養育費の決め方|相手が収入資料を提出しない場合
民事|親族|相手方が資料を提出しない場合|低額な給料明細の場合|家事審判法の職権探知主義
目次
質問:
①養育費を請求し、調停をしましたが、相手方は一切調停に出席しません。養育費は双方の収入を基準にして決められると言うことですが、相手が収入の資料を一切提出しない場合どのように決めるのでしょうか?
②養育費の調停をし、まとまらないので審判になりそうですが、相手が提出した給与明細や源泉徴収表に不審な点が多くあります。相手は父親の会社で働いていて、給料が不当に安く書かれているようなのです。このような場合どうすればよいのでしょうか?
回答:
1.養育費は、当事者の主張を参考にしながら独自に調査し、その妥当な金額を裁判所が決めますが、最近は権利者と義務者の収入を基準として決めることがほとんどです。収入がわからない場合や、明らかに虚偽と認められる場合、賃金センサス(国が毎年作成している賃金の統計)を元に決められることがあります。家事審判手続きは、通常の訴訟手続きと異なり、非訟事件手続きによる職権探知主義に基づいており、裁判所が自ら証拠資料を収集することもできます(家事審判法7条、非訟事件手続法11条)。
2.養育費に関する関連事例集参照。
解説:
1.養育費とは何か ー 認められる根拠 非訟事件手続きの特殊性
(1)養育費 とは
養育費とは子を監護していない親から、子を監護している親に対して支払われる未成熟の子の養育に要する費用と定義されています。
民法766条で離婚の際に「子の監護について必要な事項は」父母の協議、あるいは家庭裁判所がこれを定める、と規定しており、監護に必要な費用の負担もこの条文を根拠として認められます。家事審判法9条乙類4号「その他子の監護に関する処分」の解釈として認められています。また、民法877条は「直系血族は互いに扶養する義務がある。」と規定していますので、扶養という点からも養育費の支払いは親の義務です。
養育費の請求と扶養義務(扶養請求)の法的関係ですが、離婚の際の養育費の実質的根拠条文は、民法877条に求める事が出来ます。877条の解釈として親は、直系血族として生活力がない未成年者の生活保持義務が認められます。
その理論的根拠ですが、未成年の子は、人間の尊厳(憲法13条)を保持するため教育を受ける権利を有し(憲法26条)、発達に応じて自分を生んだ親に対して、経済的には扶養料(養育費)を請求できることになりますし、これを親の方から見ると教育の権利義務(憲法26条)の内容として経済的に扶養する義務が存在します。子を産んだ親として当然に科せられる義務です。私有財産制から、親は第一義的に自らの財産により行う責任を有します。
養育費は、離婚に際して教育監護権を有する一方が他方に請求するものであり、子供が独自に請求するものではありませんが、実質的には子の扶養請求権を親が代理し、離婚して両親の独自の請求権として規定し認めています。
すなわち、養育費と扶養料は実質的に同一であり、子の人間として生きる権利を保障するために、両親の一方が他方に請求する権利と子供が独自に請求する権利を別個の角度から重畳的に認め、子供の成長発達を保護しています。従って、二重に請求は出来ませんし、養育費を請求する親がいない子(死亡等)は独自に扶養請求ができるのです。
勿論、そういう意味で親が養育費の請求権を放棄することも出来ないわけです。親の養育(扶養)の義務は、子供が人間らしく生きるために必要な内容となり、いわゆる生活保持義務と言われます。すなわち、「一椀の粥も分けて食う」義務で余裕があれば行う義務ではありません。すなわち、自己の生活程度を下げてでも自己と同程度の生活を権利者に保持させる義務です。
(2)養育費の請求
養育費の請求は、子供の人間としての尊厳を守るため成長、発達をいかに保護すべきであるかという合目的観点から決定されますから、通常の勝ち負けを決める訴訟によらずに裁判所の裁量権が広い(裁判所の後見的機能が広く求められる)家事審判乙類事項として規定しています。
すなわち、両親が 養育費をどれだけにするかという勝ち負けを決めるということが本来の目的ではありませんから、子供の福祉を中心に決定されなければなりません。
(3)家事審判とは
家事審判とは、個別的に定められた家庭に関する事件(本件養育費の決定等)について訴訟手続である民事訴訟法ではなく、非訟事件手続である家事審判法に基づき家庭裁判所が判断する審判を言います。
私的な権利、法律関係の争いは訴訟事件といい、民事訴訟手続により行われます。民事訴訟とは、国民の私的な紛争について裁判所が公的に判決等により判断を行い強制的に解決するものですから、当事者にとり適正(より真実にあっていること)公平で、迅速性、費用のかからないものでなければなりません(訴訟経済)。
従って、訴訟事件は、原告被告を相対立する当事者と捉え、公正を担保するため公開でなければいけませんし、当事者の公平を保つため主張、立証、証拠収集について当事者の責任とし(当事者主義、弁論主義といいます。)、裁判所は仮に真実、証拠を発見し気づいたとしても、勝手に当事者の主張を変更し、証拠を提出、収集できないことになっています。
更に、紛争の公的早期解決のため迅速に、費用がかからないようにその進行について積極的に訴訟指揮が行われます。しかし、事件の内容によってはこのような対立構造になじまない紛争があります。権利の存否(事実関係の有無、当事者の勝ち負け)が問題となる紛争ではなく、離婚時に親権者を定めたり、両親の養育費を定めたり、当事者の利害をどのように調整すべきか問題となるような紛争です。
すなわち、当事者に任せておいては事件の真の解決につながるか問題があり、国家、裁判所が後見的、裁量的判断を求められる事件があります。これが非訟事件です。非訟事件については、基本的には非訟事件手続法があり、個々の非訟事件について個別的に法令を定めて事件の性質に合った非訟手続を用意しています。家事審判とは非訟事件の中の、家庭に関する事件をさし、家事審判法はその手続を規定しています。
非訟事件の基本構造は、事件の性質上合理的解決のため裁判所が裁量権を有し、後見的に介入し民事行政的作用の面があり、攻撃し相対立する当事者という形は取っていません。
当事者の意見にとらわれず合理的解決を目指しているので、事件の内容を公開せず(非公開、非訟事件手続法13条)、国家が後見的立場から主張、証拠、収集について介入し自ら証拠収集ができ、主張に対するアドヴァイスができる事になっています(職権探知主義といいます。非訟事件手続法11条、当事者主義に対立する概念です。)。訴訟の指揮、進行も迅速性を最優先にせず、訴訟経済もさほど強調されません。
本件養育費の決定は、双方どちらの両親が、どれだけ負担するかどうかという勝ち負けが大切ではなく、人間として生きていく子の生まれながらの権利をどのようにして確保実現していくかという問題であり、離婚を合意し相争っている夫婦の主張に拘束される事なく、裁判所が証拠等を収集し国家が意思表示できない子の正当な利益を考え、後見的立場から判断を下す事になるわけです。
(4)養育費の金額について
このような背景から、 養育費 の金額については、裁判所が計算方法も自ら考え、父母双方の収入状況を基に総合的に判断がなされます。原則としては、離婚の当事者の話し合いで決めることができますが、話し合いがまとまらなかった場合には、家庭裁判所の調停、審判で決めることになります。
家庭裁判所には、子供の人数、年齢に応じた養育費の算定の基準が裁判所により設けられており、年収金額、自営か勤務(サラリーマン)かによって判断がなされます。
計算方法については、事務所ホームページ、養育費の計算方法を参照してください。事例集684番も参考にしてください。
以上の趣旨を踏まえ裁判所は、子供の福祉と個人の尊厳を保障するため自ら必要な養育費の算定基準を調査し判断することができます。
2.養育費算定の基準
養育費は、親の扶養義務に基づいてその支払いを命ぜられるものですので、その金額は親の収入、生活状況によって決定されることになります。
基本的な考え方は、権利者(正確には養育費の権利は子にありますが、解説の便宜のため離婚後の親権者を権利者とします)と義務者の生活状況、収入状況を総合判断して、「経済的に余裕があるほうが、自己の生活を維持しながら、できる限りの援助をする」というものです。養育費の金額を一定に決めることも一つの方法でしょうが、現在は扶養義務というとらえ方ですので、上記のような一般論とならざるを得ません。そこで、以前は、裁判所が裁量で決めていたので、当事者双方から様々な資料や主張が出てきて、決定にかなり時間がかかることが多くありました。
そのため、数年前から、養育費および婚姻費用を簡易かつ迅速に決定するため、双方の収入額と子どもの人数、年齢から、養育費の額が簡易に算定できる基準が開発され、現在はほとんどの裁判所でこの基準が利用されています。
3.賃金センサスについて
養育費は子の成長のための親としての義務ですから本来争いになるのは好ましくないと思いますが、一方で、「払わされる側」からすると、少なく済ませたいという心理が働くのもやむを得ません。
そのため、収入に関する資料の提出がされなかったり、虚偽の資料が提出されたりという例もあるようです。特に、嫡出でない子を認知させたような場合、支払を拒む例は多いと言えます。
これについて裁判所は、養育費の算定を賃金センサスを用いて算出しています。
賃金センサスとは、わが国の賃金に関する統計として、最も規模の大きい「賃金構造基本統計調査」のことで、主要産業に雇用される常用労働者について、その賃金の実態を労働者の種類、職種、性別、年齢、学歴、勤続年数、経験年数別等に明らかにし、わが国の賃金構造の実態を詳細に把握することを目的として、昭和23年から毎年実施されている賃金構造基本統計調査の結果をとりまとめたものです。交通事故の逸失利益の算定などでもよく利用されます。
4.過去の事例①
裁判例では、義務者が提出した源泉徴収表の内容が疑わしいとして、この金額ではなく、賃金センサスによる認定を行っています。
ただし、義務者が提出した資料について、その金額が地区の最低賃金額をも下回る低いものだったこと、義務者が勤務している企業が、義務者の親類が経営する会社で、代表者は義務者を小さい頃からかわいがっていたこと、義務者の生活状況から見て、高級外車を乗りまわし、権利者と交際していたときの費用などはほとんど義務者が支払っていたことなど、かなり細かい事情を丁寧に認定し(下記参照)、客観的に見て虚偽であることを慎重に認定していることが伺えます。
このことから、単純に「羽振りがよい」というような主張をするだけでは、裁判所も簡単に物的証拠を否定することは無いということに注意が必要です。
5.過去の事例②
裁判例では、義務者が調停に一切出頭せず、当然資料も一切提出しないと言うものでした。これはかなり悪質な事例であると言えますが、この場合でも、裁判所は、住民票から家族の人数や構成を推定し、相手方の職業と年齢をできる限り細かく限定した上で、賃金センサスを用いています。
6.まとめ
上記は2件とも、義務者が嘘をついたり、一切応答しないなど、子の福祉の観点、権利者の生活のことなどを考えると、かなり「悪質」な事例であるといえますが、それでも裁判所は義務者の収入の認定について、かなり「慎重」になっていると考えるべきです。
これらの判例から、「情報が無くても賃金センサスくらいは認められる」という安易な判断をするべきではなく、「悪質な相手方に対してもできる限り丁寧な主張立証をしなければ裁判所は認めてくれない」と考えるべきでしょう。養育費は子の重要な権利ですから、泣き寝入りせずに請求をするべきですが、相手方との交渉や調停は慎重かつ丁寧に行うべきです。できれば、相手方の収入や勤務先の状況などは、事前に調べておかれるとよいでしょう。
相手が素直に交渉や調停に応じない場合、審判の前に一度弁護士に相談されることをお勧めいたします。
以上