新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1280、2012/6/5 12:41 https://www.shinginza.com/rikon/index.htm

【家事・不貞の配偶者の婚姻費用請求・東京家裁平成20年7月31日審判】

質問:私は,今から10年前に現在の妻と結婚し,8年前には第一子が誕生しました。しかし,2年前あたりから妻が外泊する機会が増えてきたので,調査会社に依頼して妻の素行調査を行ったところ,妻が私の知らない男性のマンションに出入りしていたことが分かりました。調査記録を妻に突きつけたところ,妻は,「私と別れて欲しい。子供を連れて彼と一緒に暮らす」と言って家を出て行きました。恐らく不倫相手の家で暮らしているのだと思います。そのような中,妻から婚姻費用分担調停が申し立てられました。私は,妻に浮気されたにもかかわらず,婚姻費用を支払うことには納得がいきません。それでも私は妻に婚姻費用を支払う必要があるのでしょうか。ちなみに,私の年収は400万円,妻はパートで年収100万円,子供は8歳です。

回答:
1.別居の原因が婚姻費用の請求権利者にあり,請求権利者が一方的に別居を強行したような場合は婚姻費用が減額される可能性があります。ご相談のように,別居後に不倫相手と同居しているような場合は,婚姻費用として妻の生活費に当たる部分を夫に請求することは権利の濫用であり,同居の未成熟子の監護費用(養育費)相当額のみ請求を認める,とした裁判例もあります。ご相談のような収入の場合は,ひと月あたりの養育費支払額は3万7849円程度ということになるでしょう。そもそも婚姻費用(妻の生活費)の分担(民法760条)の根拠は,互いに独立する夫婦契約関係の精神的,肉体的,経済的一体性に基づき個人の尊厳を認めあった円満な家庭生活の維持にありますから,自らその実態を失わせた配偶者がその生活費を請求することは信義則(民法1条)上許されないでしょう。
2.関連事務所事例集論文1193番1168番1132番1056番1043番983番981番790番684番427番345番参照。

解説
1 婚姻費用とは
(1)定義
   婚姻費用とは,夫婦と未成熟子によって構成される婚姻家族が,その資産,収入,社会的地位に応じた通常の社会生活を維持するのに必要な費用を意味します(大阪高判昭36年6月19日,民法760条)。具体的には,衣食住の費用,未成熟子の教育費用や医療費,適切な娯楽費用等が婚姻費用に含まれます。平たく言えば,@夫婦の生活費とA未成熟子にかかる生活費を併せたものが婚姻費用ということになります。

(2)婚姻費用の算定方法
   婚姻費用は,「資産,収入その他一切の事情を考慮して」算定すべきものとされています(民法760条)。この点,夫婦の資産や収入に応じた婚姻費用の算定方法として,実務では,標準的算定方式及びこの算定方式を表にした算定表を用いています。
   ここでいう標準的算定方式とは,婚姻費用支払義務者及び権利者が別居し,未成熟子が権利者と同居していることを前提に,夫婦の基礎収入を基に,各種統計から得た指数を用いて最低生活費を積算する方法です(判例タイムス1111号285ページ,最高裁判所平成18年4月26日決定他)。ちなみに,「基礎収入」とは給与所得者の総収入の34%〜42%,自営業者の場合には総収入の47%〜52%であり,義務者の基礎収入をX,権利者の基礎収入をY,権利者世帯に割り当てられる婚姻費用をZ,標準的な生活指数として親を「100」,0歳〜14歳の子を「55」,15歳〜19歳の子を「90」として,

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@Z=(X+Y)×(権利者グループ指数)/(権利者グループと義務者グループの指数)
A義務者が権利者対し負担すべき婚姻費用:Z−Y
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   という算定式によって婚姻費用の分担額を算定することになります。この算定式を表にまとめたものが婚姻費用算定表であり,インターネットの色々なサイトにおいて公開されています。
   本件を同算定式に当てはめると,あなたの一応の基礎収入を400万円の40%である160万円,妻の基礎収入を100万円の40%である40万円として,下記のとおり計算することになります。
 (160万円+40万円)×(100+55)/(100+100+55)≒121万5686円
 (121万5686円−40万円)÷12か月≒6万7973円
   したがって本件においては,あなたが妻に対して支払うべき標準的な婚姻費用の金額は概ね毎月6万8000円程度,ということになります。

(3)標準的算定方式及び算定表の修正の余地
   しかし,本件においてあなたは,妻に不倫をされた上に子供を連れて勝手に家を出て行かれるという理不尽な対応を受けており,原則どおり婚姻費用を支払うことは不当ではないかという考え方もできます。
   過去の裁判例や審判例では,専ら権利者に別居の責任がある場合に,責任の程度によっては,婚姻費用の減額を認めているケースがあります(大阪高決昭42年4月14日,札幌高決昭50年6月30日,東京家審平成20年7月31日,福岡高決平17年3月15日等)。ただし,どれだけ権利者に責任がある場合であっても,別居につき未成熟子に責任はありませんから,未成熟子に対する適切な養育費額程度は婚姻費用として支払う必要があります(東京高決昭40年7月16日等)。
   この点,上記審判例及び裁判例のうち,本件の類似事案として挙げられるのは東京家審平成20年7月31日や福岡高決平17年3月15日です。権利者の不貞を原因とした別居の場合に,婚姻費用の減額を認めている事案です。以下,紹介します。

2 裁判例審判例の紹介
(1)東京家審平成20年について
   東京家審の事例では,別居の原因が妻の不貞行為にある事実,妻が別居を強行した事実及び別居後は不倫相手とともに同居している事実を認定した上で,婚姻費用として妻の生活費に当たる部分を夫に請求することは権利の濫用であり,同居の未成熟子の監護費用(養育費)相当額のみ請求を認める判断を行いました。
   この事例のポイントは,権利者の別居責任の程度如何によっては,権利者の生活費相当額の婚姻費用を請求することが権利の濫用に該当すると判断した点です。権利者による別居責任を理由に婚姻費用の減額を認めた例はこれまでにも存在していますが(妻の夫婦協力義務違反による別居のケースとして前掲東京高決昭40年7月16日及び東京高決昭58年12月16日,夫婦協力義務違反による別居の場合に減額の余地を認めたものとして大阪高決昭42年4月14日,等),本件では,自らの不貞を理由に別居を開始した権利者に別居の責任があるとして権利の濫用を認めている点で意味のある審判例です。
   なお,この判断においても未成熟子の養育費相当額の支払義務が義務者に存在する従来からの考え方(東京高決昭40年7月16日等)は踏襲されていることが分かります。

(2)福岡高決平成17年について
   福岡高決の事例では,妻に不貞行為がある事実,不貞相手と二度と会わない旨の合意書を作成したにもかかわらず再び同じ相手と不貞を継続させた事実(さらには二度目の合意書を作成した事実)及び妻から離婚訴訟を提起している事実を認定した上で,婚姻破綻の原因は妻にあり,婚姻費用分担請求は信義則上認められないと判断しました。
   この事例においては,妻の責任が大きいこともポイントですが,有責配偶者から離婚訴訟も提起している点も,不貞行為と相まって婚姻費用分担請求の不当性を基礎付けていると評価している点で意味があると思われます。

3 裁判例審判例と本件の関係
(1)上で紹介した2件については,単純に権利者が不貞を行った事実さえ認められれば,ただちに権利者の生活費相当額の婚姻費用の請求が否定される趣旨ではないと解されます。すなわち,不貞行為があったことに加え,東京家審のケースでは別居後に不貞の相手と同居を継続させているという事情があり,福岡高決の事例では不貞相手と二度と会わない旨の合意書を作成したにもかかわらず不貞を継続させた事情及び有責配偶者側から離婚請求を行っているという事情がありました。
   権利濫用や信義則といった一般条項による判断は,裁判官審判官の評価問題であるため,一概に基準を設けることは難しいですが,不貞行為プラスその他婚姻費用分担請求の不当性を基礎付ける事情があってはじめて一般条項による請求否定の余地が出てくるという理解が妥当でしょう。

(2)本件の場合,あなたの妻の不貞が別居の原因であることに加え,あなたの妻は現在も不貞相手との同居を継続しているということでした。上記2件の裁判例審判例の趣旨も踏まえた対応が必要です。
   現在は調停の段階なので,本件婚姻費用の請求はこれらの裁判例審判例の趣旨から,一部否定した調停案を顕出すべきでしょう(6万8000円からの減額の余地)。具体的には,お子様の養育費相当額のみを妻に支払うという主張が調停の落ち着きどころとして適当かもしれませんが,調停は当事者の合意を取り付ける手続なので,あなたのお気持ち次第でさらなる減額を主張することも可能です。仮に調停不調ということになれば審判に移行することになりますが,審判に移行した場合,上記2件の裁判例審判例に沿った審判が出る可能性があると思われます。

(3)なお,養育費の算定方法についても,婚姻費用と同じく標準的算定方式又は算定表が用いられています。すなわち,給与所得者の総収入の34%〜42%,自営業者の場合には総収入の47%〜52%を基礎収入として,標準的な生活指数として親を「100」,0歳〜14歳の子を「55」,15歳〜19歳の子を「90」としたうえで,下記の計算式で算定することになります。

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@子の生活費=義務者の基礎収入×(子の指数)/(義務者の指数+子の指数)
A養育費分担額=@×(義務者の基礎収入)/(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)
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   本件の場合,@は160万円×55/(100+55)≒56万7741円,Aは56万7741円×160万円/(160万円+40万円)≒45万4192円(年間)となり,ひと月あたりの養育費支払額は3万7849円程度ということになるでしょう。
【条文】

<民法>
第七百六十条  夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。

参考文献1,判例タイムズ1111号(2003年4月1日号)285ページ(判例タイムズ社)
参考文献2,判例タイムズ1179号(2005年7月15日号)35ページ(判例タイムズ社)
参考文献3,判例タイムズ1208号(2006年7月1日号)90ページ(判例タイムズ社)
参考文献4,判例タイムズ1245号(2007年9月25日号)109ページ(判例タイムズ社)

参考判例1,最高裁判所平成18年4月26日決定「(いわゆる標準的算定方式による)以上のようにして婚姻費用分担額を算定した原審の判断は,合理的なものであって,是認することができる。」
参考判例2,広島高裁平成17年11月2日決定(上記最高裁決定の原審)
「当裁判所も,原審と同様に,抗告人に対し婚姻費用として月21万円の支払を命じるのが相当であると判断するが,その理由は原審判の「理由」欄記載のとおりであるから(中略),これを引用する。」
参考判例3,広島家裁平成17年8月19日審判(上記最高裁決定の原原審)
「先に認定した事実によれば,相手方が負担すべき別居期間中の婚姻費用分担額は生活保持義務(自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務)に基づくものというべきである。
 そして,婚姻費用分担額を算定するにあたっては,申立人と相手方の総収入を基礎に,公租公課を税法等で理論的に算出される標準的な速な養育費等の算定を目指して」参照)。」
割合により算出し,職業費及び特別経費を統計資料に基づいて推計された標準的な割合により算出してそれぞれ控除して基礎収入の額を定め,その上で,申立人と相手方と子が同居しているものと仮定すれば申立人と子のために充てられていたはずの生活費の額を,生活保護基準及び教育費に関する統計から導き出される標準的な生活費指数によって算出し,これを申立人と相手方の基礎収入の割合で按分して,相手方の分担額を算出するのが相当である(判例タイムス1111号285頁「簡易迅速な養育費等の算定を目指して」参照)。」

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