新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1197、2011/12/9 13:54 https://www.shinginza.com/qa-hasan.htm

【破産・生命保険会社の社員の資格と破産】

質問:私は多重債務を抱えています。弁護士に相談すると、破産申立をしたほうが良いといわれました。しかし、私は今、生命保険会社に勤めています。「保険会社に勤めている人間は破産できない」という話を聞きました。私はどうすればよいのでしょうか。

回答:
1.「保険会社に勤めている人間は破産できない」という説明は不正確です。確かに、「保険業法」という法律で「生命保険募集人」には、破産に関する資格制限がありますが、保険募集人は破産するとただちに職を失う、という規定はありません。しかし、保険募集人についての登録を取り消される可能性は否定できませんので民事再生等が可能ならそのほうが安全です。
2.民事再生(小規模個人再生と給与所得者再生)については、当事務所事例集834番170番を参照してください。

解説:
1.(破産と保険募集人の資格)
 一般的に、弁護士、税理士、司法書士などの法律に関連する専門資格と、保険募集人、警備員は、破産すると職を失うことになる、といわれています。しかしそれは正確な認識ではありません。生命保険募集人について解説すると、まず、このような規定があります。
 なお保険募集人の定義は次の通りです。単に保険会社の従業員というだけではなく保険契約の締結の代理または媒介の仕事を担当する従業員が該当します(この法律において「生命保険募集人」とは、生命保険会社(外国生命保険会社等を含む。以下この項において同じ。)の役員(代表権を有する役員並びに監査役及び監査委員会の委員(以下「監査委員」という。)を除く。以下この条において同じ。)若しくは使用人若しくはこれらの者の使用人又は生命保険会社の委託を受けた者(法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。)若しくはその者の役員若しくは使用人で、その生命保険会社のために保険契約の締結の代理又は媒介を行うものをいう。)。

保険業法 第二百七十九条
内閣総理大臣は、登録申請者が次の各号のいずれかに該当するとき、又は登録申請書若しくはその添付書類のうちに重要な事項について虚偽の記載があり、若しくは重要な事実の記載が欠けているときは、その登録を拒否しなければならない。
一 破産者で復権を得ないもの又は外国の法令上これと同様に取り扱われている者
以下略

 破産の手続きにおいては、破産申立をして破産決定が出ると、申立人は「破産者」になります。そして、財産調査を経て、免責決定を受ければ、「復権」して、破産者で無くなります。財産が無い場合は同時廃止と言って破産宣告と同時に破産手続きは終了しますので免責が決定するまで1,2カ月かかるので、免責決定が確定後は復権することになります。少額管財事件の場合は、財産調査、債権者集会まで1,2カ月程度かかりますから同時廃止よりその分時間がかかると考えて良いでしょう。復権とは、公私にわたる資格に関する制限が消滅し本来の地位を回復することですが、特別落ち度のない債務者の再起更生という破産法の趣旨、目的(破産法1条)から当然認められるもので手続き終了後直ちに認められます。

2.(破産により保険募集人の資格は失われるか)
 では、以上の規定から、破産すると保険会社をクビになる、という結論が導かれるかというと、そうではありません。この規定は、「破産者」でいる間に、生命保険募集人の登録を申請したものは、登録を拒否される。という規定です。すなわち、過去に破産しているが、すでに復権している場合は、この規定には当たりません。また、今後破産する予定である、という場合でも、登録のそのときに「破産者」(破産手続き中)でなければ、登録を拒否されることは無い、ということになります。この規定だけに関して言えば、破産手続(申立から概ね3〜4ヶ月)の最中でなければ、登録は可能だ、ということになります。
 どうしてこのような規定があるのでしょうか。保険とは ,突然の事故により生じる巨額な財産的損失による経済的困窮を回避するために事故発生の危険性の状況下にある者が集まり,統計的に算出された金額(保険料)を負担することにより,事故発生による損失を填補する金員(保険金)を受けとるというものです。保険は,沿革上14世紀地中海の海上保険に始まり,性質上一般人及び営業を行う者でも社会生活及び経済活動を永続的,円滑に行うため損失回避の手段として必要不可欠な社会制度として位置づけることができます。リスクヘッジのため適正な計算による保険料の負担による保険金の受け取りは偶然の確率で受け取るいわゆる賭博等とは本質的に異なります。リスク回避の担保となる資金,基金は巨大化しますのでたとえ営利を目的にしていない相互会社、営利を目的とする株式会社(保険業法5条の2)でも公正,公平な会社運営,契約内容等が社会的に要請されることになります。
 従って,保険業法は行政官庁の監督を認め(保険業法3条乃至5条),商法も規律を定めています。保険業はこのように公的色彩を持っていますので、財産の管理能力が一時的に否定された破産者には、生命保険契約の締結の代理、媒介を行う資格(生命保険募集人、保険業法2条19号)を制限し誰でもできないようになっています。ただ、募集人はあくまで、代理権、媒介を行うものであり破産中の資格制限にとまり、復権後は影響がありませんし、後述のように資格取得後の破産は、任意的取り消しになっています。

3.(資格取得後の破産)
 次に、募集人の資格を取得した後、破産した場合にはどうなるでしょうか。法律(保険業法)を見ると、

第三百七条
内閣総理大臣は、生命保険募集人、損害保険代理店又は保険仲立人が次の各号のいずれかに該当するときは、第二百七十六条若しくは第二百八十六条の登録を取り消し、又は六月以内の期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命ずることができる。
一  生命保険募集人若しくは損害保険代理店が第二百七十九条第一項第一号から第三号まで、第四号(この法律に相当する外国の法令の規定に係る部分に限る。)、第五号、第七号、第八号(同項第六号に係る部分を除く。)、第九号(同項第六号に係る部分を除く。)、第十号若しくは第十一号のいずれかに該当することとなったとき、又は保険仲立人が第二百八十九条第一項第一号から第三号まで、第四号(この法律に相当する外国の法令の規定に係る部分に限る。)、第五号、第七号、第八号(同項第六号に係る部分を除く。)、第九号(同項第六号に係る部分を除く。)若しくは第十号のいずれかに該当することとなったとき。
二 不正の手段により第二百七十六条又は第二百八十六条の登録を受けたとき。
三 この法律又はこの法律に基づく内閣総理大臣の処分に違反したとき、その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき。

「破産者で復権を得ないもの」は279条1項1号ですから、この法律により、募集人が取り消しになるようにみえます。しかしこの規定は、取り消すことが「できる」と規定されているだけであり、「取り消さなければならない」とは規定されていないのです。したがって、生命保険募集人が破産したときに、当然に資格を失う、ということには法律上はなっていないのです。

次に、このような規定を見てみましょう。
第二百八十条
生命保険募集人又は損害保険代理店が次の各号のいずれかに該当することとなったときは、当該各号に定める者は、遅滞なく、その旨を内閣総理大臣に届け出なければならない。
一 第二百七十七条第一項各号に掲げる事項について変更があったとき。
当該変更に係る生命保険募集人又は損害保険代理店
二 保険募集の業務を廃止したとき。
生命保険募集人若しくは損害保険代理店であった個人又は生命保険募集人若しくは損害保険代理店であった法人を代表する役員
三 生命保険募集人又は損害保険代理店である個人が死亡したとき。
その相続人
四 生命保険募集人又は損害保険代理店である法人について破産手続開始の決定があったとき。
その破産管財人
中略
3 生命保険募集人又は損害保険代理店が第一項第二号から第六号までのいずれかに該当することとなったときは、当該生命保険募集人又は損害保険代理店の登録は、その効力を失う。

 上記四号をみると、募集人である法人が破産したときは、管財人はその旨を内閣総理大臣に届け出なくてはならず、その場合は募集人の登録は効力を失う、とあります。そして、類似の規定で個人に当てはまるものはありません。すなわち、個人が破産しても、それを内閣総理大臣に届け出る義務は特に無いことになります。この結果、生命保険募集人に登録している個人は、破産してもそれを申告する義務は無いという結論が導かれます(ただし、勤務先との雇用契約上の義務違反に該当する場合は当然ありますので、勤務先に秘密にすることが正当化されるという保証はできません)。

4.(まとめ)
 破産したら保険会社に就職できない→誤り。募集人という地位で勤務しないのであれば、特に影響はありません。破産したら生命保険募集人にはなれない→誤り。破産手続きが終了して復権していれば、登録が可能です。募集人をやっているが、破産したらただちに職を失う→誤り。募集人資格の任意的取り消し事由に過ぎない。破産の事実を報告する義務も無い。ということになります。

 ただし、307条による取り消しを受けた者が再度募集人として登録するには、3年以上経過していることが必要になります。そして、取り消しが可能である以上、取り消しが実際になされてしまう可能性はゼロではありません。この点、万全を期すなら、一度登録を取り消して、会社で内勤にしてもらい、復権後、改めて登録するなどの方法を取れば、任意的取り消しも避けることができるでしょう。しかし、このようなケースは少ないと思われます。また、破産の事実は官報に公告されますので、届出が義務ではなくても、内閣総理大臣(担当部署)が破産者の情報を入手することは可能です。届け出義務がないイコール発覚しない、ということではありません。
 なお、実務上、生命保険募集人の資格を有している個人が破産した場合に、307条による任意的取り消しが行われた事例の有無について、現在当事務所でも調査中であり、取り消されないことが確定したわけではありません。また、自己破産の手続が保険業法における生命保険募集人の資格にどのように影響するか、という問題と、自己破産の手続が勤務先との労働契約の関係で懲戒解雇事由に該当するのかどうか、という問題は、法律的に別の問題になります。

 私見としては、法律の規定上必要的取り消しでないことから、職場の理解を得ることができる場合、同時廃止で復権までの期間が短い場合、財産調査に問題点が無い場合など、保険業法の規定や制度趣旨に反しないと判断できる場合、保険募集人の破産申立がただちに当該人物の職を失わしめるという結論には問題があると考えます。勤務先との関係を考える場合は、自己破産に至った事情も大事だと思います。例えば、親族知人などの連帯保証人となっていたが主債務者が破産した為やむをえず自己破産を選択したという事例や、家族の病気の治療費のために一時的に行った借り入れが雪だるま式に膨らんでしまったという事例と、自分自身のギャンブルや浪費により債務が膨らんでしまったという事例では、職務行為の適性に対する影響が全然違うと思います。生命保険会社の社員が自己破産したら一律に解雇する、または依願退職を勧奨するということは、法律的に見て違和感があります。この件については上級審判例も少なく、今後事例の蓄積が待たれるところですが、お困りの方はお近くの法律事務所に一度ご相談されてみてください。

《条文参照》

保険業法
(平成七年六月七日法律第百五号)

2条
19  この法律において「生命保険募集人」とは、生命保険会社(外国生命保険会社等を含む。以下この項において同じ。)の役員(代表権を有する役員並びに監査役及び監査委員会の委員(以下「監査委員」という。)を除く。以下この条において同じ。)若しくは使用人若しくはこれらの者の使用人又は生命保険会社の委託を受けた者(法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。)若しくはその者の役員若しくは使用人で、その生命保険会社のために保険契約の締結の代理又は媒介を行うものをいう。

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