新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は現在アパート暮らしをしています。入居時に作成した賃貸借契約書によれば,賃貸借期間は1年間,賃料は月額11万8000円であり,賃貸約契約を更新するには1年経過するごとに賃料の2.4か月分の更新料を払わなければならない,という条項があり,これまで7回にわたり更新料総額約200万円を支払ってきました。最近,最高裁判所で更新料について定めた条項が有効であるとする判決が出たと聞きました。最高裁判決が出た以上,争う余地はなく,私は更新料を支払わなければならないのでしょうか。また,これまで支払ってきた更新料を取り戻すことはできないのでしょうか。 解説: (消費者の利益を一方的に害する条項の無効) ここで,民法第1条2項というのは,取引関係に入った者はお互いに相手方の信頼を裏切ることのないよう誠実に行動しなければならないという,いわゆる信義誠実の原則(信義則)を定めたものです。民法の定めによれば,賃貸借における賃借人は本来賃料以外の金銭的負担を負う義務はないので(民法601条),更新料条項は,消費者契約法10条の「消費者の義務を加重する」条項にあたることになります。したがって,更新料条項が「民法第一条第二項に規定する基本原則」すなわち信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであれば,たとえ賃貸借契約書に定めがあったとしても更新料条項は無効であり,賃借人は更新料を支払う必要がないことになり,そうでなければ更新料条項は有効であり,賃借人は更新料の支払義務を負うべきことになります。また,更新料条項が無効であれば,過去に支払った更新料については不当利得返還請求によって取り戻すことが可能となります(民法703条)。 2.(最判平成23年7月15日) 4.(更新料条項の有効性の判断基準) 5.(本件における対応) ≪参照条文≫ 民法 消費者契約法 ≪参照判例≫ 最高裁第二小法廷平成23年7月15日判決(抜粋)
No.1260、2012/4/24 12:02 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・更新料の有効性と消費者契約法10条・判断基準・最高裁判所第二小法廷平成23年7月15日判決】
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回答:
1.更新料を取り戻すことができるかどうかは,賃貸借契約書上の更新料条項が消費者契約法10条により無効となるか否かにかかっています。
2.最高裁判所第二小法廷平成23年7月15日判決が,更新料条項の有効性について,最高裁としては初の判断を示し,「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」がない限り消費者契約法10条により無効とはいえない旨判示しました。
具体的には,賃料額,賃貸借期間,近隣同種の居住用建物賃貸借の賃料相場その他の事情に照らし,ケースバイケースで判断することになりますが,判決では,賃料額が近隣同種の物件の賃料相場に照らして高額であるといったような事情がない場合,更新料が年間2か月分の賃料相当額(実質月額賃料16.7パーセントの増加)の支払いを定める,更新料条項を有効としていますから,判断基準としては年間2カ月の更新料であれば有効,と考えて良いでしょう。
3.本判決は,更新料条項の法的性質について,「賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する」と述べ,更新料が対価性の乏しい給付であるがゆえに消費者の利益を一方的に害するものである(すなわち,更新料条項が消費者契約法10条により無効である)という考え方を否定しました。
4.最高裁は1つの事例判断を示したに過ぎず,一般的におよそ更新料条項が有効であるとするものではありません。もっとも,上記「特段の事情」がいかなる場合に認められるかについては明らかでなく,本判決後の裁判例の蓄積が待たれるところです。
5.本件では,比較的高額な更新料の定めになっていますので,更新料条項の無効を前提に既払更新料の返還を主張してみる価値も十分あるのではないかと思われます。賃貸借契約書の確認や返還請求の見通し等も含め,一度お近くの弁護士に相談されると良いでしょう。
6.事務所事例集論文1083番,678番,570番,420番参照。
1.(問題の所在)
居住用建物の賃貸借契約にあたって,当該賃貸借契約の期間が満了し,契約を更新するときは,一定期間経過ごとに一定額の更新料を支払わなければならない旨のいわゆる更新料条項が設けられることがあります。この更新料条項の有効性については,従来下級審レベルの裁判例において判断が分かれていましたが,平成23年7月15日,最高裁判所(第二小法廷)がこの問題に対して最高裁としては初の判断を示しました。
この問題の法的な枠組みは以下の通りです。近代私法の大原則でもある契約自由の原則(個人が独立した人格主体として,その自由な意思に基づき自由に契約を締結できる建前)からすれば,当事者同士が合意した以上その契約は有効となるべきものです。もっとも,一般的な居住用建物の賃貸借契約のように消費者と事業者との間でなされる契約においては,契約当事者間の情報量・情報の質や交渉力の格差に照らし,消費者に一般的に不利な契約が締結される危険性が高いことから,消費者の利益を保護するため,消費者契約法においては上記原則に若干の修正が施されています。更新料条項の有効性について主として問題となるのは以下に示す消費者契約法第10条です。
民法,商法(明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。
更新料条項の消費者契約法10条該当性につき,最高裁判所として初めて判断を示したのが前述の最高裁判所第二小法廷平成23年7月15日判決です。
最高裁は,まず「当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。」と述べ,更新料条項の有効性の判断は具体的事案ごとの個別的判断によるものとしました。その上で,「更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。」ことから,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項については,「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り」消費者契約法10条の「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと判示しました。
その理由としては,「更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する」ことからすれば「更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない」こと,「一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかった」ことが挙げられています。
3.(更新料条項の法的性質)
本判決と同様に更新料条項の有効性が争点となっていた従前の下級審レベルでの裁判例においては,更新料の法的性質をどう考えるべきかにつき重点的に判断されてきた経緯があり,この点をどう解するかにより結論が分かれていたと考えられるものもありました。すなわち,更新料の法的性質については,従前より,@賃貸人による更新拒絶権放棄の対価とする見解,A賃借権強化の対価とする見解,B賃料の補充ないし前払いとする見解等が展開・議論されてきました(更新料の法的性質に関する議論の詳細及び従前の裁判例の動向については当事務所ウェブサイト・事例集1083番を参照願います。)。もし,更新料がこれらのような何らかの対価たる性質を有しておらず,対価性の乏しい給付であるとすれば,かかる経済的合理性のない負担を賃借人に一方的に強いる更新料条項は,消費者の利益を一方的に害するものとして,消費者契約法10条により無効と判断される方向に働くことになります。
この点,本判決は,更新料条項の法的性質について,「賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する」と述べ,上記@乃至Bを中心とした複合的な対価としての性質を有することを明らかにしました。「賃貸借契約を継続するための対価」という言い回しが上記@,Aのいずれの対価を意味するのかについては踏み込んだ言及はありませんが,「等の趣旨を含む複合的な性質」と述べていることからすれば,上記@,Aの性質をも含んだ複合的な対価であることを意味しているものと考えるのが自然でしょう。
少なくとも,更新料が対価性の乏しい給付であるがゆえに消費者の利益を一方的に害するものであるというロジックは,本判決によって成り立たないことが明らかになったといえます。
本判決は,「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載」された更新料条項については,「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り」消費者契約法10条の「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないとしているように,一般的におよそ更新料条項が有効であるとしたものではなく,あくまで当該事案における事例判断を示したものです。
本判決の事案は,契約期間1年間,賃料月額3万8000円の賃貸借契約において,更新料を賃料2か月分(7万6000円)と定める更新料条項の有効性が問題となった事案ですが,最高裁はかかる内容の更新料条項については「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」がないと判断しています。
更新料条項が「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載」されているかどうかという点については,不動産業者等を通じて賃貸借契約書を作成している場合,更新料条項(特に更新料の金額又はその算定方法)が抽象的で曖昧な記載になっていることは現実的には想定しにくいため,実際上,更新料条項の有効性については「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」の有無によることになると思われます。では,どれくらいの金額であれば上記「特段の事情」があるといえるのかについてですが,最高裁はこの点につき何ら言及していません。賃料額,賃貸借期間,近隣同種の居住用建物賃貸借の賃料相場その他の事情に照らし,ケースバイケースで判断するということだと考えられますが,少なくとも,賃料額が近隣同種の物件の賃料相場に照らして高額であるといったような事情がない場合,更新料が年間2か月分の賃料相当額(実質月額賃料16.7パーセントの増加)以下であれば,更新料条項が無効と判断される可能性は極めて低いといえるでしょう。「特段の事情」の有無の具体的な線引きについては,本判決後の裁判例の蓄積が待たれるところです。
まず,賃貸借契約書上,更新料条項が「賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載」されているかどうかを確認する必要があります。その上で,「更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」の有無を検討する必要があります。もっとも,上記のとおり,「特段の事情」に該当するかどうかは,最高裁判決後の裁判例の蓄積がない現状では,結局のところ裁判所のさじ加減一つとも言い得るところです。ただ,本件では1年ごとに賃料の2.4か月分(最高裁の事案を上回る実質月額賃料20.0パーセントの増加),金額にして年間28万3200円という比較的高額な更新料の定めになっているとのことですので,近隣同種の物件の賃料相場等も調査の上,更新料条項の無効を主張してみる価値は十分あるのではないかと思われます。
具体的に更新料条項の無効を主張する手段ですが,契約書に記載があり,しかも既に支払済みの更新料の返還に任意に応じてくれる賃貸人は普通いないでしょうから,賃貸人に対し,支払済みの更新料の返還を求める不当利得返還請求の民事訴訟を提起することを検討する必要があるでしょう。訴訟手続の中で上記主張を行うとともに,並行して訴訟手続内である程度金額的に譲歩した条件での和解の可能性を視野に入れた話し合いを進めていくことが,実際に更新料の返還を受ける上でも早期解決の面でも結果として有効であることが多いと思われます。賃貸借契約書の確認や返還請求の見通し等も含め,一度お近くの弁護士に相談に行かれると良いでしょう。
(基本原則)
第一条
2 権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
(賃貸借)
第六百一条 賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
(不当利得の返還義務)
第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け,そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は,その利益の存する限度において,これを返還する義務を負う。
(目的)
第一条 この法律は,消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ,事業者の一定の行為により消費者が誤認し,又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに,事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか,消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより,消費者の利益の擁護を図り,もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 民法,商法(明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。
『しかしながら,本件条項を消費者契約法10条により無効とした原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは,賃貸借契約成立前後の当事者双方の事情,更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量し,具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日第二小法廷判決・民集38巻6号610頁参照),更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。
(2)そこで,更新料条項が,消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。
ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。
イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,前記(1)に説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。
そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
(3)これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。』