勾留の執行停止及び保釈
刑事|勾留|保釈
目次
質問:
夫が罪を犯し,身柄を拘束されています。夫の母が心労から倒れ,入院することになりましたが,医者からは先が長くないことを言われています。何とか母の死に目には会わせて上げたいのですが,どうしようもないのでしょうか。お葬式にでることもできませんか。
回答:
1.起訴前であれば,勾留執行の停止,起訴後であれば,勾留の執行停止のほかに保釈という手段が考えられます。但し,執行停止は,母の危篤状態等特別な場合に限られます。単なる入院では難しいでしょう。
2.勾留に関する関連事例集参照。
解説:
1.(被疑者,被告人の身柄拘束)
刑事の身柄拘束には,①被疑者段階(起訴前)の身柄拘束と②被告人段階(起訴後)の身柄拘束があります。①起訴前の身柄拘束には逮捕と勾留がありますが,逮捕というのは法的には身柄拘束をされて最初の最大で72時間の拘束のことをいい,その後は勾留状に基づいて身柄を拘束されることになります。逮捕された場合,留置して身柄を拘束する必要がないと検察官が判断した場合以外は釈放されませんので,母親の病気を理由に釈放されることはないと言ってよいでしょう。しかし,勾留は長期間になりますので留置の必要があっても釈放される場合があります。そこで,①起訴前の勾留と②起訴後の勾留に分けて考えます。
ところでそもそも勾留は,どうして許されるのか説明しておきます。勾留とは,被疑者,被告人を拘禁する刑事手続き上の強制処分すなわち裁判,及びその執行をいいます。罪を犯したと疑いがある者は,捜査機関の取り調べ,証拠隠滅防止,その後の法廷への出廷確保,処罰のための身柄確保が必要であり,適正な法定手続きにより認められています。しかし,被害者,被告人は疑いをかけられているだけですから,有罪が確定するまでは無罪の推定(フランス人権宣言,市民的及び政治的権利に関する国際規約14条2項。疑わしきは被告人の利益にという検察官の挙証責任に関する大原則。勿論被疑者にも適用されます。)を受けますので,勾留するためには,必ず,その必要性を中立的な裁判所(裁判官)に判断してもらいその裁判(決定)が必ず必要となります。
2.(起訴前の被疑者の身柄拘束,勾留)
起訴前の勾留は法律上最大で20日(特別な犯罪については最大30日ですが,通常の犯罪は最大20日と考えて頂いて結構です。)の期間と定められています(刑訴法208条)。検察官はこの20日間の間で起訴するか否かを決定しなければならず,起訴しない場合には釈放しなければなりません。有罪かどうか不明な被疑者を捜査する必要性があるとは言え,長期間拘束することは無罪の推定の原則から許されないからです。
この段階で,勾留を解くための手段としては,①勾留に対する準抗告(刑訴法429条),②勾留の取り消し請求(刑訴法87条,207条),③勾留に対する執行停止の申請(刑訴法95条,98条 ,207条で準用,裁判所(起訴前は裁判官の権限)が適当と認める理由があれば期間を区切り勾留の執行を一時的に停止すること。難解な表現ですが,207条で裁判官の権限として起訴後の勾留に関する規定が基本的に準用されていると解釈されます。)があります。
これらの違いは簡単に言えば,①は勾留をするという決定自体が不当だという争い方であり,②は勾留するという決定自体は争わないとしても,その後の事情変更によって勾留する必要性がなくなったから,釈放しろという争い方,③は勾留自体適法であるが,一時的に釈放を求めるというもの,というように言えます。
①,②の方法は,いつの時点の問題かの違いはあるものの,いずれにせよ,勾留の理由あるいは必要がないということを言うわけですが,この勾留の理由や必要というのは,あくまで,犯罪の嫌疑の程度や,逃亡のおそれ,罪証隠滅のおそれなどを考慮するもので,ご相談のような親族が危篤であるとか,事件外の要因で影響されるものでは基本的にはありません。もちろん,逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもないということで,①,②のような形で,身柄拘束について争うことは可能ですが,ご相談のような事情で,一時的にでも出たいということであれば,③の勾留の執行停止の申請という手続きをとることになります。勾留の執行停止の申請がなされると,裁判所は「適当と認めるとき」に期間やその他の条件(例えば,居住地の制限など)を付して,身柄を解放することになります。
実務上「適当と認めるとき」というのは,「勾留の目的を阻害してもなおその執行を停止して釈放すべき緊急あるいは切実な必要がある場合」とされています(東京地裁昭和42年2月21日決定)。具体的には,勾留を継続することにより被疑者本人や家族等に不当な苦痛,不利益を与えてしまう場合で保釈を待てないような状況か否かを判断することになります。被疑者本人の病気治療のための入院,両親・配偶者の危篤または死亡,家庭の重大な災害,就職試験,学校の試験などの場合に認められたケースがありますが,当然犯罪の軽重や,逃亡のおそれ,罪証隠滅のおそれなども考慮し,総合判断ということになりますから,認められるかどうかはケースバイケースです。なお,後述の保釈と違い,保証金の納付は必要ありません。一時的釈放であり,身柄解放につき正当な理由があるので逃走,証拠隠滅の可能性が少ないという判断です。
執行停止は,95条の条文から明らかなように「裁判所が---停止することができる」と規定しており,裁判所が職権で行うもので,被告人,被疑者が権利として請求できるものでありません。勾留取消し,保釈は「被告人の請求」と書いてありますので具体的権利として認められています。被告人,被疑者の申立書は,職権発動を促すことしかできませんし,これに対して却下する決定を行う義務は存在しません。準抗告の制度を認め,勾留理由があると判断した以上基本的に被疑者,被告人にこれを争う権利は認める必要がないからです。従って,後述の判例のように仮に執行停止を認めない決定をしても,職権を発動しなかったという意味しかなく,準抗告は理論的にできないことになるでしょう。勾留の理由がある以上,起訴前に執行停止が認められるのは,勾留期間が原則20日間と短く例外的,特別な場合に限られるでしょう。ただ,本人が重病を抱えるような場合は事前に捜査官と協議すれば送検,勾留請求自体を考えてくれるのが通常です。弁護人と協議し資料をそろえて提出することが必要です。母が入院したので逮捕勾留を待ってくれという主張通らないように,起訴前の執行停止は難しいでしょう。
3.(起訴後の被告人の勾留)
(1)起訴前の勾留のあと起訴の選択がなされると,通常そのまま起訴後の勾留に移行します。起訴前の勾留理由が存在する以上,通常起訴後の被告人にも該当すると考えられますし,法廷への出頭確保の必要性から,起訴前の勾留期限が満了してもさらに再度勾留の決定をすることなく勾留は継続されます。弁護人側は,勾留理由がまったく消滅したことを理由に争うか(勾留取り消し),保証金を積んで担保を示し保釈を求める必要があります。起訴されたのですから,被告人の取り調べ,証拠収集は終了しており,法廷の出頭確保(逃走防止)が重要となり,裁判所の裁量保釈等により罪証隠滅等の判断は起訴前より緩和されることになります。
起訴後の勾留についても,起訴前の勾留について説明した①から③の手続きを使って,身柄の解放を求めることは可能です。ご相談の事情であれば,③の手続きをとることになります。前述のように刑事訴訟法は,刑訴60条以降に被告人の勾留に関し一般的規定を置いて,被疑者の勾留に関しては,刑訴207条で被告人の規定を準用する形を取っています。
(2)被告人の執行停止に関する判例を検討します。起訴後は,保釈制度があるので,担保となる保証金がないので,認められる要件はなお厳しいと言わざるを得ないでしょう。
(判例)
①広島高等裁判所昭和60年10月25日決定。「殺人未遂等により勾留され公判審理中の被告人が市長選挙に立候補したことによる選挙運動の必要性は,適当と認める理由とは言い難い」として原審広島地裁が認めた執行停止について検察官の準抗告を認め停止決定を取り消しています。被告人が勾留され選挙運動ができないことを承知で立候補したことも理由になっています。
②大阪高等裁判所昭和60年11月22日決定。実弟の結婚式出席のための執行停止に関し,原審大阪地裁の執行停止決定を取り消しています。「被告人の本件勾留の理由及びその必要性,被告人の本件逮捕前の生活状況,現在の被告人の家族関係などに照らすと,弁護人の答弁における主張を考慮しても,本件において,被告人が実弟の結婚式に出席させるため勾留の執行を停止することが適当であるとは認められない。したがって,被告人に対する勾留の執行を停止した原決定は相当でないというべきである。本件抗告は理由がある。」
③大阪高等裁判所昭和四九年一一月二〇日決定。この決定は,執行停止は裁判所が職権で行うものであり,弁護人に裁判所に対する要求する具体的権利がないので却下決定(本来却下決定をする必要もない)に対して抗告ができないという判断です。但し,裁判所が職権で認めた停止決定には検察官は抗告が可能となります。「しかしながら勾留の執行停止は,裁判所が職権をもつてなすものであり,被告人からそれを要求する権利は訴訟法上認められていない。したがつて,被告人からは裁判所に対し勾留執行停止の申立をなし得ず,単にその職権発動を促し得るにすぎないのであり,裁判所は必ずしもこれに対して裁判をしなければならないものでないことはいうまでもない。しかるに原裁判所は,被告人からの勾留執行停止の申立を却下する旨の決定をなしているが,これは本来する必要のない却下決定をなしたのであつて,右決定は単に職権を発動しない旨を明示する以上の効力をもつものではないのであるから,右決定は刑事訴訟法四二〇条にいう「勾留に関する決定」にあたらず,被告人から右決定を不服として抗告を申立てる権利はないものと解するのが相当である。そうすると,原決定に対して右弁護人から抗告することができないことは明らかであつて,本件抗告は抗告権がないのになされたものであるからこれを棄却することとする。」
④東京高等裁判所昭和32年5月5日決定。高血圧の治療の必要があっても執行停止は認めていません。又,却下決定に対し抗告の可能性を認めていますが,結果的に手続き上の不備を理由に抗告を是認していません。判旨,「元来被告人の勾留停止は,刑事訴訟法第九五条において,裁判所は,適当と認めるときは,決定で,勾留されている被告人を親族,保護団体その他の者に委託し,又は被告人の住居を制限して,勾留の執行を停止することができると規定されているのであつて,刑事訴訟法上被告人又は弁護人などにおいて勾留停止を申請する権利が認められているものではなく,裁判所もかかる申請がなされた場合にこれに対する許否の決定をなすべきことを義務づけられているものではない。すなわち,かかる申請がなされたとしても,それは裁判所に対して勾留の執行停止決定をうながすに過ぎないのである。しかしながら,裁判所が進んで右申請につきこれを却下する旨の決定をした場合においては,これは勾留に関する決定であるから,同法第四二〇条によつてこれに対して抗告できるものというべきである。しかるところ,本件についてみるに,前掲申請書謄本によれば,その末尾に「右申請のうち勾留執行停止申請は之を却下す」と附記せられ,千葉地方裁判所第一刑事部裁判長裁判官(★)とあるのみであつて,合議体である同裁判所の他の両裁判官の押印はなくかつその作成年月日の記載もないのであるから,右をもつて合議裁判所の決定がなされたものとは認めがたく,また仮りにこれをもつて決定があつたと認めるとしても,その決定書の謄本を申請人に送達して,その告知がなされたとみるべき跡も存しない。であるから,かかる決定があつたとしてもその効力は未だ発生しないものとみるべきであり,これに対しては抗告するに由なきものであつて,申立人等の主張するごとき勾留を停止すべき事由の有無及び申立人等の申請を却下した決定の適否を判断するまでもなく本件抗告は理由なきものとして棄却するの外なきものである。」
⑤東京地裁昭和42年2月21日決定。政党の委員会出席,立候補,健康上「弱視」の理由では適当な理由に当たらないとして,東京地裁の決定を取り消している。「刑事訴訟法第九五条は適当と認めるときは勾留の執行を停止することができると定めているのみであるが,右の適当と認めるときとは勾留執行停止制度の目的から考えると,勾留の目的を阻害することとなってもなおその執行を停止して釈放すべき緊急或いは切実な必要がある場合をいうと解すべく,例えば被疑者の重病或は急病のため緊急の治療を要するとか,被疑者に回復することのできない,経済的,社会的不利益を生ずるとか,家族の危篤又は死亡等の場合の如く,勾留期間の満了或いは保証金の納付を条件とするところの保釈による釈放を待つことができず,勾留の執行を継続することによって,勾留の目的以上に,被疑者及び家族等に対して,不当な苦痛或は不利益を与えるような場合に勾留の執行を停止するのを適当と解すべきである。」
⑥東京高等裁判所昭和46年9月6日第七刑事部決定。肺結核について執行停止を認めていません。弁護人の抗告権も認めていないのが特徴です。判旨,「勾留の執行停止に関する抗告について考えてみるに,前記勾留に関する処分記録によれば,昭和四六年七月二七日弁護人から被告人の肺結核罹病を理由とする勾留の執行停止許可申請書が原裁判所に提出されたこと(その後同年八月一三日付の勾留執行停止理由追加申立書が提出されている。)および右許可申請書の末尾に,「本申請について職権の発動をしない,昭和四六年八月一六日東京地方裁判所刑事第一〇部裁判長裁判官内藤丈夫外二裁判官の氏名」の記載がなされ,かつ各裁判官の氏名下に押印がなされていることを認めることができる。ところで,弁護人は,原裁判所の右裁判を取消し,勾留の執行を二ケ月間停止する旨の裁判を求めるとして抗告をしたものであるが,勾留の執行停止は,裁判所が職権をもつてなすものであり,被告人側から裁判所に対し執行停止の申請をしても,それは,唯裁判所の職権発動を促す意味をもつに過ぎないのであつて,裁判所は必ずしもその申請について裁判をなし,これを告知する訴訟法上の義務はないのであるから(最高裁判決,昭和二四年二月一七日,判例集三巻二号一八四頁),原裁判所もこのことを考えて本件勾留の執行停止申請について正規の決定をすることなく,右申請書に右のような記載をなすに止めたものと解されるのであつて,この記載の体裁にかんがみ,又右記載の謄本が訴訟関係人に送達された形跡もうかがわれないことをも併せ勘案すれば,右の措置をもつて原裁判所の決定があつたものとは認め難いから,これに対して抗告するに由ないものというべく,すなわち本件抗告は不適法として棄却する外はないのである(なお,勾留の執行停止申請の実体について考えてみても,申請の理由は,前述のとおり,被告人の肺結核罹病により勾留に耐え難いというものであるが,その理由のないことは,すでに説明したとおりであり,他に勾留の執行を停止すべき特段の事由も認め難い。)。」
(3)起訴後については,これらに加えて④保釈の請求(刑訴法88条)が可能です。保釈)とは勾留を観念的には維持しながら,保証金の納付等を条件とすることで,身柄を解放する制度です(法93条)。裁判所の了解を得るためには,保釈申請が基本的に認められる条件がそろっているという主張(権利保釈 刑訴89条),と権利保釈に該当しなくても裁判所の裁量行為で保釈を求めるため(裁量保釈,刑訴90条)保証金(通常150万円以上)の他に証拠となる書面(診断書)等を積極的に提出する必要があります。
保釈された人物が逃亡したような場合には,その保証金を没収することとし,これによる心理的な強制によって出頭を確保するというものであり,事案にもよりますが,100万円から300万円くらいの保証金を納付することを求められることが多いようです。 保釈の決定に際しても,逃亡のおそれや,罪証隠滅のおそれというものは当然考慮されますし,訴訟の進行の程度(例えば,証拠調べが終わっていれば,罪証隠滅の可能性はもうないので,保釈が認められる可能性は高いということがいえます。)によっても,保釈が認められかどうかは変わってくるので,認められるかどうかはやはりケースバイケースということになるでしょう。
なお,保釈にあたり,裁判所は,被告人の出頭を確保し,罪証隠滅を防止するために,被告人の住居を制限し,その他適当と認める条件を付することができます(刑訴法93条3項)。実務上,よく用いられる条件として,①制限住居,②旅行の制限ないし許可制,③事件関係者との接触禁止等を挙げることができます。これらの条件が定められているにもかかわらず,これに違反した場合には,裁判所は,決定をもって保釈を取り消すことができると定められています(刑訴法96条1項5号)。実際に,保釈後から第1回公判期日までの間,制限住居を守っていなかったとして,同期日終了後に保釈が取り消された例も存在しますので,そのようなことがないよう,不明な点があれば弁護人に相談し,条件の内容をきちんと理解したうえで,これを守らなければなりません。また,どうしても制限住居を変更する必要がある場合などには,実務上,これの変更を認める取り扱いがなされていますので,弁護人と相談の上,裁判所に制限住居変更許可願いを提出すると良いでしょう。実刑判決が下された場合には,保釈は効力を失って,判決の日から,再度身柄を拘束されることになりますが(法343条),実刑判決がでたとしても保釈保証金は返還されます。
4.(まとめ)
以上のように,あなたのケースでは,起訴前であれば勾留の執行停止,起訴後であれば,これに加えて保釈の申請をすることが可能です。起訴前は勾留の執行停止の手続きしかありませんから執行停止の申請をすることになります。しかし,この申請は裁判所の職権発動を促す意味を有するに過ぎないとするのが実務の考え方ですので,執行停止をしないからとってその違法性を争うことはできません。危篤の場合を除き単なる母の入院では担保を積まない,執行停止は困難と考えられます。
起訴後は保釈の手続きがありますから,保釈金が支払えない等の事情がある場合や,保釈の手続きが間に合わないという特殊な場合以外は,保釈の申請をすることになるでしょう。保釈の申請を却下する決定については準抗告も可能です。いずれにしろ弁護人や専門家に相談することをお薦めします。
以上