歯科医師の医道審議会・児童ポルノの多数人に対する提供・処分例
刑事|医業停止処分を回避|児童ポルノ法|東京地方裁判所平成18年2月24日判決
目次
質問:
私は歯科医師をしていますが,いわゆるファイル共有ソフト(不特定多数のユーザーが,インターネットを利用してファイルを共有するためのソフトウェアである。)をプライベートで使っていました。
そのファイル共有ソフトは,自分がアップロード(通信回線やネットワークを通じて,別のコンピュータへデータを下位から上位に送信すること。反対語ダウンロード。ロードは転送を意味する。) したデータ量に応じてファイルをダウンロードできる仕組みですので,私は,できるだけ多くのファイルをダウンロードするために,これまで自分がインターネットでダウンロードしたすべてのファイルをアップロードしました。そうしたところ,その中に,たまたま興味本位でダウンロードした児童ポルノに該当するファイルが含まれていたため,私は,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で警察に逮捕されてしまいました。
その後,送検され,検察庁では略式手続により罰金50万円を納付したのですが,つい先日,今度は県庁から,医道審議会についての書類が届きました。私はこれからどうなるのでしょうか。なお,刑事処分の際には弁護人を選任していませんでした。
回答:
1.医道審議会における,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反での処分例は,いずれも医業停止3月以上となっています。したがって,このままですと,あなたにも医業停止処分が科される可能性が高いといえます。
2.しかし,医道審議会でのこれまでの処分例はいずれも児童買春の事案か児童ポルノ製造の事案であり,当事務所が現時点で知りうる限り児童ポルノ頒布の事案は存在しません(児童ポルノ法7条4項 )。児童買春や児童ポルノ製造と比較したときの本件事案の特質や,その他にあなたにとって有利な事情を弁明聴取手続で主張することにより,医業停止処分を回避することが出来る可能性も十分にあります。
3.なお,現在の法律では児童ポルノの所持自体には罰則規定はありませんが(条例で所持自体を罰している場合もあります),所持自体を厳罰にすべきであるという主張も有力ですし,刑罰に拘わらず,人間として道徳的に恥ずべき行為ですから行政処分にかかわらず二度と拘わらないよう注意して下さい。
4.医道審議会に関する関連事例集参照。
解説:
1.医道審議会の手続の概要
(1) 歯科医師法の定める事前手続
ア 「意見の聴取」もしくは「弁明の聴取」手続
歯科医師法には,歯科医師が罰金以上の刑に処せられた場合,厚生労働大臣が「免許取消,3年以内の医業停止,戒告」処分ができることを定めていますが(歯科医師法4条3号,第7条2項),厚生労働大臣がこれらの処分を行うにあたっては「意見の聴取」もしくは「弁明の聴取」を行うことに加えて,医道審議会の意見を聞くことが要求されます(歯科医師法7条4項,5項,13項)。
「意見の聴取」と「弁明の聴取」のいずれの手続を行うかは,あなたに対して免許取消処分が予定されているかによって異なりますが,罰金50万円の児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反で免許取消がなされることは考えられませんので,あなたは今後「弁明の聴取」という手続に服すことになるでしょう。
イ 「弁明の聴取」手続の概要
「弁明の聴取」手続は,医師免許取消という重大な処分が予定されていない場合の手続ですから,医師免許取消が予定されている「意見の聴取」よりは簡易な手続となります。もっとも,歯科医師法は,「弁明の聴取」について,聴取を口頭で行うことを認め(同条12項3号),代理人を出頭させ,証拠物及び証拠書類を提出させることも認めていますので(同条14項),「意見の聴取」手続との違いは,参加人,補佐人の制度がないこと,文書閲覧権がないこと以外にはありません。
このとおり,「弁明の聴取」においても,代理人を選任できることが法律に定められていますし,代理人が弁明の聴取期日に出頭して意見を述べ,証拠物や証拠書類を提出することも認められています。弁護士は,この手続における代理人となることについて非常に高い適性を有しておりますので,自分で弁明が十分できないようであれば,まずは弁護士に代理人になってもらい,弁明の聴取手続に出頭してもらうと良いでしょう。
2.医道審議会における考慮要素
代理人は,あなたに対する弁明の聴取手続の中で,あなたに対する処分について意見を述べ,有利な証拠を提出することになりますが,その前提として,あなたに対する行政処分を決める際,どのような事情が考慮されるのかを把握する必要があります。歯科医師に対する行政処分を決する上での考慮要素について,裁判例は以下のように述べており,代理人が活動するうえで大いに参考になります(裁判例は医師についてのものですが,この判示は歯科医師についてもそのまま当てはまるでしょう)。
【東京地方裁判所平成18年2月24日判決】
『…医師法7条2項は,医師が「罰金以上の刑に処せられた者」(同法4条3号)又は「医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者」(同条4号)に該当するときは,厚生労働大臣は,その免許を取消し,又は一定の期間を定めて医業の停止を命ずることができる旨規定している。前示のとおり,この医師法7条2項の規定は,医師が同法4条3号又は同条4号の規定に該当することから,医師として品位を欠き人格的に適格性を有しないと認める場合には医師の資格をはく奪し,そうまでいえないとしても,医師としての品位を損ない,あるいは医師の職業倫理に違背したものと認められる場合には一定期間医業の停止を命じて反省を促すべきものとし,これによって医療等の業務が適正に行われることを期するものであると解すべきである。このように医師法4条3号及び4号の関係で,同法7条2項を考えると,医師が同法4条3号又は4号の規定に該当する場合に,免許を取り消し又は医業の停止を命ずるかどうか,さらに,医業の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは,当該刑事罰の対象となった行為又は当該医事に関する犯罪若しくは不正の行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該医師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮し,同法7条2項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ,その判断は,医道審議会の意見を聴く前提の下で,医師免許の免許権者である厚生労働大臣の合理的な裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。それ故,厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした医業の停止を命ずる処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきである(最高裁昭和61年(行ツ)第90号同63年7月1日第二小法廷判決・訟務月報35巻3号512頁参照)』
以上のとおり,上記の裁判例は,医師に対する行政処分を決する際には,「当該刑事罰の対象となった行為又は当該医事に関する犯罪若しくは不正の行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該医師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮」するものとしており,その考慮要素は非常に多岐にわたっています。
3.今回のケースで主張すべき事情
以上の通り,医道審議会における考慮要素は多岐にわたりますが,今回のケースで主張が可能と思われる事情は以下のとおりです。
(1) あなたの行為が,過失に極めて近い態様であること
ア まず主張すべきなのは,あなたが,ことさら児童ポルノに該当するファイルのみを選んでファイル共有ソフト上にアップロードしたのではなく,あなたがアップロードしたファイル群の中に,児童ポルノに該当するファイルが含まれていたに過ぎないという点です。
イ 児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下,「児童ポルノ禁止法」という。)の定める犯罪類型はいずれも故意犯のみを処罰するものですので,あなたに「故意」,本件に即していえば「児童ポルノを公然陳列していることの認識」がなければこれを処罰することはできません。
今回,あなたは刑事手続で罰金50万円を科されたとのことですので,検察官や裁判官の判断としては,あなたに「故意」が認められるということなのでしょう。確かに,あなたは興味本位で児童ポルノに該当するファイルをダウンロードしたことがあったとのことですから,これまでダウンロードしたファイルを共有ソフト上にアップロードする際「もしかしたら,児童ポルノに該当するファイルも一緒にアップロードされてしまうかも知れないという未必的認識」は有していたと判断されれても仕方がないかも知れません。しかし,「児童ポルノに該当するファイルをアップロードする確定的な認識」までは有していなかったこともまた間違いがありません。
あなたの「もしかしたら児童ポルノに該当するファイルも一緒にアップロードされてしまうかも知れないという未必的認識」は,刑法上,過失と境を接する「未必の故意」に過ぎません。もちろん,未必的とはいえあなたに故意が認められる以上,あなたの刑事責任が否定されるわけではありませんが,あなたの行為が限りなく過失に近い態様であって,処分対象者に対する刑事責任を肯定するうえで限界的な事例であることは,上記の裁判例における「当該刑事罰の対象となった行為…の種類,性質,違法性の程度,動機,目的」に関する事情として,大いに斟酌されるべきといえるでしょう。
(2) 刑事手続の段階で弁護活動が行われていれば不起訴処分も見込まれた事案であること
上記のとおり,あなたの行為態様は限りなく過失に近いものですので,刑事手続の段階で弁護人が積極的に弁護活動を行い,検察官に良情状を主張していれば罰金額がより低額になり,場合によっては不起訴(起訴猶予)処分となった可能性もあります。
不起訴処分となっていれば,そもそも医道審議会の対象となることもないわけですから,このことを根拠に医道審議会において不処分(厳重注意)を求めることには十分な理由があるといえます。
(3) 児童買春の事案と比べて悪質性が極めて低いこと
児童買春の事案における医道審議会の処分は,その罰金額の多寡にかかわらず一律に医業停止3月以上とされています。これらの事案の特質として挙げられるのは,被害児童の年齢が14~16歳であり,いずれの事案においても,被処分者が,被害児童が18歳未満であることを知りながら敢えて買春に及んでいると考えられること,そして,買春行為が被害児童の権利を直接侵害するものであることです。
これに対し,あなたの行為は過失に近く,児童ポルノ禁止法に違反することについての明確な認識があったとはいえません。また,あなたの行為により児童に生じる法益侵害結果は間接的なものですし,あなたが頒布したとされるファイルは,いずれも既に共有ソフト上に出回っていたものをダウンロードして入手したものであることからすれば,あなたの行為は,被害児童の権利をまったく新たに侵害するものでもなく, 児童買春の事案に比して,その悪質性は極めて低いといえるでしょう。このことも,上記裁判例の挙げる「当該刑事罰の対象となった行為…の種類,性質,違法性の程度」に関する事情として大いに斟酌されるべきです。
(4) その他の事情
また,上記の裁判例の挙げる「当該医師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情」についても,代理人と相談の上,しょく罪寄付を行うことでしょく罪と反省の意思を表明し,必要に応じて反省文や,他の医師等からの嘆願書等を提出するなどして,処分の軽減を求めると良いでしょう。
これらの活動のうち,裁判例に即した事案の分析は,弁護士の法的な分析能力が必要とされるものですし,その他の証拠の作成についても,弁護士からの助言がなければ困難なものが多いものと考えらます。 今回のケースでは,あなたにとって有利な事情を余すことなく主張することができれば,戒告または厳重注意(不処分)に終わることも十分に考えられますので,弁護士にご依頼され,的確な助言のもとに手続を進められることをお勧めします。
以上