新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:先日,電車の中で,女性の臀部を下着の上から触ってしまい,警察で取調べを受けています。罪名は強制わいせつ罪ということなのですが,下着の上から触った場合でもこのような重い罪に問われてしまうのでしょうか。 解説: (1)わいせつな行為 条例が規定する「人を著しくしゆう恥させる卑猥な言動」という言葉の解釈ですが,強制ワイセツ罪の「わいせつ行為」との差はどこになるのかが問題となります。前述のように,強制ワイセツのわいせつの概念は,「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反する行為」ですが,他方,北海道の迷惑防止条例ですが,「卑わいな言動」の解釈について,「社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語または動作など」と判示されています(最高裁平成20年11月10日判決)。東京都の条例も基本的に同様の解釈になります。 迷惑防止条例の趣旨は,抵抗を著しく困難にするような暴行,脅迫がなくとも,事実上被害者の性的羞恥心,プライバシーが侵害される事件が多発し,これを実質的に保護しようとするものです。ただ,強制わいせつ罪に該当しないような性的羞恥心,プライバシー侵害を全て刑罰の対象とすると処罰の拡大につながる恐れがあり公衆における卑猥な言動のみを処罰の対象にしたものと思われます。すなわち,公衆の条件がなければ民事上の慰謝料請求の問題となります。例えば,マンションの自室で女性の臀部を触ったような場合です。以上から,強制ワイセツと条例違反の区別基準は,暴行,脅迫の存在と,ワイセツ行為の程度の違いに求めることができるものと考えられます。 3 (痴漢行為における強制わいせつ罪と迷惑防止条例違反の差異) 強制わいせつ罪及び迷惑防止条例違反の適用関係について如何に解するかについて迷惑防止条例における保護法益の解釈と関連して議論のあるところではありますが,一般的には,暴行・脅迫を伴うわいせつ行為については,強制わいせつ罪のみが成立し,迷惑防止条例違反は,これに吸収され,迷惑防止条例違反が成立する余地はないと考えられているようです(包括一罪説,その他法条競合説もあります。)。もっとも,検察官の捜査権限(刑訴法191条)及び起訴便宜主義(刑訴法248条)の下,検察官がかかる場合にも迷惑防止条例違反で捜査及び公訴することは理論上可能のようにも思われます(この点は強制わいせつ罪で告訴が取消された場合,条例違反で起訴できるかという問題に関連しますが,理論上可能としても被害者の告訴の取消により処罰を望まないという意思を重視すれば,告訴取消があった場合は条例違反でも起訴できないと考えるべきです)。 (1)前提となる判例 (2)強制わいせつ罪の暴行・脅迫に該当する具体的な態様 (3)考察 裁判例: 「抑も接吻はこれがなされる時の情況如何によりその猥褻行為としての違法性が阻却される場合が尠くないことは言うを俟たないけれども本件において被告人が原判示第一の如き経緯,事情を以て●●●●●の意に反してその肩を抱きしめ無理に同女の口に接吻をしたことは反社会性ある行為を以て目にするに足り正に刑法第一七六条にいわゆる暴行を以て猥褻行為をなした場合に該当すること毫も疑を挿む余地がない。」 <名古屋高裁平15年6月2日判決>抜粋 ≪条文≫ <刑法> 北海道公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例 (卑わいな行為の禁止) 参考文献:
No.1323、2012/8/21 11:57 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事・強制ワイセツと迷惑防止条例違反行為の判断基準・名古屋高裁平15年6月2日判決・広島高裁松江支部昭和27年9月24日判決】
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回答:
1 下着の上から臀部を触った行為も,強制わいせつ罪に該当する場合があります。電車内の痴漢行為について,下着の上から触っただけであれば強制わいせつ罪ではなく,迷惑防止条例違反となる,などという話を聞くことがあります。しかし,法律上は,下着の中に手を入れれば強制わいせつとなり,下着の外から触れた場合には迷惑防止条例違反となるという区別にはなっていません。下着の上から女性の臀部を触った場合であっても,その態様によっては,強制わいせつ罪における暴行・脅迫が認められ,同罪が成立する可能性は十分あります。
2 強制わいせつ罪(刑法176条前段)に該当するか迷惑防止条例違反(各都道府県によって正式名称は様々)にとどまるかの分岐点は,強制わいせつ罪の構成要件である暴行・脅迫の存否にあります。この点について解説で詳しく説明しますが,強制わいせつ罪における「暴行・脅迫」の該当性は,その判断に十分な知識経験が要求される場合が多くありますので,弁護士に詳しい事実関係を説明して判断してもらう必要があります。
3 関連事例集論文1257番,686番,622番,415番,390番参照。
1 (強制わいせつ罪について)
強制わいせつ罪は,13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした場合に成立します(刑法176条前段)(13歳未満の男女に対して行った場合は,手段・同意の有無に関わらず本罪が成立します。)。そして,6月以上10年以下の懲役という重い刑罰が規定されています。
本罪が成立するための客観的構成要件は,以下のとおりです。
わいせつな行為とは,性的な意味を有し,本人の性的羞恥心の対象となるような行為をいいます。「わいせつな行為」とは,いたずらに性欲を興奮又は刺激させ,かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反する行為をいうとされています(最大判昭和32年3月13日刑集11巻3号997頁)。なかなか難しい言葉ですが,被害者の性道徳や性秩序を害するような行動がこれにあたるものといえます。
(2)暴行・脅迫
本罪にいう暴行・脅迫とは,相手方の反抗を抑圧する程度のものである必要はありませんが,反抗を著しく困難にする程度のものであることが必要です。
(3)補足
このように,強制わいせつ罪が成立するためには,相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫があったことが必要となります。
かかる強制わいせつ罪の構成要件を一見すると,暴行脅迫を手段として相手の反抗を著しく困難にしたうえで,わいせつな行為をするのが強制わいせつ罪で,いわゆる満員電車などで行われる痴漢行為に本罪の成立する場合が極めて限定されるのではないか,という疑問が生じます。しかし,わいせつ行為自体が相手の反抗を著しく困難にする程度の暴行,脅迫行為に該当する場合も,強制わいせつ罪が成立するとされていますから,電車内での痴漢行為に本罪が成立するケースは非常に多くあります。満員電車で動きが取れない女性の臀部を鷲掴みにしたり,なでまわしたりする行為は,身動きが取れない相手の反抗を著しく困難にする暴行行為であり,かつわいせつな行為と言えます。
詳細につきましては,3の項に記載がありますのでご参照ください。
2 (迷惑防止条例違反について 制定趣旨)
上記のとおり,迷惑防止条例違反の正式名称は,都道府県ごとに異なる場合があり,その内容にも若干の差異があります。
ここでは,便宜上,東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」を念頭に解説します。
迷惑防止条例5条1項は,「何人も,人に対し,公共の場所又は公共の乗り物において,人を著しくしゆう恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑猥な言動をしてはならない。」と規定しており,これに違反した場合は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されます(迷惑防止条例8条1項2号)。
電車内での痴漢行為の多くがかかる迷惑防止条例の同規程に違反することには争いがないと思われます。
上記で説明したとおり,電車内での痴漢行為は,@強制わいせつ罪に該当し,さらに,迷惑防止条例違反ともなる場合,A迷惑防止条例違反のみが成立している場合の2つの場合に大別されます(公共の場所又は公共の乗り物でない場所におけるわいせつ行為については,強制わいせつ罪のみが成立する場合もあるでしょう。)。
両罪の適用関係については,上記のとおりですが,それでは,本項で問題とすべき,電車内での痴漢行為のうち,強制わいせつ罪に問われる場合とはどういう場合なのかという点について,考察を交え,解説します。
大審院大正13年10月22日判決は,暴行自体がわいせつな行為である場合にも,強制わいせつ罪が成立すると判示しています。
かかる判例からすれば,痴漢行為(ワイセツ行為)の態様そのものが暴行・脅迫と評価されるものである場合には,強制わいせつ罪が成立するということになります。
すなわち,痴漢行為の態様が暴行・脅迫と認められるか否かが,多くの場合,強制わいせつ罪となるか迷惑防止条例違反となるかの分岐点ということになります。
上記で説明したとおり,強制わいせつ罪における暴行・脅迫が認められるためには,それが反抗を著しく困難にする程度のものであることが必要とされていますが,いかなる痴漢態様が強制わいせつ罪における暴行・脅迫に当たるのでしょうか。
以下では,その具体的な態様について検討します。
ア 臥床中の婦女の肩を抱き手を陰部に触れる行為
イ 婦女の意思に反して指を陰部に挿入する行為
ウ 相手の意思に反して強いて接吻する行為(広島高松江支判昭和27年9月24日)
エ トイレ内で被害者の背後から左手でその臀部を着衣の上からなで回す行為(名高判平15年6月2日)
オ 停止中の乗用車運転席に乗車していた女性に対し,運転席のドアをいきなり開けた上,車外から同女の腕をつかんで引き寄せてしたわいせつ行為
以上のように,強制わいせつ罪における暴行・脅迫行為は,様々ですが,実際には,上記態様よりも緩やかな態様によっても強制わいせつ罪における暴行・脅迫が認められるケースが多いようです。
電車内において女性の臀部を触る行為について,下着の中に手を入れた場合には強制わいせつ罪,下着の外から触った場合には迷惑防止条例違反という話をよく聞きますが,かかる解釈は,電車内において,女性の下着の中に手を入れるという行為態様に当該女性の反抗を著しく困難にするという強制わいせつ罪における暴行・脅迫が認められるケースが多いという考えに基づいたものであると思料されます。
たとえば,下着の上から臀部を触っていても,これを長時間にわたり行ったり,鷲掴みにしたなどの場合には,強制わいせつ罪の暴行・脅迫が認められ,同罪が成立する可能性はありますし,他方,下着がめくれるなどしても,臀部を触った際に一瞬めくれてしまったような場合(強制わいせつ罪の故意の問題と考えることもありえますが)には,迷惑防止条例違反にとどまる可能性もあります。
なお,強制わいせつ罪における暴行・脅迫行為は,その態様のみではなく,場所,時間帯,被害者の人的性格,行為者の人的性格などを総合考慮して決せられるものですので,個別のケースについて,これらの要素を考慮し,個別的に慎重に判断されるべきものとなります。
<広島高裁松江支部昭和27年9月24日判決>抜粋
「強制わいせつ罪にいう「わいせつ」の内容については,原判決が(争点に対する判断)において説示するとおりであるところ,関係証拠によれば,被告人は,いずれの被害者に対しても,その臀部を手のひらでなで回していること,被害者は二一歳及び一四歳の女性であったことが認められ,こうした行為は,着衣の上からされたものであっても,その部位及び態様から客観的にみてわいせつ行為と解するのが相当である。ことに原判示第一の犯行は,臀部をなで回しただけでなく,被害者の胸部をもなで回しており,そのわいせつ性は明らかである(なお,原判決は,犯罪事実第二について,「同女をトイレ内に誘い込み,同トイレ内において,同女をしてトイレ奥に設置された水槽タンクの蓋を持ち上げさせた上,その背後から左手でその臀部を撫で回し,もって,強いてわいせつな行為をした。」と認定判示するが,一三歳以上の者に対する強制わいせつ行為は,暴行又は脅迫を手段としてされるものであるから,犯罪事実の摘示においては,わいせつ行為の事実はもとより,暴行又は脅迫の事実も摘示しなければならないところ,上記記載からは,暴行又は脅迫に該当する事実が何であるのか必ずしも判然とせず,強制わいせつ罪の事実摘示として,その表現は不適切といわざるを得ない。もっとも,強制わいせつ罪の暴行は,被害者の意思に反してわいせつ行為を行うに必要な程度に抗拒を抑制するもので足りるから,トイレ内で被害者の背後から左手でその臀部をなで回す行為が,わいせつ行為であるとともに強制わいせつ罪の暴行に当たると解されるし,原判決の犯罪事実第二の判示を総合的・全体的にみると,その旨判示したものと解するのが相当である。)。そうすると,原判決には所論がいう法令適用の誤りは認められない。」
第百七十六条 十三歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。
<公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)>
第五条 何人も,人に対し,公共の場所又は公共の乗物において,人を著しくしゆう恥させ,又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
第八条 次の各号の一に該当する者は,六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二条の規定に違反した者
二 第五条第一項又は第二項の規定に違反した者
三 第五条の二第一項の規定に違反した者
<刑事訴訟法>
第百九十一条 検察官は,必要と認めるときは,自ら犯罪を捜査することができる。
2 検察事務官は,検察官の指揮を受け,捜査をしなければならない。
第二百四十八条 犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる。
第2条の2
何人も,公共の場所又は公共の乗物にいる者に対し,正当な理由がないのに,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 衣服等の上から,又は直接身体に触れること。
(2) 衣服等で覆われている身体又は下着をのぞき見し,又は撮影すること。
(3) 写真機等を使用して衣服等を透かして見る方法により,衣服等で覆われている身体又は下着の映像を見,又は撮影すること。
(4) 前3号に掲げるもののほか,卑わいな言動をすること。
2 何人も,公衆浴場,公衆便所,公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいる場所における当該状態の人の姿態を,正当な理由がないのに,撮影してはならない。
・刑法(初版) 山口厚 株式会社有斐閣
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