新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:先月,父親の債権者と名乗る業者から突然1000万円の請求を受けました。父親は2か月前に病気で亡くなりました。少額の負債などは返済したり,生命保険金などの受け取りはしていたのですが,父親の詳しい財産状況については知らなかったので突然このような多額の請求がきて困惑しています。1000万円の請求に対して支払わなくてはならないのでしょうか。また,父親が亡くなってから父親と前妻との間に子供がいることがわかり,連絡をしようと思っているのですが,未だ連絡がとれておりません。仮に私が1000万円支払わなくてはならなくなった場合,その子供に1000万円の支払いの分担をしてもらうことは可能でしょうか。 2.ただし,一定の事由がある場合には,相続を承認したものとして扱われ,相続放棄の効果が認められない場合がありますので注意してください(民法921条各号,920条)。遺産を構成する保険金(父親が保険金受取人の場合は遺産となる。最高裁昭和40年2月2日判決。)を受け取り保管していれば,法定承認(3号)には当たりませんが利用,消費すると法的に承認したことになり1000万円の負債も併せて相続負担することになります。遺産である現金は,預金から引き出し保管しておく行為は保存行為であり,承認にはなりません。遺産である現金を使い,父の負債(債務,税金の支払い等)を弁済した場合も同様と考えられます。但し,遺産の一部を債務の代物弁済として利用した場合は,保存行為の範囲を超えており,遺産の処分として単純承認とみなされるでしょう。尚,遺産と保険金の関係は法律相談事例集キーワード検索:917番,578番参照。 3.また,仮に相談者様に支払い義務があった場合,お父様と前妻との間のお子様に1000万円の支払いの分担をしてもらうことが可能かについては,そのお子様が相続の放棄をするか否かによって決まるということになります。そのお子様がお父様を相続することとなれば,遺産を構成する権利と同様に負債も法定相続分の割合に従って,支払い義務を分担することになります(民法887条1項,896条,900条)。そのお子さんが相続放棄をすることができるかという点につきましても注意点がありますので,以下の解説をご参照ください。この問題は,民法915条1項の「自己のために相続の開始があったことを知った時から」の意味内容をどのように解釈するかということです。相続開始を知ってから3か月を経過しても事情により相続放棄ができる場合があります。 解説: (1)本件における相談者様の行為のうち,生命保険金の受け取り行為については,法定単純承認(1号)に該当する場合と該当しない場合があります。生命保険金が「相続財産」に含まれるか否かが問題となるのです。 福岡高裁宮崎支部平成10年12月22日決定の内容。「抗告人らのした熟慮期間中の被相続人の相続債務の一部弁済行為は,自らの固有財産である前記の死亡保険金をもってしたものであるから,これが相続財産の一部を処分したことにあたらないことは明らかである。また,共済金の請求をしたのは,民法915条2項に定める相続財産の調査をしたに過ぎないもので,この共済金請求をもって,被相続人の相続財産の一部を処分したことにはならない。」ちなみに,遺産の全体の価値から見て少額の処分行為は,相続承認の意思表示があったかどうかについて処分の目的,額,性質から慎重な検討が必要です。大阪高等裁判所平成14年7月3日決定では,遺産により墓石の費用に充てた行為を「処分行為」と認めていません。形見分け等も財産的価値が少なければ相続承認の意思表示とは考えられないでしょう。但し,大審院判例昭和3年7月3日は,財産的価値に無関係に処分行為を認めています。単純承認の意思表示とは思われないので問題がある判断です。 判旨「被相続人ノ所有セシ衣類モ一般経済価額ヲ有スルモノハ勿論相続財産ニ属スルモノナレハ相続人ニ於テ之ヲ他人ニ贈与シタルトキハ民法第千二十四条第一号ニ該当シ其ノ之ヲ贈与シタルハ古来ノ習慣ニ基ク近親者ニ対スル形身分ニ過キサルノ理由ニ依リ之ヲ別異ニ取扱フヘキモノニアラス従テ上告人ノ為シタル本件衣類ノ処分ハ同条ニ該当シ上告人ハ単純承認ヲ為シタルモノト看做サルヘキモノナリ」 また,債務の弁済を被相続人の財産で弁済をしていた場合には,相続財産の処分になるのではないか疑問となりますが,原則として法定単純承認事由に該当しないと考えられます。すなわち,弁済期にある債務を弁済することは,民法921条1号ただし書の保存行為と考えられるため,法定単純承認事由から除外されているのです。ただし,代物弁済などした際には保存行為とは認められず,結果として相続放棄の効果がみとめられなくなるので注意が必要です。 最高裁同42年4月27日判決昭和40年(オ)第1348号貸金請求事件 しかしながら,民法九二一条一号本文が相続財産の処分行為があつた事実をもつて当然に相続の単純承認があつたものとみなしている主たる理由は,本来,かかる行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならないところであるから,これにより黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず,第三者から見ても単純承認があつたと信ずるのが当然であると認められることにある(大正九年一二月一七日大審院判決,民録二六輯二〇三四頁参照)。したがつて,たとえ相続人が相続財産を処分したとしても,いまだ相続開始の事実を知らなかつたときは,相続人に単純承認の意思があつたものと認めるに由ないから,右の規定により単純承認を擬制することは許されないわけであつて,この規定が適用されるためには,相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか,または,少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。 2.お父様と前妻との間のお子様の相続放棄の可否 <参考条文> 民法 <参考判例> 最高裁昭和59年4月27日第二小法廷判決
No.1110、2011/5/30 13:55 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【相続・相続放棄の可否・保険金の受領・被相続人の債務の弁済】
↓
回答:
1.お父様の財産を相続していれば,原則として,1000万円は支払わなければならないことになります(民法882条,887条1項,896条)。もっとも,お父様の財産(負債も含む)を相続しない方法をとった場合には,1000万円の支払い義務はないこととなります。その方法としましては,相続放棄の手続きをとるということが考えられます(民法939条)。相続放棄は,原則として,お父様の死亡を知った時点から3か月以内に家庭裁判所に申述する方法によって行うことのできる手続きですので(民法915条1項),相談者様といたしましては,お父様の財産の詳細を調査した結果,負債額の方が上回ると考えた場合,かかる手続きをすることをお勧めします。調査が間にあわないようであれば家庭裁判所に申し立てて3か月の期間を延ばすことも可能です(915条1項但し書き)。
具体的に言えば,相続開始及び相続人になったことを知って3カ月を経過しても,「相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,このように信ずるについて相当な理由がある場合,最高裁判例」や「財産の内容を知っていても,被相続人の積極及び消極の財産を全く承継することがないと信じ,かつ,このように信じたことについては相当な理由があった場合,東京高裁判例」です。3か月の起算点は具体的に相続財産の内容を知った時から起算されます。
法律相談事例集キーワード検索:917番,820番,754番参照をお願いします。
1.法定単純承認(民法921条)
法定単純承認事由が認められた場合には,相続を単純承認したと法的にみなされ,相続放棄の効果が認められなくなります(民法920条)。まず相続の承認の法的内容を明らかにする必要があります。というのは,920条は,単純承認をした時と規定して,法律行為,意思表示のように見える一方,921条1項2号は,放棄,限定承認をしないと単純承認をしたとみなすと規定し事実行為のようにも考えられます。第三者に対する効果が大きいのに単純承認の方法,形式等の規定もありませんし,ほとんどが単純承認の意思表示をせず法定単純承認になっている現状もあって考え方に差異が生じています。結論を言えば判例のように意思表示と考えるべきでしょう。単純承認は,被相続人の死亡により発生した権利,義務の総体を自らの権利として受諾するかどうかの判断を最終的に行うのですから,確定的な権利義務発生,移転の意思決定をして表示する行為と把握することができますし,その権利義務変動の効果を確定的に受けることになるからです。そうすると,民法921条の「処分」等の文言も相続承認の意思表示と同じように評価することができるかという観点から種々の要素を考慮して解釈することになります。
後述の最高裁同42年4月27日判決も法定単純承認を承認の黙示の意思表示と構成しており,意思表示説を採用しているようです。
この点,そもそも,生命保険金は,被保険者の死亡によって保険契約で定めた受取人に支払われるものです。そうだとすれば,受取人が被保険者(被相続人)と定められている場合には,被保険者の死亡により,その相続人が受取人としての地位(被相続人が有する死亡を条件とする保険金請求権が遺産となります。)を承継することになりますから,相続財産に含まれることとなります。よって,このような場合には,法定単純承認にあたり,相続放棄ができないこととなります。
受け取っただけで保険金を保管していたような場合であれば,単純承認の意思表示といえませんので保存行為の一態様として法定単純承認の「処分」とは評価されないでしょう(920条1項1号)。方法としては自分の預金口座であっても特定して保管しておく必要があります。相続放棄の手続きでも申立書面にその旨明確に記載することになります。
他方,保険契約上の受取人が相続人である場合には,その者が保険契約に基づいて直接取得するものであることから,被相続人の死亡がきっかけとなってはいますが,相続によって取得するものとはいえず,相続財産にはならないこととなります。よって,このような場合には,未だ相続放棄の効果が認められるということになります。
(2)次に,被相続人の債務の弁済が法定単純承認事由(民法921条1号)に該当するかが問題となります。
この点,債務の弁済を相続人自身の財産で弁済をしていた場合には,何ら被相続人の財産を処分したことにはならないため,法定単純承認事由には該当しないと考えられます。「処分」の意味内容ですが,相続債務の弁済は,債務消滅を伴い「処分」とも考えられますが,期限到来の債務の弁済は財産全体の保存行為であり,弁済原資も自らの財産である以上,弁済行為を相続承認の意思表示ととらえることはできないでしょう。
上告理由は以下の内容。
「原判決ハ上告人カ衣類三点ノ形見分ケヲナシタル事実ヲ認定シ民法第千二十四条第一号ニ該当スルモノト認メラレタルモ所謂形見分ケノ習慣ハ古来ノ淳風美俗ニ属シ仏事ノ延長ニ外ナラス本件ノ如ク僅カニ衣類三点ノ形見分ヲナシテ右法条ニ触ルルモノト見ルカ如キハ法ノ精神ヲ無視スル杓子定規ノ解釈ナリト云ハサルヘカラス即原判決ハ此ノ点ニ於テモ不法アルヲ免レス」
尚,処分行為をした相続人は,相続の開始及び相続人となったことを認 識している必要があります。法定単純承認の事由が,単純承認と同様に評価されるためには解釈上要件になるものと思います。
は同じ判断をしています。
判決内容,所論は,要するに,民法九二一条一号本文により相続人が単純承認をしたものとみなされるがためには,相続財産の全部または一部の処分という客観的事実が存すれば足り,相続人が自己のために相続が開始したことを知つてその処分をしたことは必要でないというにある。
本件につき原審の確定したところによれば,被上告人およびその家族は,訴外村越忠の死体が発見されて昭和三四年一二月七日に至つて初めて忠が死亡したことを知つたものであり,しかも,それ以前に被上告人が忠の死亡を確実に予想していたものとは認められないというのである。してみれば,後になつて忠が昭和三四年七月三〇日頃の家出当夜自殺死亡していたことが確認されたからといつて,忠の相続人である被上告人が,忠の家出後その行方不明中に,忠の所有財産の一部である判示動産を処分したとしても,民法九二一条一号による単純承認擬制の効力を生じないとした原審の見解が正当であることは,前段の説示に照らして明らかである。したがつて,原判決に所論の違法はなく,これと異なる見解に立つて原判決を非難する論旨は採用することができない。
(1) 前述のとおり,相続放棄は,被相続人の死亡を知ったときから3か月以内にしなければなりません。そのため,相続人が被相続人の死亡を知らなければ,被相続人死亡後3か月が過ぎても相続放棄をすることが可能です。
(2)仮に,相続人が被相続人の死亡を知っていたとしても,被相続人の死亡を知っていただけで,被相続人に相続財産の全部若しくは一部の存在を認識しておらず,かつ,通常これを認識することができなかった場合には,相続放棄が可能な期間である熟慮期間が起算されないため,被相続人死亡後3か月が過ぎても相続放棄をすることが可能です(最高裁昭和59年4月27日第二小法廷判決)。
この点について詳しくは,当事務所の法律相談事例集キーワード検索「相続放棄」で検索して下さい。法律相談事例集キーワード検索:917番,820番,754番参照。
第八百八十二条 相続は,死亡によって開始する。
第八百八十七条 被相続人の子は,相続人となる。
第八百九十六条 相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし,被相続人の一身に専属したものは,この限りでない。
第九百条 同順位の相続人が数人あるときは,その相続分は,次の各号の定めるところによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは,子の相続分及び配偶者の相続分は,各二分の一とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは,配偶者の相続分は,三分の二とし,直系尊属の相続分は,三分の一とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは,配偶者の相続分は,四分の三とし,兄弟姉妹の相続分は,四分の一とする。
四 子,直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは,各自の相続分は,相等しいものとする。ただし,嫡出でない子の相続分は,嫡出である子の相続分の二分の一とし,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は,父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。
第九百十五条 相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし,この期間は,利害関係人又は検察官の請求によって,家庭裁判所において伸長することができる。
第九百二十条 相続人は,単純承認をしたときは,無限に被相続人の権利義務を承継する。
第九百二十一条 次に掲げる場合には,相続人は,単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし,保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは,この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が,限定承認又は相続の放棄をした後であっても,相続財産の全部若しくは一部を隠匿し,私にこれを消費し,又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし,その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は,この限りでない。
第九百三十九条 相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなす。
民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは,相続人が,相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には,通常,右各事実を知つた時から三か月以内に,調査すること等によつて,相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無,その状況等を認識し又は認識することができ,したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから,熟慮期間は,原則として,相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが,相続人が,右各事実を知つた場合であつても,右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが,被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,被相続人の生活歴,被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて,相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには,相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり,熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。