新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1129、2011/7/8 11:43 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【離婚・財産分与と将来の退職金】  

質問:妻と離婚をすることになり、先日、妻から財産分与を請求されました。その際、将来支給される退職金も財産分与の対象になると妻は主張しています。将来支給される退職金も財産分与の対象になるのでしょうか。

回答:
1.雇い主や被用者側の事情、経済情勢、退職時期、退職理由などを考慮して、退職金が支給されることがほぼ確実である場合には、将来支給される退職金も財産分与の対象になります。その算定方法は、将来給付判決という方法が避けられる傾向にあり、退職擬制期間基準方式か中間利息控除方式を採用する裁判例が多いようです。
2.法律相談事例集キーワード検索:940番781番625番535番518番497番268番20番参照。

解説:
1.(問題点の指摘)
  夫婦が離婚する時、一方は他方の請求に従い財産上の給付をしなければなりません。この財産上の給付を財産分与といいます(民法768条1項)。夫婦間の財産については、民法762条1項で婚姻中に自己の名で得た財産は、その特有財産(単独所有)とするとされていますから、夫の名義の財産は夫の単独所有となります。しかし、夫婦共同生活中で得た財産については、夫婦の一方の名義で取得した財産であってもその取得については夫婦の他方の協力があって初めて可能となる場合があります。
  財産分与は、このように夫婦が共同生活を営む間に形成した共有財産の清算を目的とする性質を持っています。夫が将来受け取ることになっている退職金ですが、退職金は別名退職手当、退職慰労金、功労報奨金とよばれるものであり、通常、労働協約や就業規則で支給条件(勤続年数、退職時の地位、退職事由)を定められている時は賃金の後払いの性質を有すると考えられます(他に生活保障説、功労報償説があります)。すなわち、夫の勤務先から支払われる労働の対価の後払いということになります。
  そこで、会社から支給されるのは夫ですが、妻が家事をすることによって、夫の会社での労働が可能となり、また労働力の再生産が家庭でおこなわれることを考慮すれば、夫婦が協力して得た財産といえ、夫婦の共有財産として財産分与の対象になります。

2.(退職金の特殊性)
  もっとも、将来支給される退職金は、雇い主や被用者側の事情、経済情勢、退職時期、退職理由など不確実な要素によって左右されますから、財産分与の対象になるか、争いになることがよくあります。特に、退職時までの年数が長いと思われる人ほど、退職金が将来支給されるかどうか、またその金額について不確実さは強まることになります。

3.(判例の見解)
 (1)この点、裁判例は分かれていますが、退職金が支給されることがほぼ確実である場合には、将来の退職金も財産分与の対象になるとする傾向が強いといえます。
この場合、財産分与の対象となる退職金の算定方法は、夫婦共有財産の清算という財産分与の性質から、別居時に自己都合で退職した場合の退職金相当額を現在給付とする退職擬制期間基準方式を採用する裁判例が多いようです(東京地裁平成17年7月29日)。
  計算式は、別居時の退職金額×(同居期間÷在職期間)×寄与度となります。他にも、予定退職金額に、就労期間中に同居期間が占める割合を掛けた額から、中間利息を控除するという中間利息控除方式を採用した裁判例もあります(東京地裁平成11年9月3日)。計算式は、予定退職金×(同居期間÷在職日数)×寄与度×退職時までの年数のライプニッツ係数となります。

  この場合の寄与度としては、原則として50%とされています。金額が多い場合や、特別な理由がある場合はそれより低い寄与度となることもあります。ライプニッツ係数というのは、交通事故の逸失利益を計算する際に使用される計算方法ですが、通常は年5%の利率で退職金支給時と現在の支払い時との年数で中間利息を控除しています。将来支払われる金額を現時点で受領するわけですから、早く貰った人が得をしないようにその分利息として差し引くという理屈です。
  現実に退職金が支給されるわけではありませんが、財産分与時点での退職金の金額ですから具体的な請求権と同視することができるので、現実的な解決方法と言えるでしょう。ただし、金額的には将来支給される退職金の額の方が多いでしょうから、財産分与を請求する側としては金額的に納得できないこともあるでしょう。この点具体的に退職金の額を計算してみて納得できるかどうか検討することになります。

 (2)東京家庭裁判所平成21年(家)第8229号,平成21年(家)第8230号。
  平成22年6月23日審判(財産分与申立事件,請求すべき按分割合に関する処分申立事件)夫54歳、妻50歳、計算方式としては、「別居時の退職金額×(同居期間÷在職期間)×寄与度」で計算し、妻の寄与度は、50%にしています。ある時期から、妻は、「筆談」でしか話さなくなった事情があっても、妻の実家に居住していた事情もあり夫婦破綻は互いの責任であるとして寄与度にも考慮していません。年金の按分割合も0.5(50%)になっています。やむを得ない判断でしょう。4年後に受け取る退職金に関する財産分与の支払いは、将来勤務先から支給を受けた時に受領する審判になっておりライプニッツ係数は採用されていません。後記記載判例を参照してください。

4.これらの算定方法は現在給付となっています。けれども、現在給付判決とは異なって、将来、退職金の支給を受けた時に、そのうちの一定額を支払えという将来給付判決が下されることもあるようです(東京地裁平成17年4月27日)。もっとも、この将来給付判決という方法は、定年退職の時期が近い場合以外、よほどの資力がない場合は別として、避けられる傾向が強いようです。

5.以上のとおり、雇い主や被用者側の事情、経済情勢、退職時期、退職理由などを考慮して、退職金が支給されることがほぼ確実である場合には、将来支給される退職金も財産分与の対象になります。その算定方法は、将来給付判決という方法が避けられる傾向にあり、金額の計算方法としては退職擬制期間基準方式か中間利息控除方式を採用して判断されることになります。

≪参照条文≫

民法
(財産分与)
第七百六十八条 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。

(判例参照)財産分与申立事件,請求すべき按分割合に関する処分申立事件
東京家庭裁判所平成21年(家)第8229号,平成21年(家)第8230号
平成22年6月23日審判

       主   文

1 相手方は,申立人に対し,相手方が○○信用金庫から退職金を支給されたときは,399万4379円を支払え。
2 申立人と相手方との間の別紙「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定める。

       理   由

第1 申立ての趣旨
1 相手方は,申立人に対し,相当の財産分与をせよ。
2 申立人と相手方との間の別紙「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定める。

第2 当裁判所の判断
1 本件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1)申立人(昭和34年×月×日生)及び相手方(昭和30年×月×日生)は,昭和58年×月×日,婚姻し,昭和59年×月×日に長女を,昭和61年×月×日に二女を,平成2年×月×日に長男をもうけた。相手方は,昭和53年×月×日以降,○○信用金庫に勤務しており,申立人は,婚姻後,時折アルバイトに出ることがあり,平成6年からは,週に2日間パートに出るようになった。

(2)申立人及び相手方は,申立人の父が所有するマンションで暮らした後,昭和63年×月ころから,申立人の父が新築した二世帯住宅で申立人の両親とともに暮らすようになった。申立人及び相手方は,申立人の父に対し,使用料として月額5万円を支払った。
 申立人は,婚姻当初から,相手方が些細なことで怒り申立人を無視して全く口をきかなくなることが時々あったことから,自分を抑えるようになり,その結果,外観上は概ね通常の婚姻生活が続いた。申立人は,平成13年×月,長女,二女らを巻き込んだ相手方との諍いにたまりかね,離婚することを真剣に考えるようになった。申立人は,以後,重要な問題について筆談で話をする以外は相手方とほとんど口をきかなくなった。その後,平成15年から平成17年にかけて経済的な問題も加わった結果,双方の関係は,更に悪化し,険悪になっていった。申立人は,平成15年ないし平成16年ころ及び平成17年ころに,相手方に対し,離婚あるいは別居してほしいと申入れたことがあったが,相手方の同意を得ることはできなかった。

 申立人は,平成18年×月ころ,離婚調停を申し立てたが,協議が調わず,平成19年×月×日,不成立となった。一方,相手方は,同年×月,円満調停,婚姻費用分担調停及び親族間の紛争調整の調停を申し立てたが,申立人が同年×月×日に離婚訴訟を提起したことから(以下「本件離婚事件」という。),上記各調停の申立てを取り下げた。申立人は,本件離婚事件において,離婚,長男の親権者の指定,慰謝料1000万円の支払等を求めた。これに対し,相手方は,婚姻関係の崩壊は,申立人の両親が夫婦に干渉したこと及びそれに申立人が同調したことによると考え,同年×月×日,申立人に対して慰謝料の支払を求める反訴を提起し,申立人の両親に対して慰謝料の支払を求める訴えを提起した(本件離婚事件と併合された。)。二女は,相手方がこれまで世話になってきた申立人の両親を訴えたことを知って憤り,相手方に対して自宅を出るように迫り,その言動は次第に激しくなっていった。二女は,平成20年×月に入ると,相手方が自宅にいると何をされるか心配でたまらないとして会社を休むようになり,相手方に対し,出ていかないことを連日のように責め立て,同月×日,警察官を呼ぶなどした上で相手方に退去を迫った。結局,相手方は,同日,自宅を出て別居するに至った。

(3)当庁は,平成20年×月×日,本件離婚事件について,双方の婚姻関係は遅くとも平成19年×月ころには破綻していたと認め,その破綻の原因は,双方の性格や考え方の不一致,相手の立場や気持ちに対する配慮の欠如,円満な家庭を築くための努力の懈怠等にあり,どちらか一方にのみあるとは認められないとして,申立人の離婚請求を認め,慰謝料請求については,双方のいずれにも他方に慰謝すべきほどの違法性があるとはいえないとして,棄却する旨の判決を言い渡した。

(4)双方とも,財産分与の対象となる財産が相手方の○○信用金庫からの退職金であること,その額が983万6500円(勤続年数30年2か月を前提に平成20年×月×日に自己都合により退職した場合の支給額)であること,申立人の取得する財産分与の額は,983万6500円に同居期間を乗じ,それを在職期間で除し,更に割合を乗じて算出することを合意している。なお,○○信用金庫の就業規則によれば,定年は満60歳(定年に達した日の翌日)とされている。

(5)相手方は,平成19年×月ころには婚姻関係が破綻しており,同月以降については,相手方は,申立人から妻としての協力を全く得られていないから,退職金の分与の算定の基準となる期間は,昭和58年×月×日から平成19年×月までの283か月とすべきであると主張している。また,相手方は,申立人が平成13年×月以降筆談でのみやりとりをするようになり,平成18年以前に離婚したいので出て行ってほしいと告げたこと,平成20年×月×日に別居したのは申立人らによる強い働き掛けによること等からすると,申立人は,遅くとも平成13年×月ころから,妻として十分な協力をしてこなかったといえ,退職金の形成に対する申立人の寄与度を判断するに際しては上記の事情を斟酌すべきであると主張している。
 さらに,相手方は,申立人は同居期間において相手方の勤務に十分な協力をしておらず,内助の功を十分に発揮していなかったから,年金の按分割合を判断するに際してはその点が斟酌されるべきであると主張している。

(6)申立人と相手方との間の離婚時年金分割制度に係る第一号改定者及び第二号改定者の別,対象期間及び按分割合の範囲は別紙のとおりである。

(7)申立人は,平成21年×月×日、財産分与及び年金分割の審判を申し立て,上記各事件は,同年×月×日,調停に付されたが,協議が調わず,平成22年×月×日,不成立となった。

2 第1事件について
(1)まず,財産分与の基準となる時期について検討するに,本件経緯及び本件に顕れた一切の事情に照らせば,相手方が自宅を出て別居するに至った平成20年×月×日の直前の月末である同年×月×日を基準とするのが相当である。 
(2)次に,財産分与の可能な相手方の管理する財産の有無,分与の方法,割合について検討するに,上記認定事実によれば,相手方は○○信用金庫に30年以上勤務していることが認められ,相手方が同金庫を退職した場合は退職金の支給を受ける蓋然性が高いということができる。したがって,相手方の受給する退職金は,財産分与の対象となる夫婦の共同財産に当たると解される。
 そして,上記認定事実及び本件に顕れた一切の事情を総合するならば,申立人及び相手方は,婚姻後別居に至るまでの間,不仲になった時期があったものの,それぞれの役割を果たし,夫婦共同財産の維持をしてきたということができる。したがって,本件においては,別居時に自己都合退職した場合の退職金額(平成20年×月×日に自己都合退職した場合の退職金額983万6500円)に同居期間(昭和58年×月から平成20年×月までの294か月)を乗じ,それを別居時までの在職期間(昭和53年×月から平成20年×月までの362か月)で除し,更に50%の割合を乗じるのが相当と解される。
別居時自己都合退職金額×同居期間÷別居時までの在職期間×0.5
9,836,500×294÷362×0.5=3,994,379

 以上によるならば,相手方は,申立人に対し,○○信用金庫から退職金の支給を受けたときは,そのうちの399万4379円を分与すべきである。
 なお,この点につき,相手方は,平成19年×月ころには婚姻関係が破綻していたのであるから,退職金の分与の算定の基準となる期間は,婚姻時から平成19年×月までとすべきである,また,申立人は平成13年×月以降筆談でのみやりとりをするようになったこと等からすると,遅くとも同月ころから,妻として十分な協力をしてこなかったといえ,退職金の形成に対する申立人の寄与度を判断するに際しては上記の事情を斟酌すべきであると主張している。そこで検討するに,確かに,本件離婚事件の判決において判示されているとおり,申立人及び相手方の婚姻関係は遅くとも平成19年×月ころには破綻していたことが認められるが,それ以後も双方は従前どおり同居生活を送っていたのであるから,退職金の分与の算定の基準となる期間はその同居期間を基準とするのが相当である。また,本件離婚事件の判決において判示されているとおり,申立人及び相手方の婚姻関係が破綻したのは,双方の性格や考え方の不一致,相手の立場や気持ちに対する配慮の欠如,円満な家庭を築くための努力の懈怠等にあり,どちらか一方にのみあると認めることは困難である。したがって,退職金の形成に対する申立人の寄与度を判断するに際し,申立人が平成13年×月ころから妻として十分な協力をしてこなかったとして申立人にのみ不利に斟酌することは相当でないと解される。以上により,相手方の上記主張を採用することはできない。

3 第2事件について
 婚姻中の夫婦における被用者年金は,基本的に夫婦双方の老後のための所得保障としての意義を有しているから,婚姻期間中の保険料納付や掛金の払込みに対する寄与の程度は,特段の事情がない限り,夫婦同等とみるのが相当である。
 この点,相手方は,申立人は同居期間において相手方の勤務に十分な協力をしておらず,内助の功を十分に発揮していなかったから,年金の按分割合を判断するに際してはその点が斟酌されるべきであると主張している。しかしながら,上記認定事実及び本件に顕れた一切の事情を総合しても,申立人が相手方の勤務に十分な協力をしてこなかったとの事実を認めることは困難であり,本件において,その他上記の特段の事情があると認めることはできない。
 したがって,別紙「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めることとする。

4 結論
 以上により,相手方は,申立人に対し,○○信用金庫から退職金の支給を受けたときは,そのうちの399万4379円を分与し,別紙「年金分割のための情報通知書」記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めるのが相当である。よって,主文のとおり審判する。

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