退職届の撤回の可否|辞職と合意解約のいずれか

退職届を撤回する方法、辞職と合意解約のいずれと解釈されるか|最高裁昭和62年9月18日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

私は、とある会社に勤めているのですが、仕事量が余りに多く、残業が重なり、精神的なストレスを抱え、うつ状態となってしまったため、休職を経て、先日、直属の上司である営業部長に対し、退職届を提出してしまいました。

退職届を提出した後に、その旨を伝えた妻からは、「幼い子どもが3人いて、自宅の住宅ローンも未だ大半が残っているのに、今後どうするつもりなんだ、もし退職するのであれば、あなたとは一緒に暮らしていけない」などと言われてしまいました。私も冷静になって考えて、再就職が上手くできるかも分からないのに、早まったことをしてしまったと心底後悔しています。

私は、今から、退職届の撤回をすることができるのでしょうか。退職届を提出して以後、会社からの連絡は未だ何もありません。

回答

1 退職届の提出については、①辞職の通知(民法627条)と②合意解約の申入れの2種類がありますが、実務上は、使用者の対応如何に関わらず労働契約を確定的に終了させる意思が客観的に労働者から表明されているような場合でなければ、②合意解約の申入れであると解釈される傾向にあります。

2 ①辞職の通知の場合は、辞職の意思表示が使用者に到達してから2週間が経過することにより、労働契約終了の効力を生じることになりますが、辞職の意思表示が使用者に到達しさえすれば、それ自体の効力は生じることになるため、もはや使用者の同意がない限り、退職届の撤回ができないことになってしまいます。

3 ②合意解約の申入れの場合は、労働者による解約の申込みに対し、使用者が承諾することにより、労働契約終了の効力を生じることになりますから、労働者による解約の申込みだけでは、何らの効力も生じないため、使用者による承諾があるまでの間は、特段の事情がない限り、退職届の撤回ができることになります。

4 どういった場合に使用者による承諾があったと認められるかについては、従業員の退職届を承認する権限を有する者が正式に退職届を受け取ったか否かが判断を分けるポイントといえます。すなわち、従業員の退職届を承認する権限を有する者が正式に退職届を受け取っているのであれば、使用者による承諾があったと認められ、退職届の撤回ができないことになるのに対し、そうでなければ(従業員の退職届を承認する権限を有さない者が正式に退職届を受け取ったとしても)、使用者による承諾があったとは認められず、退職届の撤回ができることになります。

5 今後の対応としては、まず、今回の退職届の提出が、辞職の通知ではなく、合意解約の申入れにとどまることを前提に活動する必要があります。その上で、相談者様は、直属の上司である営業部長に対し、退職届を提出しているということですが、営業部長は、通常、従業員の退職届を承認する権限を有さないと考えられるため、会社に対しては、この点を指摘した上で、使用者による承諾があったとは認められず、退職届の撤回ができる旨を主張することになるでしょう。そして、その後に会社から退職届受理承諾書が送付されてくる場合もあるため、相談者様としては、出来る限り早いタイミングで、内容証明郵便の方法により、退職届の撤回を内容とした通知書を送付した方が宜しいかと思います。

6 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 労働契約に関する法規解釈の指針

先ず、労働法における雇用者(使用者)、労働者の利益の対立について説明します。本来、資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば、労働契約は使用者、労働者が納得して契約するものであれば特に不法なものでない限り、どのような内容であっても許されるようにも考えられますが、契約時において使用者側は経済力、情報力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし、労働力の対価として賃金をもらい日々生活する関係上、労働者は長期間にわたり拘束する契約でありながら、常に対等な契約を結べない危険性を有しています。

又、労働契約は労働者が報酬(賃金)を得るために使用者の指揮命令に服し従属的関係にあることが基本的特色(民法623条)であり、契約後も自ら異議を申し出ることが事実上阻害され不平等な取扱いを受ける可能性を常時有しています。仮に労働契約内容に不満であっても、労働者側は、退職する自由しか与えられないことになってしまいます。

このような状況は個人の尊厳を守り、人間として値する生活を保障した憲法13条、平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので、法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(労働組合法、労働関係調整法、労働基準法の基本労働三法、労働契約法)により、労働者が雇用主と対等に使用者と契約でき、契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。

法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから、その解釈にあたっては使用者、労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし、雇用者の利益は営利を目的とする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由、経済的利益確保の自由)であるのに対し、他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし(憲法25条、生存権)、個人の尊厳確保に直結した権利ですから、使用者側の指揮命令権、労働者側の従属性が存在するとしてもおのずと力の弱い労働者の賃金および労働条件、退職等の具体的利益を侵害する事は許されないことになります。従って、解釈に当たっては、積極的に私的自治の原則に内在する、信義誠実の原則、権利濫用禁止の原則、個人の尊厳保障の法理(憲法12条、13条、民法1条、1条の2)が発動されなければならない分野です。

ちなみに、労働基準法1条も「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。」と規定しています。以上の趣旨から契約上、法文上の形式的文言にとらわれることなく使用者側、労働者側の種々の利益を考慮調整し実質的対等性を確保する観点から労働法を解釈し、労働契約の有効性を判断することになります。

2 労働者からの退職の意思表示の解釈

労働者から退職の意思表示をした場合、この退職の意思表示については「辞職」の意思表示か「合意解約の申し入れ」のいずれかと解されることになります。

⑴ 辞職の通知(民法627条)

辞職とは、労働者の一方的な意思表示による労働契約の解約をいいます。

労働者は原則として自由に辞職することができますが、辞職の意思表示が使用者に到達してから2週間を経過した時点で、労働契約が終了することになります。なお、期間の定めのある労働契約の場合は、期間中の辞職の通知が認められるのは、やむを得ない事由がある場合に限られ、勤務しないと損害賠償の対象となります。

ここで注意すべきなのが、労働契約終了の効力が生じるのは、辞職の意思表示が使用者に到達してから2週間を経過した時点ですが、辞職の意思表示自体の効力は、使用者に到達した時点で生じる、という点です。すなわち、辞職の意思表示が使用者に到達しさえすれば、それ自体の効力は生じることになるため、もはや使用者の同意がない限り、退職届の撤回ができないことになってしまいます。

⑵ 合意解約の申入れ

次に合意解約とは、使用者と労働者との合意による労働契約の解約をいいます。退職届について使用者の承諾という双方の意思表示が合致して退職という効力が発生します。

労働者による解約の申込みだけでは、何らの効力も生じないため、使用者による承諾があるまでの間は、特段の事情がない限り、退職届の撤回ができることになります(大阪地裁平成9年8月29日判決参照)。

それでは、どういった場合に使用者による承諾があったと認められるのでしょうか。

この点に関し、最高裁昭和62年9月18日判決は、人事部長が退職届を受理したことをもって、使用者による承諾が即時になされたものというべきであるとして、結論として、退職届の撤回は認められない、との判断を示しています。ただ、この事案では、人事部長が、固有の職務権限として、従業員の退職届を承認するか否かを単独で決定し得る権限を有し、この点が会社の職務権限規程にも記載されていたことが、重要な考慮要素になっていると考えられます。

そのため、従業員の退職届を承認する権限を有する者が正式に退職届を受け取ったか否かが判断を分けるポイントといえます。すなわち、従業員の退職届を承認する権限を有する者が正式に退職届を受け取っているのであれば、使用者による承諾があったと認められ、退職届の撤回ができないことになるのに対し、そうでなければ(従業員の退職届を承認する権限を有さない者が正式に退職届を受け取ったとしても)、使用者による承諾があったとは認められず、退職届の撤回ができることになります。

実際に、従業員の退職届を承認する権限を有さない者が退職届を受け取ったにすぎず、使用者による承諾があったとは認められないとして、退職届の撤回を肯定した裁判例として、岡山地裁平成3年11月19日判決が存在します。

なお、権限を有しない者が退職届け出を受理した場合も、その後に会社から退職届受理承諾書が従業員に送付されてきたときは、その受取り時点で、使用者による承諾があったと認められ、退職届の撤回ができないことになります。

3 「辞職」か「合意解約の申し入れ」か

上記のとおり、「辞職」と「合意解約の申し入れ」については、労働契約解消に必要な要件や意思表示後の撤回の可否という点で大きく異なります。

労働者から会社に対して、労働契約を終了させる意思表示をする場合、口頭による退職の意思表示のほか、退職願や辞表などその様式は様々であり、これらの意思表示が「辞職」か「合意解約の申し入れ」かは、解釈の問題となります。

大阪地裁平成10年7月17日判決は、労働者の口頭による退職の申し入れについて、当該申し入れが「辞職」にあたるか「合意解約の申し入れ」にあたるかを判断した裁判例です。この裁判例では、以下のとおりまず「辞職」と「合意解約の申し入れ」を分ける判断基準について判示し、その後、事案を細かく検討したうえで、労働者の退職の意思表示は「合意解約の申し入れ」であったと認定しています。

大阪地裁平成10年7月17日判決

「労働者による一方的退職の意思表示(以下「辞職の意思表示」という。)は、期間の定めのない雇用契約を、一方的意思表示により終了させるものであり、相手方(使用者)に到達した後は、原則として撤回することはできないと解される。しかしながら、辞職の意思表示は、生活の基盤たる従業員の地位を、直ちに失わせる旨の意思表示であるから、その認定は慎重に行うべきであって、労働者による退職又は辞職の表明は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り、辞職の意思表示と解すべきであって、そうでない場合には、雇用契約の合意解約の申込みと解すべきである。」

「かかる観点から原告が平成八年八月二六日にした高田常務に対する言動を見るに、原告は、「会社を辞めたる。」旨発言し、高田常務の制止も聞かず部屋を退出していることから、右原告の言動は、被告に対し、確定的に辞職の意思表示をしたと見る余地がないではない。しかしながら、原告の「会社を辞めたる。」旨の発言は、高田常務から休職処分を言い渡されたことに反発してされたもので、仮に被告が右処分を撤回するなどして原告を慰留した場合にまで退職の意思を貫く趣旨であるとは考えられず、高田常務も、飛び出して行った原告を引き止めようとしたほか、翌八月二七日にもその意思を確認する旨の電話をするなど、原告の右発言を、必ずしも確定的な辞職の意思表示とは受け取っていなかったことが窺われる。したがって、これらの事情を考慮すると、原告の右「会社を辞めたる。」旨の発言は、使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかなものではあるとは言い難く、右原告の発言は、辞職の意思表示ではなく、雇用契約の合意解約の申込みであると解すべきである。」

上記の裁判例の判旨からは、労働者の退職の意思表示について「辞職」の意思表示と解釈されるのは「使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合」というように極めて限定されるということが読み取れます。そして、具体的な事実の検討では、退職の意思表示をするに至った経緯、使用者のほうで確定的な退職の意思表示として受け取っていたかなどを細かく検討したうえで、裁判例における退職の意思表示を合意解約の申し入れと認定しています。

本件でも、あなたの退職の意思表示は上司との口論を発端とするものであり、この点については、辞職の意思表示と認定されにくくなる一事情といえるでしょう。

4 今後の対応

まず、今回の退職届の提出が、辞職の通知ではなく、合意解約の申入れにとどまることを前提に活動する必要があります。

その上で、相談者様は、直属の上司である営業部長に対し、退職届を提出しているということですが、営業部長は、通常、従業員の退職届を承認する権限を有さないと考えられるため、会社に対しては、この点を指摘した上で、上記の裁判例に照らせば、使用者による承諾があったとは認められず、退職届の撤回ができる旨を主張することになるでしょう。

そして、その後に会社から退職届受理承諾書が送付されてくる場合もあることからすれば、退職届の撤回の時期(退職届の撤回と使用者による承諾の先後関係)が重要になってくるといえます。そこで、相談者様としては、出来る限り早いタイミングで、退職届を撤回し届出書を返してもらうよう伝えることが必要です。万一返還されないような場合は、使用者側が退職を主張する恐れもありますので内容証明郵便の方法により、退職届の撤回を内容とした通知書を送送付した方が宜しいかと思います。内容証明郵便の方法によれば、郵便局が通知書の内容及び会社が通知書を受け取った時期を証明してくれるため、これらを証拠化することができます。

上記のように、退職届の撤回の時期(退職届の撤回と使用者による承諾の先後)が重要になってくるため、ご自身での対応が難しいようであれば、お近くの、労働問題に詳しい法律事務所に直ぐにご相談に行かれることをお勧めします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文

憲法

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

民法

(基本原則)

第1条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

3 権利の濫用は、これを許さない。

(解釈の基準)

第2条 この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。

521条(承諾の期間の定めのある申込み)

1項 承諾の期間を定めてした契約の申込みは、撤回することができない。

524条

承諾の期間を定めないで隔地者に対してした申込みは、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができない。

627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)

1項 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

2項 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

参考判例

(最高裁昭和62年9月18日判決)

上告代理人佐治良三、同加藤保三、同後藤武夫の上告理由第二点について

一 論旨は、要するに、被上告人の本件雇用契約解約の申込に対し上告人の即時承諾の意思表示があったものと解することはできないとした原判決には、審理不尽、経験則違背ないし理由不備、理由齟齬の違法がある、というのである。

そこで、判断するに、原審の確定した事実関係の大要は、次のとおりである。

(1) 被上告人は、大学在学中に日本民主青年同盟(以下「民青」という。)に加盟し、昭和四七年四月上告人(以下「会社」ともいう。)に入社した者であるが、同期入社で工業高等専門学校卒業の訴外上村進一(以下「上村」という。)とともに、入社後に班会議を組織し、被上告人がリーダー役となって会社内の民青の同盟員拡大等の非公然活動に従事していた。ところが、上村は、民青を脱退したいと思いながら生来の内気な性格のためにこれを果たせず、ひとり思い悩んで進退に窮し、同年九月二四日(日曜日)午後六時ころ自宅を出た後、会社の寮に帰らず、失踪するに至った。

(2) 翌二五日、会社本社人事第一課の高橋主任らの調査によって、上村の失踪当日の午後四時ころ被上告人が上村宅を訪問した事実が判明し、また、会社の寮の上村の部屋から被上告人の氏名が記載されている大学ノート一冊が発見され、更に上村宅の同人の部屋から一見して民青活動資料と分かる民青加盟確認書、民青新聞領収書、同盟費納入帳、ビラ、学習結果を記載した大学ノート一冊等が発見された(以下これらを一括して「民青資料」という。)。そのため、同月二五日以降連日、被上告人は会社の人事担当者から上村の失踪に関し事情聴取を受けたが、被上告人は、上村の失踪の原因及び行方について全く心当たりはない旨答え、民青活動に関することは何も話さなかった。また、被上告人は、当初、同月二四日に上村宅を訪問した事実を否定し、それについて上村の父に口裏を合わせてもらうために電話をしたこともあった。

(3) 同月二八日、会社は、上村の工業高等専門学校時代の教官や同級生を訪ねる社外調査を行い、被上告人も右調査に協力したが、上村の行方について何らの手掛りも得られなかった。ここにおいて、会社の人事管理の最高責任者である合田人事部長は、上村の民青資料を取り寄せ、これを切り札として被上告人に示し、果たして被上告人が上村の失踪の原因につき何も知らないのかどうか決着をつけることとし、同日午後五時一〇分ころ、長坂人事第一課長及び清水人事第二課長とともに会社の応接室で被上告人と面接した。その席上、合田部長が、民青資料を机の上に置きながら、「この記事の中から上村君の手掛りが出てこないか、君ひとつ見てくれないか」と申し向けたところ、被上告人は、右資料に手を触れないまま呆然自失の状態で暫時沈黙していたが、突然「私は退職します。私は上村君の失踪と全然関係ありません。」と申し出た。合田部長は、民青の同盟員であることを理由に退職する必要はない旨を告げて被上告人を慰留したが、被上告人がこれを聞き入れなかったので、長坂課長に命じて退職願の用紙を取り寄せ、被上告人に交付したところ、被上告人は、その場で必要事項を記入して署名拇印した上これを合田部長に提出し、同部長はこれを受け取った。

その後被上告人は、長坂課長から退職手続をするよう促され、その場に持っていた身分証明書や食券等を棚橋副主任に渡し、また、ロッカールームと職場から作業衣、職章、職札等を持って来てこれも返還した。しかし、従業員預金の解約、大隈労働組合からの脱退、大隈消費生活協同組合からの脱退等の手続や私物の引取等はその日のうちに完了できないため、被上告人は、翌日これらを行う旨述べて、午後六時三〇分ころ退社した。

二 原審は、右の事実関係に基づき、次のとおり認定判断した。

(1) 被上告人が退職願を提出したのは、将来会社の幹部社員になることを期待して入社したのに、それまで秘匿していた民青所属の事実が会社に露見したことを知って強い衝撃を受け、社内における自己の将来の地位に希望を失ったことが主たる動機となっていたものと認められる。被上告人は、退職願を提出したことにより、会社がこれを承認したときは即時雇用契約から離脱する意思で本件雇用契約合意解約の申込をしたものと認めるべきである。右合意解約の申込につき動機の錯誤や強迫があるとは認められず、被上告人のした合意解約の申込は有効である。

(2) しかし、合田部長が被上告人の退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対する上告人の承諾があったものとは到底解することができず、右受理は解約申込の意思表示を受領したことを意味するにとどまるものと解するのが相当である。

三 しかしながら、以下に検討するとおり、前項(2)の原審の認定判断は、経験則ないし採証法則に照らして到底是認し難いものといわなければならない。

1 私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の承諾の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。

ところで、原判決は、前記のとおり、合田部長を上告人の人事管理の最高責任者であるとし、同部長が被上告人の退職願を即時受理した事実を認定しながら、右受理をもって被上告人の解約申込に対する上告人の承諾の意思表示があったものと解することができないとしているが、その理由とするところは、「被上告人が入社するに当たっては、筆記試験の外に面接試験が行われ、その際大隈副社長、技術系担当取締役二名及び合田人事部長の四名の面接委員からそれぞれ質問があり、これらの結果を総合して採用が決定されたことが認められる。この事実と対比するとき、被上告人の退職願を承認するに当たっても、人事管理の組織上一定の手続を履践した上上告人の承諾の意思が形成されるものと解せられるのであって、人事部長の職にあるものであっても、その個人の意思のみによって上告人の意思が形成されたと解することはできない。」というに尽きるのである。

原審の右判断は、企業における労働者の新規採用の決定と退職願に対する承認とが企業の人事管理上同一の比重を持つものであることを前提とするものであると解せられるところ、そのような前提を採ることは、たやすく是認し難いものといわなければならない。けだし、上告人において原判決が認定するような採用制度をとっているのは、労働者の新規採用は、その者の経歴、学識、技能あるいは性格等について会社に十分な知識がない状態において、会社に有用と思われる人物を選択するものであるから、人事部長に採用の決定権を与えることは必ずしも適当ではないとの配慮に基づくものであると解せられるのに対し、労働者の退職願に対する承認はこれと異なり、採用後の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことではないからである。したがって、被上告人の採用の際の手続から推し量り、退職願の承認について人事部長の意思のみによって上告人の意思が形成されたと解することはできないとした原審の認定判断は、経験則に反するものというほかはない。

2 また、記録によれば、本訴において被上告人が退職願の撤回ということを主張したのは、昭和五六年一月二八日の原審第一八回口頭弁論期日において陳述の同五五年一一月一九日付け準備書面が最初であるところ、上告人が、同五六年七月二〇日の第二一回口頭弁論期日において陳述の同年五月二七日付け準備書面をもって、被上告人の退職願については上告人の人事管理の最高責任者である合田部長により承諾の意思表示がされたから合意解約成立後の撤回は効力を生じない旨を主張したのに対し、合田部長の意思のみによって上告人の承諾の意思表示がされ得るかどうかについて被上告人の反論や原審の釈明がされた形跡はなく、原審は右第二一回口頭弁論期日において弁論を終結した。ところで、原判決挙示の証拠中、乙第五号証(被上告人の本件退職願)、第二一号証(昭和四七年七月二〇日付け井浪俊次の退職願)及び第二七号証(昭和四〇年一二月一六日付け富田寿二の退職願)によれば、その決裁欄は人事部長の決裁をもって最終のものとしていることが記載上明らかである(なお、本件上告理由書添付の別紙第三(「職務権限規程」と題する文書)によれば、上告人には、人事部長の固有職務権限として、課次長待遇以上の者を除く従業員の退職願に対する承認は、社長、副社長、専務、関係取締役との事前協議を経ることなく、人事部長が単独でこれを決定し得ることを認めた規程の存在することが窺われるのである。)。以上の点に照らしても、被上告人の退職願の承認に当たり人事部長の意思のみによって上告人の意思が形成されたと解することはできないとした原判決には、採証法則違背ないし審理不尽の結果、証拠に基づかない判断をした違法があるものといわなければならない。

3 そして、合田部長に被上告人の退職願に対する退職承認の決定権があるならば、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、合田部長が被上告人の退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対する上告人の即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。以上と異なる前提のもとに、合田部長による被上告人の退職願の受理は解約申込の意思表示を受領したことを意味するにとどまるとした原審の判断は、到底是認し難いものといわなければならない。

四 以上の次第であるから、被上告人の本件雇用契約の合意解約申込に対しまだ上告人の承諾の意思表示がされないうちに被上告人が右申込を撤回したとした原判決には、経験則・採証法則違背の違法があり、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるといわざるを得ない。同旨をいう論旨は理由があり、原判決はその余の点について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岡山地裁平成3年11月19日判決)

第一 従業員の地位の存否について

一 請求原因1(当事者)、2(退職願の提出)及び4(就労拒否)の事実は、当事者間に争いがない。

二 右争いのない事実と成立に争いのない(証拠・人証略)、並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1 原告は、昭和六二年一一月末日まで観光部観光課のバス運転手として勤務し、同年一二月一日からはシーズンオフに入ったこともあって営業部岡南営業所に配属された。

2 原告は、同年一一月二二日から二三日にかけて三重県渡鹿野へ観光バスで観光客を運んだ際、添乗員の業務も兼ねていたのにもかかわらず、被告と契約を締結している土産品等販売店の勢乃国屋へ立寄券を渡して立寄確認印をもらうことをせず、同店から菓子折りと現金一〇〇〇円を受け取ったことを報告しなかったうえ、被告から預託された予備費(必要経費準備金)四〇〇〇円から駅入場料金一二〇円、電話料金一三〇円を支出したが領収書の整備や観光部係員の小若への報告を怠った。また、原告は、同月二八日には実盛から原告の担当車両に不凍液を入れ、チェーンを積み込むようにとの指示を受けながら、これに従わないまま同三〇日から同年一二月一日にかけて山陰の吉岡温泉に観光客を運んだ。そして、同日は終業点呼をうけないで帰宅した。

3 この様なことのほか、原告には日ごろの勤務態度にも問題となる点があったため、岩木は、同月二日、原告に対し事情聴取や注意するために津高営業所の勤務に就いていた原告を岡南営業所に呼び出した。原告は、呼び出しを受けた際、労働組合の岡南分会会長の森下勇に立ち会ってもらうことにしていたが、岡南営業所で行き違った。

4 原告は、岡南営業所新館二階ガイド勉強室において、同日午後零時一〇分ころから約二時間にわたり、小若、実盛、斉藤、岩木、小野田及び木下から、入れ替わり立ち代わり、前記2の事項や車内の着色蛍光灯を取り外すようにといった日ごろの職務規律違背について事情聴取されるとともに指導注意を受けた。原告は、その間、姿勢をくずしたまま煙草を吸ったりして、質問に対しても沈黙して答えなかったりした。そこで、木下は、三宅常務に事情聴取の模様を報告し、三宅常務は、渡鹿野へ乗務した際の立寄券について報告書をかかせることを指示し、木下が、原告に報告書を作成するよう指示した。

原告は、右指示にしたがい同日午後四時前ころまでかかって報告書(〈証拠略〉)を書いて提出したが、これを読んだ三宅常務は、自ら事情聴取する必要があるとして、同日午後四時ころから、新館一階応接室において、安森、木下、畑、竹内が同席して、引き続き原告から事情聴取した。しかし、原告は、長時間沈黙を続けるなどして反省の色を示さず、また満足のいく回答をしなかったため、三宅常務らは、原告に対し悪感情を抱き、原告の前記2の事項が重大な規律違反であり、懲戒解雇事由に該当するかのように「立寄券は金券と同じだ。」「異性関係、暴力、金銭、この三つはタブーだ。」「諭旨解雇か懲戒解雇かどちらかを選びなさい。」などと発言し、三宅常務は「私はちょっと出ているよ。」といって途中で退席した。

原告がその後なお黙っていると、畑が早く結論を出すように、三宅常務に失礼であるなどという趣旨のことをいったので、原告は、再び三宅常務を呼んでもらったが、三宅常務は「君が私の部下であることが残念だ」などと言われたことから、長時間にわたる事情聴取から早く免れたいとの気持ちもあって、懲戒処分を受けて退職金まで失うよりは退職した方がよいと思い、同日午後五時ころ、自ら退職願を書くことを申し出た。そして、畑が書いて示した書式にしたがってその場で代表取締役社長松田基宛の本件退職願を作成し、畑と一緒に、自席に戻っていた三宅常務のところに持参し手渡した。

前記2の原告の行為は、被告からみても解雇に値するほどのものではなく、原告の退職届提出は予想外のことであったが、三宅常務は原告を慰留することもなく、本件退職届を受けとった。

5 原告は、退職届を提出した後、自分のロッカーの片付けを始めたが、全部は片付けることができず、現在もロッカー内に荷物を置いている。

原告は、一時の感情から衝動的に退職届を出したが、割りきれない思いがして同日友人の藤井健治に相談し、さらに翌三日、労働組合の執行委員長山本利正(以下「山本」と言う。)の意向を受けた執行委員仲前瀬夫(以下「仲前」と言う。)に本件退職届提出に至った経過を話して相談した。その結果、本件退職願は撤回すべきであるということになり、原告は「退職願について御届」と題する書面を作成した。山本と仲前は、同日午前一〇時四〇分ころ、三宅常務を訪ね、原告の退職願の撤回、再入社を打診したが、同常務は「その件ならすでに本社の方へ回っており、どうにもならない。」と言い申出を取り上げなかった。そして、山本は、原告から撤回届を預かり、同日午後四時三〇分ころ岡田営業部長に面会に行ったが、同部長も「この件は本社に回っている。」と言ったため、撤回届を見せることもなく持ち帰った。

6 その後、労働組合の幹部は、被告に対し、原告の退職願撤回を認めるよう要求して、同月四日、五日、八日、一五日と団体交渉をするなどの組合活動を展開したが、被告のいれるところとはならなかった。

7 原告は、その間、同月九日に山本とともに本件退職願の撤回の意向を伝えるため三宅常務のところに行ったが、このとき同常務は出張中のため不在であったので、撤回届が入った封筒に「昭和62年12月9日」と記入し、これを同室の女子職員に手渡して同常務に届けるよう依頼し、同日三宅常務は撤回届を受けとった。

8 被告は、これに対し、同月一一日、原告に対して、代表取締役松田基名をもって、本件退職願の件は同月二日の受理承認によって完了しており、いまさら撤回は認められない旨の通知を発し、同月一二日原告に到達した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果の各一部は、前掲各証拠に照らして採用できない。

三 原告の提出した本件退職願が原被告間の雇用契約関係終了のための合意解約申込みの意思表示であることについて、当事者間に争いはない。ところで、被用者による雇用契約の合意解約の申込みは、これに対して使用者が承諾の意思表示をし、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、被用者は自由にこれを撤回することができるものと解するのが相当である。

そこで本件について検討する。右一及び二の事実によれば、原告は、昭和六二年一二月二日、退職もやむをえないと考え本件退職届を被告に提出したこと、その後労働組合の幹部に相談したところ、退職について考え直し、同月九日に本件退職願の撤回届を被告に提出し、雇用契約の合意解約申入れの意思表示を撤回し、これは同日被告に到達したこと、被告は、同月一二日に至って初めて被告の社長名において原告の退職承諾の意思表示をしたこと、したがって、この承諾は雇用契約の合意解約申入れの意思表示を撤回した後のもので法的意義を有しないものであること、原告の撤回届が本件退職届提出から一週間経過して到達しているが、その間三宅常務や岡田営業部長には山本から原告の退職届の撤回について打診があり、また、労働組合が原告の撤回の意思を伝えて被告と団体交渉を継続していたことが認められ、結局、本件退職届による雇用契約の合意解約申入れの意思表示は、被告の承諾以前に撤回されたもので、使用者である被告に不測の損害を与えるなど信義に反するような特段の事情はないものといえる。

四 そこで、被告の主張について検討する。

三宅常務は常務取締役観光部長として、営業部、観光部、整備部の主任以下の従業員について退職承認を含む人事権を与えられており、同月二日、本件退職願を受理したとき、ただちに承諾の意思表示をした旨主張し、(証拠略)(三宅琢也の陳述書)、(証拠略)(楢村普典の陳述書)、(証拠略)(いずれも畑正志の陳述書)(証拠略)には、右主張に添う「三宅常務は包括的人事権を与えられていた」又は「原告が退職願いを提出したとき、同常務は、『わかりました、認めて処理します』と述べ退職を承認した」旨の記載部分がある。

そこで、三宅常務には被告が主張するような人事権を付与されていたかどうかについて検討してみる。

前掲各証拠と、成立に争いのない(証拠略)によれば、原告が昭和六二年一二月二日作成した本件退職願は、常務宛でなく社長宛となっていること、被告には会社組織上労務部が置かれており、その「業務分掌規程」には明文をもって、従業員の求人、採用、任免等に関する事項は労務部の分掌とされていること、労務部には楢村普典部長以下の職員が配置されており、その統括役員は三宅常務ではなく吉永元二常務取締役であること、右分掌規程には、分掌の運用に当たってはその限界を厳格に維持し、業務の重複および間隙又は越権を生ぜしめてはならない旨規定していること(第三条)、被告は業務分掌規程と職務権限規程とは別個であると主張しながら、職務権限規程について明文で定めたものは存在しないこと、また、権限委譲についても明文で定めたものはないこと、通常の退職願承認の手続は、社長宛の退職届が所属長に提出され、所属の部長、担当常務に渡され、営業所長が退職届を受理すると判断のうえ、営業課の稟議簿に記録し、営業課長、営業所長、自動車部担当常務と順次閲覧の後、本社労務部にまわされ担当の常務取締役、専務取締役によって決済され承認していたことが認められ、これによると結局、三宅常務には同人が統括する観光部、営業部、整備部に所属する従業員の任免に関する人事権が分掌されていたとは解されない。しかも、原告が本件退職願を提出するに至った経過に照らしてみれば、三宅常務が専務取締役石津俊夫との協議を経ることなく単独で即時退職承認の可否を決し、その意思表示をなしえたということはできない。

なお、三宅常務が本件退職願を原告から受け取ったとき、ただちに退職承認の意思表示をした旨の主張については、(証拠略)に照らして採用することはできず、他にこの点に関して被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

五 以上のとおり本件退職願は、昭和六二年一二月九日の撤回届の提出により有効に撤回されたものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告は被告の従業員たる地位を有するということができる。

第二 賃金請求について

一 右のとおり、原告は被告の従業員たる地位を有しているのに、被告が原告の就労を拒否しているのであるから、原告は、昭和六二年一二月三日以降も賃金請求権を有している。

二 そこで、まず原告の請求し得る賃金について検討する。

1 請求原因5(一)の事実は当事者間に争いがない。

2 被告は、繁忙期の給与のみを基礎として平均賃金を算出することは妥当でないと主張するが、閑散期の賃金についての具体的な立証はない。

3 したがって、原告は、被告に対し、昭和六二年一二月以降、毎月二五日限り、金二八万〇八三二円の賃金請求権を有している。

三 次に臨時給について検討する。

1 請求原因5(二)の事実のうち、被告が毎年春期に労働組合との間で団体交渉を行い、能力給、基準内手当の増額および年間の臨時給与について労働協約を締結してきたこと、被告の賃金規程によると年齢給と勤続給は定期昇級となっていること、昭和六二年から平成二年まで、被告と労働組合との間において原告主張の労働協約が締結されていること、平成二年一二月一〇日は経過したことは当事者間に争いがない。

2 右争いのない事実、前掲各証拠及び成立に争いのない(証拠略)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告の昭和六二年一二月二日現在の基準賃金は、年齢給二万〇一七〇円、勤続給四〇〇〇円、能力給一三万八六三〇円からなる基本給と家族手当七九〇〇円、精勤手当一八〇〇円、職務手当二〇〇〇円、食事手当平均一五〇〇円、乗務手当平均三五〇〇円、住宅手当七〇〇〇円、その他の手当一二〇〇円からなる基準内手当二万四九〇〇円の合計一八万七七〇〇円であった(別表〈略〉〈1〉)。

また、原告は、毎年一月一五日に年齢給が一四〇円(平成二年からは一三〇円)、七月一五日に勤続給が五〇〇円自動的に昇給となる。

(二) 被告は、昭和六二年八月八日、労働組合との間で、同年一二月一〇日に冬季臨時給として同年一一月一五日現在の基準賃金の二・五か月分(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)と一律支給の第二住宅手当二万二四〇〇円を支給する旨の労働協約を締結した。原告の同年一一月一五日現在の基準賃金は、同年一二月二日の基準賃金と同一である。

(三) 被告と労働組合は、昭和六三年七月一五日、同年四月以降の賃金について、一人平均七五〇〇円の賃上げをすること、その配分は、定期昇給分五七四円、一律分三〇〇〇円、基本給比例分三三五一円(全組合員の基本給一九万八七九四円であるから比率は〇・〇一六八五六六となる。)、年齢加給分七五円(四六歳以上のものが対象者)、調整給五〇〇円(八〇〇円、五〇〇円、二〇〇円の三段階の平均値)とすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ五月一五日、一一月一五日の基準賃金(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)の二・五か月分とすること、住宅(第二)手当を夏季及び冬季に各二万二四〇〇円とすること、夏季臨時給は同年七月八日仮払いしたので、差額分について同年九月九日に支払い、冬季臨時給は同年一二月九日に支払うことで妥結した。

(四) 被告と労働組合は、平成元年四月以降の賃金について、一人平均九五〇〇円の賃上げをすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ五月一五日、一一月一五日の基準賃金(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)の二・五か月分とすること、夏季臨時給は同年七月一〇日、冬季臨時給は同年一二月八日に支払うことで妥結した。しかし、賃上げの配分については妥結に至っていないが、被告は、定期昇給分五八〇円、一律分二七〇〇円、基本給比例分三四七〇円(全組合員の基本給二〇万二九〇八円であったから比率は〇・〇一七一〇一三となる。)、調整給一〇〇〇円(一五〇〇円、一〇〇〇円、五〇〇円の三段階の中間値)、その他の手当一七五〇円という配分方法により支給している。また、住宅(第二)手当は精励手当とされ、三万円、二万円、一万円の三段階で査定が行われることになり、査定分に一律二四〇〇円が加算されることになった。

(五) 被告と労働組合は、平成二年四月以降の賃金について、一人平均一万二二〇〇円の賃上げをすること、夏季及び冬季の臨時給をそれぞれ基準賃金(ただし、乗務手当は一律三一〇〇円として計算する。)の二・五か月分とすること、夏季臨時給は同年七月一〇日、冬季臨時給は同年一二月一〇日に支払うことで妥結した。しかし、賃上げの配分については妥結に至っていないが、被告は、自動昇給分五七六円、一律分三〇〇〇円、基本給比例分四九二四円(全組合員の基本給二〇万九一一八円であったから、比率は〇・〇二三五四六五となる。)、調整給一五〇〇円(二一〇〇円、一五〇〇円、九〇〇円の三段階の中間値)、その他の手当二二〇〇円という配分方法により支給している。精励手当は前年と同様である。

3 昇給制度や精励手当等の支給は、具体的な個人に対して査定による加減を行うものではあるが、被告によって就労を拒否された結果査定の基礎となる資料、実績などを欠いている本件においては、原告は少なくとも平均昇給率及び平均値、中間値の限度において労働協約の効力を享受すべきものと解するのが相当である。

したがって、原告の賃上げは、昭和六三年が、一律分三〇〇〇円、基本給比例分二七四〇円(一六万二八〇〇円×〇・〇一六八五六六、一〇円未満切捨て)、調整分五〇〇円の合計六二四〇円(別表〈3〉)となり、平成元年が、一律分二七〇〇円、基本給比例分二九〇〇円(一六万九八二〇円×〇・〇一七一〇一三、一〇円未満切捨て)、調整分一〇〇〇円、その他の手当一七五〇円の合計八三五〇円(別表〈6〉)となり、平成二年が、一律分三〇〇〇円、基本給比例分四一六〇円(一七万七〇五〇円×〇・〇二三五四六五、一〇円未満切捨て)、調整分一五〇〇円、その他の手当二二〇〇円の合計一万〇八六〇円(別表〈9〉)となる。

そうすると、原告の昭和六二年冬季臨時給、昭和六三年の夏季及び冬季臨時給、平成元年の夏季及び冬季臨時給、平成二年の夏季及び冬季臨時給の額は別紙(略)計算記載のとおりとなる。

4 以上によれば、原告は、三六八万一三五〇円の臨時給請求権を有していることになる。

第三 結論

よって、原告の本訴請求は、従業員たる地位の確認、昭和六二年一二月二五日以降毎月二五日限り一か月金二八万〇八三二円の賃金請求、臨時給金三六八万一三五〇円及びこれに対する履行期後の平成二年一二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、認容し、その余は理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。