新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 解説: 2(形成権と手続き) 具体的な手続としては、内容証明通知書によって、借地借家法32条の賃料増額請求の意思表示を通知することになります。この意思表示は、民事調停の申し立てによって行うことも可能です。手続が難しいときは弁護士さんに相談して下さい。当事者間で話し合いが整わないときは、調停を申し立てることが必要です(調停前置主義)。調停でも不調になるときは、訴訟を提起します、訴訟では、形成権なので、平成●年●月以降の賃料は●円であることを確認する、という確認請求訴訟という形式をとることが主流になっているようです。 3(強行規定) このような恣意的な法律の主張は、「法の支配」の原理(正義にかなう公正公平な法律によりすべての法律関係は規律されること。)に照らして自ずから限界があることになります。その限界について定めた規定が、強行法規(強行規定)です。契約自由の原則は、法の理想を実現するための制度的手段という性格から常に、信義誠実の原則、権利濫用禁止の法理により内在的に制約されています(民法1条、憲法12条等)。強行規定は、借地借家法37条、30条、16条の様に条文で明示されている場合もありますし、借地借家法32条1項、11条1項の様に条文には「反する特約は無効」と明示されていないものの、文理解釈や反対解釈や条理解釈などの法解釈を加えることにより強行規定とされる場合もあります。 借地借家法32条1項の場合には、「契約の条件にかかわらず」という言葉もありますし、但し書きで一定期間の特約の有効性が規定されていますので、間接的に一定期間を超える特約は無効と読むことが可能となっており、比較的わかりやすい強行規定と言えます。 本条が強行規定となる実質的理由ですが、建物所有を目的とする借地契約関係は、一般の取引関係と異なり、契約自由の原則に任せておくことはできません。借地契約は継続的性格があり借地人の生活権の中心をなすものですが、地主の方が、地代確保を目的とする権利の性格上、経済的に、情報力、交渉力において圧倒的に有利な地位にありますから、所有権絶対の原則があるとしても借地人の居住権、生活権を保障し、地主側と常に対等に契約できるように規律するのが、公正な法の原理(法の支配)にかなうものです。従って、民法の特別法として、借地法、借家法、借地借家法等を規定し、当事者の意思によっても変更できない強行法規が必要となります。第一に借地人の借地権を保護し、次に地主の利益も調和して土地の有効利用を促進して最終的に公正公平な社会秩序を建設、維持しようとしています。従って、強行法規が明文化されていない場合は、以上の趣旨から解釈することになります。 4 (問題点の指摘) 5(判例の検討) 6(判例の検討) 7(まとめ) ≪参照条文≫ 借地借家法 第三十二条 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。 参照判例@
No.1239、2012/2/28 11:41 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・借家の賃料の特約と借地借家法32条・最高裁平成3年11月29日第二小法廷判決・東京高等裁判所平成18年11月30日第10民事部判決】
質問:私の父は貸しビルを一棟持っていました。このビルには、父が社長に就任していた会社が入居しています。このたび、父が亡くなり、このビルを私が相続することになりました。調べてみると、このビルの賃料は、周辺の相場に比べて著しく安いことがわかったので、会社に対し賃料を増額してくれるようにお願いしました。しかし、会社の言い分では、父が亡くなる3ヶ月前に更新があり、賃料は従前のままでよいという書面にサインしています。父がサインしてしまった以上、賃料を上げる余地は全くないのでしょうか?ちなみに私はこの会社には何の関係もありません。
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回答:
1.数ヶ月前の更新により賃料を当事者がすでに決めていたとしてもそのような特約により借地借家法32条を排除することはできません。本条は強行規定だからです。借地借家法32条は、賃料増額には、従前の賃料の決定時期から時間の経過が必要であるようにも読めます。しかし判例では、必ずしも期間の経過は必要ない、という考え方が主流です。ご質問の件でも、家賃が周辺の相場に比べて著しく安く、その理由が社長であった亡くなられた父親と会社の特殊な関係にあったということであれば、具体的な事情にもよりますが、裁判でも賃料増額が認められる可能性はあるといえるでしょう。
2.建物賃借権、借地借家法に関連して事例集1123番、1121番、1083番、1057番、1023番、954番、951番
、822番、748番、747番、695番、689番、678番、570番、477番、346番、138番参照。
1(借地借家法32条の趣旨)
賃料増額請求権を認める借地借家法32条(土地の場合は借地借家法11条)では、「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる」とされています。不動産の価格は変動するものですし、それに伴い税金の額なども変動します。また、経済状況は様々に変動するので、不動産にかかる経費なども増減することが予想されます。
それに対し、賃貸借契約は、比較的長期間にわたって締結される契約です。一度契約が締結されると、そう簡単には解除されない、できないように各種の規定が整っています。これは、住居という人間にとって最も重要なものについて、安定的な供給と居住を保護するものであるといえます。
しかし、契約が長期間に及ぶことと、経済は絶えず変動していることをあわせると、契約上の賃料が、周辺の相場と合致しないことが往々にしてあります。このような場合に備え、定期的に賃料改訂をする等の特約を盛り込んでおくことも対策として考えられますが、そのような契約は少ないようです。
そこで法は、賃料が経済事情の変動により、または周辺の相場に比して著しく不相当になったときにはその増減を請求することができるという規定を設けました。これは形成権といわれており、意思表示をもって権利行使したときから、適正な賃料額に増額(減額)する効果が生じると考えられています(これに対して請求権は意思表示をしてもしなくても発生、存在しています)。どうして形成権となっているかというと、契約自由の原則の例外として特に当事者を保護する趣旨から認められたものですから、当事者の意思表示を待って権利が発生することにしています。
又、本条は、条文に「契約の条件にかかわらず、」と規定しているように当事者がいくら賃料を定めていてもこれを変更できることを認めています。これを強行規定といいます。強行法規(強行規定)とは、公平の原則や公序良俗や信義則など民法(私法)の基本原則に基づき定められた条文であって、当事者間が契約書などで特約を定めて適用を排除しようとしても、その特約が無効と解釈されてしまう規定です。民法の基本原則には、「私的自治の原則、契約自由の原則」もありますが、どのような契約でも際限なく自由に定めることができることになってしまうと、有名なシェークスピアの戯曲「ベニスの商人」のように「返済が遅れたときは肉1ポンドを以って支払う」というような主張もなし得ることになってしまいます。
ここで条文を見てみましょう。条文では、「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる」と規定されています。さらに、但し書きで、「ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。」と規定しています。これを素直に読むと、「変動により」不相当と「なったとき」とあります。経済事情は様々に変わるものですが、数ヶ月や数年で賃料の相場が何倍にも跳ね上がるようなことは通常はありません。通常は、時間の経過により、少しずつ変動するものです。とすると、賃料の増減を請求するには、従前の賃料を設定してから一定期間が経過したことによる、経済状況の変動、これが要件になるのでしょうか。但し書きも併せて総合的に考えるとそのような解釈も可能です。そうだとすれば、設問の事例の場合、相談者のお父様が、相場より安い賃料で契約を更新してしまっています。合意に問題が無ければ、賃料合意から3ヶ月しかたっていない今、経済情勢の変動は観念できませんので、賃料増額請求は不可能なのではないでしょうか。
最高裁平成3年11月29日第二小法廷判決
この点判例は、「建物の賃貸人が借家法七条一項の規定に基づいてした賃料の増額請求が認められるには、建物の賃料が土地又は建物に対する公租公課その他の負担の増減、土地又は建物の価格の高低、比隣の建物の賃料に比較して不相当となれば足りるものであって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎない。」と判示し、一定期間の経過は必ずしも要件ではない、と判断しました。もちろん、判断する一つの要素、にはなるわけですから、お父様が生前に低廉な賃料で合意していたことは、こちらにとって不利な事情であることは間違いありません。しかし、あまりに低廉な賃料で合意していた場合には、その理由しだいでは、増額の余地があるといえそうです。
東京高等裁判所平成18年11月30日判決(建物賃料改定請求控訴事件)
もう一つ判例を紹介します。この事案では、賃料を著しく低額に定められた賃貸借契約において、建物が譲渡され、賃貸人が変更したときに、賃料が低額に定められたのは貸主と借主の特殊な関係によるものであると認定し、その特殊事情が本件建物の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転により消滅したことは明らかであるところ、借地借家法32条1項は、従前の賃料が客観的に不相当となったときに、公平の観念から、改訂を求める当事者の一方的意思表示により、従前の賃料を将来に向かって客観的に相当な金額に改訂することを認める規定であり、その趣旨からすれば、同項が定める事情の変更は例示に過ぎず、前記のような特殊事情の変更であっても、賃料増減額請求をするために要件となりうるものと解すべき、と判示しています。
これらを総合すると、賃料増減額請求において、時間の経過は必須の要件ではなく、賃料の相当性を判断する一要素に過ぎない、ということができます。設問の事例でも、従前の更新からの時間がたっていないということだけで諦める必要はないでしょう。また、相続とはいえ、賃貸人が変更していること、そしてお父様が会社の社長であったことは、判例のような「特殊な事情」と考えることができます。相談者が会社とは関係ないという現状では、特殊事情に変更があった、と考えることができ、賃料の増額が認められる可能性があるものと思われます。以上のような解釈は借地借家法の制度趣旨にも合致するものと思われます。御自分でできないようであれば、弁護士を依頼して、交渉、調停、訴訟等を検討してみてはいかがでしょうか。
第十一条 地代又は土地の借賃(以下この条及び次条において「地代等」という。)が、土地に対する租税その他の公課の増減により、土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって地代等の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間地代等を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
2 地代等の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3 地代等の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の地代等の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた地代等の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
(強行規定)
第十六条 第十条、第十三条及び第十四条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。
(強行規定)
第三十条 この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
2 建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。
3 建物の借賃の減額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、減額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃の支払を請求することができる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払を受けた額が正当とされた建物の借賃の額を超えるときは、その超過額に年一割の割合による受領の時からの利息を付してこれを返還しなければならない。
(強行規定)
第三十七条 第三十一条、第三十四条及び第三十五条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは、無効とする。
最高裁平三(オ)二六九号平成3年11月29日第二小法廷判決(抜粋)
三 所論は、さらに、被上告人の賃料増額請求は、本件建物の賃料が現行の賃料に改められた時から五年を経過するまで認められるべきではない、として、その時から二年を経過した時点で賃料増額請求の効力を認めた原審の前記判断の違法をいうが、次のとおり、論旨は採用することができない。
1 建物の賃貸人が借家法七条一項の規定に基づいてした賃料の増額請求が認められるには、建物の賃料が土地又は建物に対する公租公課その他の負担の増減、土地又は建物の価格の高低、比隣の建物の賃料に比較して不相当となれば足りるものであって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過しているか否かは、賃料が不相当となったか否かを判断する一つの事情にすぎない。したがって、現行の賃料が定められた時から一定の期間を経過していないことを理由として、その間に賃料が不相当となっているにもかかわらず、賃料の増額請求を否定することは、同条の趣旨に反するものといわなければならない。
参照判例A
建物賃料改定請求控訴事件
東京高等裁判所平成18年(ネ)第2098号
平成18年11月30日第10民事部判決
原判決は、齋藤鑑定に基づき、積算法に基づく試算賃料と賃貸事例比較法に基づく試算賃料(齋藤鑑定は、周辺の新規賃貸事例に基づき比準賃料を求めている。)を求め、これに基づき適正な実質賃料を算定した上、従前の賃料額と適正な実質賃料との間に倍以上の乖離が存在するが、本件においては、直ちに賃料額を一般的な水準にまで増額させるのは相当でないので、公平の観点から、その中庸値をもって相当賃料額と認めるのが相当であるとしたものであって、何ら不当というべき点はない。
3 以上のとおりであるから、第1審原告の控訴に基づき、原判決中第1審原告と第1審被告A社に関する部分を本判決の主文第1項のとおり変更し、第1審原告の第1審被告B社に対する控訴及び第1審被告らの各控訴はいずれも理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。