には第3類型の損害が含まれないとしても,同免責条項は「原因が直接であると間接であるとを問わず,地震によって生じた火災及びその延焼その他の損害」と規定していたものであり,Y免責条項はこれと異なる規定をしているから,改定前の保険会社ら免責条項とY免責条項を同列に論じることはできない旨主張する。
しかし,結局のところ,Y免責条項においては,「延焼火災」について,その火元火災が,地震により発生したものであることを要するのか,それとも発生原因不明のものをも含むのかという点について不明確であることに変わりはない。むしろ,同条項の規定は,「地震によって生じた火災」の損害を免責対象としていると理解されるのであって,第3類型を含まないと解する方が自然な理解であると考えられるのである。
したがって,第1審被告Yの上記主張は,採用することができない。