新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1151、2011/9/8 12:12 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【家事,離婚届不受理申出,平成19年5月11日改正戸籍法による平成20年5月1日以降の取扱い】

質問:妻(または夫)が勝手に離婚届を作成・提出してしまうかもしれません。そのような離婚届は無効ではないでしょうか。どのように対処すればよいでしょうか。

回答:
  理論的には,夫婦の一方が他方に無断で離婚届を作成・提出しても,それによる離婚は無効です。しかし,市区町村の戸籍窓口では,離婚届について,それが無断で作成・提出されたものかどうかの実体的判断まではすることができず,形式的な不備がなければ受理されてしまいます。一旦受理されてしまった離婚の無効を争う方法はありますが,家庭裁判所での調停や訴訟を経る必要があり,時間や労力を要することになります。
  そこで,無断で作成・提出されてしまう恐れがあるという段階においては,予め,戸籍窓口に対して,離婚届出の不受理申出をしておくべきです(第27条の2第3項)。
  離婚意思等の関連問題,法律相談事例集キーワード検索:1126番672番280番62番参照。

解説:

【協議離婚の要件】
  夫婦の双方が離婚に合意し,その届出をすることで法律上の婚姻関係を解消することを協議離婚といいます。協議離婚が有効に成立するためには,離婚意思の合致があること,その意思の合致に基づいて届出がなされることが必要です。
  仮に,離婚届作成時において双方が離婚の意思を有していても,届出の際に離婚意思の合致がなくなっていれば(少なくとも夫婦の一方が離婚したくないと思っていれば),届出をしても離婚は無効です。この点に関する判例として,最高裁昭和34年8月7日判決の該当判示部分を本稿末尾に抜粋引用しましたのでご参照ください。

【戸籍窓口の形式的審査】
  戸籍に関する事務は,市区町村長が管掌し,実際はその指揮命令系統に属する戸籍吏員(要するに市区町村役場の戸籍窓口担当の人)が取り扱います。
この戸籍窓口には,戸籍事務に関して形式的審査権しかありません。つまり,書面の記載事項に誤記・脱漏がないかや,添付書類に不備がないかなどの形式面の審査しかできず,かつ,形式面の審査をすればそれで足りるとされています。
  つまり,離婚届が提出された際に,署名捺印があるか,子供がいる場合には親権者が定められているかなどの審査はできますし,しなければならないのですが,離婚しようとする夫婦の内心に離婚意思があるかどうかを審査する義務も権限もないのです。
  形式的審査制が採用されていること自体は,形式的画一的な処理をすることで,膨大な戸籍事務を迅速かつ安定的に処理することや,戸籍事務の受益者でもある国民の公平に資するものであり,妥当なものといえるでしょう。

  ただ,形式的審査のみが行われていることから,本件のように,実体的には無効となるべき離婚の届出についても,その形式が整っていれば受理されてしまい,形式的には有効に離婚が成立してしまうことになります。又,離婚の届出は当事者である夫婦そろって行う必要がなく,夫婦の一方だけでも可能ですから役所に出頭しない者の意思も確認することはできません(戸籍法第27条の2第1項,2項)。当事者双方の出頭を義務とすれば,本件のような無効の届出も解消できるように思われますが,婚姻,離婚の自由は国民の基本的権利(憲法13条)であり,届出が国家の政策的理由により必要されている関係上,形式的,画一的な処理から当事者の一方のみによる届出も有効になっています。

【もし,無断で提出された離婚届が受理されてしまったら】
  一旦,離婚届が受理されてしまうと窓口での撤回はできません。実体としては無効な離婚であることを,裁判所を通じて明らかにする必要があります。協議離婚無効確認調停を申し立て,そこで無効であることの合意ができた際に作成される審判書をもって戸籍訂正の申請をする必要があります。
  無断で届出をしてしまうような相手方ですから,離婚することに並々ならぬ意欲と決意をもっていることでしょう。調停は難航が予想されます。さらに,その後の手続も煩瑣ですので,もし,このような事態に至ってしまったら弁護士へのご依頼をお勧めします。  詳しくは当事例集の別の事例としてご案内しますので,「協議離婚無効確認調停」のキーワードで検索してみてください。

【不受理申出の制度】
  さて,本題に戻ります。
  戸籍窓口では,本人による届出であることが確認できない限り,離婚の届出を受理しないように,所定の方式によって申し出ることができます(戸籍法27条の2第3項)。形式的審査制の採用により副作用的に発生する不都合を,形式的な方法を用いることで手当てする制度といえます。この制度は,自己の意思に基づかない離婚届を提出されてしまうおそれがある場合の対処として効果的なものです。
  この制度は,平成20年5月1日施行の改正戸籍法によって法定の制度となりましたが,それ以前においても戸籍法実務上の運用の一種として行われていました。ただ,不受理申出の有効期間も6か月に限られていました。6か月を超えて不受理の申出をしたいときは,改めて申出をし直さなければなりませんでした。
  しかし,法制度化された際,6か月間の期間制限もなくなり,改正戸籍法施行後になされた不受理の申出については,所定の方式によって取下げをするまでは不受理申出の効果が持続することとされています。又取り下げはいつでも自由にできます(戸籍法施行規則,第53条の4第5項)。
  不受理の申出も,取下げの申出も,本籍地の市区町村宛てに申し出る形をとりますが,申出の手続自体は本籍地の市区町村役場に行かなくてもすることができます。最寄りの戸籍窓口にお尋ねになってみるのも良いでしょう。

【不受理申出がなされるとどうなるか】
  不受理申出がされると,以後,申出をした本人からの届出であることが確認できなければその届出は受理を拒絶されます。
  不受理申出をしたこと自体は,相手方には通知されません。あなたは,不受理申出をしたことを相手方に伝えてもいいですし,黙っていることも選べます。もし,あなたが不受理申出をしたことを黙っていた場合は,相手方は,受理を拒絶された段階で不受理の申出がなされていたことを知ることになるでしょう。
  他方,届出が不受理となったときには,不受理申出をしたあなたに対して,市区町村名義でその旨の通知がされます。ですから,相手方が無断で離婚届を提出しようとした場合には,あなたとしてはその事実を知ることができます(戸籍法第27条の2第5項)。

【不受理申出によって離婚問題が解決するわけではないこと】
  不受理申出をすることで,意思に反して離婚の届出が受理されてしまう事態を予防することができます。けれど,それを防いだからといって,現実の離婚問題が解決したことにはならないということはお分かりいただけるかと思います。
  相手方は,そこまでして離婚を成立させることを求めています。となると,離婚を思いとどまらせる場合だけでなく,最終的には離婚をする場合であっても,協議はなかなか噛み合わないでしょう。もし,条件面で早々に折り合いがつけられるなら,そもそも無断で提出するなどという暴挙に及ぶ必要などないからです。
  相手方配偶者が無断で離婚届を提出してしまうかもしれないと危惧される局面にある場合,早晩,そうした抜き差しならない事態が訪れることは容易に予想できます。
  不受理申出をしただけで安心するのではなく,来るべき離婚協議や,夫婦関係調整調停に備えて,弁護士との相談を継続し,依頼できる弁護士を見つけておくことをお勧めします。

≪参照判例≫

最高裁判所昭和34年8月7日判決(抜粋)
原審の引用する第一審判決によれば,本件協議離婚届書は判示の如き経緯によって作成されたこと,右届出書の作成後被上告人は右届出を上告人に委託し,上告人においてこれを保管していたところ,その後右届出書が光市長に提出された昭和27年3月11日の前日たる同月10日被上告人は光市役所の係員○○○○に対して上告人から離婚届が出されるかもしれないが,被上告人としては承諾したものではないから受理しないでほしい旨申し出でたことおよび右事実によると被上告人は右届出のあった前日協議離婚の意思をひるがえしていたことが認められるというのであって,右認定は当裁判所でも肯認できるところである。そうであるとすれば上告人から届出がなされた当時には被上告人に離婚の意思がなかったものであるところ,協議離婚の届出は協議離婚意思の表示とみるべきであるから,本件の如くその届出の当時離婚の意思を有せざることが明確になった以上,右届出による協議離婚は無効であるといわなければならない。そして,かならずしも所論の如く右翻意が相手方に表示されること,または,届出委託を解除する等の事実がなかったからといって,右協議離婚届出が無効でないとはいえない。

≪参照法令≫

【戸籍法】
第27条の2
1項
市町村長は,届出によつて効力を生ずべき認知,縁組,離縁,婚姻又は離婚の届出(以下この条において「縁組等の届出」という。)が市役所又は町村役場に出頭した者によつてされる場合には,当該出頭した者に対し,法務省令で定めるところにより,当該出頭した者が届出事件の本人(認知にあつては認知する者,民法第七百九十七条第一項 に規定する縁組にあつては養親となる者及び養子となる者の法定代理人,同法第八百十一条第二項 に規定する離縁にあつては養親及び養子の法定代理人となるべき者とする。次項及び第三項において同じ。)であるかどうかの確認をするため,当該出頭した者を特定するために必要な氏名その他の法務省令で定める事項を示す運転免許証その他の資料の提供又はこれらの事項についての説明を求めるものとする。
2項
市町村長は,縁組等の届出があつた場合において,届出事件の本人のうちに,前項の規定による措置によつては市役所又は町村役場に出頭して届け出たことを確認することができない者があるときは,当該縁組等の届出を受理した後遅滞なく,その者に対し,法務省令で定める方法により,当該縁組等の届出を受理したことを通知しなければならない。
3項
何人も,その本籍地の市町村長に対し,あらかじめ,法務省令で定める方法により,自らを届出事件の本人とする縁組等の届出がされた場合であつても,自らが市役所又は町村役場に出頭して届け出たことを第一項の規定による措置により確認することができないときは当該縁組等の届出を受理しないよう申し出ることができる。
4項
市町村長は,前項の規定による申出に係る縁組等の届出があつた場合において,当該申出をした者が市役所又は町村役場に出頭して届け出たことを第一項の規定による措置により確認することができなかつたときは,当該縁組等の届出を受理することができない。
5項
市町村長は,前項の規定により縁組等の届出を受理することができなかつた場合は,遅滞なく,第三項の規定による申出をした者に対し,法務省令で定める方法により,当該縁組等の届出があつたことを通知しなければならない。

【戸籍法施行規則】
第53条の4
1項
戸籍法第二十七条の二第三項の規定による申出は,当該申出をする者が自ら市役所又は町村役場に出頭してしなければならない。
2項
前項の申出は,次の各号に掲げる事項を記載した書面でするものとする。
一  同項の申出をする旨
二  申出の年月日
三  申出をする者の氏名,出生の年月日,住所及び戸籍の表示
四  民法第七百九十七条第一項 に規定する縁組における養子となる者の法定代理人又は同法第八百十一条第二項 に規定する離縁における養子の法定代理人となるべき者が申出をするときは,その養子となる者又は養子の氏名,出生の年月日,住所及び戸籍の表示
3項
第一項の申出は,第十一条の二第一号から第三号までに規定する方法のいずれかにより,出頭した者が当該申出をした者であることを明らかにしてしなければならない。この場合において,第十一条の二第二号イ中「戸籍謄本等の交付を請求する書面」とあるのは「戸籍法第二十七条の二第三項 の規定による申出の書面」と,同条第三号 中「請求を受けた」とあるのは「申出を受けた」と,「現に請求の任に当たつている者」とあるのは「申出をする者」と読み替えるものとする。
4項
第一項の申出は,当該申出をする者が疾病その他やむを得ない事由により自ら出頭することができない場合には,同項の規定にかかわらず,本籍地の市町村長に第二項の書面を送付する方法その他これに準ずる方法によりすることができる。この場合には,第二項に掲げる事項を記載した公正証書(代理人の嘱託により作成されたものを除く。)を提出する方法その他の方法により当該申出をする者が本人であることを明らかにしなければならない。
5項
第一項の申出をした者は,いつでも,当該申出を取り下げることができる。
6項
第一項から第四項までの規定は,前項の規定による申出の取下げについて準用する。

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