新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース 質問:私は,自己破産の申し立てをし,先日免責許可が決定しました。ところが,友人に頼まれて保証人になっていたことを忘れ,債権者名簿にこの保証債務を記載しませんでした。今回その債権者から保証債務を履行するよう請求されています。債権者名簿に記載をしていないと免責されないでしょうか。なお詳しい経過は次の通りです。主債務者の友人と,保証人になった後,疎遠になってしまい,私もこれまで仕事や,住むところを転々として来たのですが,引っ越す際にその友人や友人が借入れをした金融業者にわざわざ連絡をしたりはしていませんでした。友人の借入れについては,きっとその友人が返済しているのだろうと思って何もせずにいたのですが,そうこうしているうちに,私自身も借入れが重なり,自分の借金の返済が滞るようになってしまいました。借金が膨らんでどうにも返しきれないことになったところで,やむなく破産手続をして,免責もされました。今は心機一転,再出発をと思っています。ところが,その破産手続の際に,先ほどの友人の借入れの保証人になっていた分を届け出るのをうっかり忘れていたことに後から気づきました。というのも,その金融業者が,私の住所を調べ上げて,保証債務を履行しろと言ってきたのです。 (解説) 1. (問題点の指摘) 該当条文は, 破産法第253条第1項第6号です。 2. (破産の制度趣旨) 大きく分けると債務者の財産をすべて一旦清算し,残余財産を分配してゼロからスタートする破産 (清算方式の内整理)と,従来の財産を解体分配せずに,従来の財産を利用して再起を図る再生型(再起型内整理,特定調停,民事再生,会社更生法)に分かれます。唯,債権の減縮,免除が安易に行われると契約は守られなければならないという自由主義経済(私的自治の原則)の根底が崩れる危険があり,債務者の残余財産の確保,管理,分配(破産財団の充実)は厳格,公正,平等,迅速低廉に行われます。従って,破産の目的を実現するため破産法上特別な規定を用意しています。破産手続開始決定(破産法30条)があった後は,裁判所が破産債権を調査し(破産法116条),破産管財人が破産財団を調査し(破産法83条),これを金銭に換価し(破産法184条),配当表(破産法196条)に従って債権者に分配していくというのが手続の原則になります。破産債権者としては,債権者集会(破産法135条)に参加し,裁判所が作成する債権者一覧表に異議を出し,破産管財人が作成する破産財団の財産目録や,配当表に記載された債権額などについて異議を述べていくことができます。さらに免責手続きについても意見を陳述することができます(法251条1項)。しかし,債権者一覧表(債権者名簿)に記載されなかった債権者は以上のような権利を行使することができず著しい不利益を蒙り適正,公平な弁済を受ける機会を失うことになります。そこで,破産法の趣旨から故意のみならず,過失で債権者一覧表(債権者名簿)に記載しない場合でも免責されるかどうかを考えることになります。 3. (免責後の債権の法的性質) 4. (免責対象外破産債権) 本質問においては,債権者の保証人に対する保証契約に基づく保証債務履行請求権が,破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(6号)に該当するかが問題となります。破産手続においては,破産債権者に対する通知等は,裁判所に提出される債権者名簿等の資料に基づき,その存在が裁判所に知れている者に対してされるものであり,不備な債権者名簿に基づき,手続関与の機会を得られなかった破産債権者は,免責についての意見申述をする機会(破産法251条参照)を奪われるなどの不利益を被ることから,非免責債権として保護することとしているものであります。 5.(当職の見解) 債務者の再起更生の柱となる免責は,私的自治の原則,契約自由の原則(契約の遵守)の例外規定であり,その恩恵を受けるためには破産者に責められる理由(帰責事由)がないことが要求されることになります。従って,債権表作成時に債権の存在について失念していたような場合には,一律,破産者が知らずにいたこととするのではなく,失念していたために債権者名簿に記載しなかったことにつき過失がないことまで要求し,失念していたことに過失がある場合には,「破産者が知りながら」ということができると解すことが公平です。そう解釈しなければ,公平,公正な破産の清算が行われたと評価することはできないからです。 6(判例の検討) 第3 争点についての判断 2 そこで,控訴人が本件保証債務の存在を認識しつつあえて本件債権者名簿に記載しなかったのか否か,また,仮に失念したために記載しなかったとして,それについて控訴人に過失があるか否かについて検討すると,前記争いのない事実並びに証拠(後記のもののほか,乙14,15)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。 (東京地方裁判所平成14年2月27日判決) 第3 争点に対する判断(認定に供した証拠は,認定の後の括弧内に掲示した。) 7.(当該事件の具体的解決策) ※参考文献
No.1342、2012/9/20 14:33 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm
【破産・破産債権表記載漏れの破産債権は免責の対象となるか・東京地方裁判所平成15年6月24日判決・東京地方裁判所平成14年2月27日判決】
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(回答)
1.貴方の場合,住所を転々と変え,債権者側に一切の連絡をせず,債権者も貴方に対する連絡ができないような事情が見受けられますから,過失により破産債権を債権者名簿に記載していないと判断され免責の対象外破産債権として再度請求される可能性があります。免責かどうかは,破産手続きまでの債権者側の請求手続き,内容,破産者側の債権者に対する対応内容を詳細に検討して決定されます。
2.関連事例集1341番,1282番,1218番,1146番,1068番,1020番,938番,843番,841番,804番,802番,717番,562番,515番,510番,463番,455番,426番,374番,323番,322番,226番,65番,34番,9番参照。
免責許可決定がなされると,破産者は,破産手続による配当を除き,破産債権について,その責任を免れます。しかし,破産者が知りながら債権表に記載しなかった一部の破産債権について,責任を免れることができません。そこで,破産債権の存在は知っていたが,その後破産債権の存在を失念して,債権者名簿に記載しなかった場合には,同様に免責されるのかが問題となります。
第253条
第1項 免責許可の決定が確定したときは,破産者は,破産手続による配当を除き,破産債権について,その責任を免れる。ただし,次に掲げる請求権については,この限りでない。
第6号 破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(当該破産者について破産手続開始の決定があったことを知っていた者の有する請求権を除く)
破産(免責)とは,支払不能等により自分の財産,信用では総債権者に対して約束に従った弁済ができなくなった債務者の財産(又は相続財産)に関する清算手続きおよび免責手続きをいいますが(破産法2条1項),その目的は,債務者(破産者)の早期の経済的再起更生と債権者に対する残余財産の公正,平等,迅速な弁済の2つです。その目的を実現するため手続きは適正,公平,迅速,低廉に行う必要があります(破産法1条)。なぜ破産,免責手続きがあるのかといえば,自由で公正な社会経済秩序を建設し,個人の尊厳保障のためです(法の支配の理念,憲法13条)。我が国は,自由主義経済体制をとり自由競争を基本としていますから構造的に勝者,敗者が生まれ,その差は資本,財力の集中拡大とともに大きくなり恒常的不公正,不平等状態が出現する可能性を常に有しています。しかし,本来自由主義体制の原点,真の目的は,自由競争による公正公平な社会秩序建設に基づく個人の尊厳保障(法の支配の理念)にありますから,その手段である自由主義体制(法的には私的自治の原則)に内在する公平公正平等,信義誠実の原則(民法1条)が直ちに発動され,不平等状態は解消一掃されなければなりません。
そこで,法は,なるべく早く債務者が再度自由競争に参加できるように従来の債務を減額,解消,整理する権利を国民(法人)に認めています。したがって,債務整理を求める権利は法が認めた単なる恩恵ではなく,国民が経済的に個人の尊厳を守るために保持する当然の権利です。その権利内容は,債務者がその経済状態により再起更生しやすいように種々の制度が用意されているのです。
免責は,破産債権者が破産者に対してその債権の弁済を求める可能性を消滅させることによって,破産者の経済的再生を図ろうとするものであります。免責許可決定確定の効果として(破産法252条7項),破産者は,破産手続による配当を除き,破産債権についてその責任を免れることになります(破産法253条1項柱書)。
ここで,「責任を免れる」という文言の意義が問題となります。条文の文言を重視して,債務そのものは消滅せず,ただ責任が消滅するにすぎないとして,債務は自然債務として残存するという考え方があります(自然債務説)。自然債務とは,強制執行による債権の回収ができない債務を意味します。自然債務説によると,破産債権について,強制執行は禁止されますが,破産者からの任意の弁済は可能となります。
一方で,免責の効果として債務そのものが消滅するとする考え方もあります(債務消滅説)。債務消滅説によると,債務そのものが消滅しますので,破産者が任意に弁済することもできません。このように見解の対立がありますが,自然債務説が通説・実務の扱いとなっています。強制執行できない債権を残す意味ですが,破産法の免責は「契約は守られなければならない」という大原則の例外を自由主義経済の実質的保障のために認めたものであり,経済的再起更生を成し遂げた債務者が債権者に任意に支払うことまでを禁止するものではなく,当事者の利害調整のため債権の存在そのものを否定する必要はないという理由に基づきます。
免責の対象となる債権は,破産債権すべてであります。破産債権とは,破産者に対し破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権であって,財団債権(破産手続によらないで破産財団から随時弁済を受けることができる債権,破産法2条7項)に該当しないものをいいます(破産法2条5項)。
しかし,破産法は,免責の対象となるはずである破産債権であっても,破産法253条1項各号に該当する場合には,政策的理由から,免責の効果が及ばない旨規定しています。すなわち,破産法253条1項各号に該当する場合には,自然債務とはならず,強制執行による回収のおそれが残存することになります。破産法253条1項各号に掲げられている請求権とは,租税等の請求権(1号),破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権(2号),破産者が故意又は重過失により加えた生命・身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(3号),破産者が負担する扶養義務等に係る請求権(4号),雇用関係に基づく使用人の請求権等(5号),破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権(6号),罰金等の請求権(7号)です。
破産者が元々破産債権の存在を知っていたが,債権表記載の時に債務の存在について失念していた場合に,「破産者が知りながら」ということができるのか問題となります。
ここでいう「破産者が知りながら」とは,単に債権の存在を知りつつ債権者名簿に記載しなかった場合のみならず,債権の存在を失念したため債権者名簿に記載しなかったことにつき過失の認められる場合も含むと解すべきです。
なぜならば,破産手続において,消費者破産の場合には,その主たる目的は破産者が免責を得ることにあります。そうすると,破産者が知っている破産債権については,免責を得るために,余すことなく債権者名簿に記載することが一般的と考えられ,債権者名簿に記載されていない破産債権については,破産者が知らなかったことが想定されます。このように考えると,破産者が失念していたような場合には,「破産者が知りながら」債権者名簿に記載しなかったということはできず,免責されることになると考えられます。
しかし,上述のように破産法253条1項6号の趣旨は,破産債権者に対する通知等は,裁判所に提出される債権者名簿等の資料に基づき,その存在が裁判所に知れている者に対してされるものであり,不備な債権者名簿に基づき,手続関与の機会を得られなかった破産債権者は,免責についての意見申述をする機会(破産法251条参照)を奪われるなどの不利益を被ることから,非免責債権として保護する点にあります。
破産者が失念していたために債権者名簿に記載しなかったことにつき過失があるかどうかについては,事案の具体的状況により結論が異なります。本件のように,破産者が住所を転々としていたにもかかわらず,債権者に対して通知しなかったような場合には,「過失」を基礎づける一事情となると考えられます。
一方で,債権者が長期間債権を行使しなかったために,破産債権の存在を失念していたような事情がある場合には,「過失」の不存在を基礎づける一事情となります。
(東京地方裁判所平成15年6月24日判決)
破産者の過失を否定し免責を認めた判例です。連帯保証契約締結から破産申立まで約1年8か月しか経過していませんが,破産者が,主債務者から迷惑を掛けないなどと告げられた上,主債務者の事業が成功している旨聞いていたなどの事情があり,債権者から保証債務の履行を求められたことや何らかの連絡を受けたことがなかったという事案ですので,妥当な判断でしょう。
1 破産法366条の12第5号(※注 改正後破産法第253条第1項ただし書き第6号に相当)は,破産者が「知リテ」債権者名簿に記載しなかった請求権を非免責債権とする旨規定しているが,この趣旨は,債権者名簿に記載されなかった債権者は,破産手続の開始を知らなかった場合,免責に対する異議申立ての機会を失うことになるから,債権者名簿に記載されなかった債権を非免責債権とし,このような債権者を保護しようとしたものである。他方,破産免責の制度が,不誠実でない破産者の更生を目的とするものであることからすれば,債権者名簿に記載されなかったことが破産者の責めに帰することのできない事由による場合にまで非免責債権とすることも相当ではない。そうすると,債権者名簿に記載されなかった債権について,債権の成立については了知していた破産者が,債権者名簿作成時に債権の存在を認識しながらこれに記載しなかった場合には免責されないことは当然であるが,債権者名簿作成時には債権の存在を失念したことにより記載しなかった場合,それについて過失の認められるときには免責されない一方,それについて過失の認められないときには免責されると解するのが相当である。
なお,被控訴人は,反対尋問の機会を与えられていない控訴人の陳述書(乙14)は証明力が乏しい旨主張するが,本件に提出された他の証拠と照合しつつ上記陳述書の信用性を吟味することは当裁判所の自由心証に委ねられているものである(民訴法247条参照)から,被控訴人の上記主張は採用できない。
(1) 控訴人は,かつて職場の上司であるなどの関係にあった木津から,平成11年1月,木津が被控訴人から事業の拡大資金として借入れをする際,保証人になることを依頼され,木津を信頼していたこと,木津から迷惑を掛けないなどと告げられたこと及び木津の事業が成功している旨を聞いていたことからこれを承諾し,同月28日,被控訴人の担当者から貸付契約説明書や償還表を受け取り,その契約内容の説明を受けた上で,自ら契約書に署名するなどし,被控訴人との間で,本件連帯保証契約を締結した。
(2) 控訴人は,平成8年3月,住宅ローンを組んで自宅マンションを購入したが,その後間もなく,持病であったクローン病(炎症性腸疾患)が悪化し,手術や入院などをすることになり(乙9,10),平成10年10月末ころにも入院し,平成11年1月中旬にはいったんは退院して職場に復帰したものの,更に体調が悪化したために仕事を続けることが困難となり,同年6月にはそれまでの勤務先を退職した。その後,控訴人は,新しい職に就いたが,再びクローン病が悪化したことから,自宅療養を余儀なくされ,住宅ローンの返済に窮するようになった。それらの事情が重なり,控訴人は,平成12年4月ころから妻との関係も悪化し,同年6月26日には離婚するに至った。
(3) 控訴人は,平成12年7月,病状が悪化して入院し,また,前記の妻との離婚により気力を失ったことも相まって,住宅ローンの返済を断念し,平成12年9月6日,千葉地方裁判所佐倉支部に対し,自ら破産申立てをした(乙2の1)。控訴人は,同裁判所において,同年10月23日,本件破産宣告を受け,平成13年2月16日,本件免責決定を得た(乙16)。本件免責決定は,同年3月22日,確定したが,その免責の申立ての際,本件債権者名簿には,4件,総額にして2500万円弱の債務が記載され,それら債務のうち3件,合計2400万円余りの債務は住宅ローンに係る債務,その余の債務は平成12年6月に生活費のために借り入れた債務であったが,本件保証債務については記載されていなかった。
(4) 控訴人は,本件連帯保証契約締結の後,平成14年6月17日に被控訴人からの本件保証債務の履行を求める通知書(乙6)を受領するまでの間,一度も本件保証債務の履行を求められたことはなく,その間,木津から本件消費貸借契約について連絡を受けたこともなかった。
3 以上の認定事実によれば,控訴人が本件連帯保証契約を締結した平成11年1月28日から本件破産宣告に係る破産申立てをした平成12年9月6日までには約1年8か月が経過したにすぎないものの,控訴人は,木津から迷惑を掛けないなどと告げられた上,木津の事業が成功している旨聞いていたことから本件連帯保証契約を締結し,その後,本件免責決定が確定するまでの間,被控訴人から本件保証債務の履行を求められたことや木津から何らかの連絡を受けたことがなかったものである。この点について,被控訴人は,木津が本件消費貸借契約の期限の利益を喪失した平成12年1月20日の直後,控訴人に対し,電話連絡をした上で一括請求をした旨主張し,これに沿う被控訴人従業員の陳述書(甲8)を提出するが,それを裏付けるべき被控訴人の内部記録すら提出されていないことに加え,木津は,別紙元利金計算書記載のとおり,平成12年1月20日以降も平成14年3月22日までの間は毎月ほぼ約定どおりの返済を継続していたのであるから,そのような状況の下で,被控訴人が保証人である控訴人に対して直ちに請求等をしたとは考え難いことを併せ考慮すれば,被控訴人の上記主張は認めるには足りない。
そして,控訴人は,上記破産申立てをした平成12年当時,持病のクローン病が重度に悪化して勤務先を退職したため,住宅ローンの返済に窮するようになり,また,妻とも離婚するに至るなど,著しい苦境に陥っていた。控訴人は,そのような状況の中で上記破産の申立てをしたものであり,本件債権者名簿に記載された4社に対する合計約2500万円弱の債務のうち,そのほとんどは控訴人が破産申立てをする理由となった住宅ローンに係る債務であり,その余の少額の債務も,上記破産申立ての直前ころの生活費等に係る債務であった。その他,本件全証拠を精査しても,控訴人においてあえて本件債権者名簿に本件保証債務を記載することを躊躇するような事情が全くうかがわれないことに照らせば,控訴人は,本件保証債務の存在を認識しながらこれを債権者名簿に記載しなかったものではなく,これを失念したために記載しなかったにすぎないものと認めるのが相当である。
さらに,以上に説示した本件連帯保証契約締結の経緯,控訴人の破産申立て当時の状況,破産申立てに至った経緯,理由及び控訴人が被控訴人から本件連帯保証契約締結後本件免責決定の確定に至るまで本件保証債務の履行を求められたことがなく,その間木津とも連絡をとっていなかったという状況を前提とすれば,控訴人が免責申立ての際に本件債権者名簿に本件保証債務を記載するのを失念したとしても不自然ではないというべきであり,したがって,それについて控訴人に過失があったとは認めるには足りないものである。
なお,被控訴人は,原審の第2回口頭弁論期日において,控訴人が免責の申立ての当時に本件保証債務が存在することを知っていた旨の発言をしたと主張するが,本件訴訟の帰趨を決するような発言が上記口頭弁論期日の調書(乙7)に記載されていない以上,控訴人が上記発言をしたとは認められないというほかはない。
以上によれば,本件保証債務は,破産法366条の12第5号の破産者が「知リテ」債権者名簿に記載しなかった請求権に該当せず,本件免責決定の確定により免責されるものであると認められる。
この判決は破産者の過失を認め免責を認めていません。会社代表者が,会社債務の連帯保証をしていたという事案で,代表者の退任時に保証契約の解除交渉があったことや,債権者側が,破産者に対して度々連絡をしたり,住民票上の住所を訪問していたりした事情があった上,破産者が住民票を移転せず転居していたなどの事情があった事例ですので,妥当な判決です。
1 争点(1)(原告の被告Y1に対する保証債務履行請求権は免責されたか)について
(1) 破産法三六六条の一二第五号(※注 改正後破産法第253条第1項ただし書き第6号)は,「破産者が知りて債権者名簿に記載せざりし請求権」は,免責によって責任を逃れることはない旨規定するが,これは,債権者名簿に記載されなかった債権者は,破産手続の開始を知らず,債権の届出をしなかった債権者は,審尋期日を知ることができず,そうすれば,免責に対する異議申立ての機会が与えられないことから,債権者が,特に破産宣告の事実を知っていた場合を除き,免責されない債権として債権者を保護しようとしたものである。一方,破産免責制度は,不誠実でない破産者の更生を目的として定められたものであることを併せて考慮すれば,破産者が,債権の存在を知って債権者名簿に記載しなかった場合のみならず,記載しなかったことが過失に基づく場合にも免責されないと解すべきである。
(2)ア 被告Y1は,原告との間で,自らA社の代表取締役として本件貸付契約を締結するとともに,保証契約も締結していること(前記第2,1(1)及び(2)),同被告は,A社の代表取締役を辞任した平成二年七月頃,原告に対し,保証契約の解除を申し入れたが,原告がこれを拒否したこと(弁論の全趣旨),原告は,同被告に対し,同年八月一日付けで来店を依頼する呼出状を送付したところ,同被告は,同月一五日頃,原告に電話を掛けてきて,同月末頃の来店することを約したが,結局来店しなかった(≪証拠省略≫)ことから,原告は,同年九月六日付けで,再度呼出状を送付したが,同呼出状は原告に返送されず,同被告からの連絡もなかった(≪証拠省略≫)ことからすれば,被告Y1は,保証契約の存在を知って債権者名簿に記載しなかったと考える余地がある。しかし,一方,被告Y1は,平成二年七月頃,A社の代表者を辞任し,その後は,同社の経営に関与していなかったことから,同社の原告に対する債務の状況については知りうる立場にはなくなったこと(≪証拠省略≫),被告Y1の破産債権は,債権者約三八名,債務総額は約二億五〇〇〇万円(≪証拠省略≫)と多額であるが,被告Y1には,免責不許可事由はなかったこと(≪証拠省略≫)からすれば,被告Y1が,原告に対する保証債務の存在を知っていながら,あえてこれを債権者名簿に記載しない理由は認められない。
イ これによれば,被告Y1は,原告に対する保証債務の存在を知って債権者名簿に記載しなかったとは認められない。
(3)ア 被告Y1の原告に対する保証債務の残元本は三八九四万円であり,同被告が破産宣告時に申し立てた債務総額二億二五一八万円(≪証拠省略≫)にこれを加えた債権総額(二億六四一二万円)に対する原告の保証債権額は,債権総額の約一五パーセントを占める金額である。
イ 被告Y1は,A社の代表取締役を辞任した平成二年七月頃,原告に対し,保証契約の解除を申し入れたが,原告がこれを拒否した(前記(3))。
ウ(ア) 原告は,被告Y1に対し,同被告の保証契約書上の及び住民票上の住所地に,平成五年一月八日付け及び同年三月二日付けの内容証明郵便で,A社に対し繰上弁済の指示をした旨の通知をしたが,同通知書は,保管期間経過により原告に返送されてきた(≪証拠省略≫)。
(イ) 原告は,被告Y1の住民票を確認するなどしたところ,同被告は,同月二五日,原告に連絡することなく住民票を異動し,さらに,平成七年二月二日にも原告に連絡することなく住民票を異動したことが分かった(≪証拠省略≫)。原告は,同被告に対し,同年八月一日付けで来店を依頼する呼出状を送付したところ,同被告は,同月一五日頃,原告に電話を掛けてきて,同月末頃に来店することを約したが,結局来店しなかった(≪証拠省略≫)。そこで,原告は,同年九月六日付けで,再度呼出状を送付したが,同呼出状は原告に返送されず,同被告からの連絡もなかった(≪証拠省略≫)。
(ウ) その後,原告は,被告Y1の住民票を確認したところ,同月二八日現在では住民票の異動はなく(≪証拠省略≫),平成一〇年一一月一七日には,職権で住民票が削除されていること(≪証拠省略≫)を確認した。さらに,原告は,同年一二月一日,同被告の兄に同被告の所在を確認したが不明であるとの回答を得た(≪証拠省略≫)。
(エ) 原告は,平成一二年一月一七日に被告Y1の住民票を確認したところ,平成一一年一月二一日に現在の住所地に住民票が回復されていることを確認した(≪証拠省略≫)。そこで,原告は,同月三一日,同住所地を尋ねたところ,同所には,同被告以外の人間が居住していた(≪証拠省略≫)。当時の同被告の居住地は,住民票上の住所地とは異なる神奈川県平塚市にあった(≪証拠省略≫)。原告は,同年二月一日及び同月七日に,同被告の兄の親族や甥に所在を確認したが,不明であるとの回答を得た(≪証拠省略≫)。原告は,同年一〇月一七日,同被告の住民票を確認し(≪証拠省略≫),同年一〇月一八日付けで,同被告に対し,担保物件の競売手続が終了した旨の通知をしたところ(≪証拠省略≫),同被告は,これを受領した。
(オ) これによれば,原告は,被告Y1に対し,平成五年一月頃から平成一二年一〇月頃までの間に,再三にわたり,被告Y1の住民票を確認し,また同被告の親族に所在を確認したり,さらに同被告の住民票上の住所地を訪問したりしたことが認められ,それにもかかわらず,原告から同被告に対し,通知書が送付されなかったのは,同被告が住民票上の住所地に居住していなかったり,そのことを原告に通知していないことに理由があると認められる。
エ 以上の事実が認められ,これによれば,被告Y1が,原告に対する保証債務を債権者名簿に記載をしなかったことは,被告Y1に過失があったと認められる。そうすれば,被告Y1の原告に対する保証債務は免責されないというべきである。
債権者から保証債務の履行を請求されれば,抗弁として免責を主張する必要があります。その場合に,債権者名簿に記載しなかったことにつき過失があるかどうかという点ですが,破産者が,住所の移転にもかかわらず,債権者にこれを知らせることなく,そのために債権者が破産者に請求することが困難であったという事情が窺われますので,「過失」を否定することは,困難であるかもしれません。
あなたとしては,「免責の抗弁」を主張することに加え,「支払い困難につき再度自己破産申し立てする」ということを主張しつつ,減額和解の提案をしていくことが考えられます。破産免責申し立てには,7年間の免責不許可期間(破産法252条1項10号)がありますが,7年後には必ず破産申し立てすると主張するのです。この場合,債権者としては,「破産法253条1項6号の「知りながら」についての主張立証をしても敗訴するリスク」,「勝訴判決を経ても7年以内に債権回収しきれないリスク」を考慮して,減額和解に応じてくる可能性があると言えるでしょう。困難な交渉になりますので,一度弁護士にご相談なさると良いでしょう。
山本和彦・『倒産処理法入門<第3版>』(2008年,有斐閣)
伊藤眞・『破産法・民事再生法<第2版>』(2009年,有斐閣)
竹下守夫・上原敏夫・園尾隆司・深山卓也・小川秀樹・多比羅誠編・『大コンメンタール破産法』(2007年,青林書院)