新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1327、2012/8/27 15:16 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働法・経歴詐称と解雇・前科に関する刑の消滅と経歴詐称・東京地方裁判所平成22年11月10日判決】

質問:私は営業として現在の会社に入社して以来,8年間勤めてきましたが,先日,会社の人事部長より私の経歴の件で聴きたいことがあると言って呼び出されました。実は,私は20年前に交通事故を起こして6ヶ月間の禁錮刑に処せられたことがあります。しかし,今の会社に入社するに際してそのことは黙っていましたし,禁錮刑を受けていた期間については履歴書にはアルバイトをしていたと記載しました。人事部長に私の経歴について正直に話をしたところ,処遇については後日連絡すると言われていたのですが,昨日,人事部長より,私への処分は懲戒解雇処分となったと口頭で告げられました。経歴詐称といわれれば確かにそうなのかもしれませんが,8年間真面目に勤めてきたにもかかわらず,突然の懲戒解雇には納得ができません。会社に対して,何かいえないでしょうか。

回答:
1 就業規則で経歴詐称を懲戒解雇事由として定めている会社は少なくありません。ご相談の場合も,そのような点から会社はあなたを懲戒解雇としたものと考えられます。しかし,就業規則に定められているからといって経歴詐称があれば常に懲戒解雇が可能となるとすると,会社側に必要以上の権限を与えることになります。そこで,判例では懲戒解雇が有効と認められる経歴詐称を制限的に解しています。すなわち,経歴詐称による懲戒解雇については,いかなる経歴について詐称があり,企業秩序の維持や労使間の信頼関係についてどのような影響が及んだのかを検討していく必要があります。

2 また,禁錮刑に処せられたのは今から20年前とのことなので,あなたが禁錮刑の執行を終えてから罰金以上の刑に処せられずに10年以上経過していたのであれば,刑法上は刑が消滅していることになります(刑法34条の2第1項)。そこで,既に刑が消滅している前科を秘匿したことが,経歴詐称に該当するのかという問題があります。
 ご相談内容だけから確実な見通しをお伝えすることは難しいですが,あなたが懲戒解雇を争う余地は十分にあるように見受けられます。
 以下の解説では,ご相談の件の参考となる裁判例を紹介しながら,懲戒解雇の有効性を判断する際に重要となる点を検討します。

3 関連事務所事例集論文1317番1283番1201番1141番1133番1117番1062番925番915番842番786番763番762番743番721番657番642番624番458番365番73番5番。手続は995番879番参照。

解説:

(労働法,労働契約解釈の指針)
  先ず労働法における雇用者,労働者の利益の対立について申し上げます。本来,資本主義社会において私的自治の基本である契約自由の原則から言えば労働契約は使用者,労働者が納得して契約するものであれば,特に不法なものでない限り,どのような内容であっても許されるようにも考えられますが,契約時において使用者は経済力からも雇う立場上有利な地位にあるのが一般的ですし,労働力を提供して賃金をもらい生活する関係上労働者は長期間にわたり指揮命令を受けて拘束される契約でありながら,常に対等な契約を結べない危険性を有しています。
  しかし,そのような状況は個人の尊厳を守り,人間として値する生活を保障した憲法13条,平等の原則を定めた憲法14条の趣旨に事実上反しますので,法律は民法の雇用契約の特別規定である労働法等(基本労働三法等)により,労働者が対等に使用者と契約でき,契約後も実質的に労働者の権利を保護すべく種々の規定をおいています。法律は性格上おのずと抽象的規定にならざるをえませんから,その解釈にあたっては使用者,労働者の実質的平等を確保するという観点からなされなければならない訳ですし,雇用者の利益は営利を目的にする経営する権利(憲法29条の私有財産制に基づく企業の営業の自由)であるのに対し,他方労働者の利益は毎日生活し働く権利ですし,個人の尊厳確保に直結した権利ですから,おのずと力の弱い労働者の利益をないがしろにする事は許されないことになります。
  ちなみに,労働基準法1条は「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」第2条は「労働条件は労働者と使用者が,対等の立場において決定すべきものである。」と規定するのは以上の趣旨を表しています。従って,労働契約の文言にとらわれず,以上の趣旨を踏まえて前科,前歴等の告知義務を検討し,法規等の解釈が必要です。

1(懲戒解雇について)
  解雇とは,使用者側が行う,労働契約を終了させる一方的な意思表示のことをいいます。解雇には,普通解雇と懲戒解雇の2種類がありますが,両者は解雇の根拠に違いがあり,それに伴い解雇の有効性審査についても大きな違いが生じます。
  普通解雇については,民法上の解雇自由の原則(期間の定めのない雇用契約についての民法627条1項)が根拠となり,解雇権濫用法理(労働契約法16条)によって,その解雇権行使に制限が加えられることになります。
  会社の赤字決算で企業経営の存続が困難な場合など,リストラが必要な場合に例外的に認められる解雇です。
  これに対し,懲戒解雇については,使用者が労働者に対して有する懲戒権の行使が根拠となります。使用者は,企業秩序を定立し維持する権限を有していることを前提に,企業秩序を維持するために,就業規則をはじめとする労働契約の内容に懲戒権行使の根拠規定に基づき,懲戒権を行使することになります。懲戒解雇についても解雇権濫用の法理(法16条)の趣旨は同法15条により適用になります。

  ご相談の件では,懲戒解雇とのことですので,就業規則等の懲戒事由の定めがあり,あなたが当該懲戒事由に該当することが必要です。懲戒解雇処分について口頭で告げられたのみで何ら書面が交付されていないようでしたら、解雇の場合には,使用者は解雇理由を記載した証明書を労働者に交付しなければなりませんので(労働基準法22条1項),会社に対して解雇理由書の発行を求めることができます。
  懲戒解雇処分を争う場合には,いかなる事実について,いかなる根拠に基づき処分がなされたのかを把握するのが重要ですので,まずは解雇理由書を取得すべきでしょう。

2 (刑が消滅している前科を秘匿していたことが経歴詐称に該当するか)
 (1)刑の消滅制度について
  刑法34条の2は,刑の消滅について定めた規定です。同条1項は,「禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは,刑の言渡しは,効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも,同様とする。」と定めています。
 「言い渡しは効力を失う」の意味ですが,刑の言い渡しが法的になかったことになることです。執行猶予期間の満了による効果と同一です。すなわち「前科抹消」ということです。前科という用語は,刑法上規定されていませんが,刑罰に処せられた事実を指して通常使われます。刑罰に処せられたという事実は,法的に不利益な効果があり(執行猶予付与の制限 刑法25条),資格を制限する効果もあります。例えば,弁護士法7条,裁判所法46条で弁護士,裁判官の欠格事由になりますし,医師免許の欠格事由(医師法4条,罰金以上の刑に処せられた者)等多くの公的資格制限事由となっています。前科がこのように大きな効果があるので,前科がある人は罪を償ったのに何時まで経っても社会復帰ができませんし,刑法の本来の目的である,犯罪人を教育更生させて公正な法社会秩序の建設が達成できません。
  そこで,刑の消滅制度により,前科による法的不利益を除去して犯罪者の更生意欲を強化し,一定期間の善行の保持を理由として前科のない者と同様の待遇を与えることにより犯罪者の生きる権利(憲法13条)を実質的に保障しようとするものです。
  あなたが6月の禁錮刑に処せられたのは,20年前とのことですので,それ以後,罰金以上の刑に処せられていないのであれば「十年を経過」の要件は満たしますので,ご相談の件の前科については刑が消滅しているといえます。

  同条の定める「刑の言渡しは,効力を失う。」との文言の解釈について,最高裁判所昭和29年3月11日判決(後記参照)は,以下のとおり判示しました。
  「所論刑法三四条ノ二に「刑ノ言渡ハ効力ヲ失フ」とあるのは,刑の言渡に基く法的効果が将来に向つて消滅するという趣旨であつて刑の言渡を受けたという既往の事実そのもの(例えば,刑法四五条にいわゆる,或罪ニ付キ確定裁判アリタルトキ)まで全くなくなるという意味ではない。」
  上記判例によると,消滅するのは刑の言渡しに基づく法的効果であって,刑の言渡しを受けたという事実については消滅するものではありません。
  しかし,法的効果は喪失したのに,事実は消滅したものではないという解釈は,犯罪者の生きる権利を不当に制限するものであってはいけません。最高裁裁判例も,刑の消滅をした前科を量刑の事情にしてはならない旨判断しています。

 (2) 雇用契約締結にあたり労働者は使用者に「前科」を告知する義務があるか。
  結論から言えば,告知する義務はあるといわざるを得ません。
  この点について判断を示した裁判例として仙台地方裁判所昭和60年9月19日判決があります。該当部分を引用します。
  「使用者が雇用契約を締結するにあたつて相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは,雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば,当然の要求ともいえ,遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴,職歴,犯罪歴等その労働力の評価に客額的に見て影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担していると考えられ,したがつて,使用者から右のような労働力を評価する資料を獲得するための手段として履歴書の提出を求められた労働者は,当然これに真実を記載すべき信義則上の義務を負うものであつて,その履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り,同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないものというべきである(なお,履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味するから,使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわわゆる「前歴」)まで記載すべき義務はないと解される。)。」

  上記最高裁判例及び仙台地裁判決の判断によれば,使用者に提出を求められる履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある場合には,労働者は,自己の前科を正確に記載しなければならない信義則上の義務を負っていることになります。

 (3)次に,刑が消滅した前科についても労働者は告知義務を負うか。
  では,既に刑が消滅している前科についても,履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある場合には,労働者は,刑の消滅した前科を正確に記載しなければならない信義則上の義務を負っているのでしょうか。結論から言えば,告知義務を認める特別な事情がない限り原則として告知義務はありません。

  上記仙台地裁判決は,この点について,以下のとおり判示しました。
  「刑の消滅制度の存在を前提に,同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば,職種あるいは雇用契約の内容等から照らすと,既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといつた特段の事情のない限りは,労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり,使用者もこのような場合において,消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。」

  上記仙台地裁判決によれば,刑の消滅した前科については,原則として告知義務はなく,また,当該前科の不告知を理由に解雇をすることもできず,例外的に職種,雇用契約の内容等に照らし,前科の存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといった特段の事情がある場合には告知義務が課されることになります。特段の事情の有無を判断する要素としては,使用者の事業内容,労働者の従事する労務の内容のほか,前科の内容があげられます。例えば,交通事故による前科の場合,交通規則の遵守が特に求められるバス,タクシー会社への就職が考えられます。
  刑の消滅の制度趣旨は,犯罪者の更生であり,それに基づく公正な法社会秩序の維持,実現です。犯罪者の生活の中心はとりもなおさず,労働し生きる権利,幸福追求権にありますから例え犯罪者であっても,すでに罪を償い更生しようとする労働者に,刑消滅後の前科の告知義務を認めることはできないでしょう。ちなみに,上記と同様の理由により,前歴,逮捕,勾留,起訴の事実の告知義務もないものと解釈されます(後記,大森精工事件。東京地裁昭和60年1月30日判決。)。

3 (経歴詐称による解雇について)
  あなたは,交通事故の前科について秘匿していたのみならず,禁錮刑を受けていた期間について,アルバイトをしていたと虚偽の事実を履歴書に記載していますので,それ自体は経歴詐称に該当するといえます。回答で説明したとおり就業規則で経歴詐称が懲戒解雇事由として定められている会社は少なくありません。しかし,判例では懲戒解雇が有効と認められる経歴詐称を制限的に解しています。東京地方裁判所平成22年11月10日判決は,前科を秘匿して履歴書に虚偽の事実をした労働者が懲戒解雇された事案です。同裁判例が,懲戒解雇事由である「重要な経歴詐称」の該当性について判断した部分を引用します。
 「労働者が雇用契約の締結に際し,経歴について真実を告知していたならば,使用者は当該雇用契約を締結しなかったであろうと客観的に認められるような場合には,経歴詐称それ自体が,使用者と労働者との信頼関係を破壊するものであるといえることからすると,前記のような場合には,具体的な財産的損害の発生やその蓋然性がなくとも,「重要な経歴をいつわり採用された場合」に該当するというべきである。」
  上記東京地裁判決は,経歴詐称は労使間の信頼関係を破壊するものであることを前提に,「労働者が雇用契約の締結に際し,経歴について真実を告知していたならば,使用者は当該雇用契約を締結しなかったであろうと客観的に認められるような場合」に限って,懲戒解雇事由である「重要な経歴詐称」に該当すると判断したものと読み取れます。

4(ご相談の件についての検討)
  あなたの懲戒事由となりうる経歴詐称については,前科について秘匿していたという点と,禁錮刑を受けていた期間についてアルバイトをしていたと虚偽の記載をしたという2点が考えられます。
  このうち,1点目の前科の秘匿については,あなたの前科は刑が消滅した前科に当たりますので,原則として前科の告知義務はなく,前科の不告知を理由とした解雇は許されません。
  次に,2点目の虚偽記載ですが,上記東京地裁判決を参考にすると「労働者が雇用契約の締結に際し,経歴について真実を告知していたならば,使用者は当該雇用契約を締結しなかったであろうと客観的に認められるような場合」に該当するかを検討することになりそうです。しかし,ご相談の件において「経歴について真実を告知」していたことまで求めると,前科の告知義務はないとの判断と矛盾をきたすことになります。
  それゆえ,かかる場合には,あなたのアルバイトをしていたという経歴を重視したために,会社があなたを採用したのかが重要になってくるものと思われます。
  ご相談の件で,刑の消滅した前科について例外的に告知義務を負うのか,禁錮刑を受けていた期間についてアルバイトをしていたと虚偽記載が懲戒解雇事由にあたるかについては,あなたの会社の業務内容や,あなたが実際に担当している労務の内容,どういった内容のアルバイトをしていたと履歴書に記載したのか等が重要になってきます。
  会社の解雇を争う余地はあるように見受けられますので,早期にお近くの法律事務所にご相談に行かれることをおすすめいたします。

<参照条文>

民法
627条1項
当事者が雇用の期間を定めなかったときは,各当事者は,いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において,雇用は,解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

労働契約法
(懲戒)
第15条  使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は,無効とする。
16条
解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。

労働基準法
22条1項
労働者が,退職の場合において,使用期間,業務の種類,その事業における地位,賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては,その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては,使用者は,遅滞なくこれを交付しなければならない。

刑法
34条の2第1項
禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは,刑の言渡しは,効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも,同様とする。

<判例参照>

最高裁判所昭和29年3月11日判決  刑の消滅に関する適正な解釈でしょう。

判決抜粋
「刑法三四条ノ二において,「刑ノ言渡ハ其効力ヲ失フ」とあるのは,刑の言渡に基く不利益な法的効果が将来に向つて消滅し,従つて被告人はその後においては不利益な法律的待遇を受けないという趣旨と解すべきである。刑の言渡があつたという事実は,すでに存在する客観的な過去の社会的出来事であるから,後になつてこれを消滅せしめることは事物の本質上不可能であることは当然である。だがしかし,将来に向つては,過去に刑の言渡がなかつたと同様な法律的待遇を,被告人に対して与えることは法律的価値判断の問題として可能である。前記法条の意義は,まさにこの可能なことを表明したものと解すべきである。それ故,刑の言渡が失効した後において,過去に刑の言渡を受けた事実の存在を前提として,この前科を累犯に算入して刑を加重したり,または刑の量定において被告人を法律上不利益に取扱うことは,前記法条に違反するものと言わなければならない。原判決は,「被告人がさきに食糧管理法違反罪により停金刑に処せられた」事実をも考慮に入れて,第一審の量刑を重きに失するとは認めるに足りないと判示している。しかるに,所論のごとく記録中の被告人の身上調書によると被告人が新潟区裁判所の略式命令により食糧管理法違反罪により罰金五十円に処せられたのは,昭和一八年一二月三〇日であるから,前記刑法三四条の二の規定によれば,「……罰金以下の刑ノ執行ヲ終リ……タル者罰金以上ノ刑ニ処セラルルコトナクシテ五年ヲ経過シタルトキ」は,刑の言渡はその効力を失うわけである。それ故,原審判決が被告人が過去において「食糧管理法違反罪により罰金刑に処せられた」事実をも考慮に入れて第一審判決(昭和二六年五月七日言渡)の量刑を重きに失せずと判断したのは,すでに失効した前科の故に量刑において被告人に対し不利益な法律的待遇を与えたものと認められるから,原判決には刑法三四条の二の規定に反する違法があると言わなければならぬ。しかし,その考慮せられた過去の罰金刑は略式命令による僅か五十円に過ぎないものであつて,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないから,違法であるが破棄する必要はない。」

判例検討
大森精工事件。東京地裁昭和60年1月30日判決。
四 本件解雇の効力
 債務者会社は,債権者が昭和五二年五月にいわゆる成田事件に関し逮捕,勾留され,凶器準備集合,公務執行妨害,傷害等で千葉地方裁判所に起訴され,同年一一月二五日に保釈された事実を債務者会社に秘匿したことを解雇の理由として主張するので,検討する(債務者会社は,本件解雇は試用期間中の従業員に対する解雇であるとし,その解雇理由を主張しているが,同時に仮りに債権者が本採用となつているとしても,解雇理由が存在していると主張しているものと解される。)。
1 証人太田辰雄,同梅原昭の各証言及び債権者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,債権者は債務者会社主張のように成田事件に関連して逮捕,勾留,起訴され,保釈されたこと,債権者は右の事実を採用面接の際債務者会社側に告知しなかつたことが一応認められ,この認定に反する疎明はない。
2 債務者会社は,まず,債権者が採用面接の際に「債務者会社が防衛産業に従事していることに反発は感じていないし,思想,信条上も何ら反するところはない。」と回答したのは虚偽の事実を申告したものである,という。しかし,債権者は採用面接においては,前記一の3において認定したように,防衛庁関係の仕事もしているとの説明を受けたが,特段の感想は述べなかつたにとどまり,債務者会社主張のような回答をしたことを認めるに足りる疎明はない(この点についての証人太田辰雄の証言及び同証人の陳述書である疎乙第九号証,第一三号証の記載は信用できないし,疎乙第四号証によつても債務者会社主張のような回答をしたものと認めるに足りない。)。したがつて,債務者会社の主張はその前提を欠き,失当である。
 次に,債務者会社は,債権者が履歴書の中で「賞罰なし」と記載し,この記載は正確であると回答したことは,前記の成田事件に関係したことを秘匿し,虚為の申告をしたことになると主張するけれども,履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは,一般には確定した有罪判決をいい,刑事事件により起訴されたことは含まないと解されているものと考えられるから,そのことを特に質問されたのなら格別,履歴書の賞罰欄の記載において成田事件に関係して起訴されたことを記載せず,単に履歴書の記載は正確であると述べたことをもつて虚偽の申告をしたものとすることはできない。
 更に,債務者会社は,採用面接の際債権者が「昭和五二年三月から昭和五三年七月までの一年三か月の間はアルバイトをして生活し,就職するについて支障はなかつた。」と回答したことは,刑事事件で勾留中のため就職することができなかつたことを秘匿し虚偽の事実を告知したと主張するけれども,債権者の回答の内容は,前記一の3で認定したように,右の一年三か月の間は失業保険やアルバイトによる収入により生活をしていたと答えたのみであるところ,債権者本人尋問の結果によると右の事実は虚偽ではないことが一応認められるから,あえて刑事事件で勾留中であるため就職することができなかつたことを告知しなかつたことをもつて,虚偽の事実を告知したものと評価することはできない。
 以上のように採用面接の際に債権者が虚偽の事実を申告したものとすることはできない。
3 また,債務者会社の主張は,仮に債権者が採用面接の際に積極的に虚偽の事実を申告しなかつたとしても,債務者会社の事業内容の特殊性に照らし,成田事件に関連して逮捕,勾留,起訴された事実を秘匿したこと自体が信義則に反し解雇理由となり得るとの趣旨をも包含していると解せられるので,この点について考えてみる。
 右の主張は,債権者が雇用契約の締結に際し,右の事実を債務者会社に積極的に告知すべき義務があることを前提とするものである。たしかに,雇用契約は,使用者と労働者との相互の信頼関係を基盤とする継続的契約関係であるから,労働者は契約の締結に際し,自己の経歴等労働力の評価に関する重要な事項を使用者に告知すべき義務を信義則上負うことがあるものと解される。そして,使用者としては雇用しようとする労働者の経歴についてできる限り多くの事項を知りたいと考えるのも無理からぬところである。しかし,そうであるからといつて,雇用契約の趣旨に照らし信義則上必要かつ合理的と認められる範囲を超えてまで労働者にその経歴の告知を求めることは,労働者の個人的領域への侵害として許されないこともいうまでもない。労働者の経歴について,右の必要かつ合理的と認められる範囲は,使用者の事業の内容,当該労働者の予定された職務の内容等を総合勘案して,使用者の事業に対する社会的信用,労働者の労働力の評価に影響を及ぼすべき事項に限定されると解すべきであろう。
 前記一の1及び2で認定したように,債務者会社の事業内容は航空機に関連する備品,器材の修理,分解整備を主たる業務とし,民間航空会社や防衛庁等の注文により業務を行つており,債権者は航空機のタイヤの修理の仕事に従事することが予定されていたものである。ところで,債権者がこれに関係して逮捕,勾留,起訴されたいわゆる成田事件は,前記のように成田空港の開港に反対する闘争に関して発生したものであるから,これにより逮捕,勾留,起訴されたことが債務者会社の事業の内容に関係がないとはいえないことは明らかである。しかし,右の闘争に参加した者が直ちに航空機産業の存在や業務自体に反対する思想を有し,そのための行動に出るものであるということにはならないし,その旨の疎明もない。更に,債権者は公共職業安定所の求人票により債務者会社に応募し,債務者会社工場の一作業員となることが予定されていたにすぎないのであるから,債権者が成田事件により逮捕,勾留,起訴されたことが債権者の労働力の評価とは直接関連を有するものでないことは明らかであり,また,債務者会社の事業の特殊性を十分考慮しても,債権者がその従業員の一員であることが直ちに会社の信用を傷つけ顧客の信頼を損うことにつながるものとはいえない。
 そうであるとすれば,債権者は雇用契約の締結に際し,成田事件に関連して逮捕,勾留,起訴されたことを債務者会社に告知すべき義務を負つていたということはできないから,これを秘匿したこと自体をもつて解雇の理由とすることはできない。 
4 また,刑事事件に関係して逮捕,勾留,起訴されたのは,債権者が債務者会社へ採用される以前の出来事であるから,就業規則四ー三ー(24)所定の「刑法上の処分を受け,又はこれに類する不法行為があつたとき」に該当するとはいえない。
5 よつて,本件解雇は,その余の点につき判断するまでもなく,理由の存在が認められないから,無効である。

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