新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は,社会人になった頃から実家を出て,職場近くのアパートの部屋を借りて一人暮らしをしているのですが,数か月前からお風呂のガス給湯器が故障してしまい,お風呂のお湯が出なくなってしまいました。以前にもガス給湯器が故障したことがあり,その時は修理してくれたのですが,しばらくしてまた故障してしまったのです。貸主であるオーナーさんには修理してもらいたいと何度かお願いしているのですが,いまだに修理してもらえていません。修理では駄目で,今回は取替えが必要になるようなのですが,交換費用に何十万円かかかるようです。入居の時に仲介をしてくれた不動産屋にも相談して,不動産屋からお願いしてもらったこともあるのですが,埒が明きませんでした。お湯が出ないままなのに家賃を払い続けるのが悔しくて,ここ3,4か月は家賃を払うのを止めていたところ,先日,オーナーから契約解除の通知が送られてきて,アパートから出て行け,未払い分の家賃を払えと言われてしまいました。貸主が故障したガス給湯器を交換してくれないから,対抗するつもりで家賃の支払いを止めただけなのに,私がアパートを追い出されなくてはならないのでしょうか。この建物は古いですが,家賃がかなり安くて助かっていて出て行きたくないのですが,出て行かなくてはいけないのでしょうか。 解説: 2 (修繕義務違反の場合の対応) 3 (本件の場合の対応) 《参考判例》 ○東京地裁平成12年7月18日判決 事実及び理由 《参照条文》 ○民法
No.1326、2012/8/24 11:53 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事・建物賃貸借・大家が修繕義務を履行しない場合,賃料支払いを停止できるか・東京地裁平成12年7月18日判決】
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回答:
1 あなたが家賃を4カ月支払わず,貸主は,4カ月の賃料未払いを理由に賃貸借契約を解除する通知を送ってきたということですが,通常の場合4カ月間家賃を支払っていないと,一定期間内に支払えという請求があり(催告と言います),支払わない場合は解除するという通知は有効と考えられます。
しかし,本件の場合お風呂のガス給湯機が故障してお湯が出ないためお風呂に入れず,貸主に修理や交換を請求しても応じてもらえないということですから,そのような場合も家賃は支払わなければ契約を解除されてしまうのかという点が問題となります。
2 賃貸借においては,賃貸人は賃貸物の使用収益に必要な修繕をする義務を負う(民法606条1項)ものとされており,賃貸借物件の修繕について,特約がない場合は貸主がその義務を負うことになります。
賃貸人が修繕義務を履行しない場合は,賃借人の方で代わりに費用を支出して賃貸人に償還請求をすることもできます(民法608条)。
また,修繕義務の不履行について賃貸人に帰責性があり,修繕義務が履行されなかったことによる損害が生じた場合は,賃借人は賃貸人に対して債務不履行に基づく損害賠償請求をすることもできます。
3 さらに,賃貸人の修繕義務は,賃料支払義務と同時履行(民法533条)の関係に立つと考えられますので,少なくとも修繕にかかる費用の限度で,修繕がされるまでは賃料の支払を拒むことができることになります(家賃の支払い義務を免れるわけではなく,支払いをしていないことが債務の不履行とはならないという意味です)。そうすると,今回の場合,賃料の未払分が,ガス給湯器の交換費用の範囲におさまっていたのであれば,ガス給湯器の交換をしてもらえるまでは交換費用の範囲内の賃料の支払を拒むことができたことになります。その場合,賃貸借契約を解除されるような債務不履行状態があったとはいえなくなりますので,賃貸人がした解除は無効ということになり,アパートから出て行かなくてもよいことになります。
4 関連事例集論文748番,747番,271番,38番参照。
1 (賃貸人の修繕義務)
賃貸借においては,賃貸人は賃貸物の使用収益に必要な修繕をする義務を負う(民法606条1項)ものとされており,賃貸借物件の修繕について,特約がない場合は貸主がその義務を負うことになります。
賃貸借契約は,賃貸人が賃借人に賃貸物を使用収益させ,賃借人がその対価として賃料を支払うことを内容とするものですので(民法601条),賃貸人は,賃借人に対して目的物を引き渡して使用収益させる義務を負い,賃借人は,賃貸人に対して使用収益の対価として賃料支払義務を負うことになります。
このように,賃貸人は賃借人が目的物を使用収益できるような状態に置く義務があるため,その現れとして賃貸人には修繕義務が負わされているのです(民法606条1項)。なお,当事者間の特約で,一定の修繕については賃借人の負担とすることもできますので(家賃が近隣相場より著しく安く設定されている場合,一定の修繕義務を賃借人が負う特約がある場合があります),賃貸借契約書をよく確認し,具体的に問題が起きている事案において,賃貸人が修繕義務を負っているかどうか見極めることが必要になります。
このように,賃貸借においては,基本的に賃貸人が修繕義務を負っているのですが,修繕を要求しても賃貸人が対応してくれないケースもあります。
その場合は,賃借人において修繕を代わりに行い,支出した費用を賃貸人に請求する方法もあります(費用償還請求,民法608条)。修繕費用は,必要費にあたるものとして,支出した場合は直ちに賃貸人に対して償還請求することができることになります(同条1項)。もっとも,一時的に修繕費を肩代わりして負担することになりますので,それだけの金銭的余裕が必要になります。また,後になって,修繕費用の額について,もっと安くできたなどと賃貸人がクレームを付けてきてさらにトラブルになる可能性もありますので,その点は慎重にした方がよいでしょう。トラブルを避けるためには修理を賃借人が行う場合はあらかじめ費用等について貸主に対して見積り書等の書面で説明し,貸主が修理しないなら自分の方で費用を負担して修繕工事をする旨を伝えておく必要があります。
なお,賃貸人が修繕義務を履行しない場合,賃貸人に帰責性があり,修繕義務の不履行によって損害が生じたときは,賃貸人に債務不履行責任が生じますので,賃借人は,賃貸人に対して損害賠償請求をすることもできます。
さらに,賃貸人の修繕義務は,賃料支払義務と同時履行の関係に立つと考えられます。同時履行の抗弁権(民法533条)というのは,当事者がお互いに対価的意義を有する義務を負う契約において,両当事者の公平を保つために,一方の債務が履行されるまでは他方の債務の履行を拒むことができるとする権利です。これにより,少なくとも修繕にかかる費用の限度で,修繕がされるまでは賃料の支払を拒むことができることになります。裁判例も同様の見解です(東京地裁平成12年7月18日判決)。
本件の場合は,あなたが支払をストップした賃料の未払分が,ガス給湯器の交換にかかる費用の範囲におさまっていたのであれば,同時履行の抗弁権の行使として,ガス給湯器の交換をしてもらえるまでは交換費用の範囲内の賃料の支払を拒むことができたことになります。
その場合,あなたの賃料未払いは,違法なものとはいえず,賃貸借契約を解除されるような債務不履行状態があったとはいえなくなります。そのため,賃貸人がした賃貸借契約の解除は無効ということになり,あなたは本件アパートから出て行かなくてもよいことになります。
もっとも,解除通知が送られてきてしまったということですから,このまま放置せず,再度修繕を請求することや,修繕の費用について業者作成の見積書をもとに貸主に対して家賃の未払いの経緯等説明する必要があります。このような経緯があれば裁判になったとしても敗訴することはないと考えられます。
主 文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は,原告の負担とする。
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告Y1は,原告に対し,別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し,かつ,平成一二年三月八日から右明渡済みに至るまで一か月九万八八〇〇円の割合による金員の支払をせよ。
2 被告らは,原告に対し,連帯して,二四万四六〇九円及び内二万四七〇〇円に対する平成一一年五月二五日から,内九万八八〇〇円に対する平成一一年一二月二五日から,内九万八八〇〇円に対する平成一二年一月二五日から,内二万二三〇九円に対する同年二月二五日から支払済みに至るまで年三割の割合による金員の支払をせよ。
3 訴訟費用は,被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告Y1の答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
第二 事案の概要
一 当事者間に争いのない事実等
1 原告は,被告Y1に対し,平成一一年四月一六日,別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を次の約定の下に賃貸した(以下,この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。
(一) 使用目的 住居
(二) 賃料等 賃料一か月・九万四〇〇〇円,共益費一か月四八〇〇円を前月の二五日までに原告の銀行預金口座に送金して支払う。
(三) 遅延損害金 年三割
(四) 特約 賃料その他の債務の支払を一か月以上怠ったときは,原告において催告をしないで契約を解除することができる。
2 被告Y2は,本件賃貸借契約の締結の際,原告に対し,被告Y1が本件賃貸借契約に基づいて負担するすべての債務について連帯保証をする旨約した。
3(一) そこで,原告は,被告Y1に対し,平成一一年一二月三日到達の内容証明郵便により,平成一一年一一月分及び一二月分の賃料等を右郵便到達後三日以内に支払うべき旨催告した。
(二) 原告は,被告Y1に対し,平成一二年三月七日到達の内容証明郵便により,本件賃貸借契約を債務不履行を理由として解除する旨の意思表示をした(以下,この解除を「本件解除」という。)。
(三) 被告Y1は,平成一一年五月三一日には,七万七一〇〇円しか支払わなかったので,九万八八〇〇円に二万一七〇〇円不足するが,その点を除けば,同年中に一二月分までの賃料の支払をした(甲二の1ないし11,乙二,三,原告代表者,弁論の全趣旨)。
また,被告Y1は,平成一二年二月七日,同年三月三一日,同年四月二五日,同年五月九日,同年六月六日,原告に対し,それぞれ九万八八〇〇円ずつ支払をした(甲二の1ないし11,乙三,四,八,被告Y1本人,弁論の全趣旨)。
二 争点
1 原告の主張
(一) 被告Y1は,従来から賃料等の支払をしばしば遅延しており,平成一一年一一月分及び一二月分の賃料等を支払わなかったが,原告が内容証明郵便により支払を催告したところ,ようやく催告期間経過後に右二か月分の延滞賃料等の支払をした。
(二) 被告Y1は,本件解除の時点で,平成一一年六月分の賃料等のうちの二万四七〇〇円並びに平成一二年二月分及び三月分の賃料等の支払をしていなかった。
(三) 本件賃貸借契約においては,本件建物部分を現状有姿のままで賃貸する旨の特別の合意がされ,賃料もそれに応じて設定されているから,原告は,被告Y1の主張する各修繕義務を負わない。そのことは,契約条項の一三条からも明らかである。
また,被告Y1の主張する家電用品等は,消耗品であり,借主の負担で設置すべきものである。既設置の家電用品等を本件建物部分内に存置するかどうかは,賃貸人の専権に属する事項である。存置によって賃借人の居住一般に支障がなければ,賃貸人に債務不履行があるとすることはできない。
仮に,賃貸人が使用に耐え得る家電用品等を設置する義務を負担するならば,本件建物部分の賃料は,近隣の賃料と比較して著しく低廉であると言わなければならない。
(四) よって,原告は,被告Y1に対し,本件賃貸借契約に基づき,その終了を原因として本件建物部分の明渡し並びに本件賃貸借契約終了の日の翌日である平成一二年三月八日から右明渡済みに至るまでの一か月九万八八〇〇円の割合による賃料相当損害金及び平成一二年三月七日までの未払賃料等の合計二四万四六〇九円及び平成一一年六月分の未払賃料等二万四七〇〇円に対するその弁済期である同年五月二五日から,平成一二年一月分の未払賃料等九万八八〇〇円に対するその弁済期である平成一一年一二月二五日から,平成一二年二月分の未払賃料等九万八八〇〇円に対するその弁済期である同年一月二五日から,同年三月一日から同月七日までの未払賃料等二万二三〇九円に対するその弁済期である同年二月二五日からそれぞれ支払済みに至るまでの年三割の割合による約定遅延損害金の支払をすることを求め,被告Y2に対し,連帯保証契約に基づき,被告Y1と同額の金員の支払をすることを求める。
2 被告Y1の主張
(一)(1) 本件建物部分には,契約当初から,エアコン,ガスオーブン付きガスレンジ,二四時間風呂の施設があった。
(2) しかし,当初から,エアコンは,故障をしており,送風機能はあるが,冷暖房除湿機能はない状態であり,ガスオーブン付きガスレンジは,ガスオーブンの部分が故障して使用できない状態であり,さらに,二四時間風呂の施設も,使用できない状態である。 (3) しかも,原告は,浴槽に温水を供給するガス給湯設備が故障したにもかかわらず,半年以上にわたり放置している。
(4) 被告Y1は,入居後,エアコン,ガスオーブンの故障を初めて知って原告に修理を要求し続けたが,原告は,それらの修理をせず,また,浴槽への温水を供給するガス給湯設備の修理もしない。
(5) 原告は,当初から本件建物部分の使用に必要な建物全体の管理を行っていない。 (6) 被告Y1が賃料の支払を期限通りにしなかったのは,本来賃貸人である原告において行うべき修理や管理を約定どおり実施することを求めて支払を留保していたからであり,支払能力がなかったわけではない。
(二) 被告Y1は,平成一一年四月六日,原告に対し九万四〇〇〇円を支払い,仲介者である株式会社A(以下「A」という。)に対して九万八七〇〇円を契約手数料として支払った。これらは,いずれも賃料等の支払に充てられるべきである。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。
第四 争点に対する当裁判所の判断
一 証拠(甲一の1ないし6,原告代表者,被告Y1本人)と弁論の全趣旨によると,原告は,本件建物部分の賃貸の仲介をAに依頼し,被告Y1との本件賃貸借契約締結に関する交渉・説明は,すべてAにおいて行ったこと,原告は,みずから作成した契約条項により本件賃貸借契約を締結したこと,本件賃貸借契約の締結時に本件建物部分にはエアコン,ガスオーブン付きガスレンジ及び二四時間常時浴槽に温水を提供できる設備(以下「二四時間風呂設備」という。)が設けられていたこと,エアコン及びガスオーブン付きガスレンジは,かなり前に原告が設置したものであり,右の二四時間風呂設備は,前の賃借人が設置したものであること,被告Y1は,本件賃貸借契約締結前にAの担当者と一緒に本件建物部分を下見し,被告Y1の入居前に原告において修理する箇所について説明を受けたこと,以上の事実を認めることができる。
二 次に,証拠(乙五,七,被告Y1本人)によると,被告Y1は,入居後,エアコン及びガスオーブンが故障していて使用できないことを知ったこと,被告Y1は,当初から二四時間風呂設備を使用せず,ベランダに設置されているガス給湯設備を使用していたが,入居後一,二か月でそれが故障したので原告に依頼して修理をさせたこと,しかし,右ガス給湯設備は,平成一一年九月ころにも再度故障して点火しなくなり取替えを要する状態であること,原告は,被告Y1が修理・取替えを依頼をしても,エアコン,ガスオーブン及びガス給湯設備の修理・取替えをせずに放置していること,以上の事実を認めることができる。
三 そこで,右一,二において判示したところを前提として検討するに,住居として部屋を賃貸する場合において,その室内にエアコン,ガスオーブンなどを設置して賃貸するかどうかは賃貸人が決定すべきものであるが,それらが設置されている状態で賃貸借契約を締結する場合には,特に,それらが故障していても賃貸人において修理をしない旨明示した場合以外は,賃貸人において,それらが通常の機能を有するものとしてそれらの設備付きの貸室として賃貸したものと認めるのが相当である。
そこで,右の観点から検討するに,原告は,Aをして本件賃貸借契約の締結事務を担当させたものであるが,Aが原告所有の貸室の賃貸を仲介したのは本件が初めてであったこと(原告代表者),Aにおいてエアコン,ガスオーブンが故障していないかどうかを事前に調査していたことを認めるに足りる証拠はないこと,それらの故障は,外観からは容易に判明しないものであること,以上の点を考慮すると,Aが下見の際に被告Y1に対し故障の事実と原告において修理しないことを告げたとまで認めることはできないというべきである。
原告は,Aが故障の事実を告げた証拠として同じビル内の他の貸室の賃借人が作成した甲第八号証の1ないし3を提出するが,それらの貸室については,いずれもAが関与していないから,右の各証拠から直ちにAにおいて被告Y1に対しエアコン及びガスオーブンが故障していることを告げたと認めることはできない(本件建物部分の賃料額(かなり低廉であると認められる。)を考慮しても,同様である。)。
また,原告において契約条項を作成した本件賃貸借契約の契約書(甲一の1ないし6)には,修理及び取替えに関する条項(一三条)があるが,そこには,「乙が使用中に発生した次の各号に掲げるものの修理及び取替は」と記載されていることからして,賃借人が使用中に修理又は取替えの必要が生じた畳表等について原告の承諾を得て修理又は取替えをする場合には,賃借人である被告Y1において費用負担をすべきものとしていることは明らかであり,契約前から故障しているものについてまで,被告Y1の負担で修理等をしなければならない旨定めていると解することはできない。
したがって,Aが被告Y1に修理・取替えについて説明をしたとしても,右の条項に定める限度で説明をしたものと認められ,故障しているかどうか明らかではないエアコン及びガスレンジについて,契約前から故障していても修理・取替えをしない旨の説明をしたものと認めることはできない。
これに対し,二四時間風呂設備は,当然に設置に高額な費用をかける必要があるものであり,また,これとは別にベランダに本来のガス給湯設備があったこと,被告Y1も下見に際して現実にこれを認識していながら,全く使用しようとしたことがなく,その修理を原告に要求したこともないこと(乙七,被告Y1本人)からすると,下見に際して,前の賃借人が設置したものであり賃貸の対象とはなっていないことを知らされていたものと認められる(なお,賃貸の対象とならない場合には,特に存置させることにつき合意が成立した場合を除き,賃貸人において撤去すべきことになる。)。
なお,ガス給湯設備については,右の契約条項において浴槽が明示されているにもかかわらず,これが明示されていないことからして,右の契約条項の対象となる備品と見ることはできないから,原告は,民法六〇六条一項によりその修繕義務を負うことになる。
四 そこで,進んで,本件賃貸借契約の解除の効力について検討するに,賃貸人が修繕義務を負う場合において賃借人の要求にもかかわらず賃貸人がその義務を履行しないときは,賃借人は,同時履行の抗弁権に基づき,修理がされるまでは,少なくともその修理に要する費用の限度で賃料の支払を拒絶することができるというべきであり,管理費についても,原告において本来早急に修理すべき建物玄関のガラス戸を修理していないこと(原告代表者,被告Y1本人)からして同様の要件の下に修理がされるまで支払を拒絶することができるというべきである。
そうすると,原告が本件解除の意思表示をした時点において,被告Y1は,平成一一年六月分の賃料等の一部並びに平成一二年二月分及び三月分の賃料等を支払っていなかった状態であるから,同時履行の抗弁権の行使としては,未だその程度を超えていなかったというべきである。
したがって,被告Y1には,債務不履行はなく,原告の行った本件解除は,効力を生じない。
五 次に,賃料等の未払分の存否について検討する。
争いのない事実等によると,本件口頭弁論終結の時点では,被告Y1は,平成一一年六月分の賃料等の未払分及び平成一二年一月ないし三月分の賃料等を支払済みである。
六 次に,被告Y2に対する請求について検討するに,被告Y2は,適式な呼出しを受けながら,本件口頭弁論期日に出頭せず,何ら主張をしないが,弁論の全趣旨によると,被告Y1の連帯保証人としての立場にあることから被告Y1の主張立証の結果に従う趣旨で出頭しないものと認められるし,賃料等の弁済状況については,原告もこれを認めているものと認められる。
そうすると,被告Y2との関係でも,本件解除は,無効であり(賃貸借関係における信頼関係が破壊されているとはいえない。),かつ,本件請求に係る賃料等は,すでに支払済みになっているというべきである。
第五 結論
よって,原告の被告らに対する請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して,主文のとおり判決する。
(同時履行の抗弁)
第五百三十三条 双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務の履行を提供するまでは,自己の債務の履行を拒むことができる。ただし,相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。
(賃貸借)
第六百一条 賃貸借は,当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって,その効力を生ずる。
(賃貸物の修繕等)
第六百六条 賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。
2 賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。
(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条 賃借人は,賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは,賃貸人に対し,直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは,賃貸人は,賃貸借の終了の時に,第百九十六条第二項の規定に従い,その償還をしなければならない。ただし,裁判所は,賃貸人の請求により,その償還について相当の期限を許与することができる。