新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1211、2012/1/13 12:26 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm

【民事・借地の地代協議の特約と地主の一方的賃料値上げ請求・最高裁昭和56年4月20日判決・民集35巻3号656頁】

質問:私は建物を建てる目的で土地を賃借しています。ところで,土地賃貸借契約には,将来の賃料は賃貸借の当事者が協議して定める旨の約定が記載されています。しかし,地主は協議を経ないで賃料増額の意思表示をしてきました。かかる賃料増額の意思表示は,特約に違反して無効ではありませんか?

回答:
1 地主の賃料増額請求は,特約に違反して無効とはなりません。このような特約も有効ですが,借地法12条1項,借地借家法11条1項で地代の増額請求が認められ,これらの規定が強行法規とされていることから,特約もこれらの規定に反しない限りでの効力しかないと考えられています。
2 賃料増額請求があったからといって,その請求通り増額が認められることにはなりませんから,増額請求を受けて地代について協議をすることになるでしょう。協議が整わない場合は地主から地代増額の調停が申し立てられ,調停手続きで合意に至らなければ不調ということで手続きは終了し,その後地主から訴訟が提起され,裁判所で地代の増額の妥当性,増額が妥当だとしてその金額が判断されることになります。
3 借地借家法に関連して,当事務所事例集1162番1123番1121番1108番1105番1083番1057番1041番1037番1029番1023番954番951番940番822番747番695番689番678番623番570番552番420番346番220番138番136番124番105番参照。

解説:
1 (問題点の指摘・地代の増減協議の特約と借地法12条1項・借地借家法11条1項の関係)
(1)賃貸借契約の賃料に関しては,契約ですから,原則として,賃貸借の当事者の協議により定めるべき性質のものです。そして土地の賃貸借契約は契約期間が長期にわたることから,経済状況の変化が著しい場合は,地代が適正な金額とは言えないことになる可能性があります。その場合も,協議により新しい地代を決めるのが原則ですが,不利益を被る当事者は協議に応じない可能性があります。賃料の改定に関する特約も,当事者の合意により賃料は定められるべきものであることを前提に,将来の紛争の未然の防止に役立つこと,将来の収益性などが予測できることなどから,設けられたもので一般的に有効であると考えられています。
  しかし,借地法12条1項,借地借家法11条1項は,「地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。」と規定し,地代の増額(減額)請求権を認めています。そこで,先の特約はこの地代の増額請求権を制限する効力があるのか問題となります。

(2)この規定は実質的に強行法規としての性格を有し,たとえと契約当事者の合意(特約)があっても,この規定を否定することはできないと解されています。
  そこで,具体的な特約の効力については,当該賃貸借契約の内容及び諸般の事情を考慮して判断することになります。そして,借地法12条1項,借地借家法11条1項の強行法規性から考えて,特約が存在する場合でも,当事者には賃料増減請求の機会を与えて,その手続きのなかで,特約が定められるに至った事情を考慮して,賃料の増減の当否を判断すべきものと考えられています。

(3)ここで解釈の基準となる強行規定について説明しておきます。強行法規(強行規定)とは,公平の原則や公序良俗や信義則など民法(私法)の基本原則に基き定められた条文であって,当事者間が契約書などで特約を定めて適用を排除しようとしても,その特約が無効と解釈されてしまう規定です。民法の原則には,「契約自由の原則」もありますが,どのような契約でも際限なく自由に定めることができることになってしまうと,有名なシェークスピアの戯曲「ベニスの商人」のように「返済が遅れたときは肉1ポンドを以って支払う」というような主張もなし得ることになってしまいます。このような恣意的な法律の主張は,「法の支配」の原理(正義にかなう公正公平な法律によりすべての法律関係は規律されること。)に照らして自ずから限界があることになります。その限界について定めた規定が,強行法規(強行規定)です。
  契約自由の原則は,法の理想を実現するための制度的手段という性格から常に,信義誠実の原則,権利濫用禁止の法理により内在的に制約されています(民法1条,憲法12条等)。強行規定は,借地借家法 16条の様に条文で明示されている場合もありますし,借地借家法11条1項の様に条文には「反する特約は無効」と明示されていないものの,文理解釈や反対解釈や条理解釈などの法解釈を加えることにより強行規定とされる場合もあります。 借地借家法11条1項の場合には,「契約の条件にかかわらず」という言葉もありますし,但し書きで一定期間の特約の有効性が規定されていますので,間接的に一定期間を超える特約は無効と読むことが可能となっており,比較的わかりやすい強行規定と言えます。

  以上が強行規定となる実質的理由ですが,建物所有を目的とする借地契約関係は,一般の取引関係と異なり,契約自由の原則に任せておくことはできません。借地契約は継続的性格があり借地人の生活権の中心をなすものですが,地主の方が,地代確保を目的とする権利の性格上,経済的に,情報力,交渉力において圧倒的に有利な地位にありますから,借地人の居住権,生活権を保障し,地主側と常に対等に契約できるように規律するのが,公正な法の原理(法の支配)にかなうものです。従って,民法の特別法として,借地法,借家法,借地借家法等を規定し,当事者の意思によっても変更できない強行法規が必要となります。第一に借地人の借地権を保護し,次に地主の利益も調和して土地の有効利用を促進して最終的に公正公平な社会秩序を建設,維持しようとしています。従って,強行法規が明文化されていない場合は,以上の趣旨から解釈することになります。

2 この点に関し,同種の事案の判例があります。すなわち,「土地の賃貸借契約の当事者は,従前の賃料が公租公課の増減その他の事由により不相当となるに至つたときは,借地法一二条一項の定めるところにより,賃料の増減請求権を行使することができるところ,右の規定は強行法規であつて,本件約定によつてもその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和二八年(オ)第八六一号同三一年五月一五日第三小法廷判決・民集一〇巻五号四九六頁参照)。そうすると,本件約定は,賃貸借当事者間の信義に基づき,できる限り訴訟によらずに当事者双方の意向を反映した結論に達することを目的としたにとどまり,当事者間に協議が成立しない限り賃料の増減を許さないとする趣旨のものではないと解するのが相当である。そして,賃料増減の意思表示が予め協議を経ることなく行なわれても,なお事後の協議によつて右の目的を達することができるのであるから,本件約定によつても,右の意思表示前に必ず協議を経なければならないとまでいうことはできない。また,当事者相互の事情によつて協議が進まない場合においては,本件約定は,当事者が訴訟により解決を求めることを妨げるものではないのであつて,右のような場合でも当事者は協議を尽くすべき義務を負い,これに違反すると先にした増減請求の意思表示は無効となると解すべきものではない(最高裁昭和四一年(オ)第二八五号同四一年一一月二二日第三小法廷判決・裁判集八五号二四三頁参照)。

  しかるに,原判決が,前記の事実関係を認定しただけで,上告人に本件約定の違反があるとし,その賃料増額の意思表示の効力を否定したことには,ひつきよう,賃料の増減請求権に関する法規及び本件約定の解釈適用を誤つた違法があるものというべく,右の意思表示の効力が肯定され賃料の増額が認められれば,増額賃料のうち一か月六四九〇円の割合による被上告人の弁済供託額を超える部分の請求を認容すべきこととなる。」と判示しています(最判昭56・4・20民集35・3・656)。
  このように建物所有を目的とする土地の賃貸借契約において将来の賃料は当事者が協議して定める旨の約束がされた場合,この様な特約は有効ですが,当事者が賃料増額の意思表示前に予め協議を経ず,また,意思表示後の協議が当事者相互の事情により進まないため更にその協議を尽くさなかったからといって,賃料増額の意思表示が無効となるものではないと解されています。

3 以上のように,借地法12条1項,借地借家法11条1項は強行法規と考えられており,借地当事者間の迅速な適正賃料の決定をし,もって当事者間の公平を図るという借地法12条1項,借地借家法11条1項の制度趣旨から,合理的な理由もなく賃料増額の意思表示を制限する特約は借地法12条1項,借地借家法11条1項に違反し無効であると考えられます。したがって,本件大家が協議を経ないで賃料増額の意思表示をしてきたことも無効ではありません。相談者としては,とりあえずは,増額請求に対して根拠が無いことを主張して反論し,従前の賃料を支払えば良いことになっています。地主が増額の請求を維持する場合は,調停を申し立てる必要がありますから,借地人としては待っているしかないでしょう。
  調停になった場合は,賃料増額の不当性(従来の賃料の変化の経緯,周囲の地代との比較,特約の経緯)などを主張する必要があります。通常は,増額を請求する地主側から,不動産鑑定士が作成した地代についての鑑定書が提出されますので,それに対する反論を用意する必要があるでしょう。

≪参照条文≫

借地借家法
(地代等増減請求権)
第十一条  地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし,一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には,その定めに従う。
2  地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは,その請求を受けた者は,増額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし,その裁判が確定した場合において,既に支払った額に不足があるときは,その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3  地代等の減額について当事者間に協議が調わないときは,その請求を受けた者は,減額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の地代等の支払を請求することができる。ただし,その裁判が確定した場合において,既に支払を受けた額が正当とされた地代等の額を超えるときは,その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
第 十六条(強行規定)第十条,第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは,無効とする。

借家法
第12条 地代又ハ借賃カ土地ニ対スル租税其ノ他ノ公課ノ増減若ハ土地ノ価格ノ昂低ニ因リ又ハ比隣ノ土地ノ地代若ハ借賃ニ比較シテ不相当ナルニ至リタルトキハ契約ノ条件ニ拘ラス当事者ハ将来ニ向テ地代又ハ借賃ノ増減ヲ請求スルコトヲ得
但シ一定ノ期間地代又ハ借賃ヲ増加セサルヘキ特約アルトキハ其ノ定ニ従フ
2 地代又ハ借賃ノ増額ニ付当事者間ニ協議調ハサルトキハ其ノ請求ヲ受ケタル者ハ増額ヲ正当トスル裁判ガ確定スルニ至ルマテハ相当ト認ムル地代又ハ借賃ヲ支払フヲ以テ足ル但シ其ノ裁判ガ確定シタル場合ニ於テ既ニ支払ヒタル額ニ附則アルトキハ不足額ニ年1割ノ割合ニ依ル支払期後ノ利息ヲ附シテ之ヲ支払フコトヲ要ス
3 地代又ハ借賃ノ減額ニ付当事者間ニ協議調ハサルトキハ其ノ請求ヲ受ケタル者ハ減額ヲ正当トスル裁判ガ確定スルニ至ルマデハ相当ト認ムル地代又ハ借賃ノ支払ヲ請求スルコトヲ得
但シ其ノ裁判ガ確定シタル場合ニ於テ既ニ支払ヲ受ケタル額ガ正当トセラレタル地代又ハ借賃ヲ超ユルトキハ超過額ニ年1割ノ割合ニ依ル受領ノ時ヨリノ利息ヲ附シテ之ヲ返還スルコトヲ要ス

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