刑事・医師の覚せい剤使用と弁護活動
刑事|覚せい剤取締法違反|医道審議会
目次
質問:
私の夫は医師なのですが,覚せい剤を使用したということで,先週自ら警察に出頭し,尿鑑定で覚せい剤の陽性反応が出たことから,その場で逮捕されました。今後,夫はどうなるのでしょうか。夫には前科はありませんが,刑務所に行くことになるのでしょうか。また,その場合,もう医師を続けることはできないのでしょうか。
回答:
回答:覚せい剤を使用した場合,尿鑑定で陽性反応が出れば,ほぼ間違いなく起訴され,有罪判決を受けることになります。したがって,今回のように,既に尿鑑定で陽性反応が出ている場合には,起訴前弁護により不起訴処分を得ることは困難です。そこで、起訴後直ちに保釈を請求し,その身柄を解放させた上で,公判に向けて有利な情状を集めていくことが重要になります。
弁護活動の結果,執行猶予付の判決を得ることはもちろん,その量刑が少しでも軽いものとなれば,そのことは医道審議会においても有利な事情となり得ます。医師免許取消を免れるためには,刑事裁判の段階から,医道審議会における行政処分も見越したうえで,有利な情状を集め,これを主張していくことが必要不可欠です。以下,解説します。
4 覚せい剤取締法違反、医道審議会に関する関連事例集参照。
解説:
1. 逮捕から起訴までの流れ
(1) 逮捕及び勾留
ア 逮捕
犯罪の嫌疑がかけられ,警察により逮捕された場合,まず,逮捕後48時間以内に,事件を検察官に送致する手続が取られることとなります(刑訴法203条)。
イ 勾留
そして,事件の送致を受けた検察官は,送致から24時間以内に,被疑者の勾留(10日間)を請求するか,その身柄を釈放しなければなりません(刑訴法205条)。さらに,10日間の勾留期間は,やむを得ない事由がある場合には,検察官の請求により,さらに10日間延長することができるとされています(刑訴法208条2項)。
覚せい剤使用の嫌疑がかけられている場合,尿の正式鑑定(簡易鑑定は即日結果が出ます。)に時間を要すること,そして,覚せい剤の入手経路や使用経過等も捜査の対象となり,捜査すべき事項が多岐にわたることから,上記の勾留期間延長が認められるケースが比較的多いといえます。したがって,覚せい剤使用の嫌疑で逮捕された場合,逮捕日から最低でも12日間,長ければ22日間,その身柄を拘束されることを覚悟しなければなりません。
(2) 上記期間における対応
上記の通り,覚せい剤使用の嫌疑で逮捕されれば,起訴されるまで最長22日間その身柄を拘束され,警察官及び検察官の取調べを受けることとなります。
この期間における取調べの結果は,調書という形で公判に提出されることになりますし,取調べに対する態度は,起訴後の保釈の許否を判断するにあたっても重要な要素となります。したがって,できる限り早い段階から弁護人を選任し,取調べに対する対応について助言を受けることが非常に重要です。
一般的なアドバイスとしては,覚せい剤を使用した事実に間違いないのであれば,きちんと取調べに応じ,覚せい剤の入手経路等についても捜査官に話をするべきでしょう。取調べに積極的に応じることにより捜査が順調に進み,勾留延長されることなく12日間で起訴されることも十分考えられますし,次で述べるとおり,起訴後の保釈もより認められやすくなります。また,覚せい剤の入手経路等について詳細に供述していることは,覚せい剤との関係を絶とうとする意思の現れであるとして,公判でも有利な情状となるでしょう。
2. 保釈請求
これまでに述べたように,検察官は,12日間もしくは22日間の身体拘束の後,被疑者に対する処分(起訴もしくは不起訴)を決めることになりますが,覚せい剤使用が被疑事実の場合,尿鑑定が陽性となっていれば,まず間違いなく起訴されるでしょう。
そして,勾留中(捜査の段階の勾留で起訴された後の勾留と区別するため検事勾留ともいいます)の被疑者が起訴されると、引き続いて裁判手続きのために被告人として勾留されることになります(刑訴法60条)。起訴後の勾留については、保釈の請求(刑訴法88条)が可能となります。以下では,この保釈請求について詳しく解説します。
(1) 保釈の意義及び概要
保釈とは,勾留中の被告人に対し,保釈保証金を納付させ,また,さらに裁判所又は裁判官が適当と認める条件を付すことで,被告人に保釈取消事由に該当する事由が生じた場合には,その保釈が取り消され,さらに,保釈保証金が没収される可能性があるとの心理的負担を課すことで,被告人の逃亡(公判の出頭確保)及び罪証隠滅の防止という勾留の目的を確保しつつ,被告人の身体拘束を解く制度です。起訴された被告人は、すでに取り調べが終了しているのですから有罪の裁判が確定するまでは本来人身の自由が保障されるべきです(無罪の推定)。唯、公正な裁判には、被告人の出頭、及び罪証隠滅防止は不可欠ですから、そのような危険の蓋然性がある場合にのみ保釈は許されないと判断されるべきです。否認しているからという理由のみで保釈を認めないのは問題です。
保釈が許される場合として,以下の3つがあります。
ア 権利保釈
保釈は,一定の除外事由に当たらない限り,これを許さなければならないとされています(刑訴法89条)。これは,一定の除外事由に当たらない限り,被告人に「権利」として保釈が認められるというものであり,「権利保釈」といわれています。起訴後の勾留は、被告人を裁判所に必ず出頭させるのが目的ですが、被告人は有罪の判決が確定するまでは無罪の推定を受けるわけですから、犯罪の嫌疑がかけられているとはいえ自由を奪われることがあってはなりません。また現行刑事裁判は当事者主義と言って、被告人の犯罪の嫌疑というのは検察官という裁判の一方当事者の主張にすぎません。被告人は裁判においては検察官と対等の当事者という立場にあるので、このような被告人を拘置所においておくということは、原則として許されないこととされています。このような点から保釈は権利保釈として原則として認められるのが刑事訴訟法の正しいあり方です。
ただし,上記の除外事由のうち,特に刑訴法89条4号の「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」が極めて広く解釈されているため,原則と例外が逆転しており,保釈が「権利」であるとは言い難い現状となっています。このような現状は刑事裁判のあり方としては、本来許されないものでいわゆる先進国の刑事手続きとは言えないという意見があります。
イ 裁量保釈
また,上記の除外事由があり,権利保釈が認められない場合であっても,裁判所は,適当と認めるときは,職権で保釈を許すことができるとされています(刑訴法90条)。権利保釈は、要件が限定されており、形式的に判断すると保釈できない場合であっても、被告人の人身の自由(憲法13条,31条,33条)の実質的保障という趣旨から要は、公判における罪証隠滅を防ぎ、出頭確保ができるかという実質的判断を裁判所に認めています。
これは,裁判所の裁量により保釈の許否が決せられることから「裁量保釈」といわれています。
ウ 義務的保釈
また,このほか,勾留による拘禁が不当に長くなったときは,裁判所は,請求または職権により,決定をもって勾留を取り消し,または保釈を許さなければならないとされています(刑訴法91条)。
しかし,この「義務的保釈」がなされることは,実務上ほとんどありません。
(2) 今回のケースにおける保釈請求
上記の保釈の意義及び概要を踏まえ,今回のケースでは,以下のような主張をすることが考えられます。
ア 権利保釈について
覚せい剤使用の罪の法定刑は,「1月以上10年以下の有期懲役」とされています(覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条)。したがって,刑訴法89条1号には該当しませんし,今回のケースでは前科がないことから,同条2号にも該当しません。また,被害者や目撃者等の存在も想定しがたいことから,同条5号に該当せず,氏名及び住所が判明していれば6号にも該当しません。
今回のケースのように,覚せい剤使用の罪において問題となる権利保釈除外事由は,同条3号(常習性)及び4号(罪証隠滅のおそれ)であると考えられます。
ア) 3号(常習性)について
ご相談の内容からは必ずしも明らかではありませんが,覚せい剤を使用した期間が長期間とは言えないこと,そして,使用回数も多数回にわたってはいないこと等を主張することになるでしょう。
なお,前科がないことも,常習性がないことを推認させる一事情として主張することができると考えられます。
イ) 4号(罪証隠滅のおそれ)について
この除外事由に関する主張は,捜査段階における取調べへの対応と密接な関連を持ちます。なぜなら,捜査に積極的に応じることにより,必要な証拠の収集が終了していれば,証拠隠滅の余地はそれだけ少なくなりますし,捜査に積極的に応じるという態度自体が,証拠隠滅の意思がないことを推測させる一事情となるからです。
また,今回のケースのように自首している場合には,証拠隠滅の意思がないことがより一層強く認められることとなり,保釈が認められる可能性は高まるでしょう。
イ 裁量保釈について
仮に,権利保釈が認められないとしても,ご事情如何によっては裁量保釈が認められる可能性もあります。
同居の家族がいれば身元引受人になってもらい,逃亡のおそれがないことを主張する必要があります。さらに,勤務先や開業している医院等があれば,その関係で保釈の必要性が高いこと等を具体的に主張していく必要もあるでしょう。証明事項に制限はありませんから、保釈しても被告人出頭は保証され、公判手続きは維持されるという証拠をあらゆる面から書面で提出することが必要です。医師の経歴、家族関係、家族の身元引受、弁護人の保証、現在の医師活動の状況、贖罪寄付の用意、金額の予定等必要な証明は制限がありません。
ウ 保釈条件について
また,覚せい剤使用の罪については,保釈保証金として200万円~300万円の納付を要求されることが一般的であるといわれています。
これについても,起訴前の段階から家族等の協力を得て用意し,保釈許可決定が下りた場合には速やかにこれを納付する必要があります。
3. 保釈後の弁護活動
薬物事犯の場合,裁判所が量刑を決める際にもっとも懸念するのは「再犯のおそれ」であると考えられます。したがって,被告人が自らの行為を心から反省しており,再犯のおそれがないことを具体的に主張・立証することができれば,それは被告人に有利な事情として量刑上考慮されることとなるでしょう。
今回のケースのように覚せい剤使用の罪で起訴され,保釈が許された場合,以下のような弁護活動が考えられます。
(1) 覚せい剤入手先との断絶
覚せい剤の入手先等については,取調べの際に捜査機関に話しておく必要があることは既に述べました。そして,保釈が認められた際には,更に進んで,覚せい剤の入手先との関係を断絶させるための活動を行うべきでしょう。
連絡先に関するメモ等があるのであれば,それは破棄すべきですし,覚せい剤を譲り受けた当時に使用していた携帯電話等を解約することも考えられます。その場合には,解約に関する書類を,裁判所に提出することになるでしょう。
(2) 監督者の確保
また,同居の家族等,今後の生活を監督することができる人が存在する場合には,その人に証人として出廷してもらい,今後の生活を監督していくことについて証言してもらうことも検討すべきです。
監督者の存在により,再度犯行に及ぶ可能性が少ないと判断されれば,そのことは量刑上有利に働くものと考えられます。
(3) 薬物依存症の治療先確保
さらに,現に薬物依存症の治療を開始している,あるいは,今後の治療について具体的な見通しが立っているという事情があれば,再犯のおそれは低い(そして,更生への意欲も旺盛である)として,量刑上より有利に働くと考えられます。
保釈期間中に,医療機関や薬物依存症治療に関する民間団体への通院・通所を開始した場合には,これらの機関に証明書を発行してもらい,裁判で提出することができるでしょう。
(4) しょく罪寄付
覚せい剤使用罪では,覚せい剤の使用により特定の個人が被害を被ったというような関係は存在しませんので,特定の個人に対する被害弁償を行う必要はありません。しかし,薬物の使用という行為は社会の秩序を乱す行為であり,薬物事犯とは,社会が被害を受ける犯罪であるともいえます。そうすると,社会に与えた被害については,これを償う必要がありますが,社会という抽象的な存在に被害弁償をすることは不可能です。そこで,被害弁償に代えて「しょく罪寄付」を行うことが考えられます。
「しょく罪寄付」とは,弁護士会等の団体に対し,しょく罪のために寄付を行うもので,薬物事犯をはじめとする被害者の存在しない犯罪において,被告人が自らの罪を償うための方法として行われています。これを行うことも,反省の気持ちを示し,二度と犯行に及ばないという決意を示すための1つの方法であるといえます。
4. 医道審議会への対応
一般に,覚せい剤使用の罪に対する判決の相場は,「懲役1年6月,執行猶予3年」であり,これに対する医道審議会の処分例は,概ね「医業停止2年」となっています。
今回のケースでは,まず,上記のような弁護活動により,「懲役1年6月,執行猶予3年」を少しでも減刑させ,そのこと自体を有利な事情として,医道審議会で主張していくことが考えられます。また,刑事裁判で主張した有利な事情に加え,嘆願書等を提出することも検討すべきでしょう。特に贖罪寄付は医道審議会の判断材料としては重要になります。医師という職業上高度の倫理性が求められる地位にある以上、社会に対する具体的謝罪は形式的なものではなく実質的なものが求められ、具体的には財産的償いとして要請されることになります。
いずれにせよ,医道審議会を見据えて刑事裁判における弁護活動を行う必要がありますし,よりよい弁護活動を行うためには,捜査段階から保釈の獲得を目指した弁護活動をし,身柄を解放させたうえで有利な情状を集める必要があります。ご相談のケースの場合でも,早い段階から弁護士に相談することが肝要であるといえるでしょう。