離婚問題に伴う子供の取り戻し
家事|人身保護法|最高裁平成17年12月6日決定補足意見及び反対意見
目次
質問:
私は,現在,妻と離婚に向けて協議をしています。妻とはまだ同居していたのですが,2週間前,妻が子供2人(8歳、5歳)を連れて,突然実家に戻ってしまいました。私は,子供を自力で家に連れて帰りたいと思っているのですが、それは可能なのでしょうか。また,自力で連れて帰ることが許されないとすれば,他にどのような方法をとればよいのでしょうか。
回答:
1 あなたがお子様を自力で連れて帰る行為は,刑法上,未成年者拐取罪(刑法224条)に該当します。したがって,このような手段をとることは許されません。
なお,このような行為を未成年者拐取罪で処罰することについては,最高裁判所の判例でも意見が分かれるところです。しかし,多数意見は,未成年者拐取罪による処罰を認めています。たとえ取り戻したところで、逮捕勾留が予想され、お子様は福祉上親権者である奥様の下に自動的に戻ることになるでしょう。
2 したがって,お子様をあなたの元に取り戻すためには,法的手続を取る必要があります。そのための手段として,①人身保護手続による方法,②家事審判手続による方法の2つがあります。ただ、いずれの方法も決定的な手続きではなく相手方(妻)が事実上拒否した場合にはお子様を引き取ることは難しいと言わざるを得ません。①の方法は要件が厳しく、幼少だと妻の方が有利です。②の方法は直接の強制力を伴わないからです(間接強制になります。)。お子様が意思能力を有する13歳前後になるのを待って、お子様が貴方を自発的に訪ねてくるように(来やすいように)日頃から環境を作り準備するのが得策かもしれません。大きくなるに従い子の意思がさらに重視されることになります。
3 法律相談事例集キーワード検索829番、662番、472番、134番参照。
4 子どもの取り戻し、人身保護請求に関する関連事例集参照。
解説:
1 自力でお子様を連れ戻すことの許否について
(1) 未成年者拐取罪の成否
まず,今回のケースで,あなたが自力でお子様を連れ戻した場合,未成年者略取誘拐罪(刑法224条)に該当するかどうかを検討します。犯罪とは,一般に「構成要件に該当し,違法かつ有責な行為」であると定義されていますので(犯罪行為に対する刑罰は人間の生命自由財産を強制的に剥奪するものであり犯罪成立要件は厳格になります),この順序に従って,今回のケースにおいて未成年者拐取罪が成立するか,詳しく検討します。
ア 未成年者拐取罪の構成要件
刑法224条によれば,未成年者略取誘拐罪が成立するためには,①未成年者を略取し,または誘拐すること及び②故意(①に該当する事実についての認識)が必要となります。
「略取」とは,暴行・脅迫等の強制的手段を用いて,「誘拐」とは,偽計・誘惑を用いて,未成年者を自己または第三者の事実的支配下に置くことをいいます。したがって,あなたがこれらの行為によってお子さんを連れ戻せば,未成年者拐取罪の構成要件に該当することになります。
ただし,今回のケースでは,あなたはまだ離婚をしていないことから,お子様の親権者であると考えられます(民法819条3項)。親権者であるにもかかわらず,お子様を連れ帰った場合は、親権の行使であり、未成年者拐取罪のような犯罪が成立するというのは,疑問が残るところです。また、親子間の問題であり、刑法を適用して国が刑罰を与える必要があるのか、という疑問もあります。初めに子どもを連れていってしまえば、子どもを取り戻すには法的な手続きをしなくてはならないとすれば早い者勝ちではないかという指摘もできるでしょう。法律的には、まず構成要件の段階の問題として,親権者の行為が略取、誘拐と言えるかという問題となり、構成要件に該当するとしても、権利の行使として違法性が阻却されるのではないかという問題になります。構成要件該当性については、本罪がどのような法益を保護しているかという観点からの検討が必要になります。
ア) 未成年者拐取罪の保護法益に関する考え方
刑法をはじめとする刑罰法規の本質は,法益の保護をその目的とすることにあり,刑法の処罰規定は,必ず何らかの法益を保護しています。未成年者拐取罪の保護法益については,「被拐取者の自由」とする考え方,「親権者等の保護・監護権」とする考え方,「被拐取者の自由と親権者等の保護・監護権の両者」とする考え方等が対立しています。
上記の見解のうち,本罪の保護法益を「被拐取者の自由」のみと捉える考え方によれば,生後間もない嬰児のように,行動の自由を持たない者を連れ去る行為には拐取罪が成立しないこととなりますが,このような見解が未成年者の保護に欠けることは明らかです。また,「親権者等の保護・監護権」のみを保護法益と捉える考え方も,監護者の承諾が存在する場合には,およそ拐取罪の成立が否定されることになりますが,この考え方も同様に未成年者の保護に欠けるでしょう。そこで通説は,未成年者拐取罪の保護法益を「被拐取者の自由と親権者等の保護・監護権」と捉えています。
イ) 判例
以下で詳しく紹介しますが,判例は親権者による子どもの連れ去り行為についても,未成年者拐取罪の成立を認めており(構成要件に該当し違法性を阻却することにはならない),上記の見解のうち「被拐取者の自由と親権者等の保護・監護権」両方が保護法益であるとの立場に立っているといわれています。
ウ) 帰結
このように,通説・判例の保護法益論によれば,例え親権者であろうとも,「被拐取者の自由」を侵害している以上,未成年者拐取罪の成立は妨げられないという結論に至ります。また、離婚の交渉中ということですから、日本の法律では共同親権となっていますので、親権者の意見が対立している場合は、他方の親権者の意思に明らかに反するような子供の連れ去りは、他方親権者の親権を侵害することになるので、保護法益論という見地からは他方親権者の子供の連れ去りは、未成年者略取誘拐罪の構成要件に該当するということは否定できないことと考えられます。
イ 違法性
あなたの行為が,未成年者略取誘拐罪の構成要件に該当すると判断される場合,次に違法性の有無が問題となります。
ア) 違法性判断の構造
刑法やその他の刑罰法規において定められる構成要件とは,一定の違法行為を類型化したものであると考えられています。したがって,構成要件に該当する事実が認められる場合,その行為は原則として違法であると推定されるのです(これを,「構成要件の違法推定機能」といいます)。
したがって,構成要件該当性が認められた場合,その後になされる違法性の判断とは,推定された違法性を阻却する事由(これを「違法性阻却事由」といいます)があるか否かという観点から行われます。違法性阻却事由の典型例としては,正当防衛(刑法36条)を挙げることができるでしょう。
イ) 判例による,違法性阻却の可能性の示唆
既に述べたとおり,判例は,たとえ親権者であったとしても,未成年者拐取罪の構成要件に該当することを肯定しています。ただし,以下で紹介する2つの最高裁判例は,親権者であることは,その行為の違法性を阻却するか否かの判断において考慮されるとしており,具体的事情によっては,その行為が適法となる可能性を示唆しています。
a 最高裁第2小法廷平成15年3月18日決定
「…以上の事実関係によれば,被告人は,共同親権者の1人である別居中の妻のもとで平穏に暮らしていた長女を,外国に連れ去る目的で,入院中の病院から有形力を用いて連れ出し,保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから,被告人の行為が国外移送略取罪に当たることは明らかである。そして,その態様も悪質であって,被告人が親権者の1人であり,長女を自分の母国に連れ帰ろうとしたものであることを考慮しても,違法性が阻却されるような例外的な場合に当たらないから,国外移送略取罪の成立を認めた原判断は,正当である。」
b 最高裁第2小法廷平成17年12月6日決定
「…以上の事実関係によれば,被告人は,Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活していたCを,祖母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り,保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから,その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり,被告人が親権者の1人であることは,その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情であると解される(最高裁平成14年(あ)第805号同15年3月18日第二小法廷決定・刑集57巻3号371頁)
ウ) 違法性阻却における考慮要素
上記イ)bの最決は,当該事案において,違法性阻却が認められるか否かにつき具体的な判断を行っていますので,該当箇所を紹介します。
「本件において,被告人は,離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。また,本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば,本件行為につき,違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり,未成年者略取罪の成立を認めた原判断は,正当である」
ウ 責任
以上のとおり,判例は,例外的に違法性が阻却される余地は残した判断をしているものの,いずれの事案についても,結論としては違法性の阻却を認めていません。
違法性の阻却が認められない場合,最後に責任が問題となりますが,今回のご相談の中で,あなたの行為について責任を否定する事情は存在しないものと思われます。
エ 結論
したがって,判例の見解を前提とする限り,あなたがお子様を自力で連れ戻した場合,原則として,あなたの行為には未成年者拐取罪が成立することになります。
私見としても,判例の見解に賛成します。下記2で述べるように,あなたがお子様を連れ戻すためには,いくつかの法的手段が存在します。国家の定める手続によらず,権利者が自ら実力を行使して権利を実現することは許さないという「自力救済禁止の原則」からしても,あなたが自力でお子様を連れ戻すことは許されないと考えられるからです。仮にあなたが自力でお子様を連れ戻すことが許されるとするならば,今度は,あなたが連れ戻したお子様を再度妻が連れ戻すことも可能ということになります。しかし,そのような形でお子様が両親の間を行き来することになるとすれば,それは最優先されてしかるべきお子様の福祉に反するでしょう。
(なお,上記イイ)bの最決には,補足意見と反対意見が付されていますが,そのどちら見解も,この種の問題の解決については,家庭裁判所の手続に委ねるべきであるとしています。どちらの見解も,今回のケースのような問題の解決を考える上で示唆に富むものですので,本稿の最後に引用します)
2 法的手段について
(1) 人身保護請求
今回のケースのような場合に利用が検討される法的手段として,人身保護請求手続が挙げられます。
ア 手続の概要
人身保護請求とは,「基本的人権を保障する日本国憲法の精神に従い、国民をして、現に、不当に奪われている人身の自由を、司法裁判により、迅速、且つ、容易に回復せしめることを目的とする」人身保護法に定められた手続です(人身保護法1条)。
この法律が主として念頭に置いているのは,公権力による身柄拘束であると考えられますが,法文上,拘束者を公権力に限定することはなされておらず(人身保護規則3条),拘束者による拘束が「無権限であること又は違法であることが顕著」であれば,今回のケースのように,共同親権者間の子の引渡しについても利用しうると考えられています(人身保護規則4条)。
この手続の長所として,手続が迅速であること(人身保護法6条),相手方が手続に出頭しない場合には勾引しうること(人身保護法10条2項),子どもの監護は裁判所によりなされることから(人身保護規則25条),判決後の引渡しの実現可能性が高いこと等があります。
イ 利用可能性
ただし,今回のようなケースの場合,この手続を利用できる可能性は高くありません。この手続を利用する場合,拘束者による拘束が「無権限であること又は違法であることが顕著」であることが必要なことは既に述べました。
ア) この「拘束の違法性が顕著であること」の要件について,最高裁は,今回のケースのような「夫婦の一方(請求者)が他方(拘束者)に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決すべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決・民集二二巻七号一四四一頁)。そして、この場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条参照)ということができるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であることを要するもの、いいかえれば、拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものというべきである(前記判決参照)。けだし、夫婦がその間の子である幼児に対して共同で親権を行使している場合には、夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法というべきであるから、右監護・拘束が人身保護規則四条にいう顕著な違法性があるというためには、右監護が子の幸福に反することが明白であることを要するものといわなければならないからである」と判示しています(最判平成5年10月19日)
イ) さらに,最高裁は,上記判示中の「拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白である」ことの具体例として,「拘束者に対し、家事審判規則五二条の二又は五三条に基づく幼児引渡しを命ずる仮処分又は審判が出され、その親権行使が実質上制限されているのに拘束者が右仮処分等に従わない場合がこれに当たると考えられるが、更には、また、幼児にとって、請求者の監護の下では安定した生活を送ることができるのに、拘束者の監護の下においては著しくその健康が損なわれたり、満足な義務教育を受けることができないなど、拘束者の幼児に対する処遇が親権行使という観点からみてもこれを容認することができないような例外的な場合がこれに当たるというべきである」(最三小判平成6年4月26日)と述べており,共同親権者間の子の引渡しについて人身保護手続を利用することにつき,極めて制限的な立場をとっています。
(2) 家事審判手続
このように,人身保護手続の利用は容易ではありません。そこで,家事審判手続において,子の監護権者の指定及び子の引渡しを求めることが考えられます。
ア 手続の概要
民法は,離婚後の未成年者の監護については明文の規定を定めていますが(民法766条),別居中の監護権については規定していません。しかし,今回のケースのように,監護権者が定まらないままでは子の引渡しについてトラブルが生じ,子の福祉に反する事態が生じうることから,子の監護権者の指定及び子の引渡しについては,子の監護の処分(家事審判法9条1項乙類4号,家事審判規則53条)として調停及び審判の対象となると考えられています。
なお,第九条第一項乙類に規定されている審判事件については,裁判所は,職権でいつでも調停に付すことができるとされており(家事審判法11条),実務上は,まず調停の申立てをすることが通常です。ただし,調停を経ることなく審判を申し立てることも可能ですし,急を要する場合には,審判前の保全処分を利用することもできます(家事審判規則52条の2)。
イ 具体的主張
この手続においては,監護権者の指定及び子の引渡しの可否は,主にお子様の福祉の観点から決せられることとなります。弁護士とご相談のうえ,あなたがお子様の監護権者となることがお子様の福祉のためになることを主張されると良いでしょう。
以上です。