新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:先日,父が亡くなり,相続人は長女である私と兄なのですが,父は生前に遺言書を作成していました。父の遺産には土地があるのですが,遺言書の中で,父が友人に頼んで作ってもらった土地の図面を使って,その図面に線を引いて区分けした中に私と兄の名前を書き入れる形で,分割方法を指定していました。その遺言書によれば,私は兄よりも多くもらえるようですので,父の残した遺言に従って遺産を分けることにしたいのですが,兄が異議を唱えてきました。遺言は全部を自分で書かなければいけないのに,他人が作成した図面が入っているからこの遺言は無効だというのです。兄は,結婚して家を出て以来,父の介護などは協力しておらず,これまで父と同居してきた私が父の面倒を見てきたのに,今になって口出ししてくることに納得できません。遺言書の図面以外については全て父が書いていることは兄も認めているので,この遺言書は父の意思によることに間違いないのですが,無効になってしまうのでしょうか。 解説: 従って,権利者が死亡後も自由に自分の財産処分ができる事は理の当然であり,法律行為である以上自由に方式も認めてもいいようにも思いますが,遺言という法律行為の特殊性から種々の制限があります。その特殊性とは,意思表示した遺言者が死亡後に生じる法律関係を内容としており法律関係,効果が発生した時には肝心要の当事者である遺言者がこの世には存在しないという点です。従って,遺言は,遺言者の財産処分等の最終的意思を内容としているところに特徴があります。すなわち,遺言者死亡後は遺言の内容すなわち意思内容を当然変更できませんから財産等処分の最終意思ということになるわけです。私有財産制を基本とする限りここがもっとも尊重しなければならない点です。 遺言者の最終意思である遺言の内容を忠実に実現し且利害関係人の争いをなくすためには,効力発生時遺言者が存在せず事情を確認できないという特殊性から,遺言者の意思解釈の違い,偽造変造の可能性もあり,事前に厳格な方式を定め書面による事を原則とし,書面の記載内容も法律によって要件を定め詳細に規定しているのです。そういう意味で法律行為自由の原則の例外規定となっています。 従って,以上のような決まりに反すると遺言は基本的に無効と言う事になってしまいます。又遺言は遺言者の最終意思であって財産等の処分を内容としており,遺言者は利益を受ける関係にありませんし,取引行為ではありませんから20歳以上の法律行為能力は不要であり,15歳程度の意思能力(物事に対する一応の判断能力,法的に事理弁職能力といいます。)があれば有効です(民法961条)。ただ,形式的に遺言の要件を厳格に解釈すると,私有財産制の基本である遺言者の最終意思実現を阻害する危険があるので,各要件も遺言者の最終意思実現を図るという制度趣旨から,遺言された状況を詳細に検討して解釈されることになります。以上の観点から本件を考えることになります。 1 (自筆証書遺言について) 2 (他人の作成した図面が使用された場合の自筆証書遺言の有効性) 3 (本件の場合の対応) ≪参考判例≫ ○札幌高裁平成14年4月26日決定(抜粋) ≪参照条文≫ ○民法
No.1334、2012/9/6 12:16 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【相続・図面を添付した遺言の効力、札幌高裁平成14年4月26日決定】
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回答:
1.遺言は,民法に定める方式に従わなければすることができないとされているところ(民法960条),自筆証書遺言については,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない(民法968条1項)として,自書性が要求されています。そのため,遺言書全文が他人によって書かれている場合には,氏名を自書していても,上記要件を満たさず,遺言は無効となります。もっとも,遺言書の一部分だけが他人によって書かれた場合には,必ずしも遺言が無効になるわけではありません。この点,他人の書いた部分が全く付随的・付加的意味を持つにとどまり,その部分を除外しても遺言の趣旨は十分に表現され貫徹されているときは,遺言全体を無効と解する必要はないという考えがあります。
2.裁判例では,第三者である農業共済組合作成の耕地図を使用して作成した遺言書について,遺言者が図面等を用いた場合であっても,図面等の上に自筆の添え書きや指示文言等を付記し,あるいは自筆書面との一体性を明らかにする方法を講じることによって,自筆性はなお保たれ得るものと解するのが相当であると判断したものがあります(札幌高栽平14.4.26決定)。
3.本件でも,あなたのお父様の遺言書は,自書性を失わないと考える余地は十分にあるものといえます。これらの点を踏まえて,お兄さんに対して,ご自身の言い分をしっかり伝えるべきです。ご自身で直接兄弟姉妹と言い争いをするのがはばかられるようでしたら,法律と交渉の専門家である弁護士に一度ご相談されることをお勧めします。
4.関連事例集論文1319番,1265番,1092番,710番,674番参照。
(遺言制度の趣旨)
遺言制度の趣旨についてまずご説明いたします。遺言とは定義的には一定の方式に従って遺言者が死亡した後の法律関係を定める最終的意思を表示する法律行為を言います。資本主義,自由主義を採るわが国の基本的社会制度として私有財産制度(憲法29条),私的自治の原則(国家は私人間の法律関係に関与しません。)が定められており,国民の生活関係(私人間の法律関係)では契約自由の原則(法律行為自由の原則,契約方式の自由,基本的に法律関係を契約等法律行為として理論的に整理します。例えば婚姻も契約です。)が採用されていますから,原則的に国民は生前誰でも,自分の財産等を自由にどのような方式によっても処分する事ができる事になっています。
遺言は,民法の定める方式に従ったものであることが必要とされています(民法960条,967条〜984条)。遺言の方式は厳格に法定されていますが,これは,遺言が偽造・変造されることを防ぎ,被相続人の真の意思を実現しようとするためです。
特に自筆証書遺言の場合は,作成に関しては,遺言者が全文,日付及び氏名を自書し,押印をしなくてはならいものとされ(民法968条1項),加除や変更に関しては,遺言者がその場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければならないものとされています(同条2項)。
このような自筆証書遺言において,自書が要件とされているのは,筆跡によって本人が書いたものであることが判定でき,それ自体で遺言者の真意が分かるためです。他方,自筆証書遺言は,公正証書遺言等の他の方式の遺言と異なり,立会なくして作成することができる点で,偽造・変造の危険が大きく,遺言者の真意かどうかについて紛争になりやすい側面もあります。そのため,自筆証書遺言の自書性の要件については厳格に解釈すべきと考えられます。
自書性の要件について厳しく判断すべきとすると,他人の作成した図面が使用されていれば,もはや自書とはいえず,遺言を無効にすべきとも考えられます。前記札幌高決平14.4.26の原審判では,自筆証書遺言の方式を欠くものと判断されました。
しかし,民法968条1項が自筆証書遺言の全文の自書を要求するからといって,遺言内容を明確にするために図面等を用いることを一切否定するというのはあまりに硬直した解釈であり妥当ではありません。遺言者の真意を確認することを厳格に解するあまり,遺言全体を無効としてしまったのでは遺言者の意思が生かされないことになり,本末転倒の結論となってしまいます。そこで,遺言者が図面等を用いた場合であっても,図面等に自筆の指示文言等を付記するなどにより,自書性がなお保たれている場合はあると考えるべきです。
前記札幌高決裁判例も,「遺言者が図面等を用いた場合であっても,図面等の上に自筆の添え書きや指示文言等を付記し,あるいは自筆書面との一体性を明らかにする方法を講じることによって,自筆性はなお保たれ得るものと解するのが相当である」と判示しています。
本件でも,お父さんの作成した遺言に使用されていた図面とその図面上の指示文言等の状況からは,遺言が有効とされることが十分考えられます。具体的に遺言が無効となるかどうかの判別がご自身では難しいこともあるかと思いますし,その上での兄弟姉妹間での交渉もしづらいこともあるかと思いますが,その場合は,法律問題の専門家である弁護士に一度ご相談されることをお勧めします。
原審は,被相続人が,生前に○○農業共済組合の耕地図を使用して作成した「遺言下記の通り相続する」旨記載のある書面について,自筆証書遺言としての方式を欠くと判断し,その判断に基づいて原審判別紙遺産目録記載の5筆の土地を本件遺産分割の対象とした上で,遺産分割の審判をしたものであることが認められる。
しかし,原審の上記判断は,民法968条1項の解釈を誤ったものであって,相当でない。すなわち,民法968条1項は,自筆証書による遺言について,遺言者が,その全文,日附及び氏名を自書し,押印することを定めているところ,そこにいう「全文」については,遺言の対象や内容を明確にするために写真・図面及び一覧表等を用いること一切を否定するものではなく,遺言者が図面等を用いた場合であっても,図面等の上に自筆の添え書きや指示文言等を付記し,あるいは自筆書面との一体性を明らかにする方法を講じることによって,自筆性はなお保たれ得るものと解するのが相当である。
本件記録によれば,日附・氏名の自書及び押印は真正なものと認めることができるのみならず,上記書面に使用した耕地図上に記載された本件当事者の各名称も被控訴人の自筆によるものと認められ(なお,被相続人の自筆部分がいずれも真正であることについては,当事者間でも争いがない。),同書面が既存の耕地図を利用して作成されたとの一事をもって,自筆遺言証書が全文自筆によるべきであるという要件に反するというのは,形式的に過ぎ,相当でない。
(遺言の方式)
第九百六十条 遺言は,この法律に定める方式に従わなければ,することができない。 (普通の方式による遺言の種類)
第九百六十七条 遺言は,自筆証書,公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし,特別の方式によることを許す場合は,この限りでない。
(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して特にこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない。
(公正証書遺言)
第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が,遺言者の口述を筆記し,これを遺言者及び証人に読み聞かせ,又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が,筆記の正確なことを承認した後,各自これに署名し,印を押すこと。ただし,遺言者が署名することができない場合は,公証人がその事由を付記して,署名に代えることができる。
五 公証人が,その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して,これに署名し,印を押すこと。
(公正証書遺言の方式の特則)
第九百六十九条の二 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には,遺言者は,公証人及び証人の前で,遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し,又は自書して,前条第二号の口授に代えなければならない。この場合における同条第三号の規定の適用については,同号中「口述」とあるのは,「通訳人の通訳による申述又は自書」とする。
2 前条の遺言者又は証人が耳が聞こえない者である場合には,公証人は,同条第三号に規定する筆記した内容を通訳人の通訳により遺言者又は証人に伝えて,同号の読み聞かせに代えることができる。
3 公証人は,前二項に定める方式に従って公正証書を作ったときは,その旨をその証書に付記しなければならない。
(秘密証書遺言)
第九百七十条 秘密証書によって遺言をするには,次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が,その証書に署名し,印を押すこと。
二 遺言者が,その証書を封じ,証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が,公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が,その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後,遺言者及び証人とともにこれに署名し,印を押すこと。
2 第九百六十八条第二項の規定は,秘密証書による遺言について準用する。
(方式に欠ける秘密証書遺言の効力)
第九百七十一条 秘密証書による遺言は,前条に定める方式に欠けるものがあっても,第九百六十八条に定める方式を具備しているときは,自筆証書による遺言としてその効力を有する。
(秘密証書遺言の方式の特則)
第九百七十二条 口がきけない者が秘密証書によって遺言をする場合には,遺言者は,公証人及び証人の前で,その証書は自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を通訳人の通訳により申述し,又は封紙に自書して,第九百七十条第一項第三号の申述に代えなければならない。
2 前項の場合において,遺言者が通訳人の通訳により申述したときは,公証人は,その旨を封紙に記載しなければならない。
3 第一項の場合において,遺言者が封紙に自書したときは,公証人は,その旨を封紙に記載して,第九百七十条第一項第四号に規定する申述の記載に代えなければならない。(成年被後見人の遺言)
第九百七十三条 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには,医師二人以上の立会いがなければならない。
2 遺言に立ち会った医師は,遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して,これに署名し,印を押さなければならない。ただし,秘密証書による遺言にあっては,その封紙にその旨の記載をし,署名し,印を押さなければならない。
(証人及び立会人の欠格事由)
第九百七十四条 次に掲げる者は,遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者,四親等内の親族,書記及び使用人
(共同遺言の禁止)
第九百七十五条 遺言は,二人以上の者が同一の証書ですることができない。
第二款 特別の方式
(死亡の危急に迫った者の遺言)
第九百七十六条 疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは,証人三人以上の立会いをもって,その一人に遺言の趣旨を口授して,これをすることができる。この場合においては,その口授を受けた者が,これを筆記して,遺言者及び他の証人に読み聞かせ,又は閲覧させ,各証人がその筆記の正確なことを承認した後,これに署名し,印を押さなければならない。
2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には,遺言者は,証人の前で,遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して,同項の口授に代えなければならない。
3 第一項後段の遺言者又は他の証人が耳が聞こえない者である場合には,遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は,同項後段に規定する筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて,同項後段の読み聞かせに代えることができる。
4 前三項の規定によりした遺言は,遺言の日から二十日以内に,証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ,その効力を生じない。
5 家庭裁判所は,前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ,これを確認することができない。
(遺言関係者の署名及び押印)
第九百八十条 第九百七十七条及び第九百七十八条の場合には,遺言者,筆者,立会人及び証人は,各自遺言書に署名し,印を押さなければならない。
(署名又は押印が不能の場合)
第九百八十一条 第九百七十七条から第九百七十九条までの場合において,署名又は印を押すことのできない者があるときは,立会人又は証人は,その事由を付記しなければならない。
(普通の方式による遺言の規定の準用)
第九百八十二条 第九百六十八条第二項及び第九百七十三条から第九百七十五条までの規定は,第九百七十六条から前条までの規定による遺言について準用する。
(特別の方式による遺言の効力)
第九百八十三条 第九百七十六条から前条までの規定によりした遺言は,遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるようになった時から六箇月間生存するときは,その効力を生じない。
(外国に在る日本人の遺言の方式)
第九百八十四条 日本の領事の駐在する地に在る日本人が公正証書又は秘密証書によって遺言をしようとするときは,公証人の職務は,領事が行う。