新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:先日インターネットショッピングをした際に,ずっと探していた人気のバッグを見つけたのですぐに購入を決めたのですが,入力の際に慌ててしまい,隣に表示されていた全く別のアクセサリーの購入ボタンをクリックしてしまいました。私が欲しかったのはずっと探していたバッグであって,隣にあったアクセサリーを買うつもりはありません。クリックミスをした私も悪いのですが,アクセサリーの代金を払わなくてはならいのでしょうか。 解説 2 重過失 3 電子消費者特例法による修正 このような画面で確認の措置が講じられていたかどうか,措置が講じられていたとして,その措置が利用者において意思の確認ができるようなシステムになっていたかどうか問題となります。この様な措置が取られていると認められる場合,重過失の有無が問題となりますが,十分な確認措置が取られているのが前提ですから,その上でボタンをクリックした以上,重過失が無いと主張することは一般的には困難といえるでしょう。いずれにしろ,この点は具体的に検討が必要です。ご自身での判断が難しいようでしたら,法律の専門家である弁護士に一度相談してみるとよいかもしれません。 4.(関連判例の検討) 東京高等裁判所平成20年(行コ)第108号 判旨抜粋 《参照条文》 民法 電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律
No.1215、2012/1/18 14:09
【民事・インターネット取引の錯誤と平成13年成立電子消費者特例法】
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回答
1.インターネットによる商品の購入も,法律上は売買契約ですから,ご相談の場合,アクセサリーの売買契約が成立しているのか,という問題になります。 インターネットでの注文に際して,あなたの内心(バッグを買う)と表示(アクセサリーを買う)に食い違いがあったということですが,この様に真意と違って契約をしてしまった場合,民法では錯誤といって,それが重要な点について存在する場合は,「要素の錯誤」と言って契約は無効になると規定されています(民法95条)。バッグを買うつもりだったのに全く違うアクセサリーを選んだのですから要素の錯誤として契約は無効となります。
2.但し,あなたに重過失があれば錯誤無効の主張はできないという規定があります(同法ただし書)。そこで,クリックミスに重過失があったか問題となりますが,事業者と個人消費者の間のインターネットショッピングのような電子的商取引においては,事業者側が消費者の意思の有無について確認を求める措置(確認画面へのクリック要求措置)を講じていない場合には,民法95条ただし書の規定は適用されません(電子消費者特例法3条)。そのため,事業者が確認措置を講じていない場合や,確認措置を講じていたとしても,その確認措置が不十分だったりした場合は重過失がないとされ,錯誤無効を主張できることになります。
3.錯誤について事務所事例集1093番,682番参照参照。
1 錯誤無効
契約については,自分の意思で契約(約束)したことは守らなくてはならず,守らなければ,法律で強制するというのが,民事法の大原則です。ですから自分の意思と違った契約が外形上締結されてしまった場合は,本来は契約は成立せず,法的な効力はないことになっています。この理屈は,私的自治の原則,契約自由の原則の大前提となるものです。このように契約を成立させる意思に問題がある場合の一つとして,民法95条で錯誤無効という制度が設けられています。
錯誤とは,内心的効果意思(内心の意思)と表示との不一致を表意者が知らないことをいいます。言い間違い,書き間違いなど,表示意思と表示行為の間に錯誤がある場合は,いわゆる表示上の錯誤として,錯誤にあたります。インターネットショッピングでバッグが欲しいという内心がありながら,その隣に表示されている全く別の商品の購入ボタンをクリックしてしまい,その食い違いを注文者が認識していない状態は,この表示上の錯誤として錯誤にあたるものと考えられます。
錯誤がある場合に無効主張(民法95条本文)ができるためには,「法律行為の要素」に錯誤があることも必要となります。これは,表意者が意思表示の内容の主要な部分とし,この点について錯誤がなかったら表意者は意思表示をしなかったであろうし,意思表示をしないことが一般取引の通念に照らして至当と認められるものをいいます。バッグを買うつもりでいたのに,全く別のアクセサリーの購入ボタンをクリックしようとしていることに気づけば,もちろんその本人はアクセサリーは買わないでしょうし,一般取引通念上もそうすることが通常と考えられますので,この場合は「法律行為の要素」に錯誤があるものと考えられます。
要素に錯誤があるとした場合でも,表意者に重過失がある場合には,錯誤無効を認めて表意者を保護すべきとはいえませんので,錯誤無効の主張はできなくなります(民法95条ただし書)。相手方は,有効な契約が締結されたと信じて経済行為を行う訳ですから,不注意のあった場合は錯誤無効は主張できないことになります。そして,ここで言う重過失とは,通常人であれば注意義務を尽くして錯誤に陥ることはなかったのに,著しく不注意であったために錯誤に陥ったことをいいます。
最近では,インターネットショッピングなどの普及が進み,電子的な方法を用いた新しい契約の仕方が増えています。このような新しい方法による契約についても,基本的には民法の規定で処理されることになりますが,事業者と消費者間の立場の違いや,簡便である反面操作ミスが生じやすいという電子商取引の特性から,又,事業者が故意に消費者の操作ミスを誘発するような営業形態(アダルトサイト等)を利用して不当なサービス料金を請求するような事態が生じ,事業者と個人消費者間の電子商取引について,公平,公正な取引を保証するため平成13年6月電子消費者特例法(電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律)が成立し,民法の原則を修正しています。
すなわち,電子消費者特例法3条は,@消費者が,意思表示を行う意思が全くないにも関わらず,操作ミスにより意思表示をしてしまった場合,A操作ミスにより内心の意思と異なる内容の意思表示をしてしまった場合には,原則として,民法95条ただし書の規定を適用しないものとし,他方,事業者側が,消費者の意思表示に際して意思の有無について確認を求める措置を講じた場合等には,民法95条ただし書の規定が適用されるとしているのです。
事業者側が講ずべき措置としては,例えば,@消費者が,意思表示を行う意思が全くないにも関わらず,操作ミスにより意思表示をしてしまった場合に備えて,購入ボタンが存在する画面上に意思表示の内容を明示し,そのボタンをクリックすることで意思表示となることを消費者に明確に認識させる画面を設置すること,A操作ミスにより内心の意思と異なる内容の意思表示をしてしまった場合に備えて,最終的な意思表示となる購入ボタンを押す前に,申込みの内容を表示し,そこで訂正する機会を与える画面を設置することなどが考えられます。
平成20年7月23日第23民事部判決 (過少申告加算税賦課決定処分取消請求控訴事件)
本件は,不動産の譲渡したものが,国税庁のインターネットホームページを利用して,申告書を作成し提出したが,ホームページの内容を誤解して譲渡所得の損益通算の計算を間違い,税務署から申告後過少申告加算税を課せられたが,このような過少申告は,国税庁のインタネートホームページの表示に不備があるので,電子契約法の趣旨から加算税を課すことができないと争った事件です。電子契約法は事業者と消費者の電子取引において消費者を保護する法律であるから,譲渡所得の申告関係とは無関係であると裁判所は判断しています。
「なお,原告(控訴人)は,本件について国税通則法65条4項にいう正当な理由の有無を考えるに当たって,電子契約法の趣旨も十分に考慮する必要がある旨主張するが,電子契約法は,事業者と消費者間の電子商取引において,電子計算機の映像面を介して締結される契約を対象にしている法律であって,本件の所得税法の規定に基づき確定申告書を作成して提出する申告納税制度とは,趣旨や目的が全く異なるのであり,納税者等の行う申告書作成の便宜のために行政サービスとして設けられた本件作成コーナーの利用について,電子契約法の趣旨が及ぶものとはいえない。原告の主張は,独自の見解にすぎず,採用の限りでない。」
(錯誤)
第九十五条 意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。
(電子消費者契約に関する民法の特例)
(趣旨)
第一条 この法律は,消費者が行う電子消費者契約の要素に特定の錯誤があった場合及び隔地者間の契約において電子承諾通知を発する場合に関し民法 (明治二十九年法律第八十九号)の特例を定めるものとする。
(定義)
第二条 この法律において「電子消費者契約」とは,消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって,事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うものをいう。
2 この法律において「消費者」とは,個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいい,「事業者」とは,法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3 この法律において「電磁的方法」とは,電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法をいう。
4 この法律において「電子承諾通知」とは,契約の申込みに対する承諾の通知であって,電磁的方法のうち契約の申込みに対する承諾をしようとする者が使用する電子計算機等(電子計算機,ファクシミリ装置,テレックス又は電話機をいう。以下同じ。)と当該契約の申込みをした者が使用する電子計算機等とを接続する電気通信回線を通じて送信する方法により行うものをいう。
第三条 民法第九十五条 ただし書の規定は,消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について,その電子消費者契約の要素に錯誤があった場合であって,当該錯誤が次のいずれかに該当するときは,適用しない。ただし,当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が,当該申込み又はその承諾の意思表示に際して,電磁的方法によりその映像面を介して,その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は,この限りでない。
一 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該事業者との間で電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を行う意思がなかったとき。
二 消費者がその使用する電子計算機を用いて送信した時に当該電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示と異なる内容の意思表示を行う意思があったとき。