新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1173、2011/10/27 15:21

【民事・地震と工作物責任】  

質問:先日大地震が発生したことにより,私の家のブロック塀が崩れ落ち,隣人宅に駐車してある隣人の自動車にぶつかったため,隣人の自動車を破損させてしまいました。現在,隣人から自動車の修理費用として30万円を請求されています。しかし,今回は未曾有の事態でしたし,設置以降,定期的に業者に頼んで補修を行ってきました。私としてはどうしようもないことだったと考えています。本当に私は責任を負う必要があるのでしょうか。

回答:
1,あなたはブロック塀の占有者であり所有者です。民法では,土地工作物の設置又は保存の瑕疵により他人に損害が生じた場合,一次的には工作物の占有者に責任が発生します。しかし,本件の場合のように,占有者が定期的に補修を行って,「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」場合には,占有者としての責任を回避できることになります(民法717条T項本文)。しかし,二次的に発生する所有者としての責任(無過失責任)を免れることはできません(民法717条T項但し書)。そのため,本件の問題点はブロック塀に瑕疵があるかという点に収斂されることになります。
2,この点,裁判例では,建築基準法で建築物に求められる耐震基準に準じて,概ね震度5以下の地震に耐えられる構造を有していたのであれば,地震による不可抗力であることを理由に瑕疵を認めない判断が一般的であり,本件もその基準のもとで判断することになるでしょう。
3,当事務所事例集720番参照。

解説:
1 (総論)
  本件では,地震によってあなたのブロック塀が崩れ,隣人の自動車を破損させてしまいました。かかる場合,ブロック塀は土地に接着して人工的に作出したもの(工作物)により隣人に損害が生じているので,あなたは土地工作物責任(民法717条)を負うか,検討する必要があります。
  この点,民法717条は,「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。」と規定しています。したがって,本件であなたが責任を負うことになるための要件は,@本件ブロック塀が土地工作物であること,Aブロック塀の設置又は保存に瑕疵があったこと,B隣人の権利が侵害されたこと,C隣人に損害が発生したこと,DAとBCに相当因果関係があること,EBの時点であなたが本件ブロック塀の占有者であったこと,ということになります。あなたに所有者としての責任が発生するかということであれば,前述のEは「Bの時点であなたが本件ブロック塀の所有者であったこと」ということが要件ということになります。

  ところで,民法717条工作物責任の制度趣旨は,「危険責任」に基づいています。危険責任とは,危険な施設,危険な企業等社会に対して危険を自ら作り出しているものは,工作物の瑕疵から生じる損害に対して常に(無過失でも)賠償責任を負わなければならないという考え方です。別名報償責任ともいいます。近代私法の理念である私的自治の原則は,過失責任主義が基本原則となります。私的自治の原則とは,本来生まれながらに自由平等である個人(憲法13条)が権利義務を負い,拘束されるのは自分の意思に基づくというものであり,債務不履行,不法行為による責任根拠も自らの意思,すなわち故意,過失によるというものです。すなわち,私的社会関係においては,最低でも過失がなければ一切の責任を負わないというのが過失責任主義です。
  
  では,どうして危険責任が認められるのでしょうか。私的自治の原則の本来の目的は,個人の自由意思に任せて権利義務を発生させ拘束させる事が自由主義経済,近代資本主義経済発展の基になり,適正公平な経済社会秩序を維持発展させようとすることにあります。そうであるならば,産業,経済の発展に従い危険な施設,企業により利益を得他方その危険により損害を受けたものがいる場合,たとえ危険物の管理に無過失であっても,危険な施設等により利益を得ているものに特別責任を負わせることが公平で適正な社会経済秩序実現,権利濫用禁止(憲法12条,民法1条,2条)の理念にもっとも合致するからです。従って,この条文の解釈に当たっては危険物の占有(挙証責任の転換による責任加重),所有者(完全な無過失責任)と被害者との公平な損害分担の視点から行う事が大切です。

2 要件@について
  「土地の工作物」とは,土地に接着して人工的作業を施すことによって成立したものを意味します。本件ブロック塀は,人工的作業によって造られた土地に接着しているものなので,「土地の工作物」に該当します。

3 要件Aについて
  「設置又は保存の瑕疵」とは,工作物の建造またはその後の修理などに不完全な点が存在し,その種の工作物の中で通常備えているべき安全性が欠けていることを意味します。しかし,この「瑕疵」とはいかなる程度のものをもって,不完全性の存在,安全性の欠落と言えるか問題になります。なお,無過失責任から建造し又は維持する者の過失の有無は問題になりません。かかる要件は,事故の発生自体から推認されることが多いです。そして,その種の工作物の中で通常備えているべき安全性とは,当事者の公平な損害分担の見地からその工作物について通常予想される危険に対応した安全性があるかどうかということを意味し,その種の工作物について通常予想される危険に対応して求められる安全性の程度は,工作物の種類によって変わってくることになります。従って,第三者や被害者の異常な行動による危険や,異常な自然力,不可抗力によって生じた危険に対応する安全性まで備えている必要はないと解されています。

  ここで本件について考えるに,ブロック塀に通常予想される危険はどのようなものであったか,また,地震は不可抗力によって生じる危険であって,瑕疵にあたらないのではないかという点が問題になります。この点,裁判例においては,震度5の地震がひとつの判断基準となっています。つまり,ブロック塀については概ね震度5までの地震が通常予想される危険であり,かかる地震に対応できる安全性を備えていなければ瑕疵がある,と判断される傾向にあります(仙台地栽判決昭56年5月8日後記参照。なお,営造物責任の事例ですが宅地造成工事の場合について震度5を基準としているものとして仙台地裁判決平成4年4月8日)。

  ブロック塀についてはかかる判断が見受けられますが,具体的には,「設置の瑕疵」については,ブロック塀を建設した時点でブロック塀が震度5の地震に耐えられる構造だったのか,仮に震度5に耐えられる設置だったとしても,その後も震度5に耐えられる安全性を維持できていたかという点が大きなポイントになると思われます。
  なお,ブロック塀については,1970年12月2日に建築基準法施行令62条の8に条項が設けられており(施行日は1971年1月1日),本件ブロック塀が1971年1月1日以降に設置されたものであれば,この規定の適用を受けることになります。そのため,本件ブロック塀が基礎,鉄筋の使用などにおいて基準に合致しているかについても,瑕疵の有無の判断に影響を及ぼすものといえます。なお,同施行令62条の8は,震度5までの地震であれば壊れない基準を定めているものともいわれているので,その他の法令などを遵守した設置および維持を行っていれば,これまでの裁判例の流れに従えば,ブロック塀が通常備えているべき安全性が認められ,瑕疵があるとは判断されにくいものと思われます。

4 要件BCDについて
  本件では,Bあなたのブロック塀により隣人の自動車の所有権が侵害されており,Cその修理費用という損害が発生しています。仮に本件でブロック塀の設置又は保存に瑕疵があった場合,その瑕疵のために地震でブロック塀が崩れ落ち,BCのような結果を生じているのですから,DAとBCの間に相当因果関係があると言えます。

5 要件Eについて
  あなたは本件ブロック塀の占有者であり所有者です。そのため,要件Eを満たしているといえます。なお,「必要な注意」を果たしていたとしても,無過失責任たる所有者としての責任を免れるわけではないので,本件での問題点は,やはり本件ブロック塀に瑕疵があったか否かという点になるでしょう。

【参考判例】

仙台地裁昭56年5月8日判決,いわゆる宮城県沖地震によるブロックベイ倒壊による死亡事件です。震度5以上の地震は予測できないので,震度5に耐える構造があれば瑕疵とは言えないという判断です。結論としては,諸事情から瑕疵の存在を認めていません(震度5に耐える構造を有していたと認定しています)。当時としては妥当な判断でしょう。但し,平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震では震度6乃至7であり,瑕疵の認定内容も今後変わると思われます。

「しかしながら,工作物の所有者が同条により損害賠償の責任を負うためには工作物の設置又は保存に瑕疵があり,その瑕疵と損害との間に因果関係が存することを要するものであるから,以下本件ブロック塀の設置又は保存に瑕疵があったか否かについて検討する。
三 一般にブロック塀の設置又は保存に瑕疵があるとはブロック塀の築造及びその後の維持,管理に不完全な点があって,ブロック塀が安全性を欠いていることをいうものであるが,その要求される安全性は,如何なる事態が発生しても安全であるという意味のいわゆる絶対的な安全性ではなく,当該工作物の通常備えるべきいわゆる相対的な安全性をいうものと解すべきであり,右にいわゆる通常備えるべき安全性とは本件に則して言えば,本件は地震に関連して発生した事故であるから,本件ブロック塀が通常発生することが予測される地震動に耐え得る安全性を有していたか否かをいうものであるが,地震が地上の建築物に対して及ぼす影響は,地震そのものの規模に加えて,当該建築物の建てられている地盤,地質の状況及び当該建築物の構造,施工方法,管理状況等によって異ってくるものであるから,具体的に本件ブロック塀に瑕疵があったか否かを決するに当っては,右のような諸事情を総合して,本件ブロック塀がその築造された当時通常発生することが予測された地震動に耐え得る安全性を有していたか否かを客観的に判断し,右の点につき安全性が欠如し或いは安全性の維持について十分な管理を尽さなかった場合には,本件ブロック塀の設置又は保存に瑕疵があるものというべきである。」

「次に本件ブロック塀築造当時通常発生が予測し得べき地震の程度について検討するに,我国は世界でも地震の発生率の高い国であり,地震に関する研究もかなり進んでいるとはいうものの,将来どの程度の規模の地震が発生するかを確実に予知することは不可能に近いし,日本全国に一律に地震が発生しているわけではなく,地震が多発する地域は或る程度限定されているから,本件ブロック塀の安全性を考えるについても,仙台市近郊において過去に発生した地震のうちの最大級のものに耐えられるか否かを基準とすれば足りるものと考えられる。
ところで《証拠略》によれば,仙台管区気象台で最近五〇年間に観測された仙台市における地震のうち,震度四以上のものは別表(一)のとおりであって,これによると,仙台においては過去において震度六以上の地震の観測例はないことが認められ,右に加えて建築基準法施行令八八条において水平震度が〇・二と定められていたこと等の諸事情を考慮すると,本件ブロック塀築造当時においては,震度「五」程度の地震が仙台市近郊において通常発生することが予測可能な最大級の地震であったと考えるのが相当である。
六 そうすると,本件ブロック塀の設置につき瑕疵があったというためには,前記認定のような構造であった本件ブロック塀が地盤,地質,施工状況等の諸事情に照して震度「五」の地震に耐え得る安全性を有していなかったことが明らかにされなければならないものといわなければならない。」

「右のほか《証拠略》によると,本件地震は原告小野寺弘子が被告方の二軒隣りの荒谷方の玄関にいた際発生したのであるが,地震の最中は立っていられない位の揺れで同人は玄関につかまっていたこと,また右荒谷方では地震の揺れで戸棚の中からいろいろな物が飛出してきたこと,被告がその属する向陽台団地のブロック塀,大谷石塀の所有者に本件地震による被害状況について求めたアンケートに対する回答(六五通)によると,ブロック塀又は大谷石塀が全壊したとの回答があったもの一〇戸,一部崩落又は損壊したとの回答があったもの約二〇戸,一部又は全部傾斜したとの回答があったもの約一五戸であったことなどの事実が認められること,等の諸事情を併せ考えると,本件事故現場においては,震度五を超える強い振動であった可能性も十分考えられるから,本件地震の震度が五と仙台管区気象台から発表されたこと或いは本件地震により本件ブロック塀が倒壊したことのみから,直ちに本件ブロック塀がその築造当時において通常予測すべき震度五の地震に耐え得ない強度のものであったと速断することはできないし,他に本件ブロック塀が本来備えるべき震度五の地震に耐え得る安全性を欠いていたものであることを肯認し得る証拠はないから,結局,本件ブロック塀の設置の瑕疵については立証がないものといわなければならない。」

【参照条文】

<憲法>
第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであつて,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第十三条  すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。

<民法>
(基本原則)
第一条  私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
2  権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
3  権利の濫用は,これを許さない。
(解釈の基準)
第二条  この法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として,解釈しなければならない。
第七百十七条  土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは,その工作物の占有者は,被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし,占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは,所有者がその損害を賠償しなければならない。

<建築基準法施行令>
第六十二条の八  補強コンクリートブロック造の塀は,次の各号(高さ一・二メートル以下の塀にあつては,第五号及び第七号を除く。)に定めるところによらなければならない。ただし,国土交通大臣が定める基準に従つた構造計算によつて構造耐力上安全であることが確かめられた場合においては,この限りでない。
一  高さは,二・二メートル以下とすること。
二  壁の厚さは,十五センチメートル(高さ二メートル以下の塀にあつては,十センチメートル)以上とすること。
三  壁頂及び基礎には横に,壁の端部及び隅角部には縦に,それぞれ径九ミリメートル以上の鉄筋を配置すること。
四  壁内には,径九ミリメートル以上の鉄筋を縦横に八十センチメートル以下の間隔で配置すること。
五  長さ三・四メートル以下ごとに,径九ミリメートル以上の鉄筋を配置した控壁で基礎の部分において壁面から高さの五分の一以上突出したものを設けること。
六  第三号及び第四号の規定により配置する鉄筋の末端は,かぎ状に折り曲げて,縦筋にあつては壁頂及び基礎の横筋に,横筋にあつてはこれらの縦筋に,それぞれかぎ掛けして定着すること。ただし,縦筋をその径の四十倍以上基礎に定着させる場合にあつては,縦筋の末端は,基礎の横筋にかぎ掛けしないことができる。
七  基礎の丈は,三十五センチメートル以上とし,根入れの深さは三十センチメートル以上とすること。

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