新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1208、2012/1/11 12:27 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【相続・死後認知・遺贈の実現と遺言執行者の必要性】

質問:私は、いわゆる未婚の母で、1人息子がいます。しかし、その息子は父親から認知をうけていません。私はその父親から遺言書を預かっていました。その後、父親は死亡したとの連絡を受けました。私は、その保管していた遺言書を家庭裁判所で検認手続きをしました。すると、その遺言書には、その所有する不動産は私に遺贈することにし、息子は認知するという記載がなされていました。しかし、遺言執行者については記載されていませんでした。なお、その不動産には、父親の死亡後相続人であると主張して父親の弟が住み込んでいます。今後どのような手続きをすべきでしょうか?

回答:
1.遺言による認知も有効です(民法781条2項)。但し、認知は戸籍法の定めるところによる届出によって行われる必要があり(民法781条)、戸籍法は遺言執行者が届け出ると規定していますから(戸籍法64条)、遺言執行者がいない場合は、遺言執行者の選任の申し立てを家庭裁判所に申し立てる必要があります。この申立は利害関係人が行うことができますから、認知される息子が申立人となり、母親はその法定代理人として申し立てることになります。また、この場合の管轄裁判所は亡くなった被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です(家事審判規則125条、120条)。選任された遺言執行者はその就職の日から十日以内に、認知に関する遺言の謄本を添附して、その届出をする必要があります(戸籍法64条)。
2.遺言は遺言者の死亡により効力を生じますから、不動産の遺贈は、あなたが承認すれば当然に効力を生じます(民法986条 特定遺贈であり、遺言により行われる単独行為ですが受遺者の意思を尊重して放棄もできます。)。従って、不動産の所有権は特に手続きをしなくてもあなたに移転し、あなたは不動産の所有者となります。但し、これは法律上の権利についてということですから、遺贈を原因とする所有権移転登記手続きや不動産の引き渡しという問題は残ります。所有権移転登記等は相続人を相手に行うこともできます。ご相談の場合は認知の関係で遺言執行者が必要になりますから、選任された遺言執行者に対して、移転登記と引き渡しを請求することになります。遺言執行者が選任されていなければ、相続人に対して請求することができます。
3.参考として当事務所事例集985番800番参照。

解説:
1 (遺言と遺言執行者の必要性・遺言内容により必ず必要な場合)
  遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために一定の行為がさらに必要な事項について、その内容を遂行するために職務権限を有するものです(民法1006条乃至1020条)。なぜ執行者が必要かというと、この世にはもはや存在しない遺言者の最終意思を適正、公平、正確、円滑に実現するためです。本来の権利承継者である相続人に任せておいては、利害関係の対立等から遺言者の意思の実現が円滑に行われない危険があるからです。
  遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生じます(民法985条1項)。遺言は、遺言者の単独でする意思表示ですから、その効力を生じるということは単独行為である意思表示として効果が生じるということになります。従って、意思表示だけで効力が生じることについては、特に執行ということは必要になりません。しかし、意思表示が効力を生じただけでは一定の効果が発生しない場合があり、その場合は遺言の執行が必要になります。

  遺言の効力発生と同時に当然に遺言内容が実現されてなんら手続きが必要ない場合としては、未成年者の後見人の指定、遺産分割の禁止、相続分の指定、特別受益の持戻しの免除などがあげられます。遺言を執行する手続きが必要な場合において、さらに遺言執行者だけが執行できるものと遺言執行者だけでなく相続人も、いずれでも執行できるものに分けられます。遺言執行者だけが執行できるものとしては、子の認知、推定相続人の廃除又はその取消しがあげられます。他の相続人にも相続分の関係で大きい影響があるからです。認知は、重要な身分関係の公的事項であり、戸籍法による届け出が必要な要式行為ですから(民法781条)、遺言による場合も遺言執行者が亡くなった認知者に代わり手続きを行います。

  遺言執行者と相続人いずれもができるものとしては、遺贈(死因贈与契約も遺贈と同様に取り扱われます。民法554条)、財団法人設立のための寄付行為、信託などがあげられます。遺言の内容の実現のためには、遺言の内容に遺言執行者だけが執行できるものを含む場合には、遺言執行者が必要になります。また、相続人でも執行が出来る場合であっても、共同相続で、相続人が多くいる場合には全員の了解が必要になりますし、一人でも相続人の協力が困難な場合には相続人ではできないことになりますから、遺言執行者を選任した方が遺言の執行が迅速円滑に行われる場合が多いと言えるでしょう。

2 (遺言執行者の選任手続き)
  そこで、次に遺言執行者の選任の方法について説明します。まず、遺言に遺言執行者の指定又は指定の委託の記載があるか確認します。遺言において、遺言執行者の指定または指定の委託がなされていれば、その指定された者、あるいは指定の委託を受けた第三者に指定された者が、承諾した場合にはその者が遺言執行者に就職することになります(民法1006条、1007条)。具体的には、まず遺言執行者に指定された方に至急連絡をとり、遺言書を見せて遺言執行者に就任してもらい、手続きを進めてもらうことになります。
  遺言執行者の記載がない場合、又はその者がなくなったときは、家庭裁判所に遺言執行者の選任審判の申立をすることになります(民法1010条)。家庭裁判所は、遺言執行者選任審判の申立を受けて、遺言が外形上一見して無効が明らかな場合や遺言の内容が遺言の効力発生と同時に当然に実現され執行行為が必要ない場合の外は、遺言執行者の候補者の意見聴取した上で、遺言執行者の選任をします(東京高裁昭和27年5月26日決定)。なお、家庭裁判所は相続財産の状況を考慮して報酬を決めることもします(民法1018条)。

3 (遺言執行者の職務)
  選任された遺言執行者は、遺言の内容を実現すべく執行を行います。そのために、遺言執行者は相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法1012条)。遺言の具体的な内容によって、遺言執行者の執行の仕方は異なります。遺言の内容が推定相続人の廃除のときは、遺言執行者は家庭裁判所に推定相続人排除の審判を申立てて、その審判を受けて、届出をします。また、遺言の内容が財産の処分に関するものであるときは、遺言執行者は財産目録を調整した上で、遺言の内容に従った財産の引渡しなどを行います。相続財産を不法に占有している者がいる場合で、任意の協力が得られない時には、遺産引渡請求訴訟などの法的措置をとることもあります。さらに、遺言の内容が認知であるときは、遺言執行者は就職の日から10日以内に遺言の謄本を添付して認知の届出をします。子供が成年者である場合には、その承諾を得て承諾書を添付して届出をします。

4 (遺言執行者の辞任、解任)
  遺言執行者が任務を怠るなど解任をする正当の事由があるときは、相続人などの利害関係人は、家庭裁判所に遺言執行者の解任を請求することができます。具体的には、解任事由を記載した申立書などの必要書類を添付して遺言執行者解任審判の申立をすることになります。解任の正当事由としては、具体的には、遺言執行者が一部の相続人の利益に加担しすぎて公正な遺言の実現が期待できない場合があげられます。しかし、遺言執行者が相続人と遺言の解釈が違うなどでは正当事由とはいえないと思われます。家庭裁判所は、遺言執行者の陳述を聴取した上で解任が正当か否か審理します。
  また、遺言執行者は、老齢、疾病、公務の多忙など正当の事由のあるときは、家庭裁判所の許可を受けて、辞任することが出来ます。具体的には家庭裁判所に遺言執行者辞任許可の審判を申し立てることになります。

5(本件の検討)
  ご質問の事例を検討いたしますと、本件遺言の内容のうち、息子さんの認知は、遺言執行者だけが執行することができるものです。しかしながら、本件遺言には遺言執行者についての指定がなされていません。したがって、まずあなたは相続開始地(被相続人が亡くなった最後の住所地)の家庭裁判所に遺言執行者選任の申立をして、遺言執行者の選任を求めるべきです。そして、家庭裁判所によって選任された遺言執行者に息子さんの認知の手続きを執行してもらうことになります。
  次に不動産の遺贈についても遺言の内容にしたがった執行を求めることになります。息子さんが認知されましたら、息子さんが父親の相続人となり、父親の弟はもはや相続人ではなくなり、遺留分もありませんので、本件不動産を占有する権限はなくなります。このようなことから、遺言執行者は弟に対して本件不動産の任意の明渡しを求め、仮に明渡しを拒んだ場合には、明渡請求訴訟をすることになります。

≪参照条文≫

民法
(遺贈の放棄)
第九百八十六条  受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる。
2  遺贈の放棄は、遺言者の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
(包括受遺者の権利義務)
第九百九十条  包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する。
(遺言執行者の指定)
第1006条 遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
《改正》平16法147
2 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
(遺言執行者の任務の開始)
第1007条 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
(遺言執行者の選任)
第1010条 遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。
《改正》平16法147
(相続財産の目録の作成)
第1011条 遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
《改正》平16法147
2 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。
《改正》平16法147
(遺言執行者の権利義務)
第1012条 遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
《改正》平16法147
2 第644条から第647条まで及び第650条の規定は、遺言執行者について準用する。
(遺言執行者の報酬)
第1018条 家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りでない。
《改正》平16法147
2 第648条第2項及び第3項の規定は、遺言執行者が報酬を受けるべき場合について準用する。
(遺言執行者の解任及び辞任)
第1019条 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
《改正》平16法147
2 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。

家事審判規則
第百二十条 遺言に関する審判事件は、相続開始地の家庭裁判所の管轄とする。
2 遺言の確認の申立は、前項の規定による外、遺言者の住所地の家庭裁判所にもこれをすることができる。
第百二十五条 第八十三条第一項の規定は、遺言執行者の選任について準用する。

戸籍法
第六十四条  遺言による認知の場合には、遺言執行者は、その就職の日から十日以内に、認知に関する遺言の謄本を添附して、第六十条又は第六十一条の規定に従つて、その届出をしなければならない。

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