離婚後に生まれた子の嫡出否認手続き
家事|離婚後出生し形式上推定される嫡出子ではあるが夫以外の子の地位|戸籍上の記載と訂正|平成19年5月7日民事局長通達|最高裁昭和55年3月27日判決|最高裁平成12年3月14日判決
目次
質問:
私は、浮気相手の子を妊娠してしまいました。そのことが夫にばれて離婚したのですが、子どもが生まれるのは、離婚成立後300日以内です。そうすると、戸籍上の子どもの父親は元夫になると聞きました。なんとか父親が元夫と記載されないようにする方法はありませんか。
回答:
1 あなたの子供として出生届出を役所に届け出ると、子どもは元夫の子どもとして、夫が筆頭者となっている戸籍に記載されることになります。
2 その後、子どもの氏の変更により、子どもをあなたの戸籍に入れることは可能ですが、それでも父親として元夫の名が記載されています。
3 父親としての名前を抹消するには嫡出否認の裁判の判決が必要ですが、訂正することは可能です。また、元から記載させないという方法も、元夫の協力と裁判所、弁護士との協議で達成できる可能性も残されています。
4 離婚後の姓と嫡出否認に関する関連事例集参照。
解説:
1 (推定される嫡出子の趣旨)
現在の民法(法772条)では、離婚後300日以内に出生した子は、夫の子であると推定されます(嫡出推定)。離婚後に生まれた子の両親はすでに離婚していますが、嫡出子とは、法律上婚姻関係にある夫婦から生まれた子ですから、出生時に両親が結婚しているかどうかは最終的基準になりません。ただ、離婚後300日以内に生まれた子は、医学上婚姻中の懐胎は夫の子であるという蓋然性が高く、またその反証も困難であることが多いこと、誰の子でもない人が発生しないように、という観点などから、その総合的蓋然性に基づき嫡出子の地位を推定という形で認めています。あくまでも推定ですから、何らかの反証があればこの推定が破られる場合があるわけです。
この理屈は、婚姻中に生まれた子でも同様です。推定を破る(夫の子ではない)というのは、夫の子ではないという明白な根拠があればいいわけです。真実を明らかにしようとする立場からは、誰でもこの証拠を主張して、嫡出子の推定を破る法的手続きを行えるように思います。しかし、嫡出子かどうかは、財産的権利の争いと異なり、家庭内の問題であり、利害関係人は、夫婦、子であって、最終目的は当該家庭の平和、平穏であることは明らかです。従って、この推定には、強い効力があり、原則として、直接の利害関係人である夫のみしか嫡出否認の訴えを提起できませんし、提起期間の制限(出生を知ってから1年)も厳格です(民法774条、777条)。妻や子も嫡出否認を主張できません。当事者である妻や、子が否認の訴えを起こせないのはおかしいように思いますが、元々、嫡出子の身分というのは子供自身にとって有利な地位である、という考え方がありますし、家庭内の問題を早期に確定し事実上継続された家庭の平和・平穏を維持することを優先するという制度趣旨です。嫡出否認の提訴期間や主張権利者を限定させた方が、結果的に子の福祉、利益にもつながるという考えです。
江戸時代には全国民を対象にした戸籍はありませんでしたし、明治時代になっても、父親が不明で嫡出子の身分を取得できない子供は今よりずっと多数ありました。嫡出否認の諸規定は、民法制定当時の社会情勢に鑑みれば、子供の利益を考えた規定でした。参考後記最高裁平成12年3月14日判決、最高裁昭和55年3月27日判決参照。いわんや第三者は、何らかの利害関係があっても、これに介入し家庭の平和を侵すことは許されません。明治時代に定められた法律ですが、現代では、医学、科学技術が進歩し、DNA鑑定などが身近になっていますし、日本国憲法13条で個人の尊厳と幸福追求権が規定され、「父親が誰であるか知る権利」、というものも観念しうる時代となりましたので、夫のみの嫡出否認を認める同法は改正されるべきである、という議論も多いところです。
2 (戸籍訂正手続きの原則)
(1)現在では、ご質問の通り、夫以外の男性の子を妊娠しても、離婚成立後300日以内に出生した子は、出生届を提出すると夫の戸籍(夫が婚姻時の戸籍の筆頭者の場合)に入ります。この場合、離婚前の嫡出子と同じ地位にあるので、離婚後出生したとしても夫の戸籍に入ります。妻の戸籍に移すためには戸籍同一姓の原則から「氏の変更許可審判申立」が必要になります(婚姻中の氏を妻が継続使用したとしても夫の氏とは法的に異なります。)。
これを訂正するには、元夫が嫡出否認の訴を提起し、これが認められた裁判所の調書ないし審判書を提出すれば、後日訂正することができます。現在の戸籍法では嫡出否認の訴えの手続き中であったとしても、出生届出をして父親の戸籍に入ることになっていますから(戸籍法53条)、あくまで戸籍の訂正ということになります。
(2)なお、婚姻の解消又は取消し後300日以内に生まれた子のうち,医師の作成した「懐胎時期に関する証明書」が添付され,当該証明書の記載から,推定される懐胎の時期の最も早い日が婚姻の解消又は取消し後である場合には,前の夫を父としない出生の届出をすることができることとされています。戸籍上は離婚した妻の戸籍に入ることになります。すなわち未婚の母と同一の取扱いになります。平成19年5月7日法務省民事局長通達です。本来であれば、300日以内に出生した子は、推定される嫡出子ですから、離婚前の夫の戸籍に記載されて、それから嫡出否認の審判、判決により、戸籍上訂正して(訂正の表示が戸籍になされる。)離婚した妻の戸籍に記載されます。子の父親欄は、認知されるまで空白となります。しかし、このような手続きは、戸籍上子の地位変動に関して好ましくない表示になりますので、通達により前夫の嫡出子でないことが医学上明らかである場合は最初から本来の表示になるように変更しました。
(3)しかし、この嫡出否認、戸籍訂正という手続にはいくつかデメリットがあります。
①まず、嫡出否認の申立は、父とされた人物、本件では元夫が行わなければならないということです。夫がどの程度協力してくれるのかが問題になりえます。
②裁判所を経て、戸籍の記載が改められても、戸籍のような公文書は、抹消事項は線を引くだけですので、読み取ることが可能です。他人や身内に事情を知られたくない場合でも、何かがあったことは見れば判明してしまいます。
これらのデメリットを解消する方法と共に、嫡出否認について解説します。
3 (嫡出否認の手続き)
嫡出否認の訴えは、調停前置が適用される事件ですから(家事審判法18条)、まずは家庭裁判所に調停を申し立てることになります。この調停の申立権者は、戸籍上父とされた者、すなわち元夫です。この点、調停の申立手続は、申立書を記載し、戸籍謄本等の添付書類を取り寄せ、収入印紙や郵便切手を購入し(金額は3000円程度です)、裁判所に提出する、という作業が必要になります。それほど難しくはありませんが、やはりそれでも、やりたがらない方もいらっしゃるでしょう。
この点裁判所によると、妻側が申立書や必要書類を持参しても、元夫が、手続を行うこと自体を了承しているとの意思の確認ができれば、夫からの申立として受領してくれると言う取り扱いをしているようです。書類を作ったりするのは嫌だが、記載を抹消する気はあるので、事務作業をやってくれるのであれば協力する、という人もいるでしょうから、あきらめずに弁護士に相談してみましょう。
次に、調停では、双方を呼び出して事情を聞き、また、客観的な証拠を確認することになります。最近では、医師の診察により、懐胎(妊娠)した時期が、婚姻解消の日よりも後であることが証明され、そのような医師の診断書を提出するという方式も採用されていますが、このような診断が出ることはまれでしょうから、客観的な資料として、DNA鑑定を行うことになるでしょう。
DNA鑑定は、裁判所が指示する業者に依頼し、口の中の粘膜を採取して鑑定する方式を取り、費用は大体10万円程度かかるようです(胎児のDNA鑑定も可能。 )。この点について、推定される懐胎時期に、夫が長期の海外出張や、刑務所に服役、など、あきらかに妊娠の原因となる性交渉ができなかったと認められる客観的状況があれば、鑑定をしなくても嫡出の否認を認める、というのが裁判所の立場ですので、それ以外の場合は、原則として鑑定が必要になると考えて差し支えないでしょう。
ただし、元夫とも入念に打ち合わせをし、協力を得て、裁判所に事前に説明したことで、双方の供述が信用できるとして、裁判所が鑑定を省略して審判を下した例もありますので、鑑定費用の捻出が難しい場合でも、弁護士に相談してみましょう。
さて、裁判所で嫡出を否認する審判が出れば、その書面を持参して、戸籍窓口で戸籍を書き換えてもらうことができます。しかしこれでは、デメリットの②であげた、抹消事項が記載として残ってしまうという不都合は解消できません。
4 (戸籍訂正の不都合の回避)
この点、出生届と同時に、嫡出を否認する審判書を提出すれば、最初から、元夫の戸籍に記載されることは無くなるのですが(父の欄は空欄になります。未婚の母と同一になる。)、子が現実に出生するまでは、嫡出否認の申立はできません。一方、子が生まれた場合、出生届は生後14日以内に提出することが義務付けられ(戸籍法49条)、嫡出否認を申し立てたとしてもこれをしなければならない、と法定されています(戸籍法53条)。そこで、14日以内に嫡出否認の審判書を入手すれば、最初から父の欄に元夫が記載されない届出を行うことができます
そこで、①出生前から夫の協力をとりつけ、事前に裁判所に相談する。②出生後直ちに、嫡出否認の調停を申し立てる(夫にやってもらうか、承諾をもらう)。③できるだけ早く期日を入れてもらい、直ちに審判(家事審判法23条 合意に相当する審判)を出してもらう。④審判書を持って直ちに出生の届出をする。
このような順序により、14日前後で、審判書を付した出生届が可能になる場合があります。なお、訴訟係属中であることの証明書(裁判所でもらえます)の提出をすれば、手続を保留してくれる(14日後でも通常の出生届として扱われる。)役所もあるようですので、市区町村にも事前に相談する価値はあるでしょう。
なお、この方法には以下のようなリスクがありますので、弁護士に相談せず独断で上記の方法を取ることなく、必ず専門家と相談して、対策を考えるようにしてください。
①審判書ができる期間が出生後14日を過ぎた場合、戸籍法に違反することになりますので、科料の制裁を受ける可能性はあります(実務上は、遅延の理由を説明させて受理する運用をしているようですが手続きは遵守する必要があります。)。
②出生届が出ない間は、子の戸籍が無いことになりますので、医療や検診の受信の点でデメリットが生じます。戸籍の記載にこだわって子の福祉をないがしろにすることは好ましくありません。
③父の欄が空欄にできたとしても、子の真の父親との関係では、認知請求等の別途の手続が必要になることは変わりありません。
5 (親子関係不存在確認調停、訴訟の検討)
離婚後300日以内に出生した子供であっても、夫婦が長期別居中、長期海外出張、受刑中などで子供の母親との性的交渉がなかった場合など、前夫が子供の親でないことが客観的に明白な場合で,前夫の子であるとの推定を受けない場合(推定の及ばない嫡出子である場合)は、家庭裁判所に親子関係不存在の調停を申し立てることができます(人事訴訟法2条2号「実親子関係の存否の確認の訴え」、家事審判法17条、18条)。判例を御紹介致します。
あ)離婚の届出に先立ち約2年半前から事実上の離婚をして別居し、全く交渉を絶って、夫婦の実体が失われていた場合に推定が及ばないとしたケース。最高裁昭和44年5月29日判決
い)妻が子を懐胎したと推認される時期に夫が出征していて未だ帰還していなかった場合に、推定が及ばないとしたケース。最高裁平成10年8月31日判決。
推定が及ばない嫡出子については、子供(親権者母親)の側から、戸籍上の父親を相手方として、親子関係不存在調停を申し立てて、親子関係不存在を確認の上、真実の父親からの認知を受けることができます(民法779条)。
以上