医業停止中の個人病院の営業について・管理者の変更は必要か

行政|医道審議会|診療所の存続方法

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は医師ですが,先日酒酔い運転で人身事故を起こしてしまい,自動車運転過失致傷で有罪判決を受けてしまいました。今後,医道審議会で処分が下されることになるようです。私は一人で診療所を開設していますが,仮に医業停止処分になった場合,診療所は閉鎖しなくてはならないのでしょうか?管理者の変更はどうですか?

回答:

1.医業停止処分を受けた場合の診療所の取扱いについてですが,平成18年以前は,医業停止処分を受けた医師が診療所の管理者を継続することができるか否かについて見解か分かれていました。当時,当事務所は,管理者の継続は可能である旨の見解をHP上で発表していましたが,厚生労働省は,管理者の継続を認めない取り扱いをしていたようです。

2.その後,平成18年に医師法及び医療法が改正されたことにより,医業停止処分に伴い再教育研修命令を受けた医師は,研修を修了した旨が医籍に登録されるまでの間,診療所の管理者となることができないことが法文上明確にされ,上記1の解釈上の疑義は解消されました。従って,今回のケースで医業停止処分に伴い再教育研修命令がなされれば,あなた自身が診療所の管理者を継続することはできないため,代わりに診療所の管理者となる医師を探すか,それもできなければ,診療所を休止もしくは廃止することになります。

3.一番大切なことは,刑事事件を起こさないこと,万が一刑事事件となっても,起訴前に十分具体的対策を立て,不起訴処分を求めて手続きするか,最小限の処罰を検察官等捜査機関に求める必要があります。自動車運転過失致傷は,性質上免除の規定もあり検察官の裁量権が大きく起訴前弁護が特に重要です。

4.当事例集論文は,事務所事例集653番を一部訂正したものです。他に,医道審議会に関する関連事例集参照。

解説:

第1 医道審議会による処分の有無の見通し

医師が犯罪をおかしてしまい,有罪判決を受けた場合,刑事処分とは別に,厚生労働省から行政処分を受けることがあります。厚生労働省の部会である医道審議会において,被処分者への告知・聴聞を経て,医師免許の取消,一定期間の医業停止,訓告などの処分が下されます。本件では,業務上過失致傷で有罪判決を受けられたとのことですが,近時,厚生労働省は有罪判決を受けた医師の情報を法務省と連携して交換し,処分の遺漏がないように努めているようですので,処分を免れるという可能性はないと考えるべきでしょう。

第2 医業停止処分がなされた場合の,診療所の取り扱い

1 平成18年以前(良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律4条による法改正)の当事務所の見解

さて,相談者はご自身の診療所をお持ちである,いわゆる「個人病院」のような形態で活動をなさっているようです。では,個人病院の医師が医業停止処分を受けた場合,診療所は少なくとも停止期間の間,閉鎖しなくてはならないのでしょうか。医道審議会に関連して,医業停止処分を受けた場合,個人で経営している病院はどのようにするべきか?という問題について,当事務所では,以下のような内容をHP上で発表していました。

『「この点,特に法律上の規定があるわけではありませんが,厚生労働省に問い合わせしたところ,以下のような回答を得ました。

(1)医業停止で停止する必要があるのは,医療行為であり,停止処分を受けている医師が医療行為を行わなければよい。

(2)したがって,別の医師が診療を行う等,被処分者が医療行為を行わない形式であれば,診療所を閉鎖する義務があるわけではない。

(3)開設の際に届け出た,診療所の開設者,管理者については,その地位を維持しても問題ない。

(4)代診の医師を頼む等して診療所を継続する場合,新たに「診療に従事する医師」が増えることになるので,これについて追加的に届出をする必要はある。

すなわち,診療に従事する者がいれば,診療所を継続することは可能だということです。具体的には,一定期間代診をしてくれる医師を探す,等の方法が考えられます。

以上のように,医師一名の診療所でも,医業停止期間中に代診を請け負ってくれる医師が見つかれば,診療所の継続は可能でしょう。有罪判決を受けただけでは医業停止の効果は発生せず,医道審議会から処分が出てからになりますが,その間1~数ヶ月間時間があります(その間医療行為を行うことも可能です)ので,その間に代診の医師の選定や,勤務医師の場合には勤務先との協議など,停止期間中の対策を検討しておく必要があるでしょう。ただし,下記参照条文記載の通り,厚生労働省,都道府県知事には,病院・診療所の管理者に対して,管理者の変更や,診療所の閉鎖を命ずる権限もありますので,別途このような処分をうけた場合には,上記のようにはなりませんのでご注意ください。医道審議会の流れや見通し等関連事項についても,当事務所HPをご参照ください。弁護士にご相談なさることをお勧めいたします。」

この記載は,当事務所に医道審議会に関する弁護をご依頼いただいたことをきっかけとして,当事務所担当弁護士が,厚生労働省の担当者に対して電話で聴取し,確認した内容を記載したものです。ところがその後,ある保健所において,上記見解は誤りであり,保健所としては医業停止中の医師については病院の管理者の継続も認めない方向で取り扱っているという事実が判明しました。当事務所から保健所の担当職員に確認したところ,そのような扱いが厚生労働省の見解である,とのことでした。

そこで,厚生労働省に再度確認したところ,やはり管理者の継続は不可能という方向で考えている,という返答でした。当事務所は,ホームページで発表していた事実および,その内容が厚生労働省担当職員から確認した内容に基づくものであることを伝え,管理者の継続を認めない根拠について問い合わせを行いました。同省は,「検討する」との回答でしたが,現在のところ,同省からの確答は得られておりません。

この問題は,法律や制度の「解釈」の問題になります。「解釈」は,必ずしも一義的に定まるものではありません。法律の条文は敢えて抽象的に書かれていますので,通常は,これを補うために,判例や,運用,行政庁による通達などで具体的な適用関係について明らかにされます。その過程において,見解が修正,変更,統一等される可能性はあります。

本件に関して,二つの全く異なった結論が出されているわけですが,その理由が,当事務所が問い合わせをした後に厚生労働省としての見解が変更されたのか,あるいは当時から厚生労働省としての見解が統一されていなかったのかどちらなのかは不明です。いずれにしろ,現時点では医業停止中の医師については病院,診療所の管理者の継続は認められないことになることを前提に,病院等の継続を希望するのであれば事前に管理者となる医師を探しておく必要があります。

当事務所といたしましては,医業停止中の医師についても管理者の継続は可能である,という解釈ができることから引き続きこの問題について厚生労働省に協議を申し入れ,この問題でお困りの方々のために有益な情報を提供したいと考えています。今後,厚生労働省の見解が明らかになり次第ホームページ上で発表していく予定です。

2 平成18年の医師法及び医療法の改正

平成18年以前の状況は上記1のとおりでしたが,同年,良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律4条により,医師法及び医療法が以下のように改正されました。

(1) 医師法の改正内容

まず,医師法について,第7条の2という規定が設けられ,医師法による行政処分を受けた医師に対する再教育研修が,医師法上の制度として位置づけられることになりました。

(2) 医療法の改正内容

次に,医療法も改正がなされ,同法10条が「病院又は診療所の開設者は,その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に…これを管理させなければならない。」という規定に変更されました。この規定の中にある「臨床研修等修了医師」についても,医療法7条1項で「(医師)法第7条の2第1項の規定による厚生労働大臣の命令を受けた者にあつては,同条第2項の規定による登録を受けた者に限る。」と定義されたため,再教育研修を命じられた医師は,診療所の管理者となることが出来ないことが明文化されたのです。病院や診療所に管理者が必要とされている理由は,医療が医師をはじめとする医療従事者の協同によって行われる専門的な業務であり,しかも医療を受ける者の生命の安全や健康といった重大な利益に直結する業務であることに求めることができます。病院や診療所は,こうした医療を適切に提供する場としての役割を担っているため,その管理者として,医療業務の内容を理解し,かつ実践することができる適正な実質的資格者を充てることが要請されることになりました。

3 平成18年以後の帰結

(1) 管理者の地位に留まることの可否

上記のとおり,診療所の管理者となるためには,再教育研修を命じられた場合には,これを修了した旨が医籍に登録されることが必要となります。したがって,医業停止処分に伴い再教育研修を命じられた場合には,診療所の管理者となる資格は失われますので,管理者の地位に留まることはできないということになります。

(2) 診療所の存続の可否

そうすると,あなたの診療所には管理者がいないということになりますから,代わりとなる管理者の方を探し,その方に管理者を変更するか(医療法12条1項),そうでなければ,診療所を休止(同8条の2)もしくは廃止(同9条)する手続を採ることになります。

第3 最後に

以上のとおり,医業停止処分による不利益は決して小さくありません。刑事手続において不起訴処分を獲得し,罰金以上の刑を回避することができれば,これらの不利益はすべて回避することができますし,それは,医道審議会による処分が戒告(又は,厳重注意という行政指導,すなわち不処分)にとどまった場合も同様です。

したがって,刑事手続の段階から弁護士に依頼し,罰金以上の刑を回避することに全力を尽くし,仮に罰金以上の刑が避けられないとしても,その刑を極力低いものに押さえることで,医道審議会における処分を戒告にとどめるよう活動することが最善の方法といえるでしょう。

医師の方が刑事法上の罪を犯してしまった場合には,速やかにお近くの弁護士にご依頼されることを強くお勧めします。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

≪医師法≫

第7条第2項

医師が第4条各号のいずれかに該当し,又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。

一 戒告

二 三年以内の医業の停止

三 免許の取消し

第7条の2 厚生労働大臣は,前条第2項第1号若しくは第2号に掲げる処分を受けた医師又は同条第3項の規定により再免許を受けようとする者に対し,医師としての倫理の保持又は医師として具有すべき知識及び技能に関する研修として厚生労働省令で定めるもの(以下「再教育研修」という。)を受けるよう命ずることができる。

2 厚生労働大臣は,前項の規定による再教育研修を修了した者について,その申請により,再教育研修を修了した旨を医籍に登録する。

≪医療法≫

第7条 病院を開設しようとするとき,医師法(昭和23年法律第201号)第16条の4第1項の規定による登録を受けた者(同法第7条の2第1項の規定による厚生労働大臣の命令を受けた者にあつては,同条第2項の規定による登録を受けた者に限る。以下「臨床研修等修了医師」という。)及び歯科医師法(昭和23年法律第202号)第16条の4第1項の規定による登録を受けた者(同法第7条の2第1項の規定による厚生労働大臣の命令を受けた者にあつては,同条第2項の規定による登録を受けた者に限る。以下「臨床研修等修了歯科医師」という。)でない者が診療所を開設しようとするとき,又は助産師(保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)第15条の2第1項の規定による厚生労働大臣の命令を受けた者にあつては,同条第3項の規定による登録を受けた者に限る。以下この条,第8条及び第11条において同じ。)でない者が助産所を開設しようとするときは,開設地の都道府県知事(診療所又は助産所にあつては,その開設地が保健所を設置する市又は特別区の区域にある場合においては,当該保健所を設置する市の市長又は特別区の区長。第8条から第9条まで,第12条,第15条,第18条,第24条及び第27条から第30条までの規定において同じ。)の許可を受けなければならない。

第8条の2 病院,診療所又は助産所の開設者は,正当の理由がないのに,その病院,診療所又は助産所を1年を超えて休止してはならない。ただし,前条の規定による届出をして開設した診療所又は助産所の開設者については,この限りでない。

2 病院,診療所又は助産所の開設者が,その病院,診療所又は助産所を休止したときは,10日以内に,都道府県知事に届け出なければならない。休止した病院,診療所又は助産所を再開したときも,同様とする。

第9条 病院,診療所又は助産所の開設者が,その病院,診療所又は助産所を廃止したときは,10日以内に,都道府県知事に届け出なければならない。

2 病院,診療所又は助産所の開設者が死亡し,又は失そうの宣告を受けたときは,戸籍法(昭和22年法律第224号)の規定による死亡又は失そうの届出義務者は,10日以内に,その旨をその所在地の都道府県知事に届け出なければならない。

第10条第1項

病院又は診療所の開設者は,その病院又は診療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に,歯科医業をなすものである場合は臨床研修等修了歯科医師に,これを管理させなければならない。

第12条 病院,診療所又は助産所の開設者が,病院,診療所又は助産所の管理者となることができる者である場合は,自らその病院,診療所又は助産所を管理しなければならない。但し,病院,診療所又は助産所所在地の都道府県知事の許可を受けた場合は,他の者にこれを管理させて差支ない。

2 病院,診療所又は助産所を管理する医師,歯科医師又は助産師は,その病院,診療所又は助産所の所在地の都道府県知事の許可を受けた場合を除くほか,他の病院,診療所又は助産所を管理しない者でなければならない。