少年事件における調査官面談、家庭訪問について
刑事|少年事件|東京家庭裁判所平成23年7月27日決定
目次
質問:
19歳大学生の息子が,自宅の近所にて,女児の胸部を触れる等の行為を行い,強制わいせつ罪で逮捕されてしまいました。面会に行き息子に確認したところ,自分がやったことに間違いないようです。
現在息子は,収容観護措置の決定により,鑑別所に収容されております。このような中,息子の事件を担当する家裁調査官より家庭訪問をしたいとの申入れを受けました。家裁調査官の家庭訪問には,どのような目的があり,またどのようなことが聞かれたりするのでしょうか。教えてください。
回答:
1.家庭訪問の趣旨
家庭訪問では,住居の内覧(主に少年の部屋)と,御両親との面談などが実施され,少年が非行に至った経緯・原因を分析する材料および,御両親が少年の監督者として適切であるか否かを判断する材料が収集されることになります。
2.家裁調査官の住居の内覧について
(1)家裁調査官からの質問
住居の内覧に際して,家裁調査官は,気になったことを御両親に質問することがあります。例えば,少年の部屋に,写真が飾られていた場合,そのことに気がついた調査官は「この写真は,いつの写真ですか」等と両親に問いかけることになります。このときに,御両親が何も答えられないとすると,少年について興味が無いのではないか,親子関係が円滑ではなかったのではないか等の,疑念を生じさせ,ひいては監督者として不適格なのではないかという疑問を生じさせかねません。成人が近い19歳にもなれば,御両親の部屋への立ち入りを拒むこともあるかと思いますが,家裁調査官の内覧に先立ち,まず御両親が少年の部屋を内覧し,少年のことを今一度考えてみる必要があると言えるでしょう。
(2)住居の清掃状態について
また,住居全体が,過度に散らかっていたりする場合には,掃除を行っておくと良いでしょう。住居は,少年の社会内での更生の起点になる場所であるため,住居全体が,過度に散らかっていたりする場合には,少なからず少年の更生に悪い影響があると判断される場合があるためです。
3.家裁調査官との面談について
家裁調査官との面談では,概ね次の様なことが聞かれることになります。事件の受止め方・少年の事件当時の様子で気になっていたこと・小さいころからの成育歴・少年の家庭での様子・勾留中に面会した際の少年の様子・少年の生活サイクル・夕食を一緒に取っていたか否か・大学での生活内容など。このほかにも,家裁調査官が少年と面談したことで気になったことが御両親に質問されることになります。
4.家裁調査官と話をする必要性について
家庭訪問の時期が,審判の期日に近い場合には,調査官が審判期日で述べる予定の処分意見なども話してくれる場合があります。家裁調査官は,少年を訴追し少年院への送致を目的とする者ではありません。少年に最も適した処遇を考えることを目的にしています。そのため,少年の処遇を決める審判において,少年院送致とならない保護観察処分の意見を述べることもあります。
ご両親に少年の更生を支える資質があるか否かは,少年院送致とならない意見を述べてもらうために欠かせないものであるため,ご両親と調査官の面談は非常に重要になります。調査官に対する少年の対応も重要であり両親の指示に従わない可能性があれば、付添人(弁護士)と共に少年に十分説明する必要があるでしょう。後記判例参照。
5.まとめ
以上説明させていただいた面談内容は,通常予測される一般的な内容であるため,個別の事件には必ずしも対応できていない部分があります。当日の面談に不安があり,いまだ弁護士を付添人に選任していない場合には,お近くの法律事務所にご相談ください。
6.少年法に関する関連事例集参照。
解説:
1.少年法の理念について
少年法第1条が,その基本理念として掲げている「少年の健全育成」とは,個々の少年が社会の一員,一個の人格として成長するように,国において助力することを意味しています。少年法は,非行を犯した少年について,できるだけ処罰でなく,教育的手段によってその非行性を矯正し,更生を図ることを目的としており,刑罰は,このような教育的な手段によって処遇することができないか,不適当な場合に限って科せられることになっています。
これは,少年は,精神的に未熟,不安定で,環境の影響を受けやすく,非行を犯した場合にも必ずしも深い犯罪性を持たないものが多く,これを成人と同様に非難し,その責任を追及することは適当でないということと,少年は,たとえ罪を犯した場合にも人格の発展途上にあるものとして,成人に比べればなお豊かな教育的可能性を秘めており,指導や教育によって更生させることができるのにそれを行わず前科の烙印を押してしまうことは,本人の将来のためばかりでなく,社会にとっても決して有益ではないということに基づいています。少年は、将来の社会国家を形成し担う貴重な社会的財産、宝であり、このような社会的存在を家庭、社会、国家が看過、放置することは勿論許されません。少年法は,この基本理念に基づいて,全ての少年事件を少年事件の専門機関である家庭裁判所に送致することを定め(これを,「全件送致主義」,「家裁送致主義」といいます。少年法41条,42条),保護処分によって改善更生の可能性がある以上は保護処分によって対処する(保護優先主義)という立場に立っています。
2.少年審判での処分
少年事件においては,全ての事件を家庭裁判所に送致するという全件送致主義がとられていますので,原則として,成人の場合の起訴猶予に相当する処分や,家裁送致を経ない略式裁判による罰金の処分はありません。 家庭裁判所へ送致された後は,①不処分決定②保護処分③知事・児童相談所所長送致④検察官送致(逆送)の審判がなされます。
本件では、示談がなされれば、②保護処分の中の、下記(1)の保護観察の可能性が高いと思われます。
(1)保護観察
保護観察とは,少年が20歳になるまでの間,保護観察官あるいは保護司のもとに定期的に通い,生活指導等を受ける処分をいいます。
(2)児童自立支援施設送致,児童養護施設送致
児童自立支援施設とは,不良行為を行った又は行うおそれのある児童について,不良行為を行わないようにするために教育保護を行う施設をいいます。児童養護施設とは,保護者不在又は保護者から虐待されている児童など,環境上養護を必要とする児童を養育保護する施設をいいます。これらの施設への収容は,原則として,義務教育中の児童が対象となりますので19歳の息子さんは対象になる可能性は少ないでしょう。
(3)少年院送致
少年院送致とは,少年を少年院に収容して,生活指導や職業指導等を行う処分をいいます。少年院には,初等少年院,中等少年院,特別少年院,医療少年院があり,初等少年院には,概ね14歳から15歳の少年が在院し,中等少年院には,概ね16歳から19歳の少年が在院しています。また,特別少年院は,非行が進んでいるなど特別の処遇が必要な少年を収容しており,医療少年院は,特別な医療措置が必要な少年を収容しています。
(4)検察官送致(逆送)
検察官への送致には2つの類型があります。1つは,少年が審判期日までに20歳以上となる場合になされるものです。そして,もう1つの類型は,刑事処分を相当と認める場合になされるものです。具体的に説明しますと,死刑,懲役又は禁錮に当たる罪の事件について,調査の結果,その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは,検察官に送致されます。また,16歳以上の少年が犯した故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪(殺人,傷害致死等)の事件については,犯行の動機及び態様,犯行後の情況,少年の性格,年齢,行状及び環境その他の事情を考慮し,刑事処分以外の措置を相当と認めるときを除き,検察官に送致されます。検察官に送致された事件につきましては,原則として,検察官から起訴され,成人と同様の刑事裁判が行われます。
(5)試験観察
家庭裁判所では,少年に対する処分を直ちに決めることが困難な場合,少年を適当な期間,家裁調査官の観察に付すことがあります。これを試験観察といいます。試験観察においては,家庭裁判所調査官が少年に対して更生のための助言や指導を与えながら,少年が自分の問題点を改善していこうとしているかといった視点で観察を続けます。試験観察は,少年の状況に応じて異なりますが,数か月程度の期間行われます。試験観察の期間中は,家裁調査官が少年の行動を観察し,少年について更生が期待できる状態になっているかなどの確認をして報告をします。この観察の結果なども踏まえて裁判官が最終的な処分を決めることになります。なお,試験観察の方法としては在宅で行う場合(これを「在宅試験観察」といいます。)と,民間の人や施設に少年を預けてその指導を委ねながら観察する場合(これを「補導委託」といいます。)があります。
3.家裁調査官による調査について
家庭裁判所は,審判に付すべき少年があると思料するときは,事件について調査しなければならない(少年法8条1項)。家裁調査官は,この調査の一環として,少年に関する社会調査を行い,要保護性判断の基礎となる資料を収集し,少年の処遇についても意見を述べることになります(少年法8条少年審判規則13条)。
この調査は非行事実についての「法的調査」と要保護性に関する「社会調査」に分けられますが,非行事実については警察・検察の捜査によって既に資料が収集されているので,家庭裁判所段階で重点が置かれるのは,後者の社会調査の方です。社会調査は,事件ごとに,担当裁判官が家庭裁判所調査官に命令することで,開始されます。家庭裁判所調査官とは,家庭裁判所に配置される専門的な公務員で,心理学,社会学等の知識を有し,養成訓練を経た,いわば家庭問題調査のプロです(裁判所法61条の2)。この調査官が,少年及び保護者と何度も面接し,学校(必要がある場合に限られるので、安易に学校への連絡は差し引かえるように付添人は要請します。成績表等は付添人が自ら収集して提出することで学校への連絡を回避しなければなりません。)その他の関係者からも事情を聴いて,少年の問題点を把握するための資料収集を行います。家庭裁判所調査官は,調査結果を「少年調査票」にまとめ,処分に関する調査官の意見を添えて裁判官に報告します。調査官の意見は裁判官の判断に影響が大きいため、付添人は調査官との交渉を積極的に行わなければなりません。
4.少年事件における弁護の役割について
裁判官は調査官の処遇意見を重視する傾向にあるため,調査官の意見は,処分に大きな影響を与えることになります。そのため,事件の依頼を受けた弁護士は,付添人として,必要に応じて調査官に面会するなどして,少年の問題点や処遇方針について協議することが不可欠となります。少年事件において,成人の場合の弁護人に相当する弁護士の役割が,「付添人」です(少年法10条)。付添人は,手続の各段階で行き過ぎた公権力の行使がなされないように少年の利益を保護しつつ(適正手続保障),少年と接触を重ねて心を開かせ,内省と更生意欲を促し,保護者との橋渡しをして関係修正や環境再調整の手助けとなります。後者の面では,家庭裁判所と対立する立場ではなく,協力者としてともに少年の社会復帰を目指すものです。付添人は,被害者がいる非行では,被害弁償の交渉等も,付添人が入ることで進めやすくなる場合があります。また,付添人は家庭裁判所調査官の調査結果(社会記録)を閲覧することもでき,幅広く諸事情を踏まえた独自の意見を形成し,調査官・裁判官と面接して意見を伝え,審判期日に意見書を提出して裁判官の判断に資するといった活動が可能です。
5.家裁調査官による家庭訪問について
心理学,社会学等の知識を有し,養成訓練を経た,いわば家庭問題調査のプロである家裁調査官は,少年の要保護性についての調査(社会調査)として,関係者からも事情を聴いて,少年の問題点を把握するための資料収集を行います。これは,警察機関による「少年が非行を行ったか否かの調査(法的調査)」とは異なるものです。
(1)要保護性の意味について
「要保護性」は,次の3つの要素から構成されるのが一般的です。
①再非行可能性
少年の性格や環境に照らして,再び犯行に陥る危険性があること
②矯正可能性
保護処分による矯正教育により再非行の危険性を除去できる可能性
③保護相当性
保護処分による保護が最も有効でかつ適切な処遇であること
(2)社会調査の一環としての家庭訪問
この社会調査の一環として,家庭訪問が実施されることになります。家庭訪問では,住居の内覧(主に少年の部屋)と,御両親との面談などが実施されます。家裁調査官の面談には,少年と御両親の間に認識の相違がなかったかも確認されます。例えば,“御両親としては,少年に対して温かく接していたと思っていても,少年にとっては,御両親の態度を冷たく感じていた”ということもあります。このような相異は,少年と御両親の二者関係では認識することが困難なため,付添人などの第三者が必要となります。調査官との面談で,少年と御両親の認識の相違が初めて露見することを防ぐためにも,弁護士を付添人として選任し,付添人と少年,付添人と御両親の面談を重ねる必要があるといえるでしょう。どうしてもお困りの際は,お近くの弁護士事務所の御相談ください。
以上