新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1199、2011/12/13 13:54 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事・交通事故・示談成立後の後遺症発生・最高裁判所昭和43年3月15日判決】

質問:私は,交通事故の被害で腕を骨折してしまったのですが,数カ月で治るとの診断で,特に重い症状でもなく,後遺症もないように思いましたので,相手の熱心な示談の申入れを受けて,事故後2週間くらいの時点で,安い金額で示談に応じてしまいました。ところが,その後1カ月以上経ったころになって,重症であることが判明し,再手術をすることになりましたが,再手術後も機能障害が残ってしまうことになりました。示談した時点ではこのようなことになるとは思ってもいなかったので,安い金額で示談に応じてしまったのですが,再手術や後遺症のため,仕事も休まざるを得なくなり,精神的にも沈み込んでしまいました。示談書には,今後は何らの請求もしないという一筆が入っていますので,今となっては加害者に対して何も請求できないのでしょうか。

回答
1.示談というのは,法律的には和解契約と考えられますが,一旦示談が成立すると,両当事者は示談(和解契約)の内容に拘束され,基本的には示談(和解契約)の効力を覆すことはできなくなります(民法696条)。しかし,示談をした後になって,示談当時には予期できなかった後遺症が発生した場合,その損害についてまで示談当時に放棄していたとすることは,当事者の意思にそぐわないものといえます。そのため,示談当時には予期できなかった後遺症が後日発生した場合の損害については,別途請求できると考えられます。判例も同様の考えです。
2.相手としては,交通事故当初の示談合意により本件はもう終了したものと思っているでしょうから,突然の請求に戸惑い,請求に応じないこともあるし要求に応じないかもしれません。その場合には,法律の専門家である弁護士を代理人として交渉等の手続をする方法もございます。一度お近くの法律事務所にご相談ください。
3.交通事故の当事務所事例集として1184番1118番1050番991番914番902番832番831番776番761番729番701番645番566番522番493番422番238番225番167番130番80番があります。ご参照ください。

解説:
1.示談について
  交通事故が起きた場合,その多くは加害者と被害者が示談することによって解決が図られています。示談というのは,加害者と被害者の間で,一定の賠償額の支払いを約束し,それ以上の賠償については請求しないこととする合意です。これは,民法上の和解契約(民法695条)にあたると考えられます。和解契約は,両当事者がお互いに譲歩して,両者の間にある争いをやめることを約束するものですので,和解契約が成立すると,両当事者は和解契約の内容に拘束され,実際の損害額が和解で定めた賠償額より多額であったことなどを理由として和解を覆すことはできなくなります(和解の確定効,民法696条)。

2.示談の無効・取消し
  もっとも,和解契約も契約の一種ですので,民法の一般原則に従うことになり,無効や取消しが認められる場合があります。
  具体的には,示談の内容が被害の程度と比べて著しく低い場合などには,公序良俗違反として無効になり(民法90条),示談の際に前提としてそもそも争いにならなかった事項について錯誤があった場合には錯誤無効(民法95条)となり,示談に際して詐欺に遭ったり強迫されたりした場合には,詐欺取消・強迫取消(民法96条1項)ができることになります。私的自治の原則、契約自由の原則は、法の支配の理念によりすべて、信義誠実、権利濫用禁止、公平、公正の原則(憲法12条、民法1条等)の内在的制約を受けております。したがって、正義にかなう公正、公平の理想からいかなる契約も見直されることになります。ただ、「契約は守られなければならない」と言う一般原則から、このような取り扱いは例外的であり厳格に解釈されることになります。

3.示談後に生じた後遺症損害
  示談をした後になって,示談当時には予期できなかった後遺症等の損害が発生した場合に,和解の確定効により一切請求ができないとすると,被害者にとってあまりに酷な結果となることがあります。事故直後の全損害を正確に把握しづらい状況において示談がなされ,その後に発生した損害に比べて示談金額があまりに低額であった場合には,示談の効力を制限し被害者救済を図るべきと考えられ、この結論については問題のないところです。
  そのための考え方としては従来いくつかの説がありました。@錯誤無効による構成や,A事態の変化があった場合に示談が解消されるとする解除条件が黙示に付けられているとする構成,B示談によって放棄をしたのは示談当時予期していた損害についてだけであり,当時予期できず後に判明した損害は別損害であって放棄していないとする構成などがありますが,いずれに考え方をとっても結論としては変わりありません。この点について、最高裁は,「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。」として,3番目の考え方により,後日の後遺症損害の請求を認めています。
  その場合の要件は@「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合」で、A「その当時(示談の時点で)予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合」の2点となります。このような要件を満たす場合は示談をしたとしても後日損害の賠償をすることが可能となりますので、あきらめる必要はありません。

《参考判例》

最高裁判所昭和43年3月15日判決
  「一般に、不法行為による損害賠償の示談において、被害者が一定額の支払をうけることで満足し、その余の賠償請求権を放棄したときは、被害者は、示談当時にそれ以上の損害が存在したとしても、あるいは、それ以上の損害が事後に生じたとしても、示談額を上廻る損害については、事後に請求しえない趣旨と解するのが相当である。 
  しかし、本件において原判決の確定した事実によれば、被害者Aは昭和三二年四月一六日左前腕骨複雑骨折の傷害をうけ、事故直後における医師の診断は全治一五週間の見込みであつたので、A自身も、右傷は比較的軽微なものであり、治療費等は自動車損害賠償保険金で賄えると考えていたので、事故後一〇日を出でず、まだ入院中の同月二五日に、Aと上告会社間において、上告会社が自動車損害賠償保険金(一〇万円)をAに支払い、Aは今後本件事故による治療費その他慰籍料等の一切の要求を申し立てない旨の示談契約が成立し、Aは右一〇万円を受領したところ、事故後一か月以上経つてから右傷は予期に反する重傷であることが判明し、Aは再手術を余儀なくされ、手術後も左前腕関節の用を廃する程度の機能障害が残り、よつて七七万余円の損害を受けたというのである。 
  このように、全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。これと結局同趣旨に帰する原判決の本件示談契約の解釈は相当であつて、これに所論の違法は認められない。」

《参照条文》

民法
(和解)
第六百九十五条  和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。
(和解の効力)
第六百九十六条  当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、又は相手方がこれを有しないものと認められた場合において、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった旨の確証又は相手方がこれを有していた旨の確証が得られたときは、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、又は消滅したものとする。

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