新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1305、2012/7/17 10:34 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事・在宅事件・検察官送致前における弁護人選任届の提出先・警察の弁護人選任届受領義務・問題の背景と対策】

質問:私は,とある犯罪で現行犯逮捕されましたが,その日のうちに釈放となりました。現在,警察から呼び出されて事情聴取を受けています。心配なので,弁護士に正式に弁護人を依頼したいと思って,自分で探した法律事務所に相談したところ,「警察段階では弁護人選任届を受け取ってくれないから,コピーを提出するしかない。コピーを出せば全く問題ない。」と言われました。本当でしょうか。

回答:
1.コピーを提出すれば問題ないという説明は誤りです。警察が弁護人選任届の受領を渋るということは実によくありますが,警察には弁護人選任届を受領する義務があると考えられます。弁護人選任届の原本を提出して,その写しに受領したことを証明する印鑑を押してもらうようにする必要があります。
2.事案によっては,警察に弁護人選任届のコピーだけを提出しても結果的に問題が起きなかったということもあるかと思います。しかし,それはたまたま結果がそうだったというだけで,検察官送致前の段階から正式に弁護人を依頼する以上は,きちんと弁護人選任届を出してもらうのが本来でしょう。
3.従来,日本の弁護士は刑事事件,特に捜査段階での弁護人としての経験,知識に乏しかったのが実情です。また,特に捜査段階における弁護は時間的な制約もあり,熱意と時間に余裕のある弁護人に依頼する必要があります。どの弁護士に依頼しても同じような弁護活動がなされて,同じような結果が得られるという性質のものではありません。起訴前の刑事弁護に精通した弁護士に相談・依頼すべきです。
4.尚,弁選原本受領拒否問題の背景は,弁護人が警察署捜査担当者と交渉過程で種々の捜査情報を取得する問題と関連しますので注意が必要です。原則は原則として主張しながら,柔軟に対応して,説得し,尚且つ弁護人として必要な捜査情報を収集することです。その具体的対策は,検察官との交渉のように,当事者主義の見地から担当刑事と誠実に対応して信頼関係を構築し,捜査機関側の権利濫用を事実上抑制,防止することです。そのためには,接見の場合,必ず担当刑事ともその度ごとに協議し弁護人の意見を誠実に伝えることです。この機会をなるべく多くし,担当刑事との相互信頼獲得が肝要です。その時,事件が意外な方向へと動き出すことを経験できるでしょう。在宅事件の場合,刑事弁護の基本は,事件発覚捜査直後,逮捕,起訴前にあると思われます。この理屈は,身柄(勾留)事件でも同様です。貴方が依頼している弁護人にコピー提出の理由をよく聞いてください。意外な理由があるもしれません。
5.関連する事務所事例集論文738番1077番参照。
解説:

【弁護人選任届の意義】

 弁護人選任届とは,被疑者または被告人が弁護士を弁護人に選任したことを,被疑者または被告人と弁護人が連署して,捜査機関または裁判所に届け出る書面をいいます。実務においては,「弁選(べんせん)」と呼ばれることもあります。民事訴訟事件でいう訴訟委任状に相当し,これの提出がなければ,捜査機関との関係では,弁護人としての弁護活動ができません。捜査機関や裁判所に対して弁護士の名刺を差し出しても,依頼者との委任契約書を見せても,弁護人選任届がなければ弁護人として扱われることはありません。しかし,警察署では,実際上は,名刺を差し出し,弁護士というだけで対応してくれるのが通常になっており,警察署が弁選の原本を受け取らないところが意外に多いのです。その理由は,原本を受け取ってしまうと捜査機関が捜査活動において法的な拘束を受ける感覚があるようです。

【検察官送致後,公訴提起後の弁護人選任届の提出先】

 起訴前の段階では弁護人がついておらず,公訴提起後になって初めて弁護人が就任するときは,弁護人選任届の提出先は起訴された裁判所の公判係属部です。
 公訴提起される前で,検察官送致後の場合は,事件を担当している検察庁の事件受付係に提出します。公訴提起前の段階で弁護人選任届を提出済みであれば,その効力は公訴提起後にも及ぶ(刑事訴訟法32条1項)ので,改めて弁護人選任届を出し直す必要はありません。

【検察官送致前の段階における弁護人選任届の提出先はどこか】

 では,未だ検察官送がされていない段階において,弁護人選任届はどこに提出することになるでしょうか。
 被疑者の定義については,条文上明記されていませんが,「捜査機関によって犯罪の嫌疑をかけられ,捜査の対象となっている者」をいうとされています。刑事訴訟法30条1項は,「被告人,被疑者は,いつでも弁護人を選任することができる」と規定されています。とすると被疑者であれば弁護人を選任することができ,その選任について捜査機関に届出をすることができることになります。身柄を拘束されていなくても,検察官に送致される前でも,警察から捜査の対象となっていれば,被疑者となり,何時でも弁護人を選任することができ,当然,弁護人選任届の提出が可能でなければなりません。
 では,どの捜査機関に弁護人選任届け出を出せばよいでしょうか。結論としては,この段階における提出先は,捜査を担当している所轄警察署です。根拠法令としては,刑事訴訟法30条を受けて最高裁判所が定めた規則である刑事訴訟規則17条を挙げることができます。
 条文をそのまま引用すると「公訴の提起前にした弁護人の選任は,弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り,第一審においてもその効力を有する。」とされています。
 条文上,「司法警察員」と明記されています。聞いたことがあるような,ないような言葉ですが,これを解説しようとすると本題から大きくそれてしまいますので,本稿では割愛します。警察においては巡査部長以上の階級の警察官が司法警察員にあたると理解して差し支えないでしょう。
 検察官送致前だと検察庁は事件があることも知らず,主任検察官もおらず,記録も作成されていないのですから,提出する先としては自ずとこの司法警察員しかなくなります。 このようにして,条文上は警察署に提出すべきことが導かれるのです。

【警察官が受け取りを拒否する?】

 ここまで読む限りでは,何かが問題になるようには思えないでしょう。ところが,実際は,弁護士が弁護人選任届を提出しようとすると警察官が受け取りを渋ったり,拒否しようとしたりする場面に多く遭遇するのです。
 「ウチに出されても困ります。」とか,「検察官に事件を送るので,その後で(検察庁に)出してください。」などと言ったり,「原本は受け取れませんがコピーだけなら受け取りましょう。」などとごまかそうとしたりすることがあります。

【警察に弁護人選任届を受け取らないことができる裁量権はない】

 しかしこうした警察の対応は全部誤りです。コピーだけを渡しても,肝心の原本は弁護人の手元に残ったままです。これでは提出したことにはなりません(すでに説明した刑事訴訟規則17条は被疑者と弁護人の連署した書面を差し出すことが必要としていますから,連署された現物を提出しないと書面を提出したことにはなりません)。
 この様に書面は原本でなければいけませんが,弁護人になろうとする弁護士が差し出す弁護人選任届を警察がその裁量で受取拒否することなどできるでしょうか。
 刑事訴訟規則17条は「司法警察員は受け取らなければならない。」などと正面から受取義務を規定する形にはなっていませんので疑問もあります。しかし,前記のとおり,刑事訴訟法30条は「被告人又は被疑者は,何時でも弁護人を選任することができる。」と規定しています。これは,憲法34条が保証する身体拘束を受ける者に対する弁護人依頼権すなわち国家権力の発動によって不利益を被る者に対して防御する権利を保障しようとする趣旨を押し広げて,身体拘束の有無にかかわらず,被告人又は被疑者に対して弁護人依頼権を認めたものと解されます。捜査機関は,弁護人選任届出がなければ弁護人と認める必要はない訳ですから,被疑者の弁護人依頼権を保障するためには捜査機関に弁護人選任届け出を受理する義務があると考える必要があります。
 とすれば,被疑者が刑事訴訟法30条に基づいて弁護人を選任することを警察は拒むことができず,弁護人になろうとする弁護士が提出する弁護人選任届を受け取ったり,受け取らなかったりする裁量の余地はないということになります。

【コピーだけを渡せば全く問題ないか】

 警察官が被害者への示談申入れに事実上協力してくれて,無事に示談ができたうえで事件が検察庁に送致され,弁護人選任届が出されたのが警察段階での捜査や実際の弁護活動のずっと後になってからだったものの,結果的に,無事に起訴猶予になるというケースはよくあることです。
 しかし,次のような事例報告を受けたことがあります。弁護人選任届のコピーだけを提出し,その後もきめ細かく意見書などのコピーの提出(相変わらず,原本は受け取ってもらえない。)を続けていたのに,しばらくして事件送致を受けた検察官の手元には弁護人から提出した資料は何ひとつ送られておらず,弁護人が就いていた形跡が全くなかったというものです。その事例は,事件記録を見た検察官が親切で,被疑者を呼び出す電話をかけた際に「弁護士に依頼してはどうですか。」と勧めてくれたおかげで,こうした事態が比較的早期に発覚したのですが,それも結果論に過ぎません。警察署の担当官が悪意を持って行ったとしか言えない事案ですが虚偽の報告ではありません。勉強不足の捜査官により引き起こされます。起訴前の弁護人が少なかった時代の悪しき慣習です。
 結局,弁護人になろうとする弁護士が提出した弁護人選任届や意見書などのコピーは,担当警察官の机の引出しにしまわれたのか,破いて棄てられたのかは分かりませんが,早期の弁護人選任の事実が揉み消されたことになります。
 法的には,弁護人の選任が効力を生じるのは連署した弁護人選任届を提出したときからであり(コピーはあくまで写しですから特に「書面の写しでも良い」と規定されている場合以外は書面とは扱われません),弁護人選任届は何としても受け取ってもらい,後日提出したことの証として弁護人用の控えを用意して,それに受領印を押してもらうべきです。
 警察官がなぜ受け取りを渋るのかについては,うるさそうな弁護人が就いて自分の仕事がやりづらくなるというふうに思うパターンもあるのかもしれませんが,多くの場合,単に刑事訴訟法30条と刑事訴訟規則17条を知らないだけということのように感じます。確かにいちいち面倒なところはあるかもしれませんが,きちんと説明すれば受け取ってもらえますし,それほど長い論争が必要な問題でもありません。

【どの弁護士に依頼しても同じではないことに注意】

 あなたが最初に相談をした弁護士は,刑事訴訟法30条と刑事訴訟規則17条を知らなかったか,失念していたのかもしれません。それで,警察に受け取りを断られたときに反論ができず,自分なりに粘ってコピーだけを受け取ってもらえた経験があったので,そのように回答したのではないでしょうか。
 伝聞だけでほかの弁護士に対する論評をするつもりはありませんが,一般論として,警察にダメと言われたことがあるからダメなのだろうと諦めるような姿勢でよいのでしょうか。仮に条文がすぐに見つからなかったとしても,弁護士ならば直感的におかしいと感じて,調べる,ということができるはずではないかと思います。
 従来は,弁護士の数も少なく捜査段階における刑事事件を扱う弁護士が少なかったのが実情です。捜査段階における弁護は,時間的な制約もあり民事事件を多く抱える弁護士は弁護人となることを躊躇していたのがこれまでの実情です。しかし,近時の弁護士の増加により,捜査段階における刑事事件にも積極的に弁護活動ができる体制が整いつつあります。ただ,弁護士が多くなったことから弁護士を選別して依頼する必要があります。どの弁護士に依頼しても同じ仕事をして同じ結果が得られるというなら,弁護士費用が安ければ安い方が依頼者としては得ですが,実際は,弁護士の仕事には個性があります。特に弁護士の数が増加した現状では依頼者の側で弁護士を選別する必要があります。依頼する側にとっては一生に一度あるかないかの特別な場面ですから,料金表だけを見て決めるのではなく,どんな弁護士であるか,捜査段階の刑事事件弁護の知識と経験に加え,時間的な余裕や熱意があるか,という点を考慮して依頼する必要があります。

【弁選受領問題の背景について】

 前述のように警察捜査機関への弁選原本の提出は送検前弁護活動の基本,大前提であり当然のことです。但し,事件の内容にもよりますが,送検前の起訴前弁護で弁護人がつくのは何らかの形で警察捜査機関の協力が必要な場面が意外と多いので問題があることも理解する必要があります。例えば,ワイセツ事件の被害者の特定ができないような事件で和解,示談が必要でありどうしても捜査員に連絡先,住所開示を求める場合や被害状況の確認,余罪捜査立件予定状況確認,被疑者に有利な証拠の収集等警察署は情報の宝庫であり担当官の対応について一概に無視することもできません。弁選を受け取る,受け取らないで議論となり,捜査の密行性を理由に捜査機関からの情報収集関係が立ち消えてしまうのも心配です。
 どちらを優先するかですが,まずは,実質的な弁護活動を優先してしまい,コピーなどを渡してくるのも方法ですが,前述のように弁護人の提出書類をもみ消す暴挙を行う危険がゼロとは言えないような気がします。大抵の場合,検察官との交渉でそのような事実が明るみに出るのが通常ですが油断はできません。送検前であれば,警察署の捜査担当者に何度も面会し,お話しして情報収集,事件終了まで一定の友好的信頼関係を築くのも方法です。いや,これが信義則に基づく当事者主義のあるべき姿と考えるべきでしょう。
 一般論になりますが,警察捜査担当者(通常3人程度います)との交渉は,何度も足を運び無視できない状況を作るのが手堅い方法と思います。何度も弁選受領を要請し途中から原本を提出してもいいわけです。公訴権は検察官が独占していますが,実際捜査の資料収集は警察署担当者が支えているのが現状です。しかし,検察官とは交渉するが,警察捜査担当者とはあまり面会,交渉しない弁護人が意外と多いのです。これを軽視すると後の弁護活動に大きな影響を及ぼす場合があります。ほとんどの場合,この影響を知らないまま弁護活動を終了し,結果として被疑者側に不利益となる場合もあります。弁護人としては検察官と同様に何度も警察署担当者を訪問し,柔軟なる対応により情報を収集確認し,警察捜査官の弁選受け取り拒否の権限濫用を抑制,防止していく必要が求められています。起訴前弁護が充実していなかった時代の悪しき慣習を一刻も早く解消したいものです。貴方も,頼んだ弁護人にどうしてコピーしか渡さなかったのか良く事情を確認してください。特別な理由があるかもしれません。

≪参照法令≫

【刑事訴訟法】
第三十条  被告人又は被疑者は,何時でも弁護人を選任することができる。
○2  被告人又は被疑者の法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族及び兄弟姉妹は,独立して弁護人を選任することができる。
第三十二条  公訴の提起前にした弁護人の選任は,第一審においてもその効力を有する。
○2  公訴の提起後における弁護人の選任は,審級ごとにこれをしなければならない。

【刑事訴訟規則】
(被疑者の弁護人の選任・法第三十条)
第十七条 公訴の提起前にした弁護人の選任は,弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り,第一審においてもその効力を有する。

【憲法】
第三十四条  何人も,理由を直ちに告げられ,且つ,直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ,抑留又は拘禁されない。又,何人も,正当な理由がなければ,拘禁されず,要求があれば,その理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

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