新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1126、2011/7/5 11:13 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【家事・離婚・離婚届不受理の申出・離婚無効】

質問:私は5年前に結婚したのですが,夫が女性関係にルーズで,そのことが原因でよく夫婦喧嘩をしていました。ただ,夫と離婚するつもりはありません。ところが,最近になって,夫が,役所から離婚届を持ってきて,離婚届にサインしろと言ってきたのです。私としては,離婚なんてするつもりはありませんので,サインはしないと断ったのですが,夫は,自分で私の分まで書いて出すことだってできるなどと言っていました。
以前,離婚届けは形式的なものでもよいというようなことを聞いたことがあるのですが,夫が一方的に作成した離婚届でも離婚したことになってしまうのでしょうか。

回答:
1.離婚は夫婦双方の協議ですることができ(民法763条),離婚届出が形式上整っていれば受理されてしまいます。役所の受付で離婚の意思を確認するようなことはしません。協議離婚届出が受理されれば,戸籍上は離婚となってしまいます。しかし,どちらか一方に離婚届を出す意思すらない場合には,離婚意思の合致があったとはいえませんので,離婚は無効となります(民法742条1号類推適用)。このように協議離婚は無効だとしても,役所に申し出て済むものではなく,裁判所を通して手続をしなくてはならないことになっています。役所には離婚する意思があったのか否かは判断できませんので,裁判所で判断することが必要になります。
2.裁判所の手続きですが,まずは調停を申し立てて,調停で話がまとまらなければ,協議離婚無効確認訴訟をすることになります。裁判所で離婚の無効を主張することがご自身では難しいようでしたら,法律の専門家である弁護士に相談してみることをお勧めします。なお,まだ離婚届が提出されていないのであれば,離婚届不受理の申出(戸籍法27条の2第3項)を役所にすることで,相手が無断で離婚届を出してしまうことを防ぐことができます。
3.法律相談事例集キーワード検索:672番371番280番参照。

解説:
1.協議離婚の成立要件
  離婚には,協議離婚(民法763条),調停離婚(家事審判法17条),審判離婚(家事審判法24条),裁判離婚(民法770条)があります。
このうちの協議離婚は,夫婦の離婚意思の合致と届出(民法764条・739条1項)によって成立するものです。
  ここにいう離婚意思とは,離婚届出に向けられた意思で足り,社会通念上夫婦の共同生活関係を解消する意思である必要はないと考えられています。判例(最高裁判所昭和38年11月28日判決)もほぼ同様です。
  そのため,事実上の婚姻関係を解消する意思はなく方便として離婚が行われる仮装離婚であっても,離婚は有効であることになります。他方,そのような形式的意思すらない場合,つまり離婚届を提出し法律上の婚姻関係を解消する意思もないような場合には,離婚意思の合致があったとはいえませんので,その離婚は無効となります(民法742条1号類推適用)。

  ところで,婚姻の時は,婚姻の意思(男女が精神的にも肉体的にも一体とした社会的な共同生活関係を形成する意思) と届出の意思の両方が必要です。離婚の場合は,離婚の意思は不要で離婚届出の意思のみでよいということになり,対比上おかしいように思うかもしれません。しかしこれは矛盾しません。その理由は,婚姻の自由(憲法13条,同24条)にあります。すなわち,人間は,生まれながらに幸福追求権の内容として婚姻をする自由を有するので,法律婚のほかに,事実婚(内縁関係)を選ぶ自由を有するものと考えられます。
  婚姻の自由は,当然離婚の自由を包含することになります。法律婚を希望する場合,理論的に婚姻の意思の他,婚姻届出の意思も必要となり,双方がなければ婚姻は無効となります(しかし,届出の意思がなくても内縁,事実婚は認められます)。離婚の場合は,事実婚(内縁)を希望することも認められますので,離婚の意思がなくても(事実婚の意思があっても),離婚届の意思があれば離婚を認めることになります。当事者に離婚の自由を認めようとすれば,法律婚のみ解消の自由も認める必要があり,結局離婚の意思は,離婚届出の意思と解釈せざるを得ません。

2.離婚無効主張の手続
  このように,離婚意思の合致がない場合には離婚は無効となるのですが,一方の配偶者が他方に無断で離婚届を作成して役所に提出してしまうということは,事実上起こりえます。というのも,役所での受付窓口では,提出された離婚届が,当事者の離婚意思に基づくものなのかという実質的な判断はできませんので,所定事項に記入がなされていればそのまま受理されると考えられるからです。
  本当は離婚意思の合致がなく無効な場合でも,一旦離婚届けが受理されてしまうと,それに基づいて戸籍も変更されることになり,後から役所の窓口に離婚意思の合致がなく協議離婚は無効だと申し出ても,その場で離婚が無効であるという扱いをしてもらうことはできません。

  そこで,離婚が無効であると主張する配偶者は,家庭裁判所に協議離婚の無効確認を求める調停(この調停は,通常の離婚調停等の一般調停ではなく,特殊調停と呼ばれ,合意に至った場合は家事審判法23条の審判によって無効が確認されることになります。)を申し立てることとなります(調停前置主義,家事審判法17条,18条)。離婚が無効か否かは,離婚届出の時点で届出の意思が合致していたか否かという問題ですから,調停で話し合って決めるという問題ではありません。しかし,夫婦の問題ですから当事者間で無効だったという結論に異議がなければその意見を尊重して,離婚が無効であるという審判をすることにしたと言ってよいでしょう。調停で合意に至らない場合は,離婚届出の意思があったのかなかったのかを証拠に基づいて裁判所が判断する必要があるため,協議離婚無効確認の訴えを起こすことになります。

  訴訟の場合は,離婚無効を主張する原告に立証責任がありますから,難しい裁判になります。離婚届出書の署名が違うという場合は,被告が勝手に離婚届出を作成したと認められる場合が多いでしょうが,原告が署名をしている場合は,届出をする意思が無かったということを,裁判所に納得させる必要がありますので,署名した時の状況等を具体的な事実をあげて主張,立証する必要があります。大変難しい裁判となりますので弁護士に依頼する必要があるでしょう。

3.離婚届不受理申出
  離婚届けが提出される前であれば,離婚届を無断で提出される恐れがある場合に備えて,離婚届不受理申出制度が定められています(戸籍法27条の2第3項)。市区町村役場に本人が出向いて,所定の用紙に記入して提出することになります。なお,平成20年5月1日の戸籍法一部改正により,不受理期間(従前は6ヶ月間)が撤廃され,無期限とされました。

4.有印私文書偽造罪,同行使罪,公正証書原本不実記載罪
  なお,夫婦間での協議が成立せず,離婚の合意が無いのに,妻の署名押印欄を夫が勝手に記入し,これを市役所に提出して,戸籍に間違った事実を記載させた場合には,有印私文書偽造罪(刑法159条),偽造私文書行使罪(刑法161条),公正証書原本不実記載罪(刑法157条)が成立する可能性があります。但し,この類型の事件は,「夫婦間の離婚協議が十分であったかどうか」という不明確な部分を含んでおりますので,一般に警察としては,立件する場合は慎重に資料を収集したい,というスタンスになると思います。夫婦間の問題ですので,あまり良い手続方針とは言えませんが,悪質な場合は刑事告発をする方法もあります。お近くの法律事務所にご相談なさって下さい。

《参考判例》

最高裁判所昭和38年11月28日判決
「原判決によれは,上告人及びその妻正子は判示方便のため離婚の届出をしたが,右は両者が法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいてなしたものであり,このような場合,両者の間に離婚の意思がないとは言い得ないから,本件協議離婚を所論理由を以つて無効となすべからざることは当然である。これと同一の結論に達した原判決の判断は正当であり,その判断の過程に所論違法のかどあるを見出し得ない(所論違憲の主張は実質は単なる違法をいうに過ぎない)。」

広島高等裁判所昭和36年12月25日判決(上記最高裁判決の原審)
「控訴人及び妻のAは右離婚の届出によつて事実上の婚姻関係を解消する意思は全くなく,単に戸主権をAから控訴人に移すための方便として離婚の届出をなしたものというべきであるが,事実上の婚姻関係丈では法律上婚姻といえないことから明らかなように事実上の婚姻関係を維持しつつ法律上の婚姻関係を解消することはもとより可能であつて,たとえ方便としてであつても控訴人やAがその意思に基いて法律上の婚姻関係を一旦解消することを欲した以上離婚の意志なしということはできないから本件協議離婚は当事者の真意に基かないものであるとの控訴人の主張もまた採用し得ない。」

《参照条文》

憲法
第十三条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
第二十四条  婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
○2  配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。

民法
(婚姻の届出)
第七百三十九条  婚姻は,戸籍法 (昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる。
2  前項の届出は,当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で,又はこれらの者から口頭で,しなければならない。
(婚姻の無効)
第七百四十二条  婚姻は,次に掲げる場合に限り,無効とする。
一  人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二  当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし,その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは,婚姻は,そのためにその効力を妨げられない。
(協議上の離婚)
第七百六十三条  夫婦は,その協議で,離婚をすることができる。
(婚姻の規定の準用)
第七百六十四条  第七百三十八条,第七百三十九条及び第七百四十七条の規定は,協議上の離婚について準用する。
(裁判上の離婚)
第七百七十条  夫婦の一方は,次に掲げる場合に限り,離婚の訴えを提起することができる。
一  配偶者に不貞な行為があったとき。
二  配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三  配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四  配偶者が強度の精神病にかかり,回復の見込みがないとき。
五  その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2  裁判所は,前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても,一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは,離婚の請求を棄却することができる。
家事審判法
第十七条  家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。但し,第九条第一項甲類に規定する審判事件については,この限りでない。
第十八条  前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は,まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
○2  前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には,裁判所は,その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し,裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。
第二十三条  婚姻又は養子縁組の無効又は取消しに関する事件の調停委員会の調停において,当事者間に合意が成立し無効又は取消しの原因の有無について争いがない場合には,家庭裁判所は,必要な事実を調査した上,当該調停委員会を組織する家事調停委員の意見を聴き,正当と認めるときは,婚姻又は縁組の無効又は取消しに関し,当該合意に相当する審判をすることができる。
○2  前項の規定は,協議上の離婚若しくは離縁の無効若しくは取消し,認知,認知の無効若しくは取消し,民法第七百七十三条 の規定により父を定めること,嫡出否認又は身分関係の存否の確定に関する事件の調停委員会の調停について準用する。
第二十四条  家庭裁判所は,調停委員会の調停が成立しない場合において相当と認めるときは,当該調停委員会を組織する家事調停委員の意見を聴き,当事者双方のため衡平に考慮し,一切の事情を見て,職権で,当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で,事件の解決のため離婚,離縁その他必要な審判をすることができる。この審判においては,金銭の支払その他財産上の給付を命ずることができる。
2  前項の規定は,第九条第一項乙類に規定する審判事件の調停については,これを適用しない。

戸籍法
第二十七条の二  市町村長は,届出によつて効力を生ずべき認知,縁組,離縁,婚姻又は離婚の届出(以下この条において「縁組等の届出」という。)が市役所又は町村役場に出頭した者によつてされる場合には,当該出頭した者に対し,法務省令で定めるところにより,当該出頭した者が届出事件の本人(認知にあつては認知する者,民法第七百九十七条第一項 に規定する縁組にあつては養親となる者及び養子となる者の法定代理人,同法第八百十一条第二項 に規定する離縁にあつては養親及び養子の法定代理人となるべき者とする。次項及び第三項において同じ。)であるかどうかの確認をするため,当該出頭した者を特定するために必要な氏名その他の法務省令で定める事項を示す運転免許証その他の資料の提供又はこれらの事項についての説明を求めるものとする。
2  市町村長は,縁組等の届出があつた場合において,届出事件の本人のうちに,前項の規定による措置によつては市役所又は町村役場に出頭して届け出たことを確認することができない者があるときは,当該縁組等の届出を受理した後遅滞なく,その者に対し,法務省令で定める方法により,当該縁組等の届出を受理したことを通知しなければならない。
3  何人も,その本籍地の市町村長に対し,あらかじめ,法務省令で定める方法により,自らを届出事件の本人とする縁組等の届出がされた場合であつても,自らが市役所又は町村役場に出頭して届け出たことを第一項の規定による措置により確認することができないときは当該縁組等の届出を受理しないよう申し出ることができる。
4  市町村長は,前項の規定による申出に係る縁組等の届出があつた場合において,当該申出をした者が市役所又は町村役場に出頭して届け出たことを第一項の規定による措置により確認することができなかつたときは,当該縁組等の届出を受理することができない。
5  市町村長は,前項の規定により縁組等の届出を受理することができなかつた場合は,遅滞なく,第三項の規定による申出をした者に対し,法務省令で定める方法により,当該縁組等の届出があつたことを通知しなければならない

刑法
157条(公正証書原本不実記載等) 公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2項 公務員に対し虚偽の申立てをして,免状,鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は,一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
3項 前二項の罪の未遂は,罰する。
第159条(私文書偽造等) 行使の目的で,他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し,又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利,義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は,三月以上五年以下の懲役に処する。
2項 他人が押印し又は署名した権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も,前項と同様とする。
3項 前二項に規定するもののほか,権利,義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し,又は変造した者は,一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
第161条(偽造私文書等行使) 前二条の文書又は図画を行使した者は,その文書若しくは図画を偽造し,若しくは変造し,又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する。
2項 前項の罪の未遂は,罰する。

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