教育職員免許法,免許状の失効と取上げの違い・懲戒行政処分に対する対処法
行政|宮崎地方裁判所平成22年2月5日判決
目次
質問:
私は県立高校の教員です。詳しくお話しする勇気が持てないのですが,実はまだ発覚していないものの,ある不祥事を起こしてしまって,そのために教員免許を剥奪されるのではないかと不安に思っています。教育職員免許法という法律があることを知り,条文を見たところ,公立学校の教員の場合には免許の「失効」という規定があり,国立や私立の場合には「取上げ」という規定があることまでは分かりました。しかし,その違いがよく分かりません。どう違うのでしょうか。
回答:
1.教育職員免許法10条1項における免許状の失効とは,同条項各号に掲げる事由に該当する場合に,当然に免許状の効力が失われることを意味します。公立学校の教育職員が対象になります。
2.これに対して,同法11条1項ないし3項における免許状の取上げとは,同条項の規定に該当する場合に行政処分としてなされる不利益処分を意味します。法定の手続に従って取上げの処分がなされ,それが対象者に通知された日に免許状の効力が失われます。国立学校や私立学校の教員が対象になります。
3.免許状の取上げではなく,失効の規定が適用される公立学校の教育職員は,免許の失効自体を直接争うことはできず,失効自体の取消訴訟をすることもできません。失効の前提となる教育職員免許法10条1項各号の該当性を争い,その該当性が否定されれば,結果的に失効もしないという関係にあるということになります。
4.教育職員免許状の取上げ処分手続に関する事務所相談事例集も別項として設けてありますので,そちらもご参照ください。
5.教員免許に関する関連事例集参照。
解説:
【国立学校,公立学校,私立学校の分類】
学校教育法上の学校を設置主体によって分類すると,国(現在は,国立大学法人等)が設立する国立学校,地方公共団体が設立する公立学校,私立学校法上の学校法人が設立する私立学校に分類されます(学校教育法2条2項)。教育職員免許法上も,教育職員免許の剥奪については,この分類に対応した規定がされています。
【免許状の失効と取上げ処分】
懲戒免職処分や分限免職処分を受けた公立学校の教員の教育職員免許については,「失効」といって,特段の手続を経ることなく当然に効力を失うという建付けになっています。これに対して,国立学校や私立学校の教員の教育職員免許については,聴聞手続を経たうえでの「取上げ」という行政処分によって初めて効力が失われる建付けになっています。
【公立学校では当然失効なのに対し,国立学校及び私立学校では取上げ処分が介在するという違いが生じる理由】
なぜ,公立学校の教育職員が懲戒免職や分限免職になった場合は当然に免許状が失効となるのに,国立学校や私立学校の教育職員の解雇の場合には,取上げという行政処分が介在するのでしょうか。
これは,教育職員免許法上の「免許管理者」が当該教育職員の勤務地の都道府県の教育委員会(ただし,免許を有するものの教育職に就いていない者についてはその者の住所地の都道府県の教育委員会)とされていること(教育職員免許法2条2項)と関係します。 すなわち,公立学校の教育職員の任免の権限が都道府県の教育委員会に与えられている(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条,38条)ことから,公立学校においては,懲戒免職または分限免職をする処分庁と,教員免許の剥奪を判断する処分庁がどちらも同一の都道府県の教育委員会であるということになります。そうすると,教員免許の剥奪の相当性については,懲戒免職または分限免職を可と判断したことで既に明らかであり,重ねて行政処分をする必要がないということになります。
これに対して,国立学校においては国立大学法人等が,私立学校においては学校法人がそれぞれの教育職員の任免権を有している一方,教員免許の免許管理者は,前述のとおり都道府県の教育委員会です。そうすると,教育職員の解雇についての判断権者と免許剥奪に関する判断権者が同一でないため,仮に解雇自体は有効だったとしても,免許状の効力を失わせることまでも相当といえるかは別問題ということになります。
分かりやすくするため,多少極端な例を挙げてみましょう。例えば,私立学校には当該私立学校ならではの校風や教育方針があり,あるいは,公権力が介入すべきでない価値基準があります。一般論としては懲戒解雇が解雇権の濫用とならないハードルは結構高いとはいえ,そういう私立学校ならではの事情により懲戒解雇となる場合もありえるといえます。しかし,私立学校での解雇がされたからといって,それを国の制度である教員免許の与奪の問題に直結させることはできないということです。教育職員免許法上,免許管理者は都道府県の教育委員会なのですから,そこに教育委員会による判断を介在させる必要があるのです。
【公立学校の教育職員が免許状の失効を避けたい場合の対処法】
このような理由から,国立学校または私立学校の教育職員の教員免許剥奪については,免許状の取上げという行政処分が必要であるため,その行政処分手続上において正当な利益を守るための防御の機会が得られることになります。この点については,当相談事例集に別項を設けていますのでご参照ください。
これに対して,公立学校の教育職員においては,失効となるべき事情が発生してしまうと自動的に免許の効力が失われてしまうため,失効自体を争うことはできません。しかし,もし,懲戒免職や分限免職という法律要件そのものが否定されるなら,失効の法律効果も発生しないということになります。
ですから,もし,あなたが懲戒免職になってしまうことをしてしまったかもしれないということでご不安だということなら,仮に退職するにしても懲戒免職だけは回避できないかという観点から,弁護士に対応をご相談なさるべきだと思います。教育職員免許法が,教育職員の免許に関する基準を定め,教育職員の資質の保持と向上を図ることを目的として掲げていることからしても,あなたの不祥事の内容によっては,残念ながら免許状の失効は不可避だということもあるでしょうが,その内容も伺っていない段階では具体的な助言を差し上げることもできません。
弁護士は高度の守秘義務を負っていますので,安心して相談なさってください。
【公立学校の懲戒事件発生の具体的対処法】
通常,公立学校の懲戒については,免職,停職,戒告等その判断基準が定められていますので,これを教育委員会から取得し対応することになります。事件が生じた場合は,公立学校の,校長,教頭が直ちに事実関係を事情聴取し,調査し,事件の内容,貴方にとって不利益な内容を確定しようとします。
例えば,調査書に署名をさせ,上申書(顛末書等)を提出させ,後の撤回できないような自白を事実上求めてきます。校長,教頭は通常貴方の上司,味方となって学校を運営していますが,事件が起きた場合は別です。教育委員会の側に立ち,貴方を追及する立場に急変し,意外と言い訳を聞いてくれません。というのは,校長,教頭は学校管理者として事件を究明追及する立場にあり,なおかつ,事件発生について連帯責任を負う立場にもあるので,貴方をかばう余裕,利益もありません。又,貴方の個別責任として処理して,管理者として身の保全を図る可能性も存在するからです。
従って,貴方の側に立って利益を保全するのは,ご家族,又は,貴方の依頼する代理人,弁護士ということになります。あたかも,刑事事件と同様の構図になってしまいます(例えると教育委員会,学校管理者が捜査機関で,貴方が被疑者というような似通った構図。)。従って,事件が発生し,懲戒処分が予想されるような場合,まずは学校に連絡する前に即日,家族と弁護士に連絡し判例等を検討し今後の対応を協議することが肝要です。刑事事件が関連する場合はなおさらです。
行政処分に対する黙秘権(憲法38条1項,刑事訴訟法第198条第2項,291条第3項,同第311条1項。自己負罪拒否特権ともいいます。憲法上条文は,刑事事件に限定して規定されていませんので,刑事事件に関連するような行政処分手続きへの類推も可能と考えられます。)の類推も考える必要があります。最初の供述が懲戒処分の命取りになるようなことは何としても避ける必要があります。事件発生後,教育委員会による事情聴取,弁明の機会の期日指定,行政処分,それに対する不服申し立て(処分を知った翌日から60日以内,処分の日の翌日から1年,地方公務員法49条の3。),不当な行政処分取消訴訟を予想して慎重なる対応が必要でしょう。後記,行政処分が争われた判例も参考にしてください。
【国立学校,私立学校にも適用される失効の規定】
なお,国立学校,公立学校,私立学校の分類に関係なく適用される失効の規定もあります。それは教育職員免許法10条1項3号です。
3号は「第五条第一項第三号,第四号又は第七号に該当するに至つたとき。」と規定していて,1号及び2号とは異なり,対象を公立学校の教員に限っていません。
10条1項3号が掲げる事由を見てみますと,成年被後見人・被保佐人(5条3号),禁錮以上の刑に処せられた者(5条4号),日本国憲法施行の日以後において,日本国憲法やその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成したり加入したりした者(5条7号)となっています。
ご相談事項には関係ありませんが,今回,中心的に検討した教育職員免許法10条1項に掲げられている事由ですので,ご参考までにご紹介しました。
≪参考判例≫
宮崎地方裁判所平成22年2月5日判決。
判決内容要旨。
中学校教諭の3回のセクハラ行為が地方公務員法33条並びに29条1項及び3号に該当すると判断した事件です。県教育委員会がした懲戒免職処分について,県に対して処分の取消しを求めた事案において,一般的基準として,「教育委員会の合理的裁量権を認め,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきである。」と説明したうえで,教師の,合計3回にわたるセクハラ行為は,教育公務員の信用を失墜させるものとして上記地方公務員法に違反すると判断しています。妥当な判断です。
判決抜粋
「3 争点2(本件処分に裁量権を逸脱・濫用する違法があったか否かについて)
(1)そこで進んで,本件処分が裁量権を逸脱・濫用するものであるか否かを検討するに,公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,科される制裁である。ところで,国公法は,同法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒権者が,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては,公正であるべきこと,平等取扱いの原則及び不利益取扱いの禁止に違反してはならないことを定める以外には,具体的な基準を設けていない。したがって,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられるのであるが,その判断は,上記のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上,平素から庁内の事情に通暁し,職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ,とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それゆえ,公務員につき,国公法に定められた懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより,上記の裁量は,恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが,懲戒権者が裁量権の行使として行った懲戒処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきである。したがって,裁判所が上記処分の適否を審査するにあたっては,懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と実際に行われた懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものであり(最高裁判所昭和47年(行ツ)第52号昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照),この理は地方公務員についても同様に妥当するものと解される。
(2)これを本件についてみるに,前記2認定のとおり,原告は,計3回にわたり,自身が顧問を務める陸上部に所属する女子生徒に対し,本件セクハラ行為に及んだものであるが,このような行為は,教育公務員の信用を失墜させるものとして地方公務員法33条に反するとともに,全体の奉仕者である公務員としてふさわしくない非行に当たるといえるから,原告には,地方公務員法29条1号及び3号に該当する懲戒事由が存するといえる。」
他に教員の酒気帯び運転が争われた佐賀地方裁判所平成20年12月12日判決等があります。これは免職処分が取り消されています。
以上