新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1176、2011/11/2 14:47 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続,死亡保険金の受取人が法定相続人とされている場合,相続放棄と死亡保険金】

質問:夫が亡くなり,私と一人息子が第一順位の法定相続人ですが,二人とも相続放棄をしようと思っています。夫が生前に契約していた傷害保険があり,その死亡保険金受取人は,保険証券を調べたところ,「法定相続人」と記載されています。私と息子は,相続放棄をしたとしてもその「法定相続人」として死亡保険金を受け取ることはできるでしょうか。それとも,次順位の相続人として夫の兄弟姉妹がいるのですが,この兄弟姉妹が受け取ることになるのでしょうか。

回答:
1.保険金受取人を法定相続人と指定した保険については,特に相続放棄がなされた場合には放棄後の相続人を保険金の受取人とするというような特段の事情のない限り、第一順位の法定相続人が相続放棄した場合でも,その法定相続人が保険金請求権を有する,つまり,あなたと息子さんが保険金を受け取ることができることになります。
2.遺産と保険金の関係は法律相談事例集キーワード検索:917番578番529番126番110番25番参照。

解説:

【保険金受取人を「相続人」と指定したときの保険契約の性質――最高裁第三小法廷昭和40年2月2日判決】
  保険契約では,保険金受取人を単に被保険者の「法定相続人」と約定し,特定人の氏名を挙げることなく抽象的に指定している場合がまま見受けられます。
  このような場合でも,保険契約者の意思を合理的に推測して,保険事故発生時において被指定者を特定しうる以上,そうした指定方法も有効であり,特段の事情がない限り,この指定は,被保険者死亡時における(即ち保険金請求権発生当時の)相続人となるべき者個人を受取人として特に指定した,いわゆる第三者のためにする保険契約と解するのが実務の考え方です(養老保険契約の死亡保険金に関する最高裁第三小法廷昭和40年2月2日判決)。
  したがって,保険金請求権は,保険契約(保険金受取人である第三者のためにする契約です。)に基づく保険金受取人の権利であり(契約という意思表示の効果として保険金請求権が相続人である第三者に発生するものであり,相続が原因で保険金請求権が生じるものではありません。相続は単なる権利発生の条件にすぎません。),被保険者の相続財産に属することなく,直接当該相続人の固有財産に帰属することになります。

【保険金受取人たる第一順位法定相続人が相続放棄をした場合――東京地裁民事第30部昭和60年10月25日判決】
  それでは,保険金受取人として指定された「法定相続人」に該当する者が相続放棄をした場合,保険金請求権の帰属はどうなるでしょうか。民法938条は,相続の放棄をした者は,初めから相続人とならなかったこととみなすと規定しているため,問題となります。この点について最高裁判例はありませんが,下級審で判断がされた例があり,実務上も争いないと考えられるため,以下,その判断を紹介することとします。
  保険金受取人として特定人の氏名を挙げることなく,「相続人」と抽象的に指定している場合には,保険契約者の意思を合理的に推測して被指定者を特定すべきであるという考え方は前記最高裁判例と同様です。

  この考え方に基づいて検討すれば,通常,保険契約者(被保険者)が死亡保険金受取人を「法定相続人」を指定した場合には,同人が死亡した時点,即ち保険金請求権が発生した時点において第一順位の法定相続人である同人の配偶者と子供に保険金請求権を帰属させることを予定したものと容易に推認することができます。
  そして,たとえ,その配偶者と子供が後に相続放棄をして「初めから相続人とならなかったものとみな」されることとなっても(民法939条),それによってその配偶者と子供が保険金請求権を失い,当該相続放棄により相続権を取得することとなる第二順位の法定相続人が保険金請求権を取得することになるということまでは予定していないと見るべきです。

  保険契約者が死亡保険金受取人を「法定相続人」と指定したときの保険契約の性質を前述の最高裁判例のように考える場合,被保険者=被相続人は、特定の受取人個人を指定するための手段として法定相続人たるべき個人というような仕方を取ったにすぎません。その結果、保険金請求権は相続財産ではなく,被指定者固有の財産であり相続とは関係が無いことになり相続の放棄によっても影響を受けないことになります。
  この考え方に対して,保険金受取人について,わざわざ民法上の用語を使って「法定相続人」と指定されている以上は,その「法定相続人」が誰かについては,あくまで民法の相続に関する規定をすべて適用することで特定することこそが保険契約者の意思に合致するはずだという考え方も一理あります。確かに,そのような考え方は保険契約書上の表示にも,民法の規定にも,とても整合します。

  ここで問題となっているのは,「民法上の法定相続人は誰か」ではなく,保険契約者=被相続人が保険契約における保険金の受取人を誰にすると考えていたか,「本人は一体どういうつもりだったか」です。つまり,ここで「法定相続人」とは誰のことか特定する作業は,民法に規定された法定相続人に関する規定自体の解釈・適用ではなく,もう亡くなってしまって真意を直接問い合わせようのない保険契約者について,その真意がいかなるものだったかを事後的に推測しようという事実認定です。このような見地から保険契約者の意思を推測すると、生命保険は残された遺族の生活等の保障を目的として契約されるのが通常でしょうから、特に事情が無い限りは、契約から死亡時までの第1順位の法定相続人を受取人とする意思であった、と判断するのが妥当でしょう。保険契約者の意思が,相続放棄がされた場合も含めて徹底的に民法の規定どおりにしたいと解することが相当と認められるような特段の事情のない限り(例えば、被相続人に多額の負債がありその返済のために生命保険に加入し保険金は返済に充てられるべきものであったような場合),保険契約者欄に書かれた「法定相続人」は,必ずしも民法の適用の結果として最終的に定まる「法定相続人」と合致しなくてもよいのです。

【本件へのあてはめ】
  本件において,保険金受取人を「法定相続人」と指定したのは,結果的には,相続を実際にした者が保険金の受取人になるというのが保険契約者の意思であるという特段の事情のない限りあなたと息子さん個人を特定するための手段だったということができ,保険金請求権は,夫が亡くなった時点での第一順位法定相続人であるあなたと息子さんに帰属する固有の債権であって,夫の相続財産ではないと解されます。
  そして,つまり,保険金請求権が保険契約に基づく保険金受取人固有の権利である以上,相続放棄をしたとしても保険金請求権までをも放棄することにはなりません。あなたたちの相続放棄により夫の相続財産の相続権は兄弟姉妹が取得することになりますが,保険金請求権については,あなたと息子さんが相続放棄をした場合には兄弟姉妹に受け取らせるという夫の意思が認められるような特別な場合を除いて,あなたと息子さんのものです。

参照法令

【保険法】
(第三者のためにする生命保険契約)
第42条
保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。
(保険金受取人の変更)
第43条
1項
保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる。
2項
保険金受取人の変更は、保険者に対する意思表示によってする。
3項
前項の意思表示は、その通知が保険者に到達したときは、当該通知を発した時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、その到達前に行われた保険給付の効力を妨げない。

【商法(旧)】
(他人のためにする保険)
第675条
1項
保険金額ヲ受取ルヘキ者カ第三者ナルトキハ其第三者ハ当然保険契約ノ利益ヲ享受ス但保険契約者カ別段ノし意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ従フ
2項
前項但書ノ規定ニ依リ保険契約者カ保険金額ヲ受取ルヘキ者ヲ指定又ハ変更スル権利ヲ有スル場合ニ於テ其権利ヲ行ハスシテ死亡シタルトキハ保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ権利ハ之ニ因リテ確定ス

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