新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1193、2011/12/5 11:41 https://www.shinginza.com/rikon/qa-rikon-konnpi.htm

【親族・同居中の婚姻費用の請求】

質問:夫と同居中でも,婚姻費用の請求ができますか。できるとすればいくらぐらいですか。現在,夫の年収は約1000万円,私は無収入です。子供は13歳,10歳,7歳の3人です。

回答:
1.同居中でも,収入のあるご主人から適切な生活費をいただいていないのだとすれば,婚姻費用を請求できる可能性があります。請求できる額については,いわゆる婚姻費用算定表は,別居を前提としているため直接参考にできないので,夫婦双方の収入その他詳細な家計状況を確認のうえ,弁護士にご相談ください。
2.参考に,当事務所法律相談事例集キーワード検索:1168番1132番1056番1043番983番981番790番684番427番345番参照してください。書式集もあります。

解説:
1 婚姻費用とは
 婚姻費用とは,夫婦とその間の子供からなる家族が,その資産や収入に応じた通常の社会生活を維持するために必要な生活費のことです。夫婦は,民法760条により,この婚姻費用を互いに分担しなければならないと定められています。分担の基準は法定されておらず,争いになれば家庭裁判所で調停を経たうえで,どうしても話合いがつかない場合にはお互いの収入その他一切の事情を考慮して家庭裁判所が定めることになります(家事審判法9条1項乙類3号,17条,18条)。

2 算定表の位置づけ
 婚姻費用の相場を知るために,「算定表」と呼ばれる早見表がよく用いられています。算定表は現在,インターネットなどで広く一般の方も参照でき,家庭裁判所においても実際に婚姻費用の具体的な分担額を定める際に用いられていますが,直接法令に基づくものではなく,もともとは2003年に専門誌上で裁判官ら実務家の研究グループが提案したものです。提案の趣旨は,従前から家庭裁判所の実務において婚姻費用の計算のための考え方はほぼ確立していたものの,具体的な分担額を定めるうえで細かい金額の認定に時間を費やしていたため,公的な統計データ等に基づいて簡略化できる部分は簡略化を図り,利用しやすい表形式にして示すことにより,審理の短期化をめざしたり,当事者間の合意形成を助けようというものでした。簡略化した計算式による計算結果と従前の具体的な審判例とを照合すると,ほとんど矛盾はなかったということです。

 しかし,算定表はあくまでも簡易迅速な算定に資するための指標であって,絶対的な基準ではありません。当事者である夫婦双方が納得できる限り,どのような金額で合意しても差し支えないのはもちろんのこと,家庭裁判所による審判の場面であっても,算定表によることが著しく不公平となるような個別的事情があると認定されれば,算定表から導かれる範囲にとらわれない分担額が定められることもありえます。

3 別居か同居かによる違い
 上述のとおり,婚姻費用分担請求の根拠は民法760条であり,同条にはただ「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。」とのみ規定されています。分担義務が生ずる要件は夫婦であることのみであり,同居しているか別居しているかは関係ありません。
 ただ,具体的な分担額を計算するにあたって,婚姻費用算定表をそのまま利用できるかには問題があります。婚姻費用算定表は,夫婦が別居して世帯が二つに分かれていることを前提に,請求する側の世帯の生活費を計算し,その生活費を基準にして請求される側の分担額を考えています。したがって,請求する側の配偶者が請求される側の配偶者の生活も一緒に面倒見ているという同居のケースにはなじみません。

 このようなケースについて確立した計算方法はありません。同居といっても配偶者が全く生活費の負担もしていない場合から,住宅ローンの支払いなどをしてある程度の生活費の負担をしているが必要な生活費には足りない場合までいろいろ考えられ,それにより計算方法も違ってくる可能性があります。ただ,同居している場合は別居に伴う住居の賃料等の負担を免れるわけですから,算定表の金額から,家賃に相当する金額は不要になるとして,家賃相当金額全額ではないとしても減額の要素になると考えて良いでしょう。
婚姻費用分担の考え方の基本は「生活保持義務」という概念にあり,これは自分の生活を ある程度犠牲にしてでも,家族に自分と同程度の生活をさせてやる義務ということができ,夫婦間や未成年の子供と親との間で認められるとされる強い扶養義務です。この基本に立ち返って,ケースに応じた適正妥当な分担額を模索していくことになります。
 審判・調停申立てや弁護士へのご相談に際しては,夫婦相互の収入がわかる資料(源泉徴収票,確定申告書等)のほか,同居生活の中で双方がどのような家計支出をしているかの詳細な帳簿があるとよいでしょう。

4 最後に
 「法は家庭に入らず」という法格言があります。家庭内の問題は,権利義務の問題として法律で規定したり,裁判所で判断したりすることに馴染まないものであるので,できる限り,家庭内の話し合いや協力により,解決すべきである,という考え方です。上記にご説明したとおり,本件は,理論的には法的な手続による請求も一応可能ではありますが,同居している状態ですので,夫婦間の話し合いでの軌道修正が最も好ましい解決方法だと思います。だからといって,法律的な見地を全て放棄してしまう必要はありません。夫婦間の話し合いの前提として,第三者である法律専門家である弁護士の相談を受け,「もしも夫婦間の話し合いが決裂して裁判所に持ち込まれたらどのように処理されるのか」ということについて,事前によく説明を受けると良いでしょう。そして,このことを前提として,夫婦間で良く話し合って解決すべきだと思います。本件では,同居状態が決裂しているわけではありませんので,解決のチャンスは十分にあると考える事ができます。

5(判例紹介)

広島家裁 昭和57年5月8日審判(夫婦同居協力扶助申立事件)

 この事件は,婚姻中の生活費(27万円 夫医師)をそのまま別居後の婚姻費用と認定している点に特色があります。この理屈から言えば,従前生活費として受領していた金額が明確であれば,同居中にもかかわらず,婚姻費用の支払いがなければ従前の金額を基準に請求することも可能でしょう。

 審判抜粋    
三 当裁判所の判断

(イ) 本件記録及び別件の当庁昭和五五年(家イ)第一七号離婚等調停申立事件記録を総合すると,上記申立の実情の要旨欄記載の(イ)ないし(ホ)の各事実を認めることができるほか,申立人は○○内科医院の会計事務担当者として,昭和五三年一一月から同五四年七月まで手取りで月額金二七万円の給与の支給を受けていたこと,ところが,申立人が同医院の会計事務を担当したのは同五四年一月までであつて,同年二月以降は同医院の会計事務を担当していないこと,相手方は申立人に対し,上記給与のほか必要の都度一〇万,二〇万と生活費を支給していたこと,相手方は,昭和五四年六月から七月にかけて,申立人と一時別居したことがあるが,その間も上記給与は支給し続けたこと,別居後である昭和五六年一〇,一一月における申立人の平均家計実支出月額は金二三万四,八五三円で,あること,申立人の収入としては,相手方から送金してくる月額金一〇万円の生活費のみであり,申立人は現在就労していないこと,相手方は開業医として働き,昭和五六年度における月額平均可処分所得額は少くとも金五〇万七,五二〇円を下らないこと,資産としては,広島市西区○○○×丁目××番×××,宅地×××平方メートルと同地上の家屋番号××番×××,木造スレート葺二階建住宅,一階××・××平方メートル,二階××・××平方メートルが存するが,前者は申立人が四分の一,相手方が四分の三の各持分を有する共有であり,後者は,相手方の単独所有となつていること,以上の各事実を認めることができる。

(ロ) そこで,誰が,いくらの婚姻費用を分担すべきかにつき検討するに,申立人は現在いずれも小学校在学中の二子を養育している関係上,就労して所得を得ることは不可能な状態にあり,またその有する資産も,相手方との共有でしかも現に自らが居住している建物の敷地であるから,申立人がその収入,資産によつて婚姻費用を分担することはできない状況にあるというべきである。これに対して相手方は,開業医として少くとも月額金五〇万七,五二〇円を下らない可処分所得を得ているから,これらの事情を勘案すると,相手方において婚姻費用を分担すべき義務があることが明らかである。
 次に分担すべき金額につき検討するに,前記認定のとおり,申立人は,○○内科医院の会計事務担当者でなくなつた後も月額金二七万円の支給を受けていたのであるから,これはいわゆる生活費としての性質を有していたものと考えるのが相当である。しかも,相手方は,必要の都度別途に生活費を支給していたことや,一時別居中にも月額金二七万円の支給を続けていたことなどに徴し,上記金二七万円は,実質的には申立人母子三名の生活費としての性質を有していたものと認めるのが相当である。
 従つて,申立人母子三名が,相手方と同居当時の生活と同等程度の生活水準を維持しようとすれば,月額金二七万円程度の生活費を必要とすることが明らかであり,他方相手方には前記のとおりの可処分所得があり,しかも自らの意思で申立人に対し月額手取り金二七万円を支給し続け,それが申立人母子三名の生活費に充てられていることを容認してきたとみうるのであるから,相手方としても,従前と同金額を婚姻費用として分担支出することは容易に可能であると認められる。
 このようにして,本件においては,申立人が相手方と同居中になしていたのと同程度の生活を保持しうるに足る額である金二七万円を基準額とするのが最も合理的であると考えられ,かつ別居に至つた事情を双方につき勘案してみても,この基準額を大きく増減修正すべき理由があるとは断じ難い。

(ハ) そうすると,相手方は申立人に対し,婚姻費用の分担として月額金二七万円を支払うべき義務があることになる。
 そして,申立人が,申立の趣旨変更によつて本件婚姻費用分担の請求の意思表示をしたのが,昭和五六年一一月二六日であるから,前記支払義務の始期は同五六年一一月分からということになる。そうなると,同五六年一一月分から同五七年四月分までの六箇月分は既に履行期が到来していることになるが,前記認定事実に徴すると,毎月金一〇万円宛は履行済みと推認しうるので,差引計算すると,履行期が到来してなお未払分は合計金一〇二万円となる。
 従つて,相手方は申立人に対し,婚姻費用の分担として昭和五七年五月から申立人と同居又は婚姻解消に至るまで月額金二七万円宛を毎月末日限り申立人方に持参又は送金して払うべきであり,また既に履行期が到来している未払分合計金一〇二万円の支払をなすべき義務があることになる。

(参照条文)

民法
第七百六十条  夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。

家事審判法
第九条1項  家庭裁判所は,次に掲げる事項について審判を行う。
乙類
三 民法第七百六十条 の規定による婚姻から生ずる費用の分担に関する処分
第十七条  家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件その他一般に家庭に関する事件について調停を行う。但し,第九条第一項甲類に規定する審判事件については,この限りでない。
第十八条  前条の規定により調停を行うことができる事件について訴を提起しようとする者は,まず家庭裁判所に調停の申立をしなければならない。
○2  前項の事件について調停の申立をすることなく訴を提起した場合には,裁判所は,その事件を家庭裁判所の調停に付しなければならない。但し,裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるときは,この限りでない。

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