通常郵便物の紛失と郵便事業者の賠償責任

民事|オークショントラブル|危険負担

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

先日,インターネットのオークションで商品を出品し,落札者が出たので,郵便局のレターパックで商品を発送しました。ところが先方から,商品が届かないと連絡があり,代金を支払ってもらえません。郵便局に問い合わせたところ,調査すると言われ,待たされています。商品はコレクション的価値のある書籍や写真等で,落札代金額は5万円でした。仮に郵便局による紛失と明らかになった場合,代金分を郵便局に弁償してもらえますか。品物が届かなくても,落札者に代金を請求することはできますか。

回答:

1 レターパックで送付した郵便物については,亡失・毀損の場合でも,郵便事業株式会社に対して損害賠償請求はできません。高価なものを送付する場合には,書留郵便等,万が一の場合の補償を考えたサービスを選択することをお勧めします。

2 落札者に対して請求できるか否かは,落札の条件にもよりますが,レターパックで郵送するという約束であれば,あなたとしてはできる限りのことはしているわけですから,民法534条で定める「その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し」た場合に該当し,引渡し債務の債権者である買主が滅失について危険負担することになります。

3 オークショントラブルに関する関連事例集参照。

解説:

1 (郵便の法的性質)

郵便の利用は,郵便物の運送を内容とする請負契約の一種と考えられ,2007年のいわゆる郵政民営化により郵便事業の主体が国から郵便事業株式会社へ移管されてからは,私人間の契約であるといえます。ただ,郵便事業の高度の公共性を維持する観点から,その契約内容は郵便法を始めとする法令で細かく規制されており,さらに各種約款により契約内容そのものも詳細に構成されています。国民すべてに低廉,迅速に通信の自由,通信の秘密保持を保障する必要があり(憲法21条),これを制度的に維持するためには,その目的から取引の一般原則を修正する必要が生じます。この規制の内容は国営時代と民営化後とで基本的に同様であるため,利用者にとって,実際上の違いは大きくありません。

2 (郵便物の紛失と損害賠償)

郵便物が届かず,紛失してしまうという事故はまれにあります。この場合,誰がどのように責任を負うのでしょうか。まず,民法の原則から考えてみましょう。

郵便の利用の契約は,差出人が郵便物を差し出した時に,差出人と郵便事業株式会社との間で成立します(内国郵便約款4条)。この契約に基づき,差出人は料金を支払う義務を負い,郵便事業株式会社は配達等の郵便の役務を提供する義務を負います。郵便物が配達途中に紛失された場合には,郵便事業株式会社が郵便の役務をその本旨に従って提供しなかったものといえるので,契約違反の問題として,債務不履行に基づく損害賠償を請求できるというのが,民法の原則です(民法415条)。

また,郵便物の紛失が故意又は過失による場合には,不法行為として,民法709条に基づく損害賠償請求も考えられます。

しかし,以上のような民法の原則は,郵便法の規定により修正される形をとっています。すなわち,債務不履行の構成をとるか不法行為の構成をとるかを問わず,①紛失の場合に損害賠償の対象となるのは原則として書留郵便と簡易書留郵便だけであり,②損害賠償額は申出のあった額(簡易書留ではつねに5万円)を上限とする実損額とし,③損害賠償の請求権者は差出人又はその承諾を受けた受取人のみであるとされています。つまり,損害賠償の要件も範囲も,民法の原則より大幅に制限され,その分郵便事業株式会社の責任が緩和されているのです。

3 (郵便法違憲判決)

実は,このような大幅な免責規定に対しては,郵便事業の国営時代に,最高裁の違憲判決が出ています。最高裁平成14年9月11日大法廷判決は,当時の郵便法68条・73条(現在の50条・55条)が損害賠償の範囲を制限し,上記①~③以外の例外を認めていなかったことについて,行き過ぎた免責であり,国の不法行為による賠償責任の原則を定めた憲法17条(国,地方公共団体の賠償責任)に違反すると判断しました。

ただし,最高裁は上記のような免責が全て違憲だと言ったわけではありません。上記①~③自体については,最高裁は,「限られた人員と費用の制約の中で日々大量の郵便物をなるべく安い料金で,あまねく,公平に処理しなければならないという郵便事業の特質」を考慮すると,そのような免責もやむをえないと述べています。しかし,当時の郵便法では,上記①~③の場合以外には,たとえ故意や重過失がある場合でも,一切損害賠償をしなくてよいことになっており,最高裁はその点を問題視しました。

最高裁は,「しかしながら,上記のような記録をすることが定められている書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づき損害が生ずるようなことは,通常の職務規範に従って業務執行がされている限り,ごく例外的な場合にとどまるはずであって,このような事態は,書留の制度に対する信頼を著しく損なうものといわなければならない。そうすると,このような例外的な場合にまで国の損害賠償責任を免除し,又は制限しなければ法一条に定める目的を達成することができないとは到底考えられず,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為についてまで免責又は責任制限を認める規定に合理性があるとは認め難い。」と述べ,郵便法の免責規定のうち,書留郵便について故意重過失により損害が生じた場合にまで免責を認める部分は違憲であると判断したのです。

この違憲判決を受けて,郵便法は,④書留郵便物等の一定の郵便物(記録郵便物)ついて,郵便業務従事者の故意又は重過失により損害が生じた場合には,①~③に関わらず損害賠償請求ができるように改正されました。この改正により,最高裁が違憲と判断した問題点はクリアされたことになります。理論的には,最高裁の判断よりも厳しい合憲性判断はありえるので,郵便法の免責規定から違憲問題が完全に解消したとまではいえませんが,現実の司法判断としては当面,合憲であるとの結論は動かないでしょう。改正後の郵便法の規定は,民営化された後も同様の内容を維持しています。

4 (約款の法的性質)

現在では,内国郵便約款153条~160条が,上記の郵便法による免責規定をさらに具体化して定めています。

約款とは,一連の契約条項を予め定めておいて,契約が成立するとそれらが全て適用されるというもので,一般消費者を相手に定型的な取引を大量に行う事業者(鉄道,保険,銀行,電気通信等)に広く用いられています。

約款は契約に際して予め示され,その内容に不満があれば契約しないことも自由であるという建前のものですから,基本的に拘束力が認められています(大審院大正4年12月24日判決は,当事者がとくに約款によらない旨の意思を表示することなく契約したときは,たとえ約款の内容を知悉しなかったとしても,反証のない限り,その約款による意思をもって契約したものと推定すると判示しています。)。内国郵便約款も,そのような約款の一種として,郵便利用者と郵便事業株式会社との契約関係を拘束するものです。

もっとも,消費者に選択の余地のないような取引類型において,あまりにも不当な内容の約款が無効とされることはありますが,内国郵便約款の上記部分についていえば,判例上合憲性も承認されている郵便法の規定を具体化したものといえるので,その効力を争う余地は乏しいものと思われます。

郵政民営化後には,郵便の利用は私人間取引の問題となり,私的自治の場面となるので,理論的には,郵便法の適用よりも内国郵便約款の適用が優先すると考えるのが正しいと思われます。

5 (レターパックについて)

ご質問のケースでご利用になったレターパックは,郵便事業株式会社のウェブサイトから判断する限り,書留郵便ではありません(オプションとして書留にすることもできないようです。こうした具体的な役務商品については,廃止変更の可能性があるため,あくまでも本稿執筆当時の内容でご説明しています。)。その他内国郵便約款ないし郵便法で損害賠償請求の対象とされる郵便物には該当しないと思われます。したがって,いかに損害の発生した事実とその金額,そして郵便事業従事者の故意過失(あるいは重過失)を立証しても,損害賠償請求はできないという結論になります。

このような事故の場合に損害補償が必要であれば,予め書留郵便等を利用するべきであり,それを利用しなかった場合には自己責任という制度になっているのです。

6 (落札者に対する代金の請求について)

売買した特定の品物が,買主売主双方の責任に基づかずに滅失してしまった場合,代金の支払い請求できるか,という問題は危険負担と呼ばれる問題で,本来は契約の際決めておく事項です。しかし,契約で決めていなかった場合は,民法534条に規定があります。この規定によれば,売主に責任が無い場合は代金を請求できることになっています。

但し,この規定の根拠となっているのは売買契約が締結された際に売買した品物の所有権は買主に移転するという,民法の原則を前提としていると言われています。所有権が移転して買主にあるのだから,買主が滅失の損害を負担すべきであり代金の支払い義務は免れない,という理屈です。そこで,売買契約の内容を具体的に検討し,所有権の移転時期が契約の時ではないという場合には適用されない可能性もあります。

ネットオークションの場合最高金額で落札したことが決定した時点で売買契約は成立しますが,品物の所有権がいつ移転するか,という点は特に決まりが無いのが普通ですので,落札後の当事者の協議の内容で判断することになります。送料,代金を事前に支払うという場合は支払い完了あるいは,配達業者に依頼した時点で所有権が買主に移転すると考えて良いでしょう。

ご相談の場合,代金の支払いが未了のようですが,郵便局等の配達業者に依頼した時点で通常は確実に配達されますから,その時点で所有権は落札者に移転したと考えて良いでしょう。従って,郵便局での紛失のについて証明されればあなたは落札者に代金を請求できることになります。法的にはこのように解釈できますが,実際に請求するとなると,落札者から反論されることも予想されます。どうしても協議が整わない場合は,訴訟手続が必要になる可能性もあります。お近くの法律事務所にご相談なさると良いでしょう。

以上です。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

参照条文

郵便法

第一条 (この法律の目的) この法律は,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することによつて,公共の福祉を増進することを目的とする。

第五十条 (損害賠償の範囲) 会社は,この法律若しくはこの法律に基づく総務省令の規定又は郵便約款に従つて差し出された郵便物が次の各号のいずれかに該当する場合には,その損害を賠償する。

一 書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し,又はき損したとき。

二 引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき。

○2 前項の場合における賠償金額は,次の各号に掲げる区分に応じ,当該各号に定める額とする。

一 書留(第四十五条第四項の規定によるものを除く。次号において同じ。)とした郵便物の全部を亡失したとき 申出のあつた額(同条第三項の場合は,同項の郵便約款の定める額を限度とする実損額)

二 書留とした郵便物の全部若しくは一部をき損し,又はその一部を亡失したとき 申出のあつた額を限度とする実損額

三 第四十五条第四項の規定による書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し,又はき損したとき 同項の郵便約款の定める額を限度とする実損額

四 引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき 引換金額

○3 会社は,郵便の業務に従事する者の故意又は重大な過失により,第一項各号に規定する郵便物その他この法律若しくはこの法律に基づく総務省令又は郵便約款の定めるところにより引受け及び配達の記録をする郵便物(次項において「記録郵便物」という。)に係る郵便の役務をその本旨に従つて提供せず,又は提供することができなかつたときは,これによつて生じた損害を賠償する責任を負う。ただし,その損害の全部又は一部についてこの法律の他の規定により賠償を受けることができるときは,その全部又は一部については,この限りでない。

○4 記録郵便物に係る郵便の役務のうち特別送達の取扱いその他総務省令で定めるものに関する前項の規定の適用については,同項中「重大な過失」とあるのは,「過失」とする。

○5 会社は,第一項及び第三項本文に規定する場合を除くほか,郵便の役務をその本旨に従つて提供せず,又は提供することができなかつたことにより生じた損害を賠償する責任を負わない。

第五十一条 (免責) 前条第一項に規定する損害が差出人若しくは受取人の過失又は当該郵便物の性質若しくは欠陥により発生したものであるときは,会社は,同項の規定にかかわらず,その損害を賠償しない。

第五十二条 (郵便物の無損害の推定) 郵便物を交付する際外部に破損の跡がなく,かつ,重量に変わりがないときは,その郵便物に損害が生じていないものと推定する。

第五十三条 (郵便物の損害の検査) 郵便物に会社の賠償すべき損害があると認められる場合において,郵便物の受取人又は差出人がその郵便物の受取を拒んだときは,会社は,その者の立会いを求め,その立会いの下に当該郵便物を開いて,損害の有無及び程度につき検査をしなければならない。

○2 前項の場合において,当該郵便物の受取を拒んだ者が,同項の立会いを求められた日から十日以内に正当の事由なく同項の求めに応じなかつたときは,会社は,その郵便物をその者に配達し,又は還付する。

第五十四条 (郵便物受取による損害賠償請求権の消滅) 郵便物の受取人又は差出人は,その郵便物を受け取つた後,又は前条第一項の規定により受取を拒んだ場合において,同条第二項に規定する期間内に正当の事由なく同条第一項の求めに応じなかつたときは,その郵便物に生じた損害につき,損害賠償の請求をすることができない。

第五十五条 (特定の場合の損害賠償の請求権者) 第五十条第一項の規定による損害賠償の請求をすることができる者は,当該郵便物の差出人又はその承諾を得た受取人とする。

第五十六条 (損害賠償を請求することができる期間) 損害賠償の請求権は,当該郵便物を差し出した日(総務省令で定める郵便の役務に係る損害にあつては,当該役務を提供した日)から一年間これを行わないことによつて消滅する。

第五十七条 (損害賠償後の郵便物発見) 会社は,郵便物に生じた損害につき損害賠償があつた後その郵便物の全部又は一部を発見したときは,その旨をその賠償受領者(その者がその郵便物の差出人又は受取人以外の者であるときは,その郵便物の差出人。以下この条において同じ。)に通知しなければならない。この場合において,賠償受領者は,その通知を受けた日から三箇月以内に,郵便約款の定めるところにより,賠償金の額の全部又は一部に相当する金額を支払つて,その郵便物の交付を請求することができる。

法律第百二十一号(平一四・一二・四)

◎郵便法の一部を改正する法律

郵便法(昭和二十二年法律第百六十五号)の一部を次のように改正する。

第六十八条の見出しを「(損害賠償の範囲)」に改め,同条第一項中「に限り」を「には」に改め,同条に次の三項を加える。

郵政事業庁長官は,郵便の業務に従事する者の故意又は重大な過失により,第一項各号に規定する郵便物その他この法律又はこの法律に基づく総務省令の定めるところにより引受け及び配達の記録をする郵便物(次項において「記録郵便物」という。)に係る郵便の役務をその本旨に従つて提供せず,又は提供することができなかつたときは,これによつて生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし,その損害の全部又は一部についてこの法律の他の規定により賠償を受けることができるときは,その全部又は一部については,この限りでない。

記録郵便物に係る郵便の役務のうち特別送達の取扱いその他総務省令で定めるものに関する前項の規定の適用については,同項中「重大な過失」とあるのは,「過失」とする。

郵政事業庁長官は,第一項及び第三項本文に規定する場合を除くほか,郵便の役務をその本旨に従つて提供せず,又は提供することができなかつたことにより生じた損害を賠償する責めに任じない。

第六十九条中「損害が」を「前条第一項に規定する損害が」に,「前条」を「同項」に改める。

第七十条の見出しを「(郵便物の無損害の推定)」に改め,同条中「且つ」を「かつ」に,「変り」を「変わり」に,「損害がない」を「その郵便物に損害が生じていない」に改める。

第七十一条の見出しを「(郵便物の損害の検査)」に改め,同条第一項中「郵政事業庁長官」を「郵便物に郵政事業庁長官」に,「立会のもとに」を「立会いの下に」に改める。

第七十二条の見出し中「因る」を「よる」に改め,同条中「立会」を「立会い」に,「郵便物につき」を「郵便物に生じた損害につき」に改める。

第七十三条の見出しを「(特定の場合の損害賠償の請求権者)」に改め,同条中「損害賠償」を「第六十八条第一項の規定による損害賠償」に改める。

第七十四条中「差し出した日」の下に「(総務省令で定める郵便の役務に係る損害にあつては,当該役務を提供した日)」を加え,「因つて」を「よつて」に改める。

第七十五条中「郵政事業庁は,」の下に「郵便物に生じた損害につき」を,「その賠償受領者」の下に「(その者がその郵便物の差出人又は受取人以外の者であるときは,その郵便物の差出人。以下この条において同じ。)」を加え,「全部又は一部を返付して」を「額の全部又は一部に相当する金額を納付して」に改める。

民法

(債権者の危険負担)

第五百三十四条 特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において,その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し,又は損傷したときは,その滅失又は損傷は,債権者の負担に帰する。

2 不特定物に関する契約については,第四百一条第二項の規定によりその物が確定した時から,前項の規定を適用する。