新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1183、2011/11/17 15:55 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【民事・夫婦関係が破綻していた夫婦の不貞行為と慰謝料請求・最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決・慰謝料の相場・数千万円の慰謝料の有効性・未成熟の子の慰謝料請求】

質問:夫の浮気が発覚しました。そこで不倫相手の女性に対して慰謝料請求を考えています。慰謝料請求は認められるのでしょうか。また、認められたとして、妥当な金額はどのように決めればいいのでしょうか。このごろ、家庭を顧みず、子供(3歳)についても愛情が薄れているようです。子供についても不倫相手に対し慰謝料請求が認められますか。

回答:
1.判例は、慰謝料請求を原則として肯定する考え方を取っています。例外的に婚姻関係が実質的に破綻した後に夫婦の一方と肉体関係を持っても、特段の事情のない限り、損害賠償責任は生じないとされています。
2.慰謝料の妥当な金額は@不貞行為の有責性(不貞の期間や回数、経緯)A婚姻関係に与える影響B相手方の資力によって判断することになります。一般的には50万から200万円程度で解決されています。但し、特別な事情がない限り一般人が数千万円の慰謝料支払い合意は、信義則、公序良俗に反するものとして無効になる可能性があります。後記判例参照。
3.子については慰謝料請求件は認められないと思います。不倫の相手方に、子供の教育、愛情を受ける権利、利益を侵害する故意過失を認定することが難しく、損害発生と不貞行為の相当な因果関係も通常認めることができないからです。後記判例参照。
4.不貞行為、慰謝料、書式集について:法律相談事例集キーワード検索:987番921番851番828番783番715番671番668番630番596番501番492番478番300番178番148番145番参照。

解説:

1.夫の浮気が発覚した場合、不倫相手の女性に対して慰謝料請求が認められるかについては、学説としては、請求を原則として否定する考え方と、原則として肯定する考え方に分かれます。

2.慰謝料請求を原則として否定する考え方は、不貞は法律が関与するべきでき問題ではないということが根本的な理由です。不貞の当事者同士は、自由な恋愛をしている訳ですから、恋愛について法律が関与する必要はないという考え方です。

3.これに対して、慰謝料請求を原則として肯定する考え方は、家族的な愛情利益は法の保護に値するものであること、婚姻家族の尊重を図るべきこと、不貞の自由は認めるべきではないことを理由としています。民法上は夫婦を中心とする家族制度を前提として家族関係の権利義務を認めていますので、家族制度を破壊する危険のある行為が行われた場合は、不法行為として損害賠償を認めるという考え方です。「人は一人では生きていけない」と言いますが、例えば子供は、産まれて成人して社会人として行動できるようになるまでには、どうしても、両親からの養育や教育を受ける必要があります。子供の教育は、母親だけ、または父親だけ、では困難です。両親の協力が欠かせません。また、高齢となり、介護が必要になった場合や、死亡して相続財産が発生した場合は、近親者がこれに関与して、介護を引き受けたり、遺産を引き継いで整理していく必要があります。勿論、夫婦間でも、長期間生活していくうちに病気になる可能性もありますし、相互扶助が必要です。民法第四編「親族」では、親族総則に続いて、最初に「婚姻」の項目を置き、様々な規定を設けています。民法起草者にとっても、夫婦関係は家族制度の根幹であり、法的保護に値すべきものと考えているわけです。

判例もこの立場に立っています。最高裁判所昭和51年(オ)第328号、昭和54年3月30日最高裁第二小法廷判決。慰藉料請求事件でその旨を明らかにしています。民法770条1項1号は相手方の不貞行為を離婚原因と認めており、婚姻契約関係破綻の原因として法が認める以上、相手方の違法性(婚姻関係を維持するための夫婦の貞操保持義務違反による債務不履行。)は明らかです。不貞行為は一人ではできませんからその共犯、幇助として交際相手を位置づけることができるので交際相手は、理論的に共同不法行為として責任追及が可能になります(民法719条)。

4.この問題について判例は、「甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不貞行為となるのは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえない。」と判示しました(最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決)。

5.この判例は、不法行為による慰謝料請求を原則として肯定する考え方を取ったものとされています。もっとも、例外的に婚姻関係が実質的に破綻した後に夫婦の一方と肉体関係を持っても、特段の事情のない限り、損害賠償責任は生じないとしました。婚姻が破綻している場合は「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益」は既に存在しないわけですから、不貞があったとしても、そのような権利は侵害されることはない訳です。ですから、婚姻関係が実質的に破綻していたといえるためには、実質離婚状態にあると認められる必要があり、単に仲が悪く喧嘩ばかりしているというような事情だけでは認められません。この点は、慰謝料請求の裁判において、不倫をした相手方が証明する必要がありますから、すでに別居しているとか、離婚調停をしているなど客観的事情が必要になります。

6.この様に、不貞行為については不法行為による慰謝料請求が認められますが、慰謝料の妥当な金額はどのように決めればよいのでしょうか。そもそも、慰謝料というのは精神的な損害に対する賠償ですから明確な基準はありません。そこで、請求する場合は500万円位の請求はしばしば見られます。それが原因で離婚という場合は1000万円を超える請求も見られます。そして、この様な問題ですから訴訟になったとしても判決には至らず和解で解決する事件がほとんどです。そこであまり判例として残る事案は少ないといえます。

和解の解決案としては100万から200万位の範囲内で解決していることが多いようです。裁判所から高額の和解案を提示してもらうには@不貞行為の有責性が高いこと(不貞の原因が相手にあること、期間が長期で、回数も多いこと)A婚姻が円満であったこと、不貞後の婚姻関係の状況B相手方に資力があること、など主張立証することになります。当事者間で数千万円の慰謝料を定めても、特別な事情がない限り信義則、公序良俗に反し無効とされる可能性があります。後記判例参照。

この様な事案は、損害の算定が難しく裁判官の判断次第というところもあり、和解の方が慰謝料金額が高い傾向があります。また、和解の席では裁判官に対して、不貞により精神的苦痛が強いこと、高額の慰謝料ではなくては絶対に納得しないということを強く印象付けた方が金額が高くなる可能性があります。和解の場合、裁判官としては説得しやすい方に譲歩を迫ることになりますから、この人は譲歩してくれないという印象を持ってもらえば有利な和解案を引き出すことができます。

7.不倫不貞行為を行った他方の配偶者の子供が、不倫相手に対して家庭を混乱させ、父親の愛情、教育を受ける権利、利益を侵害されたとして慰謝料ができるかということですが、不倫相手が、特に家庭を破壊し、未成熟の子供の権利を侵害する意図がない限り、故意過失、違法性、損害発生との因果関係が希薄であり、法的責任はないものと考えられます。最高裁昭和54年3月30日第二小法廷判決 (慰藉料請求事件)参照。

8.判例参照  

判例@

最高裁判所平成5年(オ)第281号、平成8年3月26日第三小法廷判決 (損害賠償請求事件)

判決抜粋

「上告代理人森健市の上告理由について
一 原審の確定した事実関係は次のとおりであり、この事実認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。
1 上告人と高田俊男とは昭和四二年五月一日に婚姻の届出をした夫婦であり、同四三年五月八日に長女が、同四六年四月四日に長男が出生した。
2 上告人と俊男との夫婦関係は,性格の相違や金銭に対する考え方の相違等が原因になって次第に悪くなっていったが、俊男が昭和五五年に身内の経営する婦人服製造会社に転職したところ、残業による深夜の帰宅が増え、上告人は不満を募らせるようになった。
3 俊男は、上告人の右の不満をも考慮して、独立して事業を始めることを考えたが、上告人が独立することに反対したため、昭和五七年一一月に株式会社ピコ(以下「ピコ」という)に転職して取締役に就任した。 
4 俊男は、昭和五八年以降、自宅の土地建物をピコの債務の担保に提供してその資金繰りに協力するなどし、同五九年四月には、ピコの経営を引き継ぐこととなり、その代表取締役に就任した。しかし、上告人は、俊男が代表取締役になると個人として債務を負う危険があることを理由にこれに強く反対し、自宅の土地建物の登記済証を隠すなどしたため、俊男と喧嘩になった。上告人は、俊男が右登記済証を探し出して抵当権を設定したことを知ると、これを非難して、まず財産分与をせよと要求するようになった。こうしたことから、俊男は上告人を避けるようになったが、上告人が俊男の帰宅時に包丁をちらつかせることもあり、夫婦関係は非常に悪化した。
5 俊男は、昭和六一年七月ころ、上告人と別居する目的で家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立てたが、上告人は、俊男には交際中の女性がいるものと考え、また離婚の意思もなかったため、調停期日に出頭せず、俊男は、右申立てを取り下げた。その後も、上告人がピコに関係する女性に電話をして俊男との間柄を問いただしたりしたため、俊男は、上告人を疎ましく感じていた。
6 俊男は、昭和六二年二月一一日に大腸癌の治療のため入院し、転院して同年三月四日に手術を受け、同月二八日に退院したが、この間の同月一二日にピコ名義で本件マンションを購入した。そして、入院中に上告人と別居する意思を固めていた俊男は、同年五月六日、自宅を出て本件マンションに転居し、上告人と別居するに至った。
7 被上告人は、昭和六一年一二月ころからスナックでアルバイトをしていたが、同六二年四月ころに客として来店した俊男と知り合った。被上告人は、俊男から、妻とは離婚することになっていると聞き、また、俊男が上告人と別居して本件マンションで一人で生活するようになったため、俊男の言を信じて、次第に親しい交際をするようになり、同年夏ころまでに肉体関係を持つようになり、同年一〇月ころ本件マンションで同棲するに至った。そして、被上告人は平成元年二月三日に俊男との間の子を出産し、俊男は同月八日にその子を認知した。

二 甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となる(後記判例参照)のは、それが甲の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為ということができるからであって、甲と乙との婚姻関係が既に破綻していた場合には、原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないからである。
三 そうすると、前記一の事実関係の下において、被上告人が俊男と肉体関係を持った当時、俊男と上告人との婚姻関係が既に破綻しており、被上告人が上告人の権利を違法に侵害したとはいえないとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例(最高裁昭和五一年(オ)第三二八号同五四年三月三〇日第二小法廷判決・民集三三巻二号三〇三頁)は、婚姻関係破綻前のものであって事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。」

判例A

千葉地方裁判所佐倉支部平成20年(ワ)第418号
平成22年7月28日判決 (公正証書無効確認等請求事件)
約3000万の慰謝料を定めた公正証書、抵当権設定を脅迫により取り消し無効と認定した。
妥当な判決です。

判決抜粋
「第3 争点に対する判断
1 事実関係について
 証拠(甲1から11まで,乙1,2,3,原告本人及び被告本人)によれば,つぎの事実が認められる。
(1)被告(昭和12年*月*日生)は、昭和36年9月18日花子(昭和16年*月*日生)と婚姻し,同女との間に昭和37年*月*日長女葉子,昭和38年*月*日長男正夫,昭和44年*月*日二男明夫を儲けた。
(2)原告(昭和12年*月*日生)は,被告と幼なじみであったが,昭和46年ころ,被告の妻であった花子と男女関係を持ったところを被告にみつかった。 
(3)被告は,花子から離婚することを求められたことから,昭和61年7月24日協議離婚した。
(4)原告は,被告から交渉を任された丙川に対し,被告の元妻花子との不倫関係の解決金として平成元年7月ころ600万円,同年9月に600万円を支払った(甲1,2)。
(5)被告は,70歳を終えたころ夫婦で老後の生活ができなくなったことの不満を持つようになり,原告に対する鬱憤を募らせ,平成20年3月20日原告に対し電話で慰謝料の支払を要求し,原告から3日待ってくれるように言われたが,原告からは連絡がなかった。そこで被告は,同月24日夜に原告方に押しかけ,帰宅した原告に対し,「花子との間の不倫の慰謝料を支払え」と怒鳴り,顔を殴り,利根川河川敷に連れ出し,竹刀で原告の足・肩・尻などを殴打し,包丁の箱を指し示して「おまえを殺そうと思って,包丁を持って来た」旨脅し翌日午前2時ころ原告方で解放した。原告は同月26日,被告に60万円支払ったが,被告は請求する3000万円の内金とするとしてこれを受け取った(甲4)。
(6)被告が翌27日に3000万円の支払を要求したことから,原告は印西警察署に恐喝されていると相談した。同警察は,同年4月1日被告を呼んで,原告との話合いの場を提供し,原告は謝罪し会うことも電話で話すこともしない旨の誓約書を,被告は原告に何もしない旨の誓約書を交換した(甲5,6)。
(7)被告は,原告が花子と一緒に歩いていることを見つけてまだ付き合っていると不満を持ち,同年6月29日午後7時半ころ原告を被告方に呼び出しテーブルを叩くなどしながら翌30日まで慰謝料3000万円の支払に応じる書面作成を要求し続け,3年後までに既払いの60万円を控除した2940万円を支払う旨の書面を作成させた(乙3)。
(8)被告は同年7月18日原告を呼び出し,コンビニで待ち合わせた上で成田の公証人役場に赴き,3年後までに3000万円を支払う旨の書面(乙3)を示して,本件公正証書の作成を依頼し,本件損害賠償債務を確認し分割弁済を約する公正証書が作成され,さらに同日本件土地建物につき抵当権を設定しその旨の登記もなされた。

2 争点(1)について
 前記認定のとおり,被告は原告に対し,平成20年3月以降20年以上前に離婚した元妻と関係した慰謝料3000万円を一貫して要求して原告方に押しかけ深夜まで長時間怒鳴って原告の顔を殴り,深夜の利根川河川敷に連れ出し竹刀で殴打し包丁の箱を指すなどの暴行脅迫を繰り返し,このような脅迫の開始から本件公正証書作成までの期間が3か月半ほどあるとはいえ,執拗に同一内容の脅迫を続けていたものであって,一時的中断も原告が警察に相談して警察が介入した結果に過ぎず,その後も同年6月下旬から同一内容の脅迫を再開して本件損害賠償債務を承認する本件公正証書を作成させ本件土地建物に抵当権設定とその登記がなされたものであって,これを全体として見ると,上記認定のような被告による長期間にわたる一貫した強迫行為により原告を畏怖させ,原告の自由な意思形成に重大な影響を及ぼし,その結果被告にいわれるがままに慰謝料3000万円を前提とした本件損害賠償債務を承認する本件公正証書作成・本件土地建物の抵当権設定とその登記をしたものであるから,本件損害賠償債務を承認する原告の意思表示は,被告の強迫によって形成された瑕疵ある意思表示であって,公正証書作成の手続を経て原告の意思が公証人によって確認されているものの,これをもって強迫状態から脱したとはいえず,被告の強迫による瑕疵ある意思表示であるといわざるを得ない。
 原告により本訴状をもって,上記強迫による本件債務承認行為を取り消されたので,本件公正証書は効力を持たず,これによる強制執行は許されないし,また本件抵当権設定も効力がなくその旨の登記の抹消も免れないといわざるを得ない。 」

判例B

最高裁昭和54年3月30日第二小法廷判決 (慰藉料請求事件)
配偶者の不貞行為の慰謝料請求の是認、配偶者の未成熟の子の慰謝料請求について相当因果関係がないとした判断は妥当と思われます。

「上告代理人信部高雄、同大崎勲の上告理由中上告人甲野花子に関する部分について
 原審は、(1)上告人甲野花子と訴外甲野一郎とは昭和二三年七月二〇日婚姻の届出をした夫婦であり、両名の間に同年八月一五日に上告人丙原春子が、昭和三三年九月一三日に同甲野夏子が、昭和三九年四月二日に甲野秋子が出生した、(2)一郎は昭和三二年銀座のアルバイトサロンにホステスとして勤めていた被上告人と知合い、やがて両名は互に好意を持つようになり、被上告人は一郎に妻子のあることを知りながら、一郎と肉体関係を結び、昭和三五年一一月二一日一女を出産した、(3)一郎と被上告人との関係は昭和三九年二月ごろ上告人花子の知るところとなり、同上告人が一郎の不貞を責めたことから、既に妻に対する愛情を失いかけていた一郎は同年九月妻子のもとを去り、一時鳥取県下で暮していたが、昭和四二年から東京で被上告人と同棲するようになり、その状態が現在まで続いている、(4)被上告人は昭和三九年銀座でバーを開業し、一郎との子を養育しているが、一郎と同棲する前後を通じて一郎に金員を貢がせたこともなく、生活費を貰つたこともない、ことを認定したうえ、一郎と被上告人との関係は相互の対等な自然の愛情に基づいて生じたものであり、被上告人が一郎との肉体関係、同棲等を強いたものでもないのであるから、両名の関係での被上告人の行為は一郎の妻である上告人花子に対して違法性を帯びるものではないとして、同上告人の被上告人に対する不法行為に基づく損害賠償の請求を棄却した。
 しかし、夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。
 したがつて、前記のとおり、原審が、一郎と被上告人の関係は自然の愛情に基づいて生じたものであるから、被上告人の行為は違法性がなく、上告人花子に対して不法行為責任を負わないとしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、原判決中上告人花子に関する部分は破棄を免れず、更に、審理を尽くさせるのを相当とするから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 同上告理由中上告人丙原春子、同甲野夏子、同甲野秋子に関する部分について
 妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持つた女性が妻子のもとを去つた右男性と同棲するに至つた結果、その子が日常生活において父親から愛情を注がれ、その監護、教育を受けることができなくなつたとしても、その女性が害意をもつて父親の子に対する監護等を積極的に阻止するなど特段の事情のない限り、右女性の行為は未成年の子に対して不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。けだし、父親がその未成年の子に対し愛情を注ぎ、監護、教育を行うことは、他の女性と同棲するかどうかにかかわりなく、父親自らの意思によつて行うことができるのであるから、他の女性との同棲の結果、未成年の子が事実上父親の愛情、監護、教育を受けることができず、そのため不利益を被つたとしても、そのことと右女性の行為との間には相当因果関係がないものといわなければならないからである。
 原審が適法に確定したところによれば、上告人丙原春子、同甲野夏子、同甲野秋子(以下「上告人春子ら」という。)の父親である甲野一郎は昭和三二年ごろから被上告人と肉体関係を持ち、上告人春子らが未だ成年に達していなかつた昭和四二年被上告人と同棲するに至つたが、被上告人は一郎との同棲を積極的に求めたものではなく、一郎が上告人春子らのもとに戻るのをあえて反対しなかつたし、一郎も上告人春子らに対して生活費を送つていたことがあつたというのである。したがつて、前記説示に照らすと、右のような事実関係の下で、特段の事情も窺えない本件においては、被上告人の行為は上告人春子らに対し、不法行為を構成するものとはいい難い。被上告人には上告人春子らに対する関係では不法行為責任がないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができ、この点に関し、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。」

<参考条文>

民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(共同不法行為者の責任)
第七百十九条  数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
2  行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。

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