新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1156、2011/9/16 16:49 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・即決和解・なぜ必要か・争いがなくても利用できるか】

質問:私は,以前マンションを購入したのですが,その後別の地方に転勤になったため,暫くはそのマンションを知人に貸していました。そうしたところ,次の異動でまた戻ってくることになり,貸しているマンションをその時までに明け渡してもらいたいと思っています。知人とは話合いをして,明渡しについての時期や条件などはまとまり,一応合意書という形にしておきました。ただ,今後知人が実際に明渡しをしてくれるかどうか不安がないわけではありませんので,もっとしっかりした形にしておきたいのです。以前,合意を確実なものにするためには公正証書を作成しておくとよいという話を聞いたことがあるのですが,私の場合も公正証書を作っておけば大丈夫でしょうか。

回答:
1.当事者間で作成した合意書は,そこに記載された内容の合意があったことについての証拠の1つになりうるものですが,その合意書に基づいて強制執行ができるまでの効力はありません。他方,公正証書を作成すれば,単なる当事者間の合意書と比べて証拠としての価値も増しますし,強制執行ができるようになる場合もあります。ただし,強制執行ができるのは金銭給付等を内容とする場合だけですので(民事執行法22条5号),不動産の明渡しを内容とする場合には,公正証書を作成したとしても,それに基づいて強制執行ができることにはなりません。
2.そのような場合には,訴え提起前の和解(即決和解・起訴前和解,民事訴訟法275条)という方法により,事前に明渡しについての合意をしておくことが考えられます。訴え提起前の和解をしておくことにより,仮に相手方が期限に明渡しをしなかったような場合であっても,訴訟提起をして判決を取る手続を経ることなく直ちに強制執行ができるようになります。
3.即決和解の申立ては簡易裁判所で行うことになりますので,ご自身で行うのが不安な場合には,まず弁護士に相談してみることをお勧めします。参考として,当事務所事例集977番824番741番を参照してください。

解説:
1 公正証書について
(1)公正証書とは
  公正証書とは,金銭の貸借,不動産の賃貸借や離婚に伴う慰謝料・財産分与・養育費の支払い等の民事上の法律行為について,公証人が法令に従い,当事者の依頼に応じて作成する公文書をいいます。公正証書には,次に述べるようなメリットがあります。

(2)公正証書のメリット
  @ 公正証書は,法律の専門家である公証人が作成する公文書ですので,一般人同士が作成した合意書よりも高い証明力があると評価されます。
  A 一定額の金銭の支払い又はその他の代替物・一定数量の有価証券の給付を目的とする請求について公正証書が作成され,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述(強制執行受諾文言)が記載されている場合には,その公正証書が債務名義(強制執行を認める根拠となるものです。)となるため(民事執行法22条5号),債務不履行となった場合にもわざわざ訴訟を提起して判決を取得することなく,直ちに強制執行ができるようになります。
  B 公正証書は原本が公証役場に保管されるため,偽造・変造のおそれがなく,手持ちの謄本が紛失した場合でも改めて謄本を請求することができます。
  C 公正証書が債務名義になることで,債務者に対して,債務不履行の場合には直ちに強制執行されるという心理的圧迫を与え,債務の履行を促すことになります。

(3)公正証書に適する文書
  公正証書は民事上の法律行為に関して作成され,上述のようなメリットがありますので,後々の証拠のために残しておくという意味では広く有益に用いられることになります。もっとも,強制執行との関係でいえば,公正証書とするのには適しない場合もあります。すなわち,一定額の金銭の支払い等を目的とする請求でない場合には,公正証書を作成しても強制執行はできないため(民事執行法22条5号),例えば,金額が一定でない継続的商品取引等における代金支払債務,登記手続義務,不動産明渡債務,中古車等の特定動産の引渡債務等については,公正証書を作成しても,直ちに強制執行をすることはできません。

(4)本件での公正証書作成の適否
  本件の場合も,不動産の明渡しを目的とする合意ですので,公正証書を作成した場合には,当事者間だけの合意書に比べれば証拠としての価値は高まりますが,その公正証書をもって直ちに強制執行ができることにはなりません。この場合に,明渡しを強制的に求めるには,建物明渡訴訟を提起して勝訴判決を取ることが必要になってしまいます。
  公正証書は,公証人が職務上当事者の本人確認と意思確認をした上で署名捺印した文書ですので,公正証書として合意書を作成した場合は,後日,これが偽造である等その作成について否定される危険性は基本的に無くなります。また,民法の意思表示規定(民法93条〜96条,心裡留保,虚偽表示,錯誤,強迫,詐欺)による無効主張や取消主張をされる可能性は皆無ではありませんが,これについても公証人という立会人が存在した上で作成された書面ですので,可能性はかなり低くなっているものと言うことができます。
  なぜ,公正証書が不動産の強制執行をするための文書にならないかというと,法律でそこまでの効力を認めなかったからですが,その背景には司法手続においては判決等の裁判所の作成した書類があって初めて権利を実現するための強制執行ができるという考え方があります(憲法76条1項,法の支配に基づく裁判所による司法権の独占)。しかしすべて裁判所が関与するということにすると裁判所の仕事が増えてしまうので,金銭執行に限って特別に公正証書(公証人は公務員ですが裁判官ではありませんし,公的証明書類を作成するのが基本的職務ですから裁判権を有しません。公証人法1条。)で強制執行ができることにしたのです。
  
  金銭の執行については,仮に間違っていても後日お金を返せば回復できるということも理由に挙げられるでしょう。不動産は生活の基盤であり,万一過誤による明け渡しの強制執行が行われてしまうと国民の権利を大きく侵害し,国民生活が混乱に陥ってしまうことになってしまいますので,公証役場で公証人一人の立会いで作成するよりも,裁判所において,即決和解調書や民事調停調書として,裁判官や調停官や書記官や司法委員や調停委員などの立会いのもとに権利義務を確定させることが必要であると考えられます。実務上,公正証書は金融業者の利用が多くなっており,公正証書による明け渡し強制執行を認めてしまうと不動産賃借権を担保に取った金銭消費貸借契約などが横行する可能性が高くなり,国民生活に重大な影響を与えてしまうことが懸念されます。

2 即決和解について
(1)前述のように,不動産の明渡しについては,公正証書を作成しても債務名義とはならないため,直ちに強制執行によることができません。また,債務名義として判決を取得しようとすると,訴訟提起をすることになり,その時点から判決が出るまでに相当程度の時間がかかることになります。
  このような場合に,事前に裁判所を通して債務名義を取得しておく方法として,訴え提起前の和解(即決和解・起訴前和解,民事訴訟法275条)の制度があります。
  訴え提起前の和解(即決和解・起訴前和解)は,当事者双方が期日に簡易裁判所に出頭し(本人の委任に基づいて弁護士が出頭することも可能です。),裁判所において和解手続をするものです。具体的には,管轄の簡易裁判所に和解条項を添付した申立書を提出し,裁判所の期日呼出しに応じて裁判所に出頭し,当事者双方の和解の意思の確認がなされ,合意成立の場合には和解調書が作成されることになります。当事者双方(本人あるいは代理人弁護士)の出頭が必要となりますので,和解内容について事前に十分に協議しておくことに加え,相手方が期日当日に裁判所に出頭するように事前の確認を怠らないように注意が必要です。

  通常は出頭を確保するため弁護士を代理人として立ててもらうことが多くみられます。というのは,即決和解制度を利用する目的は,相手方が約束した債務を履行することが期待できないような事態を強制的に解決することにありますので,当事者の不出頭による和解不成立の不都合を事前に回避する必要があるからです。当該代理人は,就任しやすいように知人の弁護士等を紹介し相手方が負担する弁護士費用も低額にする努力が求められます。後に和解内容に不満をもつ相手方が,無権代理,双方代理の理由で即決和解の効力を争うようなことがないように十分注意する必要があります。この点は,微妙な点が多く弁護士と事前に相談しましょう。
  このようにして和解調書が作成されると,これが確定判決と同一の効力を持ち,債務名義となります。そのため,不動産の明渡期限に明け渡さないような場合には,この和解調書をもって直ちに強制執行手続をとることができるようになります。

(2)判例(東京地方裁判所昭和26年2月12日判決)
  即決和解は当事者の権利関係に争いがある場合に利用されるのですが,本件のように最初から当事者に事実上争いがなく,強制執行を確実にするために制度を利用することは,民訴275条 「民事上の争いについて」という要件が欠けるので無効であると争った事件がありましたが東京地方裁判所昭和26年2月12日判決(和解無効確認等請求事件)は,民事上の争いとは争う可能性があれば足りるとの理由から当該即決和解を有効としています。司法権の目的は,あらゆる紛争の公権的強制解決であり紛争の可能性も事前になくし公正な法秩序を確立することを目的とするものですから妥当な判断です。

  判旨抜粋「本件和解当時,権利関係の存否,内容等について争がなかつたとしても(この点は前にも認定した通りである),右認定のように権利関係についての不確実や権利の実行の不安全を予め防止する目的で和解がなされた以上和解の前提たる争がなかつたとは云えないのであつて,これが為右和解が無効となるものではなく甲第一号証始め原告援用の証拠はいずれもとるにたらぬものである。」

[参照条文]

民事執行法
(債務名義)
第二十二条  強制執行は,次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一  確定判決
二  仮執行の宣言を付した判決
三  抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては,確定したものに限る。)
三の二  仮執行の宣言を付した損害賠償命令
四  仮執行の宣言を付した支払督促
四の二  訴訟費用若しくは和解の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては,確定したものに限る。)
五  金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六  確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二  確定した執行決定のある仲裁判断
七  確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)

民事訴訟法
(訴え提起前の和解)
第二百七十五条  民事上の争いについては,当事者は,請求の趣旨及び原因並びに争いの実情を表示して,相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に和解の申立てをすることができる。
2  前項の和解が調わない場合において,和解の期日に出頭した当事者双方の申立てがあるときは,裁判所は,直ちに訴訟の弁論を命ずる。この場合においては,和解の申立てをした者は,その申立てをした時に,訴えを提起したものとみなし,和解の費用は,訴訟費用の一部とする。
3  申立人又は相手方が第一項の和解の期日に出頭しないときは,裁判所は,和解が調わないものとみなすことができる。
4  第一項の和解については,第二百六十四条及び第二百六十五条の規定は,適用しない。

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