新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1232、2012/2/10 13:09

【民事・不動産取引と宅建業法37条の2による撤回・消費者契約法による断定的判断 東京簡裁判平成16年11月15日判決】

質問:私は,マンション販売業者(宅地建物取引業法3条の免許交付済)から投資用のマンション購入の勧誘を受けました。私はマンション投資には興味があったので,喫茶店で待ち合わせを行い,担当者から話を聞きました。担当者の話によると,「このマンションを3000万円で買いませんか。このあたりの相場からすれば,賃貸に出せば毎月25万円の収入は確実に見込めます。損をすることはまずないでしょう。」ということでした。私は悩み,「本当に損をしないのでしょうか」と確認しましたが,「まず大丈夫でしょう。」という対応でした。それならば,という気持ちで私は売買契約書にサインし,手付金を支払っている状況です。しかし,よく考えるとそんなうまい話はない,と思い直し,今となってはこの契約を取り消したいと考えています。可能でしょうか。

回答:
1.本件の場合,業者の事務所等以外の場所で契約をした場合、宅建業法37条の2による撤回等の可能性があります。また、全体に損をしないなど断定的な勧誘によりあなたが誤信して買ったことから、消費者契約法4条1項2号に基づく取消しの余地があるものと思われます。実際にかかる主張が認められるかについては,具体的事案に応じた見通しを立てることが必要でしょう。弁護士に依頼して内容証明通知書を作成してもらうと良いでしょう。
2.クーリングオフに関連して当事務所事例集1196番975番928番838番767番751番590番434番302番228番277番149番140番122番120番7番参照。

解説:
1 (はじめに)
  民法の原則は、契約当事者は対等な市民であることを前提としていますから、自由な意思で契約をしたのであれば、解約はできないことになります。本件でも、民法のレベルでは消費者である買主を保護することは難しいでしょう。しかし、経済が高度に発達した現代社会において取引は対等な市民間で行われるものではなく、取引において知識や情報において専門業者に劣る一般消費者を保護する必要があります。そこで、宅建業法と消費者契約法の適用が検討されることになります。
  本件において,あなたはマンション販売業者の勧誘に乗り,マンションの購入契約を締結しました。しかし,マンション購入は高額なものである上,契約締結場所も喫茶店という特異な場所であり,なおかつ「毎月25万円の賃料収入が確実に見込める」「損をすることはまずない」などといった誘引文句によって締結に至ったものであり,場合によっては契約締結段階に不合理な点があることが否定できません。この様なケースの場合,法は少なくとも2つの救済手段を用意しています。以下,ご説明します。

2 (宅建業法37条の2に基づく契約撤回又は解除)
  本件において,マンション販売業者は,宅建業法3条に基づく免許を受けたうえで建物の売買行為を業として行なっている業者ですから,宅地建物取引業者として,宅建業法による様々な規制を受けることになります(宅建業法1条,2条,3条)。
   この点,宅建業法37条の2は以下のとおり規定しています。

(宅建業法)
第三十七条の二  宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地又は建物の売買契約について、当該宅地建物取引業者の事務所その他国土交通省令・内閣府令で定める場所(以下この条において「事務所等」という。)以外の場所において、当該宅地又は建物の買受けの申込みをした者又は売買契約を締結した買主(事務所等において買受けの申込みをし、事務所等以外の場所において売買契約を締結した買主を除く。)は、次に掲げる場合を除き、書面により、当該買受けの申込みの撤回又は当該売買契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。この場合において、宅地建物取引業者は、申込みの撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。
一  買受けの申込みをした者又は買主(以下この条において「申込者等」という。)が、国土交通省令・内閣府令の定めるところにより、申込みの撤回等を行うことができる旨及びその申込みの撤回等を行う場合の方法について告げられた場合において、その告げられた日から起算して八日を経過したとき。
二  申込者等が、当該宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つたとき。
2  申込みの撤回等は、申込者等が前項前段の書面を発した時に、その効力を生ずる。
3  申込みの撤回等が行われた場合においては、宅地建物取引業者は、申込者等に対し、速やかに、買受けの申込み又は売買契約の締結に際し受領した手付金その他の金銭を返還しなければならない。
  
  この規定からもわかるとおり,宅建業者から土地、建物を購入する場合は,業者の事務所等以外の場所で契約をした場合には、原則として,買主は書面によって撤回又は解除(以下,「撤回等」)を行うことができます。ただし,上記1項1号2号記載の場合には上記撤回等を例外的に行い得ないことになります。
  ここで,本件ではまだ手付金しか支払っていないため,前記2号の適用はありません。ただし,前記1号の適用については問題となりえます。
  前記1号における「国土交通省令・内閣府令の定める」とは,下記のとおりです。

(宅建業法施行令)
第十六条の六  法第三十七条の二第一項第一号 の規定により申込みの撤回等を行うことができる旨及びその申込みの撤回等を行う場合の方法について告げるときは、次に掲げる事項を記載した書面を交付して告げなければならない。
一  買受けの申込みをした者又は買主の氏名(法人にあつては、その商号又は名称)及び住所
二  売主である宅地建物取引業者の商号又は名称及び住所並びに免許証番号
三  告げられた日から起算して八日を経過する日までの間は、宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払つた場合を除き、書面により買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除を行うことができること。
四  前号の買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除があつたときは、宅地建物取引業者は、その買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができないこと。
五  第三号の買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除は、買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除を行う旨を記載した書面を発した時に、その効力を生ずること。
六  第三号の買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除があつた場合において、その買受けの申込み又は売買契約の締結に際し手付金その他の金銭が支払われているときは、宅地建物取引業者は、遅滞なく、その全額を返還すること。

(本件の検討)
  したがって,本件であなたが本件契約の撤回等を行えるかについては,マンション販売業者が,あなたに対して上記施行令に定められた必要事項全てを記載した書面をあなたに交付しており,かつ,その日から8日が経過していないことが必要となります。仮に,書面の交付すら受けてない,又は書面に不備がある,といった理由があれば,8日を過ぎていても撤回等が可能です。
  なお,宅建業法37条の2の2項記載のとおり,あなたが撤回等を行うためには,書面によって行う必要がありますので注意が必要です。

3(消費者契約法4条1項2号に基づく取消し)
  本件では,あなたは,「このあたりの相場からすれば,賃貸に出せば毎月25万円の収入は確実に見込めます。損をすることはまずないでしょう。」という誘い文句を受けたうえで,「まず大丈夫でしょう」という後押しにより,本件マンションを購入することを決断しました。しかし,かかる場合には,以下のとおり,消費者契約法4条1項2号による取消しの可能性があります。

(消費者契約法)
第四条  消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
二  物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認

  まず前提として,本件において,マンション販売業者が消費者契約法上の「事業者」に該当し,あなたが「消費者」に該当することは明らかであり,本件売買契約には消費者契約法の適用があります(消費者契約法2条)。
  ここで消費者契約法4条1項2号における 「将来における変動が不確実な事項」とは,本条の趣旨から消費者の財産上の利得に影響するものであって,将来を見通すことがそもそも困難であるものを意味します。
  本件マンションは消費者契約たる売買契約の目的物ですが,かかるマンションにつき,賃料収入で利益を得ることについては,そもそも不動産価値は随時変動していくものでありそれに伴い賃料相場も25万円から変動するのではないか,賃借人を継続的に確保できるのか,賃借人が見つかったとしても賃貸人の修繕義務等々が継続的にかかるのではないか,といった不確定な要素が多く見受けられます。これらの事実は,「将来における変動が不確実な事項」と評価しうるものです。

  それにもかかわらずマンション販売業者は,「毎月25万円の賃料収入が確実に見込める」とか「損をすることはまずない」などとあなたに告知したうえで,不安に思ったあなたに対して,「まず間違いない」などといった判断を重ねて提供しており,マンション提供業者は断定的判断をあなたに提供しているものと解するべきでしょう。そして,最初は少し不安に思っていたあなたも,「まず間違いないでしょう。」というマンション販売業者の後押しにより,あなたがマンション販売業者の断定的判断を確実なものであると信じて本件売買契約書にサインを行いました。以上の点からすれば,本件売買契約は消費者契約法4条1項2号により,取り消すことができる可能性があると思われます。
  なお,断定的判断の提供に関する裁判例を見てみると,「月2万円は確実に稼げる」というシステムを購入した契約につき,将来において得るべき収入が不確実な事項につき具体的な金額を示して確実であるという言い方をしており,断定的判断の提供にあたると認定しているものや(東京簡裁判平成16年11月15日判決 後記掲載参照)「パチンコで絶対勝てる」という情報提供契約につき,断定的判断の提供を認めたもの(東京地裁平17年11月8日判決),先物取引の事例において「あたりの宝くじを買うようなものです」「灯油は必ず下がる」などと申し向けて取引を行ったケースにつき,断定的判断の提供を認めたもの(名古屋地裁平17年1月26日判決)等があります。
  マンション契約の取り消しについて、具体的な手続は、内容証明通知書による撤回又は取消の通知書を送付することになります。相手方が手付金の返還を拒んだ場合は、手付金返還請求訴訟を提起することになります。マンションの売買契約は契約金額も大きくなりますので、一度弁護士にご相談なさる事をお勧め致します。

(参照判例)

東京簡裁判平成16年11月15日判決
妥当な判決です。
(判決抜粋)
そこで、上記発言が消費者契約法4条1項2号の断定的判断の提供に該当するかの点を検討する。同号は、将来において消費者が財産上の利得を得るか否かを見通すことが契約の性質上そもそも困難である事項(当該消費者契約の目的となるものに関し、将来における変動が不確実な事項)について事業者が断定的判断を提供した場合につき取消しの対象とする旨を規定している。そして、そこに規定する「将来における変動が不確実な事項」としては、「将来におけるその(当該消費者契約の目的となるものの)価額」、「将来において当該消費者が受け取るべき金額」を例示し、更に消費者の財産上の利得に影響するものであって将来を見通すことがそもそも困難であるものをいうとされている。また、「断定的判断」とは、確実でないものが確実であると誤解させるような決めつけ方をいうとされている。
ところで、本件における月2万円は確実に稼げるとの発言は、将来において得るべき収入が不確実な事項につき具体的な金額を示して確実であるとの言い方をしており、上記のとおり定義づけられる「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」について、断定的判断を提供した場合に当たると解される。そして、本件では、被告会社のこの断定的判断の提供により、原告はその内容が実現されるであろうとの認識を抱くに至り、この誤認により本件契約の申込みの意思表示をしたものであるということができる。なお、本件契約は、所定のパソコンやソフトを購入し、又はパソコン講座を受講すれば、業者が入力業務を提供、紹介し収入が得られるという内容であり、特定商取引に関する法律51条の業務提供誘引販売取引に該当すること(被告もこの旨自認している(甲9参照)。)、また、本件契約における原告と被告とが、消費者契約法2条に定める「消費者」と「事業者」であることも明らかである。したがって、原告の主張する上記勧誘文言は、消費者契約法4条1項2号の要件に該当するので、この規定を理由とする本件契約申込みの意思表示の取消しを認めることができる。
5 以上によれば、争点(2)について判断するまでもなく、原告の本件契約申込みの意思表示の取消しに基づき、原状回復請求として商品引渡しとの引き換えに本件購入代金の支払を求める本訴請求を認容することができる。

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