新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:福祉事務所から文書が送られてきました。その内容は,私の父親が生活保護の申請をしてきたが,引き取って面倒を見るか,資金援助をするようにというものでした。確かに私の父親ですが,そこまでしなければならないのでしょうか。父は,私が高校生の頃に失踪し,以後20年間音信不通でした。私は奨学金で大学を出て,今は会社員として勤務し,妻子もあり,住宅ローンも抱えています。奨学金を完済したので住宅ローン以外に借金はなく,生活は順調ですが余裕があるわけでもありません。福祉事務所からは資産状況などの回答を求める用紙も送られてきましたが,書いて出さなければなりませんか。 解説: 【生活保護の補足性】 【親子間の扶養義務】 【扶養照会書への回答】 【要保護者と扶養義務者の特殊事情について】 【参照法令】 ≪憲法≫ ≪生活保護法≫ ≪民法≫
No.1175、2011/11/1 14:11
【成人した親子間の扶養義務,生活保護,福祉事務所からの照会書に対して】
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回答:
1.あなたの場合,お父様を引き取ったり,資金援助をしたりする義務はないでしょう。
2.回答書については,記載事項をすべて埋める必要はありませんが,放置しても催促が来るでしょうから,以下の解説で述べるように,援助できないことを記載して返送するのがよいでしょう。
まず,法制度の一般論から説明します。
生活保護は,憲法25条が定める生存権を具体化するために,国が生活に困窮する国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行うものです(生活保護法1条)。
もっとも,生活保護はあくまでセーフティーネットであり,個人が可能な努力を尽くしてもなお最低限度の生活を維持できない場合に行われるべきものです。これを生活保護の補足性といいます(同法4条1項)そして,この補足性の一内容として,民法上の扶養義務は生活保護に優先して行われるものとされています(同条2項)。私有財産制度(憲法29条)を基本にしている以上、相続も原則的に親族関係にあるものに分配され、それと相待って生活困窮者の援助も第一義的には親族が国家に先立って義務を負うことになりますから、常に国家は親族の援助を受けられない場合の予備的機能を持つことになります。従って、扶養義務を履行しなければならない者がいる場合に生活保護費が支出されたときは,保護費を支出した自治体の長は,その履行されるべき扶養義務の範囲内でその者から徴収することができるとされています(同法77条1項)。
民法上,直系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養をする義務があるとされています(民法877条1項)。親子は典型的な直系血族です。
扶養義務はその程度によって2種類に分けられると解されていて,その一つは夫婦とその保護下の未成熟子との間における生活保持義務,もう一つはそれ以外の直系血族と兄弟姉妹間の生活扶助義務です。
生活保持義務とは,夫婦間の協力を定めた民法752条から導かれるもので,「自己の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者にも保持させる義務」と解されています。未成熟子に対する関係では親権(民法820条)の義務としての側面を一つの根拠とすることもできるでしょう。その内容については,一杯の粥を分け合う義務などと喩えることができます。
これに対して生活扶助義務とは,上記民法877条1項から導かれるもので,「自分の生活を犠牲にしない限度で,被扶養者の最低限の生活扶助を行う義務」と解されています。
あなたのお父様に対する関係は,親子といえどもお互いに独立した大人ですから,この生活扶助義務の方に分類されます。成人した子が親の面倒を見ること自体は一般論としては美しい社会道徳ということもできるでしょうが,あなたやあなたが生活を保持すべき家族の生活に多大な影響を及ぼすと予想されるような援助までは法的には要求されません。
したがって,お父様を引き取ってその面倒を見る義務はなく,資金援助についてもする義務はないでしょう。他方,あなた自身と妻子の生活を脅かすようなことがなければ,無理のない範囲で仕送りをすればよいといえます。
扶養照会書が送られてきたのは,あくまで任意の協力を求める趣旨にとどまりますので,回答をする法律上の義務が課されているわけではありません。したがって,回答をしなかったとしてもそのことについて責任を問われることはありません。
また,回答事項については,厚生労働省の示した様式に従って各福祉事務所が採用した一種の参考書式ですので,必ずその回答事項のとおりに回答する必要もありません。答えられるところだけを答えてもよいですし,用紙には別紙のとおりと記載して,別紙を作成して添付することもできます。
ところで,厚生労働省は,各都道府県・各指定都市・各中核市民生主管部(局)長宛ての助言である社会・援護局保護課長通知(社援保発第0331001号)において,「要保護者の生活歴等から特別な事情があり明らかに扶養ができない者」には,「個別の慎重な検討を行い扶養の可能性が期待できないものとして取り扱って差しつかえない」としています。
あなたとお父様の関係がまさにこれに当てはまるのではないかと思います。
ただ,照会を放置したのであれば,福祉事務所としてもあなたの意向を確認しなければならなくなってしまうでしょう。ですから,上記の通知に該当する事情があることを回答書に十分記載して返送されるのがよろしいのではないでしょうか。
どのように記載したらよいか詳しい助言が必要なときは,お近くの弁護士にご相談なさってください。
第25条
1項
すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2項
国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(この法律の目的)
第1条
この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする。
(保護の補足性)
第4条
1項
保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2項
民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は,すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3項
前2項の規定は,急迫した事由がある場合に,必要な保護を行うことを妨げるものではない。
(費用の徴収)
第77条
1項
被保護者に対して民法 の規定により扶養の義務を履行しなければならない者があるときは,その義務の範囲内において,保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は,その費用の全部又は一部を,その者から徴収することができる。
2項
前項の場合において,扶養義務者の負担すべき額について,保護の実施機関と扶養義務者の間に協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,保護の実施機関の申立により家庭裁判所が,これを定める。
3項
前項の処分は,家事審判法の適用については,同法第9条第1項乙類に掲げる事項とみなす。
(親族間の扶け合い)
第730条
直系血族及び同居の親族は,互いに扶け合わなければならない。
(同居,協力及び扶助の義務)
第752条
夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならない。
(監護及び教育の権利義務)
第820条
親権を行う者は,子の監護及び教育をする権利を有し,義務を負う。
(扶養義務者)
第877条
1項
直系血族及び兄弟姉妹は,互いに扶養をする義務がある。
2項
家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3項
前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その審判を取り消すことができる。