新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問: 刑法に「ウイルス作成罪」が新設されたと聞きましたが、作ったプログラムが「ウイルス」かどうかはどのように判断されるのですか?条文を見ると「取得・保管罪」というのもあるようですが、たとえば自分のコンピュータがウイルスに感染し、それを除去しないで放置しておくことは取得や保管になりませんか? 2 不正指令電磁的記録作成罪 代わりに用いられている「(使用者の)意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる不正な指令を与える」という定義の意味は、法務省HPに公開されている解説文書「いわゆるコンピュータウイルスに関する罪について」で説明されていますが、同解説を参照しつつ考察すると以下のようにいえると思います。 (1)狭義のウイルスにとどまらず、トロイの木馬、ワーム、スパイウェア、ルートキット等さまざまな形態の不正なプログラムを含む。 (2)動作のしかたで定義できないので、「使用者の意図に反する」という形で、いわばプログラムの有害性を要件としたが、これは客観的に判断されなければならない。なぜなら、社会的に有用なプログラムであっても、使用方法について正確な理解のない者が使用すればその者にとっては有害となることがいくらでも考えられ、そのような場合にプログラムの作成者等が処罰されるということはあってはならないからです。 (3)しかし逆に、ごく一部でもそのプログラムを有益に活用することができる者がいれば、それは不正指令電磁的記録にあたらないというのでは、取り締まりの実効性が失われます。コンピュータ・プログラムに対する社会一般の信頼という法益を保護するためには、やはり一般人を基準にして処罰の対象を考えるべきです。したがって、「使用者の意図に反する」かどうかは、そのプログラムの機能、説明、想定される利用方法等を総合的に考慮して、一般人ならばどのように認識するかを考え、それに照らして判断される。 (4)さらに、「意図に反する」といっても認識内容と少しでも相違すれば意図に反することになるのではなく、認識内容に照らしておよそ許容できない程度に相違しているかどうかを、やはり一般人を基準に判断すべきと思われます。コンピューターを利用する行為者の意識内容を基準にすると法の適用について不公平になる危険があるからです。また、意図に反する指令は「不正」でなければならず、この点も社会的に許容しうるかどうかという観点から判断されます。 なお、一般的に考えて、「使用者の意図に反する」不正な指令には、次のような種類の動作が考えられます。 @オペレーティングシステムのシステムプログラムを改変するもの、 などです。不正な指令の作成者は、あなたのPCを使って、あなたがなし得る全ての動作を、外部から、直接または間接に操作して、行うことができるのです。 3 不正指令電磁的記録取得・保管罪 《参考条文》 刑法 第十九章の二 不正指令電磁的記録に関する罪
No.1180、2011/11/11 10:58
【刑事・平成23年7月14日施行不正指令電磁的記録に関する罪、別名コンピュータ・ウイルスに関する罪】
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回答:不正指令電磁的記録作成罪(通称:ウイルス作成罪)はいわゆるコンピュータウイルスより広く、コンピュータの使用者の「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる不正な指令を与える」プログラムの作成行為を取り締まります。意図に反するかどうかは、個別具体的な使用者の認識ではなく、一般人の認識を基準に判断します。取得・保管罪は、上記のプログラムの取得、保管行為を取り締まりますが、正当な理由が無いこと、問題のプログラムを他人のコンピュータで実行させる目的を有していなければ成立しないので、自分のコンピュータに感染したウイルスを放置しても罪にはなりません。
解説:
1 コンピュータ・ウイルスに関する罪の新設
平成23年7月14日、いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪を新設した改正刑法が施行されました。同改正により、不正指令電磁的記録作成罪、同提供罪および同供用罪を処罰する第168条の2と、同取得罪および同保管罪を処罰する第168条の3の2箇条が新設されました。総称して、不正指令電磁的記録に関する罪、またはコンピュータ・ウイルスに関する罪と呼ばれています。
現代社会では、コンピュータが広く普及して社会的基盤をなしている一方で、コンピュータに関連したサイバー犯罪の件数も激増しています。この刑法改正はそうした現状に鑑み、コンピュータを安心して利用できる環境を維持することが重要課題であるとの認識に立ち、その実現のための施策の一環として、コンピュータ・ウイルスの作成行為等を取り締まろうとするものだといえます。保護法益は「電子計算機のプログラムに対する社会一般の者の信頼」であるとされており、個人に対する具体的な被害の発生を想定していない、社会的法益に対する罪です。つまり、たとえばある会社のコンピュータをウイルスに感染させて業務を妨害したというような場合でなくとも(この場合には偽計業務妨害罪等が成立します)、それを可能とするウイルスを作成しただけでも処罰できるようにしたのです。
刑法168条の2第1項の条文は次のとおりです。
「正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録」
このように、条文上は「ウイルス」という言葉を使っていません。一般的にいう「コンピュータ・ウイルス」という言葉にも実は広狭さまざまな定義があります。狭義では、既存のほかのプログラムに自分のコピーである不正な指令を組み込んで(感染して)、その既存のプログラムの動作を介して不正な処理を実行させるプログラムを指しますが(JIS X0008「情報処理用語−セキュリティ」、通産省告示「コンピュータウイルス対策基準」参照)、広い意味では、知らないうちにコンピュータにインストールされて不正な処理をするプログラム一般を指して用いられることもあります。したがって、「コンピュータ・ウイルス」と規定しただけでは処罰の範囲が国民一般に明らかにならないし、取り締まりが求められている対象を適切にカバーできるか疑問があるため、「ウイルス」という表現は避けたのだと思われます。
以上のような意味で不正指令電磁的記録にあたるプログラム(1号)またはそのソースコード等(2号)を、故意に、「正当な理由なく」、かつ「人の電子計算機における実行の用に供する目的で」作成した場合のみ、不正指令電磁的記録作成罪が成立します。
AOS起動時に自動起動するもの、
B任意のプログラムに自分自身を組み込むもの、
C自分自身のコピーを多数の名義で作成しPCの様々な場所に保存するもの、
D自分自身を圧縮し感染発覚を妨害するもの、
Eインターネットからのアクセスにより外部からのPC操作を可能にするもの、
Fアドレス帳に基いて勝手にメールを送信するもの、
G文書ファイルなどを削除したり、不可視化するもの、
Hタスクリストを隠蔽するものや、自分自身のタスクの終了を不可能にするもの、
I自分自身のアンインストールを禁止するもの、
JPCのパフォーマンスを悪化させたり、PCに故障が生じたように見せかけるもの、
Kクレジットカード番号の入力を要求するもの、
L使用したUSBメモリに自分自身をコピーして別のPCにも感染させるもの、
MPCの各種設定(レジストリなど)を改変するもの、
Nウイルス対策サイトなどへのアクセスを禁止するもの、
Oウイルス対策ソフトの設定を変更したり起動を制限したり起動を不可能にするもの、
Pインターネットの掲示板などへの書き込みを行うもの、
刑法168条の3の条文は次のとおりです。
「正当な理由がないのに、前条第1項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。」
法務省の上記解説によれば、「取得」とは「不正指令電磁的記録等であることの情を知った上でこれを自己の支配下に移す一切の行為」をいい、「保管」とは、不正指令電磁的記録等を自己の実力支配内に置いておくこと」をいうとされています。
自分のコンピュータがウイルスに感染したという場合には「情を知って支配下に移した」とはいえないので、「取得」に当たりません。また、感染したウイルスを特定して任意に再配布できるような形で保存しているのでない限り、「自己の実力支配内に置いておく」ともいえないと考えられるので、除去しないで放置しておくことがただちに「保管」に当たるともいえないでしょう。また、いずれも作成罪と同様、「人の電子計算機における実行の用に供する目的」がなければ成立しないので、いつか他人のコンピュータにも感染させてやろうと思って保存しておくなどという事情がなければ、犯罪にはならないといえます。
第七条の二 この法律において「電磁的記録」とは、電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。
(不正指令電磁的記録作成等)
第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
(不正指令電磁的記録取得等)
第百六十八条の三 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。