新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1112、2011/6/3 17:02 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・相続開始後遺産分割前に生じた賃料は相続財産にはいるか・最高裁平成17年9月8日判決】

質問:夫が死亡し、相続人は妻である私と子供二人です。夫の遺産には賃貸マンションが含まれていましたが、遺産分割協議がすぐにできなかったのでとりあえず、本件マンションから生じる家賃は、専用の銀行口座を開設し、入金してもらいました。その後、遺産分割協議が成立し賃貸マンションは私が全部相続しました。遺産分割協議が成立した時点で、家賃の送金先口座には、3000万円の賃料が貯まっていました。この相続開始後の賃料はどのように扱えば良いのでしょうか。

回答:
遺産分割協議において、家賃も相続財産として分割協議をしていれば、その協議で決められた相続人が家賃を取得します。しかし、うっかりして決めていなかった場合は、この家賃は相続財産ではないとするのが判例の扱いです。判例によれば、貯まっていた家賃は、相続開始から遺産分割協議成立までの間においては相続財産であるマンションは法定相続分に応じて各相続人の共有であったことを根拠に、法定相続分に応じて家賃請求権を取得していたと考え妻が2分の1(相談の場合は1500万円)、子供が各4分の1(相談の場合は750万円)を各々取得することになります。

解説:
1.(賃料の性格)民法88条2項は「物の使用の対価として受けるべき金銭・・・を法定果実とする。」と規定しており、家賃は法定果実であるとされています。法定果実が誰に帰属するかについては民法89条2項に規定があり収受する権利者が取得することになっています。そして建物のような不動産については特に収受権者が明らかでない場合は不動産の所有者が取得することが決められています。

2.(条文上の問題点)そうすると、ご相談の家賃もマンションの所有者が取得することになります。しかし、相続が発生し、共同相続人がいる場合は、相続財産との関係もあり権利関係が明確ではありません。というのは、民法898条では、相続人が数人いる共同相続では、相続財産はその共有に属すると規定されており、そうするとマンションは3人の相続人の共有として、家賃も共有持分に応じて取得することになるはずですが、他方で、民法909条では遺産の分割は相続の開始にさかのぼってその効力を生ずると規定していることから、相続の開始時である被相続人の死亡後すぐに遺産分割により相談者である妻がマンションの所有権を取得し、その後の家賃も妻が所有者として取得することになるはずです。この点、どう考えればよいのか解釈上問題となります。

3.(最高裁判決)この点について、判例は、本件類似の事案において、相続開始後遺産分割までの間の賃料債権は、遺産とは別個の財産であるとして、遺産分割の対象にならないとしました(最判平成17年9月8日民集59巻7号)。相続は被相続人の死亡によって開始し、相続開始の時に被相続人に属する財産を相続人が引き継ぐ制度(民882条.896条)ですから、死亡後に発生した財産である家賃は相続財産ではないことになりますから、判例の考え方は相続制度に合致しています。また、判例の理由づけは、遺産分割成立前の賃料債権は分割債権であり、各共同相続人に法定相続分の割合で帰属した状態で発生したものであることを論拠としています。その結果、各共同相続人がその相続分(マンションの共有持分)に応じて分割単独債権として確定的に賃料債権を取得し、その後になされる遺産分割の影響は受けないことになります。この結論は論理的には納得できるものです。しかし、1、2審は、上記の遺産分割の遡及効を重視、貫徹し、共有状態は発生していないとする考え方をとっていましたので、最高裁判所が遡及効を覆す結論をとるのであれば、実質的理由づけがあってもよかったという指摘がなされています。

4.(判例の検討、賃料について共同相続人に合意がある場合)もっとも、この最高裁の判例が当てはまるのは、家賃について何ら共同相続人の間で合意ができなかった場合です。本件では、賃料は遺産分割により本件マンションの帰属が確定した時点で清算することとし、それまでの期間に支払われる賃料を管理するために共同で銀行口座が開設され、そこに賃料が振り込まれているという特殊性があります。清算するという合意をどう解するか問題となりますが、マンションを相続した人が分割協議成立までの家賃も受領する、という合意が成立していればもちろんその合意に従うことになります。判例のように、遺産に含まれない賃料債権は法定相続分にしたがって分割債権となると考える下級審裁判例でも、共同相続人間に合意がある場合などは、賃料債権を遺産分割の対象とすることを認めています(東京高決昭和56年5月18日家月35巻4号55頁など)。上記判例も、賃料債権について別個分割協議するなどの合意があっても、なお当然に分割債権となると判断したわけではなく、当事者がその点を十分に主張しなかったために、合意の存在を前提に判決ができなかったことによるようです。

5.(相続の効力と民法909条、遡及効の意味)最高裁の判例の見解が妥当のように思います。相続とは、私有財産制の理論的帰結(相続人の推定的意思)として各相続人に当然に権利移転し共有関係となり、その後の遺産分割は権利者相互の持分移転の合意と考えるのが筋であると思います。これに対して遡及効の意味は、その後の分割協議により取得した相続人の権利を保護し相続人間の実質的平等を確保しようとする政策的意図のもとに規定されたものです。遡及効を与えないと分割前の持分の移転が有効になり取得した相続人が権利を取得できない結果になるということです。しかし、909条但し書きでこの意味も薄れてきたといわれています。分割協議により取得した相続人の保護は、遺産そのものに対して認めれば十分であり、遺産から相続後に生じた法定果実である賃料に関して特に意思表示をしていない以上分割前の共有者相続人の権利を認めるのが理論的であると考えます。又、賃料は、そもそも遺産の一部(相続財産の延長として考える)か、それとも別個の財産かという問題がありますが、最高裁のように遺産とは別個の財産と考えるべきであると思います。遺産共有持分が理論的に相続発生と同時に各相続人に帰属する以上、賃料は、本来各相続人の固有の権利として発生し帰属しています。従って、遺産分割に際し権利を取得する相続人が明確に賃料取得の意思表示をしなければ、元の共有者に残されていると考えざるを得ません。さらに、909条の趣旨から遡及効により保護を受ける相続人に賃料取得の意思表示を求めても特別不利益を科すことにはならないでしょう。

6.(まとめ)このように、相続財産に賃貸物件がある場合は、遺産分割協議の際、分割協議が成立するまでの賃料の処理についても後日問題がないよう、明確にしておく必要があります。本件の場合は、3000万円の賃料を妻であるあなたが預かり金として所持しているなら、2人のお子さんに対し、各750万円を、分割までの賃料の精算金として支払うべきことになります。但し、実際の清算はこれとは異なる場合があります。実務上は、遺産分割協議書の記載方法などの事情により、遺産分割とは別に、この貯まった賃料の清算方法について黙示の合意があったと主張しうる場合がありますので、関係資料を弁護士に見てもらい、今後の対応方法をお決めになると良いでしょう。

≪参照条文≫

民法
(相続開始の原因)
第八百八十二条  相続は、死亡によって開始する。
第三章 相続の効力
    第一節 総則
(相続の一般的効力)
第八百九十六条  相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
(共同相続の効力)
第八百九十八条  相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
第八百九十九条  各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。
(遺産の分割の効力)
第九〇九条
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。

≪参照判例≫

判旨(最高裁平成17年9月8日第一小法廷判決)
「遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
 したがって、相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、XおよびY1らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座の残金は、これを前提として清算されるべきである。」

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