窃盗事案における医道審議会の対応
行政・医道審議会|医師の窃盗事案における弁護士の医道審議会対応|激務のストレスにより窃盗が常習化していた事案
目次
質問
私は勤務医をしているのですが、毎日早朝から深夜までの激務で身も心もボロボロになってしまいました。ストレス解消のため、いけないと思いながらも万引きをしてしまいました。万引きは常習化してしまい、被害店舗は10店舗あります。常習窃盗で逮捕起訴されました。弁護人に活動してもらい、5件までは示談が成立し、その分は量刑に考慮してもらえたのですが、残りの5件は時間が足りず示談がまとまっていません。
判決は執行猶予付きで、弁護人も頑張ってくれたので、不服申し立てはするつもりはありませんが、この後、医師免許の取消や停止といった処分について、どのような対策が必要でしょうか。弁護士を依頼した方がよいでしょうか。
回答
1 医道審議会は行政処分であり、刑事裁判とは異なる手続です。弁護士に付き添いを依頼することも可能です。専門的な知識を有する弁護士を依頼することによって、処分によい影響が出る可能性がありますので、一度相談してみるべきでしょう。
2 判例(最高裁第二小法廷 昭和61年(行ツ)第90号昭和63年7月1日判決(医業停止処分取消等請求上告事件))は、「医師が同号の規定に該当する場合に、免許を取消し、又は医業の停止を命ずるかどうか、医業の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは、当該刑事罰の対象となつた行為の種類、性質、違法性の程度、動機、目的、影響のほか、当該医師の性格、処分歴、反省の程度等、諸般の事情を考慮し、同法七条二項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ、その判断は、同法二五条の規定に基づき設置された医道審議会の意見を聴く前提のもとで、医師免許の免許権者である厚生大臣の合理的な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。」と判示しています。
本件における具体的な対応は次の通りです。
- ①残りの5件を至急示談します。
- ②刑事記録を行政処分の面から再検討して適正な行政処分を求める意見書を作成します。
- ③被害者に医道審議会用の嘆願書を作成していただけるように要請します。
- ④刑事事件取り調べで捜査機関、検察官に採用されなかった犯行動機、犯行態様等について有利な意見を自由に述べ証拠を提出し医師資格の制限について公正な処分を求めます。
- ⑤患者、医師の同僚、大学の恩師等に医師としての信用性を立証していただきます。
- ⑥最後に、一番重要なことは、法律上行政事件手続きは刑事事件手続きとは別個独立の手続きです。刑事裁判の判断結果、証拠に拘束、引きずられて主張、立証、判断してはいけません。刑事裁判は刑事手続き上の一つの判断にすぎません。
3 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 医道審議会と行政処分について
医道審議会は、厚生労働大臣に対し、医師に対する行政処分について答申する機関です。厚生労働大臣による処分は、刑事処分と異なる、行政処分です。刑事罰とは異なりますが、行政処分が国民に一定の不利益を強制するものであるため、憲法上の要請として、告知、聴聞の機会が保障されています。
身近な行政処分では、交通違反による運転免許の停止や取消などです。そして、医師免許は厚生労働省が与え、その取消や停止も厚生労働省(厚生労働大臣)の権限に属するので、行政処分になります。
具体的には、医道審議会が事案について上記告知、聴聞をして検討し、厚生労働大臣に答申、厚生労働大臣から処分が下される、という形になります。
通常、医道審議会の告知聴聞の機会は年に2回(夏季と冬季)に行われています。刑事事件が確定した時期に一番近い夏か冬に、対象となる医師に対して事案照会がくることが多いと思ってよいでしょう。
では、専門家である弁護士を依頼するのとしないのでは何が違うのでしょうか、今回のケースをモデルにして、弁護士を依頼する場合としない場合の違いをシミュレーションしてみましょう。
2 医道審議会と弁護士の活動
(1) 弁護士に依頼しない場合
事件後数ヶ月で、厚生労働省に依頼された各都道府県の所轄部署から、事案報告の依頼が来ます。事案報告の依頼といっても、起訴状と判決謄本のコピー、他に簡単なメモ程度の質問しかされません。通常は指示に従って必要な資料を送るだけです。
さらにしばらくすると、呼び出しの書面が来ます。概ね、地方自治体の役所や保健所などです。指定された日に出頭すると、簡単な質問をされます。どんな人間でもその場で考えて話す内容にはおのずと限界がありますので、思ったような話はできません。その後数週間で、処分結果が通知されます。その理由も明らかにされません。
(2) 弁護士に依頼した場合
できれば、犯罪を検挙されてしまったところから、同一の弁護士に弁護を依頼した方が望ましいといえます。刑事の弁護人と行政事件の付添人が別だと、刑事事件での資料を一から精査することになりますので、若干のロスがでます。また、受任当初から、医道審議会での処分までを見据えた総合的な活動が可能になりますので、その点でも有利です(刑事弁護と医道審議会どちらも積極的に取り組んでいくことができます)。
本件では、刑事事件終了後に弁護士を依頼した場合を想定して説明します。
①まず、代理人弁護士が取り組む活動は、まず事案の分析です。この分析は刑事裁判の判決(判断)に拘束、引きずられてはいけません。あくまで行政事件手続きにおける別個、独立の主張、立証を行う視点が必要です。なぜなら、刑事事件の判断は、制度上特殊性があり主張、証拠の収集、提出に制限があって、被告人は身柄拘束の上での主張ですから必ずしもすべて真実に合致しているということはできないからです。例えば、被告人が、量刑(執行猶予の必要性等)を考え、有利な主張を控え、被害者側の意見に沿った供述、主張をしてしまう場合があります。身柄拘束の上の取り調べは一般人にとり想像を絶する場合があります。行政事件でこそ真実の主張が必要です。刑事事件手続きと、行政事件手続きは別個独立の法手続きです。さらに民事訴訟手続きとも異なります。この基本を理解していないと処分者の権利は擁護できません。
②刑事裁判で認定された犯罪事実および量刑を分析し、過去の医道審議会での処分事例(専門的事務所であれば過去の処分例データの蓄積に取り組んでいるはずです。)と照らし合わせ、どの程度の処分が予想されるか、また、処分にあたって重視されるポイントはどこかを分析します。
③次に、刑事裁判の弁護活動内容を医道審議会に伝える準備をします。前述のとおり、医道審議会からは、起訴状と判決謄本のコピーしか要求してきません。起訴状と判決には、犯した犯罪の内容、下された刑罰の内容は書いてありますが、被告人に有利な事情、すなわち、犯行に及んでしまった経緯に酌量の余地はないか、どのくらい反省しているのか、被害者と示談できたのか、他に(贖罪寄付など)反省を示す行動を取っていないか、という情報は(判決で一部触れられることもありますが)記載されていません。したがって、本人にとって、印象の悪い情報だけが医道審議会に伝えられる可能性が非常に高いのです。そこで、刑事弁護において、どのように反省し、どのようにその反省を行動に起こしたかを資料化して、提出する必要があります。
④次に、判決確定後でも、有利な情状資料の収集が可能であれば積極的に行います。なぜなら、行政処分では、自己に有利な資料の提出が可能であり、また、刑事訴訟法による証拠提出の制限もないため、積極的に様々な資料を提出することが望ましいからです(刑事手続きでは「伝聞証拠の排除」という原則から検察官の同意がない証拠書類等は提出できないことになっています。しかし、医道審議会の手続きには刑事訴訟法の適用はありません)。本件でいえば、示談が未了の被害店舗と積極的に交渉し、新たに示談を取り付けることは非常に重要です。また、家族や職場などから、ふだんの勤務態度など、処分対象者の反省や人間性がわかる事情を記した手紙を書いてもらって提出することなども考えられます。
特に本件では、激務によるストレスが犯行の一因といえますが、具体的にどのような状況だったのか、そして今後はどうなのか、といったところは起訴状や判決謄本には絶対に記載されません。過重ストレスによる精神不調があった場合は精神科医の治療を受け、これが治癒・完治しているのであればその旨の診断書などの資料を提出します。医道審議会の弁明手続において、これらの資料の提出に制限はありませんから、起訴状と判決以外の、対象者の有利な事情は積極的に提出するべきです。特に、過去の処分例との詳細な比較検討は有効であると考えています。
⑤最後に、以上の活動の集大成として、代理人弁護士は医道審議会の聴聞手続きに付添人として同席して、意見を述べることができます。
3 終わりに
また、専門家たる弁護士を依頼することのメリットでもう一つ重要なことが、展開の予測です。具体的にいつごろどのような形で手続が進むのか、それまでの間どのように過ごすべきかなど、実際の経験を積んだ専門家でしかわからないことが多数あります。特に、裁判後、処分前の対応、過ごし方などについては、協議が必要です。
8行政処分については、国民の信託による行政権行使の迅速性、低廉性から導かれる合理的裁量権に基づき判断理由が示されませんので、弁護士を依頼したことがどのように影響したのかの実証は困難です。しかし、手続の流れについて理解ができる安心感や、良い情状を処分に考慮してもらうことで大きく結果が異なる可能性を秘めた事案もあります。専門的な知識を有する弁護士に一度ご相談されることをお勧めいたします。
以上