離婚の際に放棄した養育費の請求・過去の養育費

親族|不倫|家庭裁判所|民法724条|大津家庭裁判所平成2年2月13日

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は,4,5年前に,夫が私の知人でもある女性と不倫していたことが原因で離婚し,子どもを連れて出てきました。離婚の際,夫がなかなか離婚を受け入れてくれず,私は夫ととにかく離婚したかったので,お金は一切いらないし子どもは自分1人で育てていくので,とにかく別れてほしいと伝え,何とか話合いで離婚にこぎつけることができました。

これまでは,実家の手助けも借りながら何とかパート勤めで子どもを育ててきたのですが,親も定年で収入が無くなり,子どもを育てるにも教育費などがかかるようになって,子育てが経済的に厳しくなってきました。

今となっては別れた夫にお金を出してもらうわけにはいかないのでしょうか。

回答:

1.離婚の際に相手方配偶者に請求できる金銭としては,財産分与,慰謝料,養育費が考えられますが,前二者については,離婚時に放棄していると捉えられることに加え,時効にもかかっていますので(民法724条,768条2項),請求は認められないことになります。養育費について,離婚の際に妻から夫へ養育費を請求しない旨の合意ができていますが,子ども自身はこの合意に拘束されず,あなたの元夫である子どもの父親に対して,扶養料を請求することができると考えられます。実際には,子どもの父親に対する扶養料請求をあなたが親権者法定代理人として代理して行うことになります。元夫がこの請求に応じない場合には,家庭裁判所に調停を申し立てて解決を図るべきです。ご自身では難しいようでしたら,法律の専門家である弁護士に相談してみるとよいでしょう。

2.養育費に関する関連事例集参照。

解説:

1.離婚時の金銭請求

離婚の際には,相手方配偶者に対して,一般的に,財産分与請求,慰謝料請求,養育費請求をすることが考えられます。

財産分与は,婚姻中の夫婦共同財産の清算を主な要素として離婚当事者の一方から他方へ財産を分与するものです。財産分与は,離婚についての有責性の問題とは別に,夫婦のどちらからでも請求できるものですが,離婚時から2年内に限り請求することができるものとされています(民法768条2項)。

慰謝料は,不貞行為等の不法行為をした夫婦の一方が,相手の被った精神的苦痛という損害を賠償するために,不法行為に基づく損害賠償として支払うものです。このように,慰謝料は,法的には不法行為に基づく損害賠償請求となりますので,損害及び加害者を知った時から3年間で時効にかかってしまいます。

これら財産分与請求権と慰謝料請求権は,請求する人が自由に処分できる権利と考えられますので(私有財産制は財産権の放棄の自由も認めます。),離婚の際にその請求を放棄したのであれば,その後請求することはできなくなると考えられます。

このように3,4年前に離婚しているため時効の期間が経過していることや、金銭を請求しないと言っていたことが放棄と考えられることから、財産分与慰謝料請求はできないと考えられます。

2.養育費について

養育費とは,未成熟子が独立の社会人として自立するまでに要する費用をいい,具体的には,衣食住の費用,教育費,医療費等をいいます。

子どもの養育は,親権や監護権の有無にかかわらず,父親あるいは母親であることによって生じる扶養義務に基づいてなされるものです。親の子に対する扶養義務は,夫婦と同様に本来家族として共同生活すべき者の義務であり,自分の生活を保持するのと同程度の生活を相手にも保持させなくてはならないものとされます(生活保持義務)。1杯のご飯しかなくてもそれをも分けて食べさせなければならないというものです。その根拠は、個人の尊厳の保障が最も必要とされる、無防備で成長過程にある未成熟の子の教育を受け人間として生きてゆく権利にあります(憲法23条、24条2項、26条)。

3.養育費と扶養料との関係

このように,子どもの養育は,父母双方がそれぞれ義務を負うものであり,子どもとしては,両親のそれぞれに対して扶養してもらうように請求することができます。

離婚の際に取りきめられる養育費というのは,親権・監護権を持たない方の親が,実際に子どもを育てる親権者・監護権者である方の親に対して,自分の分まで代わりに労力や費用をかけて子供の養育をしてもらった分について,支払うものと考えることができます。すなわち,両親の間で支払われる養育費は,実際に子育てをしている親から他方の親に対する扶養料の求償(代わりに立て替えた分を払ってもらうもの)と考えられます。

そのため,離婚時に父母の間で養育費について支払わないという合意をしたとしても,それは,父母の間での求償権の放棄にすぎず,子ども自身の両親に対する扶養請求を代わりに放棄することは認められません。

したがって,合意をした親自身は求償としての養育費の請求はできなくなりますが,子どもの扶養が十分でない場合には,子ども自身から親に対する扶養料の請求ができることになります。

4.子の扶養請求権を両親が代理して放棄できるか

子供が本来有する扶養請求権を親が法定代理権に基づき放棄したという構成も考えられますが、このような契約をしても無効と考えられます。その理由ですが、確かに契約自由の原則から言えば、母親は法定代理人ですから、子の扶養請求を代理行使できますから放棄も可能なようですが、子供の生きる権利を根拠とする扶養請求権を放棄するような処分行為は、権利の性質上子供として個人の尊厳を損なう危険があり、公序良俗違反(民法90条)として認められないと考えるべきです。民法881条は扶養請求権の処分禁止を規定し権利の(帰属上の)一身専属性を規定しています。すなわち、一身専属性とは権利の主体となるものだけが享有、行使できることを意味しますが、扶養請求は要扶養者として生活して生きていく権利を保障するものですから、当該権利者にのみ帰属、行使を認めているのです。そうであれば、第三者が代理行為によってもすべて放棄するような処分行為は許されないと解釈すべきです。

この扶養請求権の一身専属性は、未成年者が生活し成長していく為に必要不可欠のものですから、民法881条は注意的規定と考える事ができます。仮にこの条文が制定されていなかったとしても、民法の一般規定の解釈などを通じて、扶養請求権の一身専属性が導き出されていたことでしょう。札幌高等裁判所昭和43年12月19日(家裁月報21-4-139)も、父母の間でなされた養育費不請求に関する合意の効力の問題について、それは、父母間の分担に関しての合意であり、子が扶養請求権を処分し得ない以上(民法881条)、子からの扶養請求には影響を与えないと判断しています。

5.養育費の請求手続きと過去の養育費請求

(1)請求方法

実際に養育をしている親は,子ども自身の扶養料請求を代理して請求の手続をすることになります。他方の親が任意の支払いに応じない場合は,家庭裁判所に調停、審判を申し立てて解決を目指すべきでしょう。元夫が協力せず、調停で合意が成立しない場合でも、審判では強制的に扶養料の支払い命令を出してもらうことができます。

なお、養育費については離婚時にさかのぼって請求できるか否か問題がありますが、原則として請求時以降のものしか請求できないという扱いになっています。この点反対の見解もありますが、離婚時からの養育費を遡って請求するためには、請求していなかった特別な理由や遡って支払うべき事情等特別な理由(特に公平の観点から両者の生活経済事情が重要)が必要と考えて調停の際に主張する必要がありますので注意して下さい。

(2)判例紹介

①大津家庭裁判所平成2年2月13日審判。裁判所の裁量により一定の範囲で過去 の扶養料を認めています。妥当な判断です。

「なお,相手方は過去の扶養料については目的の消滅により請求し得ない旨主張するが,扶養権利者たる子が扶養を要する状態にあり,扶養義務者たる親に扶養能力がある限り,相当な範囲内で過去に遡った分についても扶養料の支払を求め得るものとするのが相当であり,また相手方は本件申立の趣旨において扶養の時期・金額等に触れていないことが不当である旨主張するが,非訟事件である家事審判事件の申立の趣旨において具体的に扶養の時期・金額等を記載する要はないものというべきところであり,また相手方は豊子が巨額の金員を着服したことによって相手方が無資力となった旨主張するが,同主張事実を肯認し難く,また相手方は申立人らが相手方の申立人らに対する扶養義務を免除した旨主張するが,同主張事実を肯認し難く,また相手方は,豊子が申立人らの扶養料請求権を行使するのは,信義誠実にもとる反社会的処置であって,権利の濫用に当たるものである旨主張するが,豊子が申立人信子の親権者として(なお,申立人芳子は既に成年に達しているため,豊子は,現在においては,申立人芳子の親権者ではない)同申立人の扶養料を請求したからといって信義誠実にもとる反社会的処置にあたるとか,権利の濫用に当たるものとはいい得ず,また相手方は,申立人らが相手方に対して扶養料を請求するのは権利の濫用である旨主張するが,申立人らに相手方に対する愛情が欠けているからといって,上記のとおり,これは扶養料の額を定めるについて考慮すべき事由と解するのが相当であって,直ちに申立人らが相手方に対して扶養料を請求するのが権利の濫用に当たるものとはいい難いところである。」

②東京高裁昭和58年4月28日決定、(扶養料請求審判に対する即時抗告申立事件)過去の扶養料について是認する判断をしていまます。

判旨抜粋

「ところで、本件のように親(父)が未成熟子を扶養する関係(夫婦間も同様)においては、扶養権利者が要扶養状態にあり、扶養義務者に扶養能力のあることという要件が具備すれば、扶養権利者からの請求の有無にかかわらず、具体的な扶養義務、扶養請求権が発生すると解すべきであり、扶養審判において、裁判所は、その裁量により相当と認める範囲で過去に遡った分の扶養料の支払を命じることができるというのが相当である。けだし、親の未成熟子に対する扶養義務(いわゆる生活保持義務)は、その身分関係の発生により当然に生じるべきものであって、親は、未成熟子と別居すれば未成熟子が要扶養状態にあることは当然知りうべきであり、その具体的な請求権の発生を扶養権利者の請求に係らせる必要はないからである。」養育費請求は、子の人間としての成長(生きる権利、生存権の一態様)を経済的面から支えるものであり、扶養義務者にも不利益はなく妥当な判断です。

③東京家庭裁判所 昭50年1月31日審判(財産分与、扶養申立事件)においても過去の扶養料を一定の条件で認めています。

「昭和四六年一一月から昭和四八年三月までの分は過去の扶養料として既に扶養義務者である申立人千賀子(母親)から支出されたものであり、本来は申立人千賀子から同等の扶養義務者である相手方に求償しうるものであるが、扶養権利者である長女八重子(子)がその部分を母である申立人千賀子から借り入れた場合と同視し、父である相手方に対しその負担部分の返還を求めることもできるといわなくてはならない。

よつて当裁判所は申立人八重子に対し父である相手方が前記期間内の過去の扶養料として割合で一六か月分五八万二九四〇円を支払うことを相当と認める。

しかして右財産分与および過去の扶養料の額と給付義務は本審判の確定によつて形成されるものであるが、その性質上、財産分与は離婚のとき、過去の扶養料は要扶養の時点に遡つてその効力を生じ履行期が到来するものというべきであるから、前者については協議離婚の翌日である昭和四七年一月二六日から、後者については昭和四八年四月一日(高校卒業の翌日)から,いずれもこれに対する支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきものである。」

④高松高裁昭和39年10月24日決定(扶養審判に対する即時抗告同附帯抗告事件)

この判例は、請求認容時ではなく扶養料を請求した時点から以後の分を認容しています。

「いわゆる過去の扶養料を家事審判手続において請求しうるかどうか、請求しうるとしても何時の分から請求しうるか、については説の分れるところである。元来扶養は自己の資産または収入によつてはその生活を維持できない者に経済的給付をなすものであるから、扶養に関する権利義務は時々刻々に発生しまた消滅するもので、過ぎ去つた期間の生活についての扶養ということは不可能であり不必要でもある。しかし過去の扶養料の請求を一切否定すると、扶養義務者が少しでも履行を引きのばすことによつて義務そのものを免れうる結果をまねく虞れがあるから、扶養権利者からの請求の時を基準として、その請求により義務者が遅滞に陥つた以後の扶養料は過去のものでも請求できる、と解するのが相当である。したがつて本件については、原審判のとおり附帯抗告人等が本件審判の申立をした昭和三七年八月一五日以降の扶養料の請求は理由があるが、それ以前の分は請求しえないものというべきである。」

⑤大審院判例(明治34年10月3日民録7-11)は原則として過去の扶養料について履行遅滞におちいった分に限り請求できるとしています。当該判例によれば、履行遅滞とは履行期が来たものについてはその時期から遅滞におちいりますから、要扶養状態の発生と扶養義務者が扶養可能な時が養育費の支払い時期と考えられ、その時の分から請求が可能であると解釈できるでしょう。

以上

関連事例集

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※参照条文

憲法

第13条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。

第24条  

2  配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。

第26条  すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。

民法

(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)

第七百二十四条  不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

(財産分与)

第七百六十八条  協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。

2  前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。

3  前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。