新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:父が死亡し、遺産分割をすることになりました。父の遺産は、不動産や預貯金などがありますが、特に遺言は無かったので、法定相続分で分割することになりそうです。ところが最近、弟が父の生命保険の保険金の受取人になっていることが判明しました。弟は保険金と遺産を両方もらうので、不公平では無いかと思うのですが、保険金は遺産として分割することはできないのですか? 解説: 2(例外の判例と理由) この理論的背景ですが、保険契約の性質にあると思います。第三者ためにする契約とは、契約当事者が第三者の利益のために行う契約形態です。例えば、売買契約の当事者A(売主)B(買主)が第三者CのためにBがCに対して売買代金を支払うという契約内容ですが、通常AがCに対して同額の債務を負担しているのが通常です。しかし、保険契約では、第三者受取人に対して保険契約者が何らの債務を負担していない場合は、実質的にみると第三者への遺贈の面も否定することもできませんから相続の平等、公正の原則(憲法24条2項、民法2条)からみて、あまりに不公平な場合は、第三者の契約の実質面(遺贈)を考慮して遺贈に準じて遺産の一部として評価することになります。すなわち、保険金を持ち戻しの対象とすることが可能になるわけです。ただ、直接被相続人が、保険金を贈与、遺贈したような法形式になっていませんので、相続人間の実質的平等を図った903条(持ち戻しは、相続開始時の遺産のみを分割の対象とすると、事前に遺贈、贈与を受けた相続人との間で不平等が生じるので規定されています。)を直接適用することはできず類推適用ということになります。 3(判例の検討) 4 以上をまとめると、生命保険金は、遺産として考えることはできないが、遺産の総額と保険金額の程度によっては、生命保険金の受領が、特別受益に準ずるとして、民法903条を類推して持ち戻しが認められる場合があるといえます。ご質問のケースも、弟さんが受け取った保険金額によっては、同様の主張が可能かもしれません。 <参照条文> 憲法 民法 保険法 商法(旧) ≪判例の参照≫ 参照判例@(抜粋) 裁判例A(抜粋) (3)特別受益について
No.1190、2011/11/30 15:11 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【民事・被相続人の死亡保険金は相続財産に含まれるか・原則と例外・最高裁判所平成16年(許)第11号平成16年10月29日第二小法廷決定】
↓
回答:
1.原則として、生命保険の死亡保険金は、遺産ではありませんので、相続には関係ありません。ただし、保険金と遺産の額のバランスや、その他の事情を考慮して、不公平になるような特段の事情がある場合は、特別受益(民法903条)として持ち戻しを認める審判例もあります。この場合、保険金については相続財産として加算して相続分を計算し、保険金の金額を相続分として受け取ったものとして扱われることになります。
2.遺産と保険金との関係について法律相談事例集キーワード検索:1176番、917番、578番、529番、126番、110番、25番参照。
1(第三者のためにする保険契約の性質・原則)
契約者の死亡により支払われるいわゆる死亡保険金は、保険契約に基づいて支払われる金銭です。これは、受取人が被相続人になっている場合には、被相続人の財産ですから遺産になりますが、受取人が相続人のうちの誰かに指定されている場合には、被相続人が取得した被相続人の財産ではないため遺産にはなりません。
死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生し、受取人が初めて取得するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないことから,実質的にも形式にも保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできず、遺産と考えることはできないといわれています。保険金の受取人を契約当事者以外の第三者にする保険契約は、保険金受取人である第三者のためにする契約(民法537条乃至539条、保険法42条、旧商法675条1項)であると解釈されています。保険金 請求権は,契約という意思表示の効果として相続人である第三者に直接発生するものであり、保険金 受取人の固有の権利です。遺産の対象となる被相続人の権利ではありません。すなわち相続発生という事実が原因で保険金請求権が被相続人に生じ第三者に包括承継(相続)されるものではありません。相続は単なる第三者の権利取得の条件にすぎないことになります。
したがって、死亡保険金は遺産分割の対象とすることはできません。これが原則です。
しかし、事案によっては、莫大な死亡保険金を取得しておきながら、遺産も取得すると、他の相続人との公平を著しく失すると評価できる場合もあるでしょう。そのような場合に、最高裁は、平成16年に、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には民法903条の類推適用を認める」と言う考え方を示しています。そこで、著しい不公平があるか否かが問題となり、事案によって結論が分かれることになります。最高裁判所の判例では、上記特段の事情の有無の判断については,「保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」という基準を示しています。
最高裁が持ち戻しを否定した審判例(後掲)では、遺産の総額が5000万円以上であるのに対し、保険金は600万円弱であり、1割程度です。一方、高裁が持ち戻しを認めた審判では、遺産総額1億円に対し、保険金の額も1億円であり、遺産総額に匹敵するだけの保険金を取得しています。高裁はこの金額を重視し、最高裁の考え方を引用しつつ、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間で生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」にあたると判断しました。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
(解釈の基準)
第二条 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。
(第三者のためにする契約)
第五百三十七条 契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は、債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。
2 前項の場合において、第三者の権利は、その第三者が債務者に対して同項の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。
(特別受益者の相続分)
第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。
第九百四条 前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。
(第三者のためにする生命保険契約)
第42条
保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。
(保険金受取人の変更)
第43条
1項
保険契約者は、保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができる。
2項
保険金受取人の変更は、保険者に対する意思表示によってする。
3項
前項の意思表示は、その通知が保険者に到達したときは、当該通知を発した時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、その到達前に行われた保険給付の効力を妨げない。
(他人のためにする保険)
第675条
1項
保険金額ヲ受取ルヘキ者カ第三者ナルトキハ其第三者ハ当然保険契約ノ利益ヲ享受ス但保険契約者カ別段ノし意思ヲ表示シタルトキハ其意思ニ従フ
2項
前項但書ノ規定ニ依リ保険契約者カ保険金額ヲ受取ルヘキ者ヲ指定又ハ変更スル権利ヲ有スル場合ニ於テ其権利ヲ行ハスシテ死亡シタルトキハ保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ権利ハ之ニ因リテ確定ス
最高裁判所平成16年(許)第11号
平成16年10月29日第二小法廷決定
理由
1 本件は,AとBの各共同相続人である抗告人らと相手方との間におけるそれぞれの被相続人の遺産の分割等申立て事件である。
(3)A及びBの本件各土地以外の遺産については,抗告人ら及び相手方との間において,平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し(その内容は原決定別表1及び2のとおり。),これにより,相手方は合計1387万8727円,抗告人X1は合計1199万6113円,抗告人X2は合計1221万4998円,抗告人X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。
(5)相手方は,次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。
ア 保険者をC保険相互会社,保険契約者及び被保険者をB,死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円
イ 保険者をD保険相互会社,保険契約者及び被保険者をB,死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円
4 前記2(5)ア及びイの死亡保険金について
被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は,その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって,保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく,これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また,死亡保険金請求権は,被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり,保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく,被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから,実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。したがって,上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも,上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は,被相続人が生前保険者に支払ったものであり,保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率のほか,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
これを本件についてみるに,前記2(5)ア及びイの死亡保険金については,その保険金の額,本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額,前記の経緯からうかがわれるBの遺産の総額,抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと,上記特段の事情があるとまではいえない。したがって,前記2(5)ア及びイの死亡保険金は,特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。
5 前記2(5)ウの死亡共済金等について
上記死亡共済金等についての養老生命共済契約は,共済金受取人をAとするものであるので,その死亡共済金等請求権又は死亡共済金等については,民法903条の類推適用について論ずる余地はない。
6 以上のとおりであるから,前記2(5)の死亡保険金等について持戻しを認めず,前記3のとおりの遺産分割をした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
遺産分割審判に対する即時抗告事件
東京高等裁判所平成16年(ラ)第1447号
平成17年10月27日決定
ア 抗告人の特別受益
抗告人は,被相続人が契約した○○生命保険〔1〕〔2〕(保険金額各5000万円)につき受取人となることで,固有の権利として死亡保険金請求権を取得し保険金を受領したものであり,これは民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に当たらないと解されるが,「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間で生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」(最高裁平成16年10月29日決定 民集58巻7号1979頁)。本件においては,抗告人が○○生命保険〔1〕〔2〕により受領した保険金額は合計1億0129万円(1万円未満切捨)に及び,遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円)に匹敵する巨額の利益を得ており,受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず,被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると,一件記録から認められる,それぞれが上記生命保険金とは別に各保険金額1000万円の生命保険契約につき死亡保険金を受取人として受領したことやそれぞれの生活実態及び被相続人との関係の推移を総合考慮しても,上記特段の事情が存することが明らかというべきである。したがって,○○生命保険〔1〕〔2〕について抗告人が受け取った死亡保険金額の合計1億0129万円(1万円未満切捨)は抗告人の特別受益に準じて持戻しの対象となると解される。