新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1124、2011/6/30 12:42

【民事・ペットの慰謝料】

質問:愛犬を散歩させていたところ,同じく犬の散歩をしている人と遭遇し,犬同士がけんかになりました。相手の犬は大型犬で,こちらの犬は小型犬だったので,一方的に咬まれて大けがを負い,すぐに動物病院に連れて行ったのですが,治療の甲斐もむなしく死んでしまいました。とても愛情を注いでいたペットだけに,悔やんでも悔やみきれません。大型犬を連れていた相手に対し,いくらの慰謝料を請求できますか。

回答:
1.過去の判例では,治療費や犬自体の財産的価値(時価)に加え,若干の慰謝料が認められているケースがあり,その額は数万円から数十万円程度です。ただし,犬同士のけんかの場合には,過失相殺が認められ,損害総額から数割程度が差し引かれることも多いようです。ご参考になさってください。判例上慰謝料として3万円−50万円程度まで認めた判例もあります。
2.相談事例集キーワード検索:901番を合わせて参照してください。
3.尚、ペット関連相談事例集1071番926番918番890番865番272番107番参照。

解説:
1.動物占有者の責任(民法718条)

  人間の喧嘩の場合は、故意による不法行為(民法703)になりますが、犬同士の散歩中のけんかの場合,法的に問題となるのはそれぞれの飼い主の過失による不法行為です。大型犬の飼い主に過失があって初めて,不法行為が成立し,損害賠償の義務が生じます。たとえば,力が強く気性も激しい大型犬なのに,リードを長く持ちすぎていて,小型犬の姿が目に入ってもリードを引き寄せようとしなかった,などの事情があれば,飼い主の過失として主張できます。

  そして、この過失について,民法718条は,「動物の占有者は,その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは,この限りでない。」と定めています。つまり,動物による被害については、相手が「動物の占有者」であり,その動物に損害を加えられたことを主張立証すればよく,「動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をした」という部分は相手が主張立証しなければなりません。不法行為の原則では請求する側で過失も立証しなければならないのに対し,このように相手の方で逆に過失がなかったことを立証しなければならないという形式にしていることを,立証責任の転換といいます。このような特別の定めは、動物という危険なものをことさら飼育して何らかの利益を得ている以上、損害が発生した場合は責任を負うべきであるが、過失がない場合まで責任を負わせるのは酷なので、立証責任の転換によって,公平を図ろうとする趣旨です。これによって損害賠償請求が若干しやすくなっているといえます。

2.ペットの死亡による損害

  不法行為については、加害行為について責任があるか(故意、過失があるか)という責任論と損害をどう評価するかという損害論の2点が問題となります。飼い主に損害賠償責任が認められるとして,次に賠償すべき金額の問題が議論されます。ペットは飼い主にとってはしばしば家族同然のかけがえのない存在ですが,不法行為法上は,どうしても人間と同等という扱いからは程遠いです。「動物は物」というといかにも冷たい響きですが,人間が所有する客体であり,市場価値も存在し,その意味で財物として扱うのが基本となることはやむをえません。このため,ペットを失ったことによる損害は,基本的には財産的損害です。従って、動物を購入した代金や新たに購入する場合の代金相当の金額を基準に損害を算定することになります。

  もっとも,動物は人間にとってかけがえのない存在になることもあるので,慰謝料を認めるべき場合があることは判例上承認されています。しかし,人間のように,その死亡により遺族に高額の慰謝料が認められるということはありません。自己の所有にかかる動物にいかに思い入れるかは人により,また文化により千差万別であり(ある国ではペットとして愛玩される動物がある国では食用となるなど),また,動物の種別(たとえば犬・猫は価値が高く,魚・虫は価値が低いなど)によって差を設ける合理的理由も見出しにくいでしょう。慰謝料は形のない,したがって客観的に証明不能な精神的苦痛に対する損害賠償ですから,事件ごとにどれほど辛い思いをしたかを聴いてまちまちに認定するわけにもいかず,諸事情を考慮したうえで,社会的にコンセンサスの得られやすい額を認定せざるをえません。人の死亡の場合,高額の慰謝料についてコンセンサスがえられやすいといえるのに対し,動物の死亡の場合には,そこまでとはいえないと思われます。後述する裁判例では、散歩中の犬同士のけんかにより死亡した事案で3万円の慰謝料としています。  このほか,犬が死亡する前に余儀なくされた治療費や,治療のために必要やむをえなかった飼い主の休業損害,交通費等も損害として請求できます。

3.過失相殺(民法722条2項)

  不法行為の被害者にも過失があり,被害結果に原因を与えているという場合,公平の観点から,損害額の全体から一定額を控除することが認められています。具体的には,不法行為の事実関係を詳細に吟味したうえで双方の過失割合を定め,認定される損害額に加害者の過失割合を乗じた額が賠償すべき額となります。

4.慰謝料を認めた判例

(1)春日井簡易裁判所平成11年12月27日判決
  互いに散歩中の犬どうしの事故で,大型犬が小型犬を咬み,後日小型犬が死亡したという事例。大型犬の手綱を離してしまった被告の過失を認めたが,原告にも避ける余地はあったこと,原告側に治療のための対応の遅れもあったことなどから,過失割合を被告8:原告2と認定して,次のとおり判示しました。
 「これらを総合すると、被害犬は本件当時八歳前後と推定できる。一般に犬の平均寿命は一二〜三年といわれているから、被害犬は既に老犬期に入っていたこと、血統書の存否がわからないことに加えて、原告が譲渡を受けた経緯と原告方での飼育の状況などを考慮すれば、小型室内愛玩犬であるポメラニアン種は人気があるとはいえ、被害犬の時価は八万円をもって相当と認める。 
  現在の社会現象として少子化、核家族化、高齢化が進むとともに家庭で飼われている犬や猫などは、ペット(愛玩動物)からコンパニオン・アニマル(伴侶動物)へ変化したといわれている。 
  原告とその家族は、長年にわたり被害犬を朝夕散歩させ、ときには傍らで共に食事させるなど愛撫飼育してきたが、突然の事故を目の当たりにし治療の効なく死亡したのであるから、かなりの精神的打撃を受けたことは首肯できる。しかし、本件は被告の過失の度合いが大きいとはいえ、犬同士の本能的行動によるものであること、その他、証拠によって認められる本件に関する一切の事情を考慮し、原告の受けるべき慰謝料額は三万円をもって相当とする。 
  そうすると、被害犬の時価八万円と慰謝料三万円、治療費一二万三五〇〇円の合計二三万三五〇〇円から過失相殺により二〇パーセントを差し引くと被告の賠償額は金一八万六八〇〇円となる。」

(2)東京地裁平成16年5月10日判決
  動物病院で糖尿病の治療を受けていた愛犬が医療ミスで死亡した事故で,獣医師の過失を認めつつ,慰謝料に関して次のように判示しました。
 「犬をはじめとする動物は,生命を持たない動産とは異なり,個性を有し,自らの意思によって行動するという特徴があり,飼い主とのコミュニケーションを通じて飼い主にとってかけがえのない存在になることがある。原告らは,結婚10周年を機に本件患犬を飼い始め,原告Aの高松への転勤の際に居住した社宅では,犬の飼育が禁止されているところを会社側の特別の許可を得て本件患犬を飼育したほか,その後の東京への転勤の際には本件患犬の飼育環境を考えて自宅マンションを購入し,本件患犬の成長を毎日記録するなど,約10年にわたって本件患犬を自らの子供のように可愛がっていたものであって,原告らの生活において,本件患犬はかけがえのないものとなっていたことが認められる(甲A8,C11,C13,C14,C19からC24まで,C37,原告博充本人)。また,原告らは,以前に飼育していた犬が病死したことから,本件患犬を老衰で看取るべく(スピッツ犬の寿命は約15年である。),定期的に健康診断を受けさせるなどしてきたにもかかわらず,約10年で本件患犬が死亡することになったものであって,本件以降,原告Bがパニック障害を発症し,治療中であること(甲C11)からみても,原告らが被った精神的苦痛が非常に大きいことが認められる。
  そこで,本件患犬が前記(1)で認定したような犬であったことも合わせて斟酌すると,原告らが被った精神的損害に対する慰謝料は,それぞれ30万円と認めるのが相当である。」

(3)東京地裁平成19年3月22日判決
  動物病院での詐欺的な診療行為や動物傷害行為が原因となって愛猫が死亡した事件で,慰謝料について次のように判示しました。
 「飼い主のペットに対する愛情はペットの財産的価値を超えて保護されるべきものであるところ,そのペットであるペットBが死亡したこと,本件の被告の不法行為の態様,特に,それが詐欺や動物傷害という故意に基づくものであり,本来ペットの生命身体を守るべき獣医師である被告が,飼い主である原告のペットBに対する愛情を利用して詐欺行為を働き,原告に治療費を負担させるとともに,ペットBに対して適切な治療行為を施すどころか死に至らしめたことは,獣医師に対する,飼い主である原告の信頼,社会的信頼を裏切るものであって,後記6(1)で記載するように,その被告の行為は,計画的,常習的であることも併せ考慮すると,極めて悪質であること,ペットBの葬儀費用として原告は2万8000円を支出したこと(甲C2)等本件の一切の事情を総合すると,被告の不法行為によって被った原告の精神的損害を慰謝するには50万円をもって相当と認める。」

<参考条文>

民法
709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
718条 動物の占有者は,その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは,この限りでない。
722条2項 被害者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の額を定めることができる。

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