地方公務員は略式起訴でも起訴休職となるか
行政|起訴休職処分の意義、裁量権とその限界|東京高裁昭和61年10月28日判決
目次
質問
万引きが見つかって、在宅で取調べを受けている一般職の地方公務員です。万引きした被害品はその場で買い取っています。初犯ですが、一度検察官に呼ばれた際、「次回、略式起訴にする。」と言われました。
地方公務員が起訴された場合、起訴休職という制度があると聞いていますが、略式起訴の場合でもこれが適用されるのでしょうか。
現在、職場からは、「司法処分を待つ。」と言われていますが、出勤はさせてもらっています。私はどうなるのでしょうか。
回答
通常、略式起訴の場合には起訴休職とはならないと見込まれます。法律上は、起訴休職について、正式起訴(公判請求)と略式起訴とで区別を設けていませんが、起訴休職処分をするか否かについては任命権者の裁量があるとされており、その裁量権の限界との関係上、起訴休職処分まではされないものと予想されます。
しかし、肝心なのは、起訴休職の分限処分がされるか否かではなく、その後の懲戒処分がどうなるかです。
刑事事件の観点、懲戒処分の観点のいずれにおいても、被害品の買取りだけでは、情状資料として甚だ不十分です。成否はともかく、示談の試みを尽くすべきです。具体的には、告訴、被害届の取消、取下げ、示談書作成、不起訴処分の要請、行政処分に対する被害者側の上申書作成です。検察官に一度呼ばれていますが、今からでも遅くありません。弁護士により処分延期の交渉ができるからです。送検前であれば、万引きの額によっては、微罪処分(書類送検なし 実務上被害額2万円以下で情状が認められるもの。後記参照。)も可能な事件です。
懲戒処分の軽重を決する事情として、刑事処分がどうなるかは重要な指標の一つです。また、今後、報道されるようなことがあれば、不利な事情になるでしょう。
公務員の万引き事件における懲戒処分への対応は『公務員の万引きと懲戒免職回避』をご覧ください。
また、その他公務員の懲戒処分に関する事例集はこちらに掲載しています。
解説
1 起訴休職制度の意義
地方公務員法28条2項は、「職員が、左の各号の一に該当する場合においては、その意に反してこれを休職することができる。」と規定し、その第2号において「刑事事件に関し起訴された場合」が掲げられています。
この休職の分限処分を「起訴休職」と呼んでいます。
起訴休職の手続や効果については、地方自治法28条3項が「職員の意に反する降任、免職、休職及び降給の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。」としており、条例準則においては、休職期間について、当該刑事裁判が裁判所に係属する間とされています。休職となった者は、職員としての身分は有しますが、職務に従事できません。
2 起訴休職制度の趣旨
地方公務員法が起訴休職制度を設けた趣旨は、大きく2つあります。
1つは、公務に対する信頼の確保です。有罪判決が確定するまでは無罪推定が働くことは勿論だとしても、起訴するという判断までされた段階においては、引き続き公務に従事させることが住民からの公務に対する信頼確保のうえでは障害となり得るため、起訴という検察官の判断がされた場合には、職務に従事させないことができるとされました。
もう1つは、公務員の職務専念義務の確保です。起訴後も引き続き身柄を拘束されている場合は当然として、在宅起訴や起訴後の保釈などにより在宅の場合であっても、刑事裁判の準備や公判期日への出頭などから職務専念義務を果たせないおそれがあるため、職務に従事させないことができるとされました。
3 起訴休職処分をするうえでの裁量権とその限界
地方公務員法28条2項は、「~することができる」という文言で、いわゆる「できる規定」となっています。休職処分をすることもできるし、しないこともできる、ということです。するか、しないかの選択について任命権者に裁量権が与えられているのです。 この点、前述の起訴休職処分の制度趣旨は極めて妥当なものとはいえますが、他方で、処分を受ける職員にとっては、給与の支払がされないなど非常に大きな不利益を被ります。
このため、上述の任命権者の裁量権については、全くの自由裁量ではなく、起訴された事案の内容や、対象となる職員の地位などのほか、起訴休職処分とされた場合の不利益をも考慮して、起訴休職制度を設けた趣旨に適合し、かつ必要な限度においてのみ休職処分に付することができると解すべきです(東京高裁昭和61年10月28日判決同旨)。
4 略式起訴の場合に起訴休職処分をなし得るか
略式起訴された公務員に対して起訴休職がされ、その効力が争われたという裁判例は見当たりません。したがって、ここまで述べた理論からの考察に過ぎませんが、結論としては、略式起訴の場合に起訴休職処分とすることは、裁量権の逸脱として無効となる可能性が非常に高く、任命権者側としても慎重に考えざるを得ないのではないかと思われます。
確かに、窃盗罪の嫌疑を受けて起訴された人物が公務員として職務に従事することについては、一般住民がこのことを知れば、相当な違和感を覚えてしまうこともやむを得ないでしょう。公務に対する信頼確保の要請は、一応及ぶものといえます。しかし、特に報道がされたという事情もなく、公開の法廷が開かれる予定もないのであれば、この要請は未だ非常に抽象的な限度にとどまるともいえます。
加えて、略式起訴は、事実関係に争いがなく、罰金刑を相当とする事案について、公判期日が開かれることなく裁判所が書面審理のみを行い、14日以内に略式命令を発するという手続であることからすると、職務専念義務確保の要請は働かない場面であるといえます。
一方、当該職員としては、刑事事件が裁判所に継続している期間こそ短いとはいえ、休職処分による身分上、経済上の不利益は現に存在するといえます。
以上を総合すれば、あえて休職処分に付することが要請される場面にはあたらないものと解するのが相当です。
もっとも、この結論は、起訴なら休職処分はなしえないと帰結されたのではなく、事案への当てはめの結果に過ぎませんから、職制上の地位や、事件が周知されてしまった程度などによっては異なる結論となる余地もあるでしょう。起訴休職も懲戒処分の停職と同様の効果を伴うものであり、懲戒処分の基本的考え方が適用されます。
懲戒処分の基本的な判断枠組みは判例で次のように示されています。
最高裁昭和47年(行ツ)第52号昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照。
懲戒権者は、非違行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の当該行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量に基づき決定することができると解される。もっとも、その裁量も全くの自由裁量ではなく、裁量権の行使に基づく懲戒処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合には、その懲戒処分は違法であると解するのが相当である。
略式手続による罰金の場合も上記基準から、事件の内容を慎重に検討し判断されるでしょう。職務続行による公的業務への信頼性・適正の保持の利益と、当該公務員の身分保障の利益考慮ですが、少額の万引きによる罰金の場合には公務員の身分保障が優先することが多いと思われます。
5 諭旨退職、懲戒処分が控えている可能性
起訴休職に関する解説上ですが、冒頭の回答で触れたとおり、本件であなたにとって重要な問題は起訴休職処分ではありません。刑事処分後に控えていると予想される諭旨退職の説得や、懲戒処分です。
略式起訴の場合、判決としては罰金刑が言い渡されますから、欠格事由である禁錮以上の刑にはあたらず、自動失職にはなりません(地方公務員法28条4項、16条2号)。
なお、諭旨退職(諭旨免職ともいいます。この場合、免職という言葉を使いますが退職と同義語です。)とは、通常の免職と異なり処分者が諭し反省を促して処分対象者が自発的に職を辞することを要請する処分です(通常は停職以下の懲戒をして自主退職を認める形になります。)。強制的に職を剥奪されたのではなく、自発的に退職したので途中退職と同じように退職金の支給がなされますが、懲戒処分があればその分減額されます。
地方公務員法には諭旨退職は記載されていませんが、地方自治体が独自に内規(地方公務員法29条)として処分基準を作成し、諭旨退職がその基準として規定されているのが通常です。この場合、手続き的には事実上退職の意思を確認してから(反省の意思を確認してから)処分がなされることになるようです。結果的には依願退職と同様になります。
しかし、窃盗罪となるべき事実が裁判所に認定され、罰金刑とはいえ有罪判決を受けたとなれば、懲戒事由にあたるでしょう(地方公務員法29条1項3号)。単に道徳的に非難を受ける行為にとどまらず、民事上の不法行為責任が問われたのみの行為でもなく、犯罪行為ですから、重い処分を覚悟する必要があります。
また、今のところ報道はされていないとしても、起訴の段階や判決の段階で報道されるおそれも残っていると注意すべきです。事件が公になればなるほど処分の厳しさや諭旨退職の説得の強さも比例して増していく危険があります。
6 刑事事件への対応
このような見通しからすれば、その場で被害品の買取りだけをして、漫然と略式起訴を待っているべきでないことはお分かりいただけるでしょう。起訴猶予処分が得られる可能性がないか、あらゆる手段を尽くすべきです。
『公務員の万引きと懲戒免職回避』に万引き事案の窃盗被疑事件における情状弁護に関する相談事例を載せてありますので、これを読んだうえですぐに弁護士に依頼することを考えてください。
以上