新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1114、2011/6/8 15:56

【商事・契約・請負・瑕疵担保責任の存続期間】

質問:当社は,コンピュータソフトウェア作成を請け負う契約を締結予定です。ところが,注文者であるA社から提示された契約書案を見たところ,保証期間1年のほかに,成果物の瑕疵について当社に過失があった場合,保証期間後も引き続き無償での補修や損害賠償に応じなければならないと読める条項になっていました。永久にそのような責任を負うとされては困りますが,A社は大手企業傘下の有望取引先なので,できれば断わりたくありません。何とかならないでしょうか。

回答:
1.本件契約が商人間の請負契約であることを前提とすれば,たとえそのような条項があったとしても,貴社が成果物を納品した日から5年を超えて瑕疵担保責任を負うことはないと解することができるでしょう。
2.両当事者の概要,契約に至る経緯などをお聞きかせいただき,契約書等の関連資料全体を拝見することで,より具体的なご回答を差し上げたり,別の留意点についてコメントしたりすることも可能かと存じます。
3.瑕疵担保責任等に関して法律相談事例集キーワード検索:1032番993番926番882番815番813番159番参照。

解説:
【本件の責任の法的性格】

  本件契約条項において,貴社が負担することとされているのは,請負人の瑕疵担保責任であると考えられます。そこで,まずは請負人の瑕疵担保責任の法的性格について,本題から逸れない程度に触れることにしましょう。

【請負人の瑕疵担保責任は、売買契約の売主の瑕疵担保責任の特則】

  請負契約において,仕事の目的物に瑕疵があるときは,注文者は,請負人に対し,瑕疵修補や損害賠償を請求することができ(民法634条),瑕疵のために契約の目的を達することができないときは解除をすることもできます(民法635条本文)。請負契約も有償契約なので,何か特別の規定がない限りは民法559条によって売買における売主の瑕疵担保責任の規定(570条,566条)が準用されるはずのところ,敢えて請負契約ならではの瑕疵担保責任の規定が設けられています。こうした関係から,請負人の瑕疵担保責任は,売主の瑕疵担保責任の特則であると解されています。つまり,請負契約においては,請負人の瑕疵担保責任のみが適用され,売主の瑕疵担保責任の規定は排除されることになります。そして,請負契約は,仕事の完成を本質とするもので,瑕疵のない成果物の給付が当然に予定されているといえることから,対象となる瑕疵が売買契約の様に「隠れた」ものに限定されません。

  隠れた瑕疵とは、契約当事者が、瑕疵の存在を知らないことを言いますが、売買の場合瑕疵を事前に知っていれば契約締結の解消、内容の変更が可能であり公平上買い主を保護する必要はありません。しかし、請負の場合は、契約の目的物は締結時に存在しませんので契約締結前に瑕疵の存在を知ることは不可能であり、その後瑕疵の存在を知っても労務を提供している以上仕事の完成まで途中から、解消、契約内容の変更が当然出来ないので公平上「隠れた」という要件はありません。

  尚、瑕疵担保責任は、法が契約当事者の公平をはかるため特別に認めた責任です。これを学問上法定責任説と言います。私的自治、契約自由の原則から言えば、契約当事者は、不法行為責任を除き自ら契約した内容を履行しない場合に限り債務不履行としての責任を負い、解除、損害賠償責任が課せられます。しかし、特定物売買は、この世に目的物が一つしかなく、これを引き渡せば債務が履行されたことになりたとえ目的物に瑕疵があっても債務不履行という評価は出来ません。しかし、売買契約は双務有償契約であり瑕疵有る目的物を知らないで受領した買い主を信義則、公平の理念から保護する必要があり法律が、特に規定して買い主保護のために認めたものが売主の瑕疵担保責任です。請負の瑕疵担保責任も同様です。請負は、ある仕事の完成を目的とする労務供給しこの労務の提供に対して報酬を支払う契約です。請負人は仕事の完成を目的とした労務を供給し仕事を完成すれば法的には債務を履行したことになります。

  しかし、完成した目的物、仕事の結果に瑕疵があれば双務有償契約の趣旨及び、信義則、公平の理念から注文者を保護する必要があり、法が特別に認めたものが請負人の瑕疵担保責任です。請負は売買のように存在する目的物の引き渡しという一回限りの契約ではなく、ある期間内の労務提供という性質から、責任の内容を売買と同様にすることは出来ず特則として責任内容を詳しく定めました。担保責任の権利行使期間は時効期間ではなく除斥期間といわれるもので事実状態を尊重し権利関係当事者間の利益調整を目的とする時効と異なり、期間内に限り権利行使が特に認められるものです。従って、時効のように中断、援用というものはありません。担保責任が、法が特に認めたものであり権利関係を早期に安定する必要上、権利行使期間は限定されることになっています。

【債務不履行責任の特則】

  さらに,請負人の瑕疵担保責任は,債務不履行(不完全履行)の特則でもあると解されています。仕事の目的物に存在する瑕疵は,その目的物完成のために供された材料の瑕疵ばかりでなく,仕事そのものの不完全さによっても生じうるものですが,請負人の瑕疵担保責任の規定は,瑕疵の原因について何らの限定を持に加えていないため,仕事の不完全さ(不完全履行)による瑕疵の場合も請負人の瑕疵担保責任によって解決すべきものとしたと解することができるのです。
  債務不履行の一般的な規定があるにもかかわらず,こうした特別の規定が置かれているため,請負においては,一応の仕事が完成した以上は,たとえ不完全履行による債務不履行があっても専ら請負人の瑕疵担保責任の問題として取り扱われ,債務不履行に関する規定の適用は排除されることになります。
  
  これと同旨の判断をした裁判例として,東京地裁平成4年12月21日判決がありますので,該当部分を引用します。
  「なお,原告は,同被告に対し,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求のほかに,選択的に本件請負契約の不完全履行に基づく損害賠償請求をしているが,請負人の瑕疵担保責任に関する民法第六三四条以下の規定は,単に売主の担保責任に関する同法第五六一条以下の特則であるのみならず,不完全履行の一般理論の適用を排除するものと解すべきであり,瑕疵担保責任を問うのはともかく,不完全履行の責任は問い得ないというべきである。何故ならば,請負は請負人による仕事の完成を目的としており,完成された仕事の瑕疵は,単に材料の瑕疵からだけではなく,請負人の仕事のやり方の不完全なことによっても発生するものであるところ,請負契約についての瑕疵担保責任の規定は瑕疵を生じた理由について何ら限定を加えておらず,右規定は,右のような請負における瑕疵の特殊性に着眼して特別な内容を定めたものと解すべきであるからである。」

  このように,仕事が一応完成した後の請負人については債務不履行の規定が排除され,すべて請負人の担保責任問題として処理されることになります。したがって,たとえ請負人に過失がある場合であっても,別途債務不履行責任をされる可能性の検討は要せず,請負人の瑕疵担保責任について注意を払えばよいことになります。なお、請負人が債務不履行責任を負わないというためには仕事が完成したと認められることが必要ですから瑕疵が重大で仕事の完成とは認められない場合は、やはり債務不履行責任を負うことになります。

【請負人の担保責任の存続期間】

  請負人の担保責任については,その存続期間が仕事の目的物を引き渡してから1年間と定められています(民法637条1項)。これは除斥期間といって,権利の存続期間を定めることによって法律関係の早期安定化を図ろうとする趣旨のものです。1年という短い期間になっているのは,本責任が無過失責任(債務不履行ではなく法が認めた公平上の責任なので、)であること,責任の内容が広い(損害賠償にとどまらず,瑕疵修補にも及ぶ)ことなど,請負人にとって重く定められていることとの均衡が図られているものだと思われます。もっとも,担保責任の期間は,当事者の合意により,民法167条の規定による消滅時効期間内に限って伸長することができるとされています(民法639条)。当事者間の自由な合意を尊重する趣旨です。

  では,なぜ,消滅時効期間の範囲内なのでしょうか。その理由は,民法146条の趣旨に求めることができます。民法146条は「時効の利益は,あらかじめ放棄することはできない。」と定めています。これは,例えば,時効期間が完成する前に「将来,時効が完成してもその利益を受けない。」と約束しても無効であるということを示しています。法律が時効期間の定めを置いているのに,当事者間の合意でこの期間を延ばせることとしたら,永続する事実状態を尊重しようとするなどの時効制度の趣旨が損なわれてしまいます。また,債権者が債務者との力関係の強弱を恃んで債務者に利益を放棄させるなどの弊害が生じることも明らかです。
  こうした民法146条の規定との関係上,請負人の瑕疵担保の存続期間の伸長についても,同様の制限が課されているものと解されます。又、瑕疵担保責任は、公平上法が認めた特別責任であり、法律関係の安定のため当事者の合意があるとしても一定の制限をしたものと考えられます。

【請負契約が商行為の場合における存続期間伸長の限界】

  それでは,請負契約が商法上の商行為に該当する場合は,伸長の上限はどうなるでしょうか。民法167条の規定する消滅時効期間は,債権について10年とされていますが,商行為によって生じた債権については,取引関係を迅速明確に処理する要請が高いことから,商法522に5年の短期消滅時効が定められています。これに対して民法639条が文言上は「民法167条の規定による消滅時効期間内に限り」としていることから,商行為としての請負契約についても10年まで伸長できるのかについて検討します。
本稿執筆にあたり,この点を明確に指摘した文献や裁判例は見つけることができませんでしたので,あくまで私見となりますが,商行為に該当する以上は,商事消滅時効の5年の限度でしか伸長できないと解すべきと考えます。
  請負人の瑕疵担保責任の問題から一旦離れて,商行為一般として考えたとき,当事者間で商事時効の適用を予め排除し,本来なら5年のはずの時効期間を民法の10年にするという合意をしても無効です。先に述べたとおり,時効の利益を予め放棄することはできないからです。そうだとすると,請負人の瑕疵担保責任の存続期間を契約によって伸長するときにおいても,当該請負契約が商行為にあたるのなら,商事消滅時効の期間内での伸長に限られると解するのが商法522条,民法146条の趣旨に沿うものといえます。このような解釈は、権利関係の安定化が要請される担保責任の趣旨にも合致するものと考えられます。

【本件へのあてはめ】

  以上の検討結果を本件事案にあてはめてみます。
  まず,貴社とA社との契約が請負契約であることを前提とすると,貴社の過失の有無に関わらず,債務不履行責任の追及を受けることの検討は不要で,たとえ過失がある場合であっても,専ら請負人の瑕疵担保責任の問題として考えていくことになります。
そのうえで冒頭において問題とされた契約条項ですが,これは,請負人である貴社の瑕疵担保責任について,貴社に過失がある場合に限って,その存続期間を伸長する契約であるといえます。つまり,貴社に過失がある場合だったと言えないときは原則どおり1年間の保証期間となります。
  一方,貴社に過失がある場合については,伸長する期間が明示されていないので,その限界が問題となります。この点,本件請負契約の締結という法律行為が商行為に該当することはおそらく争いがないでしょう(商法502条6号の営業的商行為または商法503条1項の附属的商行為)。そうすると,商事消滅時効期間である5年が上限であると解されます。よって,結論としては,本件契約条項によったとしても,貴社が永久に瑕疵担保責任を負うことはなく,最長でも5年間にとどまると解されるということになるでしょう。

  もっとも,A社としてはそのように理解していないかもしれません。紛争になってから主張を戦わせるのではなく,契約締結段階,つまり今のうちに「本条項はこのように解されるがどうか。」という形で予め貴社の見解をA社に示し,当事者の共通理解にしておく方が無難でしょう。貴社の経営判断として5年間なら期間伸長を我慢していいというのであれば,その旨を明示しておくだけで不確定要素が一つなくなることになります。ところで,弁護士に契約書の条項に関する相談をする際ですが,ある一部分だけを切り取ってその部分に意見を求められてもお答えすることは通常困難です。契約全体における位置付けや,他の条項との関係から見えてくるものがあるからです。弁護士にご相談される際はこの点にご留意いただきたくお願いします。

【参照法令】

≪民法≫
(請負人の担保責任)
第634条
1項
仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2項
注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第五百三十三条の規定を準用する。
第635条
仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。
(請負人の担保責任の存続期間)
第637条
1項
前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2項
仕事の目的物の引渡しを要しない場合には、前項の期間は、仕事が終了した時から起算する。
(担保責任の存続期間の伸長)
第639条
第六百三十七条及び前条第一項の期間は、第百六十七条の規定による消滅時効の期間内に限り、契約で伸長することができる。
(債権等の消滅時効)
第167条
1項
債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
2項
債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。
(時効の利益の放棄)
第146条
時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。

≪商法≫
(商事消滅時効)
第522条
商行為によって生じた債権は、この法律に別段の定めがある場合を除き、五年間行使しないときは、時効によって消滅する。ただし、他の法令に五年間より短い時効期間の定めがあるときは、その定めるところによる。

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