新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 【質問】 【解説】 第1 刑事責任 第2 民事責任 第3 海難審判(行政処分) 2 海難審判の対象 3 海難審判開始までの流れ 4 海難審判の手続 (2)受審人及び補佐人の権利義務 (3)審判前の手続 (4)審判の原則 イ 口頭弁論主義 ウ 証拠裁判主義,直接主義 エ 自由心証主義 (5)審判の手続 イ 証拠調べ ウ 論告及び最終陳述 エ 裁決言渡しまで オ 裁決の言渡し (6)裁決取消しの訴え (7)裁決の執行 第4 海難審判と刑事裁判,民事裁判 海事補佐人は,@一級海技士(航海,機関,通信,電子通信のいずれか)の免許を受けた者,A審判官又は理事官の職にあった者(海難審判庁の審判官又は理事官もしくは3年以上海難審判庁副理事官の職にあった者を含む),B大学の船舶の運航もしくは船舶用機関の運転に関する学科の教授(もしくは3年以上准教授)又は独立行政法人海技教育機構,独立行政法人航海訓練所その他国土交通省令で定める教育機関注)のこれらの職に相当する職にあった者,学校教育法第1条の高等学校又は中等教育学校,独立行政法人海技教育機構その他国土交通省令で定める教育機関注)の船舶の運航又は船舶用機関の運転に関する学科の教員のうち10年以上教諭もしくはこれに相当する職にあった者,C弁護士の資格がある者、が登録資格を有していますが(則19条),登録者数は多くありません。過失の有無等,法律的要件が厳しく争われる場合には弁護士を補佐人とすることをお勧めします。 <参考条文> 海難審判法 <参考判例> 最判昭和31年6月28日
No.1159、2011/9/21 13:31
【海難審判】
私は,先日,自らが所有する小型船舶で航行しているときに,他の船舶に衝突する事故を起こしてしまいました。私は,どのような責任を負うことになるのでしょうか。また,最近,海難審判の開始申立ての通知が来ましたが,海難審判とはどのようなものなのでしょうか。
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【回答】
1.相談者の方は,事故を起こしたことによる@刑事責任を負うことになるほか,A事故の相手方に対する民事上の賠償責任や,B海難を発生させたことに伴う行政処分を受ける可能性があります。
2.海難審判とは,職務上の故意または過失によって海難を発生させた海技士もしくは小型船舶操縦者または水先人に対して懲戒をするための手続であり,上記の海難を発生させたことに伴う行政処分が下されるものです。
まず,相談者の方が起こした事故(以下「本件事故」といいます。)は,船舶同士の衝突というもので,これにより怪我人が発生した場合には,業務上過失傷害罪(刑法211条1項)の責任を負う可能性があります。また,怪我人がいなくても事故により船舶の往来に危険が生じる可能性も高いため,業務上過失往来危険(刑法129条2項)の責任を負う可能性もあります。
その他,小型船舶の登録等に関する法律や船舶安全法施行規則に違反するような事情があれば,罰則の規定があるので、これについても併せて刑事責任を負うことになります。 刑事責任については刑事訴訟法により海上保安庁と検察庁の捜査の後起訴されて裁判所により判断されることになります。
次に,本件事故により,事故の相手方が怪我を負った場合、また,事故の相手方の船舶を損傷した場合には,これについても金銭による損害賠償責任を負うことになります。もちろん,示談等により一定額を支払って解決する方法もありますし,保険に入っていれば,損害が填補されることもあります。このような民事の責任ついては車両を運転していた場合の交通事故と同様ですので交通事故に関する説明を参考にして下さい。
1 海難審判とは
海難審判とは,「職務上の故意または過失によって海難を発生させた海技士もしくは小型船舶操縦者または水先人に対する懲戒を行うため,国土交通省に設置する海難審判所における審判の手続き等を定め,もって海難の防止の発生に寄与すること」(海難審判法(以下「法」といいます。)1条)を目的とする審判のことをいいます。海難発生をさせた者に対する懲戒を目的としており,海員審判主義(海員懲戒主義)をとっています。
以前の海難審判は,「海難審判庁の審判によって海難の原因を明らかにし,以てその発生の防止に寄与すること」(旧法1条)を目的として,「海難の原因について取調を行い,裁判を以てその結論を明らかにしなければならない」(旧法4条1項)とされ,「海難の原因が海技士もしくは小型船舶操縦者または水先人の故意または過失によって発生したものであるときは,裁決をもってこれを懲戒しなければならない」(旧法4条2項)とした海難審判主義(原因探求主義)をとっていました。平成20年の海難審判法の改正で,海難審判は,原因探求主義から海員懲戒主義へと大きく変わったといわれており,海難の原因究明は国家行政組織法の規定に基づいて設置された運輸安全委員会に委ねられたとされています。
ただ,現実には,海難の原因を究明するという旧法の目的が色濃く残っているともいわれることもある上,懲戒を行うに際しても海難の原因を相当程度特定することは必要となってくるため,実際の審判では,海難の原因究明に多くの時間が割かれることになります。
審判制度としては,海難審判所又は地方海難審判所における審判のみの一審制です。旧法では地方海難審判庁における第一審並びに第一審の裁決に対して高等海難審判庁に第二審の請求をすることができる二審制でしたが,変更が加えられました。なお,指定海難関係人への勧告(旧法4条3項),参審員制度(旧法14条)もなくなりました。
対象となる海難は,次の3つです。すなわち,@船舶の運用に関連した船舶又は船舶以外の施設の損傷,A船舶の構造、設備又は運用に関連した人の死傷,B船舶の安全又は運航の阻害というものです。
「船舶」の定義は,「人または物を積載して水上を移動するもの」であればすべて船舶に当たると考えられています。水上オートバイは船舶となりますが,水上スキー,サーフィン板そのものは船舶には含まれないと考えられています。
本件では,相談者の方が「船舶」による事故を起こしたことは明らかだと思われます。少なくとも@,怪我人がでていればAに当たると思われるので,海難審判の対象になると考えられます。
理事官と呼ばれる者が,海難を知ったとき又は国土交通省,海上保安官,警察官及び市町村長等から海難が発生したことの通報を受けたときに,直ちに海難の調査を開始します。調査方法としては,海難関係人への質問,検査の実施,証拠品の領置及び事件に関する照会,鑑定,翻訳等が行われ,面接調査が行われることもあります。
調査の結果,理事官は,海技士又は小型船舶操縦士等に対する懲戒が必要と認めたとき,海難審判所又は地方海難審判所に審判開始の申立てを行わなければなりません(法28条1項本文)。このとき,故意又は過失があると認める者(海技士・小型船舶操縦士・水先人)を受審人に,受審人の故意又は過失の内容及び懲戒の量定を判断するため必要と認める者を指定海難関係人にそれぞれ指定します。重大な海難(法16条,海難審判法施行規則(以下「則」といいます。)5条)は海難審判所が,それ以外の海難は管轄する地方海難審判所が管轄します(法16条)。
(1)海難審判の構成等
海難審判は,海難審判所で行われます(法8条)。海難審判所は3名の審判官で構成されますが,地方海難審判所は,審判官1名(1名の審判官で審判を行うことが不適当なときは3名)で構成され,審判官のうち1人を審判長とされます(法14条)。
理事官は,審判の対象となる海難を調査し,審判を請求し,審判に参加して審判手続を維持することになります。
懲戒の対象者となる者を受審人(法28条)と呼び,受審人の職務上の故意または過失の内容及び懲戒の量定を判断するため必要があると認め指定された者を指定海難関係人(則41条)と呼んで,これらの者について審判が行われます。
また,法は,受審人・指定海難関係人(以下「受審人等」といいます。)の審判における権利を保護する目的で,補佐人の制度を設けました。審判では,理事官と受審人等が相対立する関係となりますが,理事官の立場に比し受審人等は弱い立場にあるのが通常です。そこで,受審人等などの立場を補強し,両者が対等な立場になれるようにするため,補佐人が認められています。受審人等は,補佐人を選任することにより,補佐人の専門的知識,審判廷技術を得ることで,理事官と対等な立場になることができます。
このように,海難審判では,刑事裁判における裁判官に近い役割を審判官が,検察官に近い役割を理事官が,弁護人に近い役割を補佐人が担うことになります。
受審人の権利としては,補佐人の選任(法19条),証拠調べの請求(法35条1項),理事官の陳述に対する意見の陳述(則67条2項),最終の陳述(則68条)が規定されています。また,義務としては,審判期日に召喚され尋問を受けること(法33条),懲戒処分を受けること(法3条)が規定されています。補佐人の選任は,審判開始の申立てがされた後にすることができます。受審人が正当の理由なく審判期日に出頭しないときは,その陳述を聞かないで裁決されるという不利益を受けます(法34条ただし書)。
他方,補佐人は,審判に出席し審判手続き上の行為をなす権利(則47条),証拠調べの申立権(法35条1項),書類及び証拠物の閲覧,謄写権(則34条),審判廷で審判関係人を尋問する権利(則57条2項),最終の陳述権(則68条)等が権利として規定されています。補佐人を選任した場合,海難審判の記録を閲覧・謄写してもらい,どのように海難審判に臨むのかを十分に話し合うことが有益です。
審判期日の指定(呼出,通知)がされるほか,住居と事故現場が離れていて,管轄の海難審判所が住居から遠い場合等には,受審人(又は理事官)からの管轄移転請求を行うことができます。また,第一回審判期日の変更請求,実地検査,補佐人の選任,テレビ会議システムによる尋問が行われることもあります。
ア 公開主義
審判の対審及び裁決は,公開の審判廷でこれを行うこととされています(法31条)。審判を公開して国民の傍聴を許し,審判手続きを国民の監視の下に置くことで,審判の公正を保とうとする趣旨だといわれています。なお,対審とは,審判官の面前で理事官,受審人等が互いにその主張を争うことで審理を行うことをいいます。
受審人への裁決は口頭弁論に基づいてこれをしなければならないとされています(法34条)。また,海難審判所は,当事者の口頭による弁論に基づいて審理を行わなければならないとも考えられています。もっとも,口頭による審理を補完する意味で,審理等に際して書面も多く用いられています。
事実の認定は,審判期日に取り調べた証拠によらなければならないとされています(法37条)。審判期日には当事者が出席し,弁論の機会も与えられており,審判官の面前で行うものですから,公正で正確な心証が形成されると考えられています。
証拠の証明力は,審判官の自由な判断に委ねられます(法38条)。
ア 冒頭の手続
まず,審判長が開廷宣言をし,人違いでないかを確認するために,受審人等に対する人定質問(則55条)が行われます。また,他の審判所で審判がされていないかどうかの確認(法16条2項)も行われます。
次に,理事官から,事件の概要及び審判開始申立理由の陳述(則56条)が行われ,続いて,理事官の陳述に対する受審人等及び補佐人の意見が述べられます。
冒頭の上記手続が終わると,海難審判所は、申立てにより又は職権で、必要な証拠を取り調べることになります(法35条1項)。
まず,理事官の提出した証拠について証拠調べをすることになります。関係者から事情聴取した調書,運行状況等を記録した文書他が証拠として提出されます。審判長はすべての証拠の標目を読み,ときには記載内容の要旨を告げ,受審人等,補佐人の意見を聞いて証拠として採用することを決定します。
次に,受審人等の尋問に移ります。海難審判所は,審判期日に受審人を召喚し,尋問することができるとされ(法33条),証拠調べの多くの時間がここに割かれます。審判関係人への尋問及び証拠調べは,審判長が行い,陪席の審判官,理事官及び補佐人は,審判長に告げて審判関係人を尋問することができるとされており(則57条),実際には,審判長を含む審判官からの質問が中心です。したがって,刑事裁判のような対審とは趣を異にします。
また,規定はないものの,自己に不利益な供述を強制されないことが認められると考えられています。受審人が供述した内容は証拠として採用されます。供述等は,受審人等の意見を聞いた上で特に異議がなければ録音されることが通常です。
その後,証人等がいる場合には,その者への尋問に移ります。証人とは,審判所から,自己の経験に基づいて知り得た事実の供述を求められた者で,直接事件に関与している者は証人になりえません。
証拠調べが終わったときは,理事官は,事実を示して受審人に係る職務上の故意または過失の内容及び懲戒の量定について意見を陳述しなければならないとされ(則67条1項),これを理事官の論告と呼びます。審理を踏まえて,理事官が,事故の主要事実,原因や過失,どの程度の懲戒をすべきかなどの意見を述べます。
これに対し,受審人等及び補佐人は,理事官の論告に対して意見を述べることができ(則67条2項),受審人等及び補佐人には,最終に陳述する機会が与えられなければならない(則68条)とされています。これは,受審人等の最終陳述と呼ばれます。
以上で海難審判が結審され,評議を経て裁決が下ることになります。合議体で行う審判は,審判官の評議によります(則80条)。海難審判の審理は1日で終了し,裁決は,審理とは別の日に言い渡されることが通常です。
結審後,海難の事実及び受審人に故意又は過失の内容を明らかにした裁決が言渡されます。その際,受審人への懲戒が言渡されます(法4条)。裁決には理由を付さなければならないとされています(法41条)。裁決の告知は,審判廷における言渡しによって行い(法42条),言渡しは裁決書を朗読し又はその要旨を告げてこれを行い(則72条),裁決書の謄本は理事官及び受審人に送付されます(則73条)。情状により懲戒免除がされる可能性も一応存在します(法5条)。
裁決に不服がある場合には,裁決の取消しを訴えることができます。海難審判所の裁決に対する訴えは,東京高等裁判所の管轄に属します(法44条1項)。行政機関が終審として裁判を行うことができないため,司法への救済の途が認められています(憲法76条2項,32条)。
裁決に対する訴えは,裁決の言渡しの日から30日の出訴期間(不変期間)が定められており(法44条2項3項),海難審判所長が被告となります(法45条)。
裁決が確定すると,受審人への懲戒を理事官が執行することになります。執行は免状・免許証の取り上げまたは無効の宣言などの方法によります(法47条ないし50条)。
上記審判等は,それぞれの目的は異なることから,それぞれが独立して行われることとなっており,海難審判の判断が他の裁判を拘束することはないとされています(最判昭和31年6月28日刑集第10巻第6号936頁)。なだしお・富士丸衝突事件(昭和63年)や,最近のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事件等がこれに当たります(後者は現在控訴されています。)。
ただ,海難審判の結果が,刑事処分や民事上の責任に大きく関わってくることもまた否定できないので,これに備えるためにも,補佐人を選任して海難審判で十分な主張を行うことも重要です。
(目的)
第一条 この法律は、職務上の故意又は過失によつて海難を発生させた海技士若しくは小型船舶操縦士又は水先人に対する懲戒を行うため、国土交通省に設置する海難審判所における審判の手続等を定め、もつて海難の発生の防止に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「海難」とは、次に掲げるものをいう。
一 船舶の運用に関連した船舶又は船舶以外の施設の損傷
二 船舶の構造、設備又は運用に関連した人の死傷
三 船舶の安全又は運航の阻害
(懲戒)
第三条 海難審判所は、海難が海技士(船舶職員及び小型船舶操縦者法 (昭和二十六年法律第百四十九号)第二十三条第一項 の承認を受けた者を含む。第八条及び第二十八条第一項において同じ。)若しくは小型船舶操縦士又は水先人の職務上の故意又は過失によつて発生したものであるときは、裁決をもつてこれを懲戒しなければならない。
(懲戒の種類)
第四条 懲戒は、次の三種とし、その適用は、行為の軽重に従つてこれを定める。
一 免許(船舶職員及び小型船舶操縦者法第二十三条第一項 の承認を含む。第四十九条及び第五十一条において同じ。)の取消し
二 業務の停止
三 戒告
2 業務の停止の期間は、一箇月以上三年以下とする。
(懲戒免除)
第五条 海難審判所は、海難の性質若しくは状況又はその者の経歴その他の情状により、懲戒の必要がないと認めるときは、特にこれを免除することができる。
(任務)
第八条 海難審判所は、海技士若しくは小型船舶操縦士又は水先人に対する懲戒を行うための海難の調査及び審判を行うことを任務とする。
第十四条 海難審判所は、三名の審判官で構成する合議体で審判を行う。ただし、地方海難審判所においては、一名の審判官で審判を行う。
2 地方海難審判所において、審判官は、事件が一名の審判官で審判を行うことが不適当であると認めるときは、前項の規定にかかわらず、三名の審判官で構成する合議体で審判を行う旨の決定をすることができる。
3 合議体で審判を行う場合においては、審判官のうち一人を審判長とする。
(事件の管轄)
第十六条 審判に付すべき事件のうち、旅客の死亡を伴う海難その他の国土交通省令で定める重大な海難以外の海難に係るものは、当該海難の発生した地点を管轄する地方海難審判所(海難の発生した地点が明らかでない場合には、その海難に係る船舶の船籍港を管轄する地方海難審判所)が管轄する。
2 同一事件が二以上の地方海難審判所に係属するときは、最初に審判開始の申立てを受けた地方海難審判所においてこれを審判する。
3 国外で発生する事件の管轄については、国土交通省令の定めるところによる。
(補佐人の選任)
第十九条 受審人は、国土交通省令の定めるところにより、補佐人を選任することができる。
(補佐人の権限)
第二十条 補佐人は、この法律に定めるもののほか、国土交通省令の定める行為に限り、独立してこれをすることができる。
(補佐人の要件等)
第二十一条 補佐人は、海難審判所に海事補佐人として登録した者の中からこれを選任しなければならない。ただし、海難審判所の許可を受けたときは、この限りでない。
2 海事補佐人の資格及び登録に関する事項は、国土交通省令でこれを定める。
(理事官による調査)
第二十五条 理事官は、この法律によつて審判を行わなければならない事実があつたことを認知したときは、直ちに、事実を調査し、かつ、証拠を集取しなければならない。
(審判開始の申立て)
第二十八条 理事官は、海難が海技士若しくは小型船舶操縦士又は水先人の職務上の故意又は過失によつて発生したものであると認めたときは、海難審判所に対して、その者を受審人とする審判開始の申立てをしなければならない。ただし、理事官は、事実発生の後五年を経過した海難については、審判開始の申立てをすることはできない。
2 前項の申立ては、海難の事実及び受審人に係る職務上の故意又は過失の内容を示して、書面でこれをしなければならない。
(審判の開始)
第三十条 海難審判所は、理事官の審判開始の申立てによつて、審判を開始する。
(審判の公開)
第三十一条 審判の対審及び裁決は、公開の審判廷でこれを行う。
(受審人の尋問)
第三十三条 海難審判所は、審判期日に受審人を召喚し、これを尋問することができる。
(口頭弁論)
第三十四条 裁決は、口頭弁論に基づいてこれをしなければならない。ただし、受審人が正当の理由なく審判期日に出頭しないときは、その陳述を聴かないで裁決をすることができる。
(証拠の取調べ)
第三十五条 海難審判所は、申立てにより又は職権で、必要な証拠を取り調べることができる。
2 海難審判所は、第一回の審判期日前においては、次の方法以外の方法により、証拠を取り調べることができない。
一 船舶その他の場所を検査すること。
二 帳簿書類その他の物件の提出を命ずること。
三 国土交通大臣、運輸安全委員会、気象庁長官、海上保安庁長官その他の関係行政機関に対して報告又は資料の提出を求めること。
3 海難審判所は、勾引、押収、捜索その他人の身体、物若しくは場所についての強制の処分をし、若しくはさせ、又は過料の決定をすることができない。
(証拠による事実認定)
第三十七条 事実の認定は、審判期日に取り調べた証拠によらなければならない。
(自由心証主義)
第三十八条 証拠の証明力は、審判官の自由な判断にゆだねる。
(審判開始の申立ての棄却)
第三十九条 海難審判所は、次の場合には、裁決をもつて審判開始の申立てを棄却しなければならない。
一 事件について審判権を有しないとき。
二 審判開始の申立てがその規定に違反してされたとき。
三 第六条又は第十六条第二項の規定により審判を行うべきでないとき。
(裁決の方式)
第四十条 裁決には、理由を付さなければならない。
第四十一条 本案の裁決には、海難の事実及び受審人に係る職務上の故意又は過失の内容を明らかにし、かつ、証拠によつてこれらの事実を認めた理由を示さなければならない。ただし、海難の事実がなかつたと認めるときは、その旨を明らかにすれば足りる。
(裁決の告知)
第四十二条 裁決の告知は、審判廷における言渡しによつてこれをする。
(裁決の取消しの訴え)
第四十四条 裁決の取消しの訴えは、東京高等裁判所の管轄に専属する。
2 前項の訴えは、裁決の言渡しの日から三十日以内に、これを提起しなければならない。
3 前項の期間は、これを不変期間とする。
(被告適格)
第四十五条 前条第一項の訴えにおいては、海難審判所長を被告とする。
(裁決の取消し)
第四十六条 裁判所は、請求の理由があると認めるときは、裁決を取り消さなければならない。
2 前項の場合には、海難審判所は、更に審判を行わなければならない。
3 裁判所の裁判において裁決の取消しの理由とした判断は、その事件について海難審判所を拘束する。
(裁決の執行時期)
第四十七条 裁決は、確定の後これを執行する。
(裁決の執行者)
第四十八条 海難審判所の裁決は、理事官が、これを執行する。
(免許取消しの裁決の執行)
第四十九条 免許の取消しの裁決があつたときは、理事官は、海技免状(船舶職員及び小型船舶操縦者法第二十三条第七項 において読み替えて準用する同法第七条第一項 の承認証を含む。次条及び第五十一条において同じ。)若しくは小型船舶操縦免許証又は水先免状を取り上げ、これを国土交通大臣に送付しなければならない。
(業務停止の裁決の執行)
第五十条 業務の停止の裁決があつたときは、理事官は、海技免状若しくは小型船舶操縦免許証又は水先免状を取り上げ、期間満了の後これを本人に還付しなければならない。
海難審判法施行規則
(重大な海難)
第五条 海難審判法 (昭和二十二年法律第百三十五号。以下「法」という。)第十六条第一項 に規定する重大な海難は、次の各号のいずれかに該当するものとする。
一 旅客のうちに、死亡者若しくは行方不明者又は二人以上の重傷者が発生したもの
二 五人以上の死亡者又は行方不明者が発生したもの
三 火災又は爆発により運航不能となつたもの
四 油等の流出により環境に重大な影響を及ぼしたもの
五 次に掲げる船舶が全損となつたもの
イ 人の運送をする事業の用に供する十三人以上の旅客定員を有する船舶
ロ 物の運送をする事業の用に供する総トン数三百トン以上の船舶
ハ 総トン数百トン以上の漁船
六 前各号に掲げるもののほか、特に重大な社会的影響を及ぼしたものとして海難審判所長が認めたもの
(海事補佐人の資格)
第十九条 海事補佐人は、次の各号のいずれかに掲げる資格があることを要する。
一 一級海技士(航海)、一級海技士(機関)、一級海技士(通信)又は一級海技士(電子通信)の免許を受けた者
二 審判官又は理事官の職にあつた者(国土交通省設置法 等の一部を改正する法律(平成二十年法律第二十六号)第三条 の規定による改正前の法第十条第一項 に規定する海難審判庁審判官若しくは海難審判庁理事官又は三年以上海難審判庁副理事官の職にあつた者を含む。)
三 令第二条第二号 ニに定める教授若しくはこれに相当する職にあつた者又は三年以上同号 ニに定める准教授若しくはこれに相当する職にあつた者
四 次に掲げる教育機関の船舶の運航又は船舶用機関の運転に関する学科の教員のうち十年以上教諭若しくはこれに相当する職にあつた者
イ 学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)第一条 の高等学校又は中等教育学校
ロ 独立行政法人海技教育機構
ハ 海上保安学校
ニ 独立行政法人に係る改革を推進するための国土交通省関係法律の整備に関する法律第八条 の規定による改正前の独立行政法人海員学校法(平成十一年法律第二百十四号)に規定する独立行政法人海員学校、旧国土交通省組織令 に規定する海員学校又は旧運輸省組織令に規定する海員学校
五 弁護士の資格がある者
(一件書類及び証拠物の閲覧及び謄写)
第三十四条 補佐人は、一件書類及び証拠物を閲覧し、又は謄写することができる。ただし、審判長(審判を開始した一名の審判官を含む。次章第六節を除き、以下同じ。)は、証拠を保存するため必要があるときは、その閲覧又は謄写を制限することができる。
2 補佐人は、審判長の許可を受けて、前項に規定する謄写を自己の使用人その他の者にさせることができる。
(指定海難関係人の指定)
第四十一条 理事官は、海難において受審人以外の当事者であつて受審人に係る職務上の故意又は過失の内容及び懲戒の量定を判断するため必要があると認める者があるときは、これを指定海難関係人として指定し、その氏名及び職業を審判開始申立書に記載しなければならない。
(審判期日における呼出し等)
第四十七条 審判長は、審判期日に受審人及び指定海難関係人を呼び出し、かつ、審判期日を遅滞なく理事官及び補佐人に通知しなければならない。
(人定尋問)
第五十五条 審判長は、開廷を宣した後、まず受審人及び指定海難関係人に対して、その人違いがないことを確かめるために必要な事項を尋問しなければならない。
(審判開始申立て理由の陳述)
第五十六条 前条の尋問が終わつたときは、理事官は、事件の概要及び審判開始の申立てをした理由を陳述しなければならない。
(審判関係人の尋問及び証拠調べ)
第五十七条 審判関係人の尋問及び証拠調べは、審判長がこれを行う。
2 陪席の審判官、理事官及び補佐人は、審判長に告げて審判関係人を尋問することができる。
(理事官等の意見陳述)
第六十七条 証拠調べが終わつたときは、理事官は、事実を示して受審人に係る職務上の故意又は過失の内容及び懲戒の量定について意見を陳述しなければならない。
2 受審人、指定海難関係人及び補佐人は、前項の理事官の陳述に対して意見を述べることができる。
(最終陳述)
第六十八条 受審人、指定海難関係人及び補佐人には、最終に陳述する機会を与えなければならない。
(裁決言渡しの方式)
第七十二条 裁決を言い渡すには、裁決書を朗読し、又はその要旨を告げてこれを行う。
(裁決書謄本の送付)
第七十三条 海難審判所は、裁決を言い渡したときは、遅滞なく裁決書の謄本を理事官、受審人及び指定海難関係人に送付しなければならない。
(審判の方式)
第八十条 三名の審判官で構成する合議体で審判を行う場合においては、当該審判は、これらの審判官の評議による。
海難事件で審判所のなした裁決における過失の有無に関する判断は、同一事件について刑事裁判をなす司法裁判所を拘束するものではない。海難審判所のした裁決に反する判断が所論のごとく刑訴四〇五条二号三号にいわゆる判例違反ということができないのは明白である。その余の論旨は畢竟事実誤認、単なる法令違反の主張を出でないものであつて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。