行政処分対象事案報告書の提出を求める書面が送られてきました
行政|医道審議会|専門的弁護士との協議|最高裁昭和63年7月1日判決
目次
質問:
私は医師ですが,昨年,医療過誤により刑事裁判にかかり業務上過失致傷罪による罰金刑が確定しました。今年になって,県の医療指導課より行政処分対象事案の報告書の提出を求める書面が送られてきました。この書面には,「罰金以上の刑に処せられた者」については行政処分(戒告,3年以内の医業停止,免許取消)の対象となると記載されています。事案報告書について,私は法律上提出する義務を負っているのでしょうか。事案報告書を提出した後に予想される流れなどもお聞きしたいです。私は必ず上記のいずれかの行政処分を受けることになるのでしょうか。行政処分を回避・軽減するために今後できることがあるようでしたら教えていただきたいです。
回答:
1.事案報告書の提出義務はありません。しかし,事案報告書の提出は,行政処分の要否及び内容が適正に決定されるうえで,非常に重要な手続きとなるので,正確な事案報告書を作成し担当課に送付する必要があります。都道府県により異なりますが,実務上意見,弁明聴取の3か月程度前です。
2.事案報告を行った後の手続き。県の医療指導課(都道府県によって名称は異なります)より,意見聴取または弁明聴取の通知が届きます。このとき,予定される行政処分に応じた再教育研修に係る弁明の聴取の通知も同時に届くことが通常です。その後は,上記通知記載の日時に都道府県庁に出頭し,意見聴取または弁明聴取がなされます。ここでの聴取内容に基づき,都道府県知事の意見書・報告書が作成され,これらの意見書(これが重要です。)等を参考に,厚生労働省の医道審議会で審議がなされます。そして,厚生労働大臣は,医道審議会の意見を聴いて行政処分を決定します。意見,弁明聴取から約2-3か月後です。以上が,事案報告後,行政処分が決定するまでの大まかな流れです。この流れを図示したものとして,下記のファイルがありますので参考にしてください。
https://www.shinginza.com/idoushin.pdf
3.あなたが必ず行政処分を受けることになるのかというご質問ですが,「罰金以上の刑に処せられた者」は必ず行政処分を受けるわけではありません。事案によっては厳重注意(行政指導)にとどまり,行政処分を受けずに済む場合もあります。この場合は通常新聞報道されませんので後の業務について影響も少ないと思われます。報道されなければ,興味本位のインターネットの書き込みも回避できますので重要です。
4.尚,今回は,すでに罰金という刑事処分がなされていますが,行政処分を事前に回避する刑事弁護が必要であったと思われます。医道審議会の行政処分が,刑事事件の罰金より医師の資格に対する影響が大きい場合が往々にしてあり,最良の方法は,そもそも刑事処分にならないことです。そのためには,医道審議会を意識した刑事弁護が必要不可欠です。刑事事件の発生と同時に専門的弁護士との相談が必要な事案と思われます。
5.行政処分及び各手続きについての根拠法令に即した解説や,行政処分と行政指導の違い,行政処分を回避・軽減するために今後できることについては,下記の解説をご覧ください。
6.医道審議会に関する関連事例集参照。
解説:
1 行政処分の根拠法令(医師法7条2項)
医師法7条2項は,いかなる場合にどのような行政処分が課されるのかについて規定した条項です。もっとも,いかなる場合に行政処分が課されるのかを正確に知るためには医師法4条もあわせて見る必要があります。以下,それぞれの条項を引用します。
医師法7条2項医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
1号 戒告
2号 3年以内の医業停止
3号 免許取消
医師法4条
次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。
1号 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
2号 麻薬,大麻又はあへんの中毒者
3号 罰金以上の刑に処せられた者
4号 前号に該当する者を除くほか,医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
上記の医師法7条2項によれば,行政処分の対象となるのは,医師法4条各号のいずれかに該当する場合,または,医師としての品位を損するような行為があった場合といえます。あなたの場合は,医師法4条3号に該当するため,事案報告を依頼する書面が届いたと考えられます。そして,7条2項は,「処分をすることができる」と規定しているため,行政処分の対象となる場合であっても,必ずしも行政処分がなされるわけではないことがわかります。行政処分対象事案で処分がなされない場合,行政指導による厳重注意がなされることが通常です。
2 行政処分(戒告)と行政指導(厳重注意)の違い
戒告処分・行政指導(厳重注意)のいずれも,問題行為を行った医師に対して,将来を戒めるという点で両者は共通しています。しかし,行政処分の場合,医師法7条の2第1項に規定する再教育研修を受講することになります。また,行政処分に処せられた場合,当該医師の氏名,処分当時の医療機関名,処分内容,刑事事件の罪名についての新聞報道は避けられません。このような戒告処分と厳重注意の違いは,行政処分と行政指導の本質的な違いに由来するものと考えられます。
行政処分とは,「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によつて,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」のことをいいます(最高裁判所昭和39年10月29日判決)。これに対し,行政指導とは,「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないもの」のことをいいます(行政手続法2条6号)。
行政処分と行政指導は,特定の者を名宛人として出される点,一定の作為又は不作為を要請する点,国民の権利義務に直接関係する点で共通しています。
しかし,両者は法的効果の有無という点で決定的に異なります。すなわち,行政処分は権利義務を直接形成する等の効果を持ちますが,行政指導は名宛人に対する要請にすぎません。こうした両者の違いは,不服申し立ての場面で顕著にあらわれます。すなわち,行政指導は,名宛人に対して一定の作為又は不作為を求めるものの,あくまで要請にとどまるため,訴訟などの公的な手続きで不服を申し立てることはできませんが,行政処分に当たる場合には,処分の取消しの訴え(行政事件訴訟法3条2項)などの行政訴訟が可能となります。
3 当局による処分対象事案の把握について
「罰金以上の刑に処せられた者」の処分対象事案について,現在の運用としては,関係省庁からの情報提供などによって把握しているようです。
医師法4条3号の「罰金以上の刑に処せられた者」の処分対象事案については,厚生労働省医政局が法務省から情報提供を受けることで事案の概要や判決内容を把握しています。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/02/h0224-1.html
上記の厚生労働省の報道発表資料を見ると,「情報提供の対象となる事件の範囲」と「情報提供の内容」がわかります。これによると,処分対象者から事案報告書を提出するまでは,当局は,最低限の情報しか持ち合わせていないことがわかります。仮に,被害者との間で示談ができている場合などは,事案報告や意見聴取や弁明聴取の際に,自ら有利な証拠を提出しない限り,当局にそういった事情は伝わらないので注意が必要です。
4 意見聴取と弁明聴取の違い
行政庁が不利益な行政処分を行おうとする場合,不意打ち的な処分を避けるため,不利益処分の名宛人となるべき者に対して,反論等の意見を陳述するための機会を与える必要があります(行政手続法13条1項柱書)。医師に対する行政処分における意見陳述の機会が「意見聴取」及び「弁明聴取」となります。
意見聴取と弁明聴取は,予定される処分の不利益の程度によって手続きが別れます。すなわち,「免許の取消し処分をしようとするときは」(医師法7条5項)には意見聴取,「医業の停止命令をしようとするときは」(医師法7条11項)弁明聴取の手続きが行われます。上記の条文の文言からは,戒告の処分を行う場合には,意見聴取,弁明聴取のいずれの手続きも行われないように思われるかもしれません。しかし,意見聴取または弁明聴取の通知が発される段階では,いかなる処分が行われるかが決定しているわけではありません。それゆえ,「免許取消し又は医業停止」が予定される事案については意見聴取,「医業停止又は戒告」が予定されている事案については弁明聴取がなされる運用となっています。
次に,意見聴取と弁明聴取の具体的な違いについて説明します。
意見聴取は,免許の取消しという重大な処分が想定される事案での手続きですので,行政手続法における聴聞(行政手続法第3章第2節)に関する手続きが準用される(医師法7条6項)など厳格な手続きが定められています。これにより,主宰者の氏名,文書の閲覧許可,関係人の参加,補佐人の出頭許可等の点で,意見聴取と弁明聴取の間には違いが生じてきます。
両者の違いの中でも,実質的に最も大きな違いといえるのは,聴取結果をまとめた書面について処分対象者が閲覧する法的根拠があるか否かです。すなわち,意見聴取の場合,「調書」(意見聴取における処分対象者らの陳述の要旨を明らかにした書面)及び「報告書」(処分対象事実に対する処分対象者らの主張に理由があるかどうかについての主宰者の意見を記載した書面)を閲覧することが可能ですが(医師法7条6項,行政手続法24条),弁明聴取の場合,上記のような書面の閲覧を認める法律上の根拠はありません。
意見陳述の機会に述べた内容が正確に聴取され,処分の決定権者に伝わっているか,意見陳述の趣旨を汲んだ報告書となっているのかの確認は重要ですので,意見聴取の対象となった場合には上記書面の閲覧を求めたほうがよいでしょう。弁明聴取の場合には,閲覧を認める法的根拠はないものの,当局の裁量判断により閲覧が認められる場合がありますので,まずは閲覧の申し出を行うことが考えられます。行政機関担当者により対応がまちまちであり代理人弁護士を依頼するのも方法です。
5 行政処分を回避・軽減するために今後できること
(1)現在,あなたには事案報告の依頼がきており報告書の提出前ということですので,正確な事案報告を行う必要があります。
ご相談の件は,業務上過失致傷罪とのことですので,被害者が存在する事案です。被害者の存在する事案については,被害弁償が済んでいるのか,被害者との間で示談合意ができているかといった事情が,刑事処分・行政処分を問わず,非常に重視されます。すでに,被害弁償や示談成立している場合には,被害者との交渉内容を記載した書面や示談合意書,被害者の処分軽減の意見書等を事案報告書の添付書類として提出することができます。仮に,現時点で,被害弁償や被害者に対する謝罪ができていない場合には,法的責任のみならず,道義的責任を果たすためにも,ただちに被害弁償等のための活動をはじめたほうがよいでしょう。そのほかの活動としては,ご協力いただける方々(親族,患者,同僚医師,恩師)に処分軽減を求める嘆願書を作成していただくなども考えられます。さらに,行政処分の合理的裁量権も解釈上裁量権濫用禁止,処分公正,平等の原則により拘束されますので(憲法14条),先例の調査,比較検討は必要不可です。後記最高裁昭和63年7月1日判決参照。
(2)事案の内容や成立する犯罪名によって,なすべき活動はかわってきますので,詳しくはお近くの専門的弁護士に相談しながら準備をすすめるとよいでしょう。処分の要否及び内容の決定に際しては,意見聴取又は弁明聴取手続きを経て作成される都道府県知事の意見書(都道府県の担当者が作成するこの文書がとても重要です。従って,この文書作成に影響を与える処分対象者,代理人側の意見書提出が必要不可欠です。)・報告書が非常に重要となります。意見聴取又は弁明聴取手続きは,事案報告依頼があった後,2~3月後に開催されるのが通常です。さらに意見聴取,弁明聴取後約2-3週間前後には厚生省に書類は送付されるようです。この期間は意外に重要です。代理人がついて,期日に意見書を提出しても,訂正,追加が可能でありさらに弁護活動を補充できるからです。さらに約1カ月以内に行政処分が行われます。この期間も重要です。この程度の期間から考えて医道審議会が代理人等の意見書を詳細に検討する時間的余裕が少なく,過去の事件に応じて即決が予想されるため当該事件の詳細な説明,証拠の提出が,処分に決定的な影響を与えることが推定できるからです。事前の準備が必要不可欠です。事案報告書の作成も含めて早期に経験ある弁護士に相談し対応を協議することをおすすめします。
以上