新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:友達から,儲かるいい話があるといわれました。自分の名義の預金通帳を作って,ある人に譲ってしまえばお金になる,というのですが,そういうことをしても大丈夫なのでしょうか。 尚,この事例集は,平成20年3月1日犯罪による収益移転の防止に関する法律(以下,「犯収法」といいます)の成立,施行に伴い,当事務所事例集276番を追加,修正したものです。 解説: 1 @欺罔行為 2 A欺罔行為による,銀行の錯誤 3 B錯誤に基づく財物の交付 すなわち違法性とは,刑法の法規に形式的に当てはまるだけではなく,行為の実態を検討し,刑法の処罰に値することをいいます。これを 実質的違法性論といいます。刑罰が,本来生まれながらに自由である個人の生命,身体の自由,財産を公正な社会秩序維持のため公的,強制的に剥奪するものである以上,刑法は謙抑的,限定的に適用されなければならないからです。具体的には権利等の利益侵害(結果,本件では通帳の価値)及び行為の主観(目的,本件では通帳の不法使用),客観(手段の相当性,法益の均衡,通帳等取得の巧妙性等)の要素から総合的に考慮し,社会倫理,道徳の秩序全体に違反し,刑法の処罰に値する行為かどうかを判断することになります。従って,財物的価値が低い通帳等の譲渡の違法性は大きいと判断される可能性があります。 第2 犯罪による収益移転の防止に関する法律による処罰について 2 最近,オレオレ詐欺などに代表される振り込め詐欺が横行していることは,ご承知のところだとは思いますが,これらの犯罪に,売買等によって流通した他人名義の預金口座が金員の振込み先として利用されていることが,この手の犯罪を横行させている大きな原因と考えられていました。 3 犯収法によれば,まず26条1項前段によって,@他人になりすまして預貯金契約に係る役務の提供を受けること,または,これを第三者にさせることを目的としてA預貯金通帳等の譲受等をしたものが罰せられ,同条2項前段によって,これに対応する形で,@相手方に上記なりすまし目的があることを知ってAその者に預金通帳等を譲渡等したものが処罰されることになります。 4 以上の法文によれば,あなたが,相手方の不正な目的を知らない場合には処罰されないようにも読めるので,では,相手方が悪いことに使うということを知らなければ,売っても良いのかというと,そうではありません。26条1項後段,及び2項後段は,それぞれ,譲り受ける側,譲り渡す側について,たとえ,なりすまし目的がない,あるいは,なりすまし目的を知らない場合であっても,@有償でA同様の行為をした場合にはB正当な理由がない限り,どちらも同様の処罰を受けることを規定しています。 <参考判例> 最高裁判所第三小法廷平成19年7月17日決定 <参照条文> 刑法 犯罪による収益移転の防止に関する法律
No.1143、2011/8/18 17:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事・通帳の売買・詐欺罪及び平成20年施行犯罪による収益移転の防止に関する法律】
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回答:
1.まず,他人に譲る目的で自己名義の通帳を作成する行為には,銀行に対する詐欺罪(刑法246条第1項)が成立し,1月以上10年以下の有期懲役に処される可能性があります。
2.さらに,通帳の譲渡行為は,犯罪による収益移転の防止に関する法律(以下,「犯収法」といいます)によって処罰されており,単純な譲渡行為については50万円以下の罰金,業として譲渡行為を行った場合には2年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金(又は,これの併科)に処される可能性もあります。
3.以上のとおり,第三者に譲渡する目的での通帳作成も,第三者への通帳の譲渡も犯罪です。絶対に手を出してはいけません。
以下,詳しく解説します。
第1 詐欺罪の成立について
刑法246条によれば,詐欺罪が成立するためには,@欺罔行為により,A相手方が錯誤に陥り,Bその錯誤に基づき,財物を交付したことが必要となります。
以下では,第三者に譲渡する目的で自己名義の通帳を作成した行為につき,銀行に対する詐欺罪の成立を認めた下記の最判平成19年7月17日決定に則して,@ないしBについて検討します。
「欺罔行為」とは,人を錯誤に陥らせ,それにより相手方に財産の処分をさせようとする行為のことを言います。
下記判例は,「…銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体,申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきであるから,預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘して上記申込みを行う行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならない」と判示しており,第三者に譲渡する目的を秘して通帳作成を申し込む行為が「欺罔行為」にあたることを認めています。
欺罔行為があったとしても,それにより相手方が「錯誤」に陥らなかった場合には,詐欺は未遂にとどまります。
下記の判例は,「…各行員は,第三者に譲渡する目的で預金口座の開設や預金通帳,キャッシュカードの交付を申し込んでいることが分かれば,預金口座の開設や,預金通帳及びキャッシュカードの交付に応じることはなかった」と認定していますから,銀行が現に通帳及びキャッシュカードの交付に応じている以上,第三者に譲渡する目的ではないと誤信していた,つまり「錯誤」があったことは明らかである,ということになるでしょう。
また,欺罔行為により錯誤に陥ったとしても,その者が別の動機(例えば,相手をかわいそうにおもって,財産を挙げた場合など)には,詐欺は未遂にとどまりますから,欺罔行為により生じた錯誤に基づく「財物の交付」が必要となります。
既に述べたとおり,下記判例は「…各行員は,第三者に譲渡する目的で預金口座の開設や預金通帳,キャッシュカードの交付を申し込んでいることが分かれば,預金口座の開設や,預金通帳及びキャッシュカードの交付に応じることはなかった」と認定しており,他に,銀行が通帳及びキャッシュカードの交付に応じる理由はありません。したがって,銀行が通帳及びキャッシュカードを交付したことは,欺罔行為により生じた錯誤に基づくものであると考えられますから,銀行に対する詐欺罪が成立することになります。
通帳やキャッシュカードをだまし取ったことになり,被害品は通帳とキャッシュカードですから銀行の被害額自体は低いのですが,だまし取られた通帳やキャッシュカードが犯罪に使用されることを知っていてこのような行為をしたこと自体の違法性は高いといえますので,被害額が少ないと言って安易に考えることはできません。
1 また,通帳等を譲渡する行為は50万円以下の罰金刑が課される可能性のある犯罪行為であり,また,これを反復継続して行うような場合には,懲役刑が課されることもありえます。
そこで,「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律」が罰則を伴うものとして一部改正され,名称も「金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座の不正な利用の防止に関する法律」となり,平成16年12月30日より施行されることになりました。なお,この法律は,平成20年3月1日に,犯収法が施行されたことに伴い廃止されましたが,その内容は犯収法に引き継がれています。
預金通帳等とは,預金通帳,キヤッシュカードのほか,預貯金の引き出し又は振込みに必要な情報も含み,例えばインターネットバンキングのID番号やパスワードなどもこれに含まれます。
あなたの場合はこれらを「譲渡等」する側にあたることになりますが,「譲渡等」というのは法文上は「譲り渡し」「交付」「提供」と言う形で規定されており,譲渡という形でなく,貸すような場合でも処罰の対象になることになります。
「有償」というのは,必ずしも現実に金銭等の対価を交付される必要はなく,そのような約束がされればよいと考えられています。これは金融機関において適正な本人確認を受ければ,無償あるいは低額で預金通帳等を入手できるにもかかわらず,わざわざ他人から有償で譲り受けるような場合には不正利用目的があると考えられることから,なりすまし目的は不要と考えて良いということであり,また,譲渡する側も相手の不正目的を知っていたということが推認されると考えられるから,結局,両者とも前段の行為と同様に処罰できるということなのです。
5 以上から,あなたが自分の預金通帳を作り,第三者に譲ってしまえばお金になるなどという話は犯罪行為に他なりません。たとえ勧誘があっても断固として断わるべきです。
なお,上記に正当な理由があれば処罰されないと書きましたが,「正当な理由」というのは,例えば,営業譲渡に伴って屋号名義の通帳が譲渡される場合など,通常の商取引や金融取引として行われる場合を想定しており,通常の売買で「正当な理由」があるとされることは基本的にはないと考えた方が良いでしょう。
「…所論にかんがみ,本件各詐欺罪の成否について検討する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は次のとおりである。
(1)被告人は,第三者に譲渡する預金通帳及びキャッシュカードを入手するため,友人のAと意思を通じ,平成15年12月9日から平成16年1月7日までの間,前後5回にわたり,いずれも,Aにおいて,五つの銀行支店の行員らに対し,真実は,自己名義の預金口座開設後,同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し,自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み,上記行員らをして,Aが,各銀行の総合口座取引規定ないし普通預金規定等に従い,上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ,各銀行の行員らから,それぞれ,A名義の預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通及びキャッシュカード1枚の交付を受けた。
(2)被告人は,A及びBと意思を通じ,平成17年2月17日,Bにおいて,上記(1)と同様に,銀行支店の行員に対し,自己名義の普通預金口座の開設等を申込み,B名義の預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通及びキャッシュカード1枚の交付を受けた。
(3)上記各銀行においては,いずれもA又はBによる各預金口座開設等の申込み当時,契約者に対して,総合口座取引規定ないし普通預金規定,キャッシュカード規定等により,預金契約に関する一切の権利,通帳,キャッシュカードを名義人以外の第三者に譲渡,質入れ又は利用させるなどすることを禁止していた。また,A又はBに応対した各行員は,第三者に譲渡する目的で預金口座の開設や預金通帳,キャッシュカードの交付を申し込んでいることが分かれば,預金口座の開設や,預金通帳及びキャッシュカードの交付に応じることはなかった。
2 以上のような事実関係の下においては,銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体,申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきであるから,預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘して上記申込みを行う行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず,これにより預金通帳及びキャッシュカードの交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである。被告人の本件各行為が詐欺罪の共謀共同正犯に当たるとした第1審判決を是認した原判断に誤りはない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。」
(詐欺)
第246条 人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。
第26条 他人になりすまして特定事業者(第2条第3項第1号から第15号まで及び第32号に掲げる特定事業者に限る。以下この条において同じ。)との間における預貯金契約に係る役務の提供を受けること又はこれを第三者にさせることを目的として,当該預貯金契約に係る預貯金通帳,預貯金の引出用のカード,預貯金の引出し又は振込みに必要な情報その他特定事業者との間における預貯金契約に係る役務の提供を受けるために必要なものとして政令で定めるもの(以下「預貯金通帳等」という。)を譲り受け,その交付を受け,又はその提供を受けた者は,五十万円以下の罰金に処する。通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,有償で,預貯金通帳等を譲り受け,その交付を受け,又はその提供を受けた者も,同様とする。
2 相手方に前項前段の目的があることの情を知って,その者に預貯金通帳等を譲り渡し,交付し,又は提供した者も,同項と同様とする。通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,有償で,預貯金通帳等を譲り渡し,交付し,又は提供した者も,同様とする。
3 業として前2項の罪に当たる行為をした者は,二年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する。
4 第1項又は第2項の罪に当たる行為をするよう,人を勧誘し,又は広告その他これに類似する方法により人を誘引した者も,第一項と同様とする。