新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は,県立学校の教員ですが,電車内で痴漢行為をしてしまい逮捕され,迷惑行為防止条例違反の罪で罰金となりました。先日,県の教育委員会より事情聴取のために呼び出されたので,私は自身が犯した罪や,逮捕された際の無断欠勤について虚偽の理由を報告したことを正直に話しました。後日,再度教育委員会より呼び出しを受け,依願退職する意思があるかを確認されました。私は即答できないと返答しましたが,教育委員会の担当者の口ぶりでは,痴漢行為に加えて虚偽報告を理由に懲戒免職処分が検討されているようでした。教育委員会の担当者から開示を受けた処分基準を見たところ,公務外非行としての痴漢行為については停職または減給,虚偽報告については減給または戒告と定められています。私のしたことは,決して許される行為ではないことは理解しているのですが,教員の仕事を続け,社会に貢献し,罪を償っていきたいと思っています。私が依願退職や懲戒免職処分を避ける方法はないでしょうか。 解説: この判例が示す基準内容は、行政権行使目的から必然的に行政庁に与えられる広範囲な裁量権が適正公平に行われることを具体的に保証するメルクマール(指標)となるものですから、公務員といえども労働して生活し生きていく権利を有している以上(憲法13条、25条)被処分者の地位、権利を守る必要不可欠な面を有していますので、この具体的要件を詳細に吟味することなく懲戒処分をすることは許されません。 (2) 懲戒権者には裁量が認められるものの,裁量は無限定ではありません。処分権者が処分基準を定めている場合,当該処分基準は懲戒権者の裁量の限界を画することになります。この点,処分基準は,懲戒権者を拘束するのか,単なる内部基準として懲戒権者を拘束するものではないかが争いになった事案として福岡高等裁判所平成18年11月9日判決があります。同裁判例は,以下のように述べて,処分基準は懲戒権者の裁量の限界を画するとの判断を示しています。 (3) したがって,ご相談の件においても,あなたの行った非違行為については,処分基準上,免職には該当しないようですので,免職処分を科すことはできないのが原則です。もっとも,実際は,複数の非違行為がある場合には,処分基準の標準例よりも重い処分を行うことがある旨定められていることが多く,ご相談の件でもこのような加重処分についての規定がある場合には,加重処分としての免職処分が裁量の範囲内かが問題となります。 2 (加重処分として免職処分選択する場合の判断要素) あなたの行った非違行為については,痴漢行為は停職に当たりうる非違行為ですが,虚偽報告については,処分基準上停職は予定されていないようですので,「ただし,少なくとも停職に当たる非違行為自体が複数ある場合でなければ問題にならない。」との福岡高裁の判示を参考にすると,免職処分を科すことはできないことになります。 3 (今後とるべき対応について) <参照条文> 国家公務員法 地方公務員法
No.1294、2012/6/27 14:52 https://www.shinginza.com/chikan.htm
【行政処分・県立教員の痴漢行為による懲戒処分・加重免職と依願退職・虚偽報告・福岡高等裁判所平成18年11月9日判決】
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回答:
1.依願退職の退職願を出すかどうかはあなたのお気持ち次第ですので,教員を続けたいというお気持ちが強いようでしたら退職願を提出してはいけません。
2.次に,懲戒免職処分を避けるためには,処分の決定に先立って弁明の機会の付与を求め,処分権者が想定している不利益処分の原因となる事実を把握し,それぞれの事実に対して的確な弁明を行う必要があります。また,処分基準の開示を求め,予定されている処分が基準から逸脱していないかの検証も必要です。弁明の機会の付与についての法的根拠や手続きの流れ,懲戒処分を争った際に審査されるポイントについては,事例集論文1255番をご参照ください。
3.痴漢行為のような被害者の存在する犯罪については,被害者に対し謝罪と被害弁償を行っているか,被害者から宥恕の意思が示されているかが刑事処分のみならず,行政処分の決定においても重視されます。通常,加害者本人が被害者に接触することはできませんので,直ちに弁護士を依頼し,弁護士を通じて被害者に謝罪等を申し入れたほうがよいでしょう。
4.ご相談の件で教育委員会が想定している懲戒事由である痴漢行為と虚偽報告は,いずれも処分基準上,免職に該当するものではないようですので,このような場合,非違行為が複数あることを理由に処分を加重して免職処分をすることができるかが問題となります。以下の解説では加重処分として免職処分を科すことが許されるかについて判断を示した裁判例を紹介します。裁判例の判断を参考にすると,ご相談の件で懲戒免職処分が科された場合,その適法性には疑問が残ります。
5.参考事務所事例集論文1255番,1247番,1233番,1086番,1085番,1079番参照。
1 (懲戒権者の裁量の範囲について 判断基準)
(1) 公務員に対する懲戒処分については,処分の要否及び処分内容の選択については,懲戒権者の裁量に委ねられています。国家公務員に対する懲戒処分の取消しが請求された事件で懲戒権者の裁量について最高裁判所昭和52年12月20日判決が判断を示していますので該当部分の判旨を紹介します。
「公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,科される制裁である。ところで,国公法は,同法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒権者が,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては,公正であるべきこと(七四条一項)を定め,平等取扱いの原則(二七条)及び不利益取扱いの禁止(九八条三項)に違反してはならないことを定めている以外に,具体的な基準を設けていない。
したがつて,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の右行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか,を決定することができるものと考えられるのであるが,その判断は,右のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上,平素から庁内の事情に通暁し,部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ,とうてい適切な結果を期待することができないものといわなければならない。
それ故,公務員につき,国公法に定められた懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。」
上記判例は,国家公務員に対する懲戒処分についての事案ですが,地方公務員法も国家公務員法と同様,公正であるべきこと(地方公務員法27条1項)や平等取扱の原則(同法13条)及び不利益取扱の禁止(同法56条)以外に具体的な基準を設けていません。それ故,懲戒権者の裁量を認めた上記判旨は,地方公務員に対する懲戒処分についても妥当するといえます。
「被控訴人は,本件指針について,「かかる基準の性質は,法令と異なりあくまで内部の基準として任命権者の判断の指針として扱われるべきものであり,任命権者としてはこれに拘束されることなく,裁量権に基づき処分を決定できる」旨主張する。しかし,上記1のとおり,本件指針自体が,教職員について一般の地方公務員よりも重い処分をもって臨むこととしていることに思いを致すならば,そのような本件指針にさえも拘束されることがなく,裁量権に基づき処分を決定できるとするのは,被控訴人が教職員の懲戒処分についてほとんど無限定な自由裁量権を有しているというに等しいいささか乱暴な主張であって,到底採用することができない。」
前掲福岡高裁判決は,加重処分により科された免職処分の違法性が争われた事案です。同判決は,停職以下の非違行為が複数ある場合に,免職処分を選択する場合の判断のポイントについて,以下のとおり判示しています。
「停職や減給にしか当たらない非違行為が複数あるという場合(ただし,少なくとも停職に当たる非違行為自体が複数ある場合でなければ問題にならない。)においても,できる限り停職処分の範囲内での処分にとどめるべきである。特に,免職処分は,当該職員の職員としての身分を失わせ,職場から永久に放逐するというこれ以上ない厳しい処分なのであるから,当該非違行為自体が免職に相当するという場合であればともかく,加重処分として免職を選択するについては,当該非違行為そのものの行状はもとより,それに至る経緯,動機及びその後の経過をはじめ日ごろの勤務実績に至るまで,当該職員をめぐるあらゆる事情を総合考慮した上で,なお当該職員を職員としての地位にとどめ置くことを前提とした懲戒処分(すなわち停職以下)では足りないという場合に,はじめてその相当性が肯定されるものというべきである。」
以上の解説のとおり,あなたの行った非違行為と,それに対する処分の標準量定を定めた処分基準,加重処分による免職処分について判断を示した裁判例をあわせて考えると,あなたに対して懲戒免職処分が科された場合,当該処分は違法となる可能性が高いように見受けられます。
もっとも,あなたの処分を決定する県の教育委員会の担当者は,今回紹介した裁判例を熟知しているとは限らず,何ら弁明を行わず漫然と処分を待っていれば懲戒免職処分を科されるおそれは十分にあります。
公務員に対する懲戒処分については,弁明の機会の付与は法律上保障されているものではありませんが,裁判例上は,免職処分を予定している場合については適正手続の保障の観点から弁明の機会は例外なく保障されるべきとしています(福岡高等裁判所平成18年11月9日判決,事例集1255番参照。
こうした弁明の機会についても,処分対象者が漫然と処分を待っている場合,処分庁側が機会を設けてくれるとは限りません。処分庁側の都合で行った事情聴取をもって,弁明の機会を付与したと主張される場合もあります。
一度懲戒免職処分がなされれば,違法な処分であったとしても,当該の処分の撤回や取消しに至るまでには相当の時間を要しますし,事案によっては報道機関による報道がなされることで取り返しのつかない不利益を被る可能性があります。
可及的速やかに弁護士に依頼し,処分庁との折衝や弁明の機会の付与を求め,免職処分を避けるための活動に着手することをおすすめいたします。
27条(平等取扱の原則)
すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われ、人種、信条、性別、社会的身分、門地又は第三十八条第五号に規定する場合を除くの外政治的意見若しくは政治的所属関係によつて、差別されてはならない。
74条(分限、懲戒及び保障の根本基準)
1 すべて職員の分限、懲戒及び保障については、公正でなければならない。
2 前項に規定する根本基準の実施につき必要な事項は、この法律に定めるものを除いては、人事院規則でこれを定める。
98条(法令及び上司の命令に従う義務並びに争議行為等の禁止)
1 職員は、その職務を遂行するについて、法令に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。
2 職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。
3 職員で同盟罷業その他前項の規定に違反する行為をした者は、その行為の開始とともに、国に対し、法令に基いて保有する任命又は雇用上の権利をもつて、対抗することができない。
13条(平等取扱の原則)
すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われなければならず、人種、信条、性別、社会的身分若しくは門地によつて、又は第十六条第五号に規定する場合を除く外、政治的意見若しくは政治的所属関係によつて差別されてはならない。
27条(分限及び懲戒の基準)
1 すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。
2 職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されず、この法律又は条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して、休職されず、又、条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して降給されることがない。
3 職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない。
56条(不利益取扱の禁止)
職員は、職員団体の構成員であること、職員団体を結成しようとしたこと、若しくはこれに加入しようとしたこと又は職員団体のために正当な行為をしたことの故をもつて不利益な取扱を受けることはない。