親族・成人後の養育費を請求できるか
家事|親族|大学の学費の扶養請求|離婚|東京高裁平成12年12月5日決定
目次
質問:
私は20歳の大学3年生です。父母は離婚しています。
20歳までは養育費として大学の学費と生活費を父に支払ってもらっていたのですが、卒業までの2年間についても養育費を支払ってもらうことは可能でしょうか。詳しい事情は次の通りです。
私が小学校を卒業する頃、母親が父親と離婚し、子供の私は親権者の母親に引き取られました。高校まで、父親からは月額の養育費の支払だけを受けていました。私が私立大学に進学する際には、その入学費用と、20歳になるまでの養育費の支払を、改めて、母が父と決め直してくれました。
両親とも大卒で、父親には収入もかなりあり、両親さえ離婚しなければ、問題なく大学に行けたはずだし、双方再婚もしていないのだから、と母が父に話をしてくれました。その際、私も父に会って、どうしても進学したい理由を説明しました。私はまもなく20歳になりますが、母が、体調を崩して、これまでの通りの就労が難しくなっています。
成人した以上、私が父に支援を求めるべきでは、と思っていますが、学費や養育費の支払いを卒業まで求めることはできるでしょうか。私自身の健康に問題はありませんが、在籍している学部の分野で就職も考えており、そのための必修科目も多く、就労もままならないので、あと2年だけ学業を優先できればと思っています。
回答:
1.原則として、成人に達した後、大学の学費の全額や養育費の請求まで行うことは、なかなか難しいと言わざるを得ませんが、20歳を過ぎていて健康だからというだけで、父親の扶養義務が直ちに否定されるわけではありません。お母様の収入の変動や、お父様の経済状況やお父様自身が大学卒業しているかなどの事情によっては、何らかの支払が認められる可能性もあります。少しでも支援を得るために、ご自身で、お父様と協議されるか、それが難しければ、代理人弁護士を介して協議したり、家庭裁判所に調停を起こしてみることも考えられます。
2.養育費に関する関連事例集参照。
解説:
1.養育費の原則
現在、家庭裁判所では、通常、養育費の算定について、簡易算定表が多く用いられていますが、その算定表では、20歳に達するまでの養育費しか示されていません。また、それまでの学費については、お子様の生活保護基準のうち生活扶助基準を利用して積算される最低生活費に、標準的な教育費相当額(公立中高)を加算する形で、月額の養育費の中に組み込まれて算定されているので、実際にかかる費用がそのまま別途請求できるわけではありませんし、私立に通う場合までは考慮されていません。従って、基本的には、法的にも、算定表の範囲内でしか認められないというのが原則ですから、成人に達した後は、養育費や学費の請求ができない、というケースも多々あります。残念ながら、安易に期待することはできない、と申し上げざるを得ません。
2.判例紹介 ー 東京高裁平成12年12月5日決定
簡易算定表が用いられるようになる前ではありますが、
「4年制大学への進学率が相当高い割合に達しており、かつ、高等教育の有無が就職の類型的な差異につながっている現状においては、扶養の要否は、不足する額、不足するに至った経緯、受けることができる奨学金(給与、貸与金)の種類、その金額、支給(貸与)の時期、方法等、いわゆるアルバイトによる収入の有無、見込み、その金額等、奨学団体以外からその学費の貸与を受ける可能性の有無、親の資力、親の当該子の4年制大学進学に関する意向その他の当該子の学業継続に関連する諸般の事情を考慮した上で、その調達の方法ひいては親からの扶養の要否を論じるべきであって、その子が成人に達し、かつ健康であることの一事を持って、直ちに、その子が要扶養状態にないと判断することは相当でない、」
とした裁判所の決定(東京高裁平成12年12月5日決定)があります。
しかし、この事例でも、当初は、親の子に対する扶養は、原則として未成年の間であり、病気・身体精神等の傷害により、自活能力がない場合等の特段の事情がない限り、親は成年後の子の扶養料(養育費)は負担しない、本件の子は既に成年に達し健康であることから潜在的稼働能力が備わっている、ということのみを理由に、申立が却下されており(横浜家裁平成12年9月27日審判)、それに対して抗告がなされて、上記高裁の決定が出たものの、諸般の事情が考慮されていないので、その家庭裁判所に差し戻す、つまり、その事情を考慮しなさい、というところまでしか判断されていないので、諸般の事情を考慮しても、やはり支払が認められない、あるいは、一部しか認められない、という可能性もあることになります。
3.成人後の養育費請求の難しさ
このように、子供が成人に達した後の養育費の請求に困難が伴うのは、理論的には、養育費を請求する場合の根拠規定が若干変化する事によります。
「養育費」というのは、元来、法律に規定された法律用語ではありませんが、未成年者の扶養料を定めた社会生活上の用語です。成人に対する「養育費」というのは、一種の矛盾であり、本来、想定されていないものになってしまうのです。
離婚に際して未成熟子の養育費の取り決めをすることは、民法877条の親族間の扶養義務を背景として、民法766条の「その他監護について必要な事項」、家事審判法9条乙類4号「その他子の監護に関する処分」の解釈として認められていますが、子供が成人に達してしまうと、親の親権は消滅しますし、子供自身に完全な法律上の行為能力が備わる事になり、子供が親に対して扶養料を請求するための根拠規定は、民法877条のみとなってしまいます。
子供が成人しても、直系血族間の扶養関係であることに変りはありませんが、理論的には、他の成人した親族関係と同様の土俵に立って、民法877条の範囲で、扶養義務の有無を判断せざるを得なくなってしまうのです。
4.あなたの場合
ただ、お伺いしたお話からすれば、確かに、ご両親とも大学を卒業され、あなたの大学の進学についても、説明に対して入学の費用が支払われ、お父様の了承の意向があったと思われますし、その一方で、お母様の収入が減少し、当初、20歳までと合意していた際とは事情が異なっていること、就労より学業を優先させた方がいいような事情も伺われます。
奨学金等の利用や、支障のない範囲でのアルバイト等を検討した上でないと、主張は難しいと思いますが、その上での不足額を請求するのであれば、認められる可能性も出てくると思います。申立を却下した原審判でも、背景の事情として、父親側が再婚相手の間に子供がいること、それ以前の審判で認められた大学進学費用を一括払いするための借り入れの返済が苦しいこと、それでも、本人から頼まれればできるだけのことはしてやりたいと述べた際に、母親が拒否したこと等が示されていますし、母親の収入に変動があったような事情も伺われないので、そのようなケースと、ご相談いただいたようなケースでは、結論が異なる可能性もあります。
簡易算定表は、あくまでも、基本的な目途ですし、将来的には、成人前ではありますが、私立学校の教育費との差額の加算等も、修正検討課題とされているようです。
5.具体的な方法
具体的な方法としては、まず、お父様に、再度ご相談してみることになると思います。いきなり家庭裁判所に調停を申し立てたり、弁護士を代理人にすると、相手の感情的反発を受けることもありますし、あなた自身のご負担も大きいと思います。
その場合お話の内容を整理準備され、必要な金額、あなた自身の生活やアルバイト等の状況、母親の収入等を説明できるよう準備してからの方が、あなたの生活が大変な状況が伝わり話が進むでしょう。ご本人による協議が難しい場合は、代理人弁護士を立てることも検討なさって下さい。
以上